- 4 -
☆
「へえ。あの人が」
店に到着すると、開店の準備をしていたユーキに、アルが簡単に今の話をした。ユーキは、モップの柄に顎を乗せてあきれたように言った。
「そっか。誰か来ているとは思っていたけど……よりによって、めんどくさいのが来たな」
「向こうもそれをわかってて寄越したんだろうな。でなければ、あの人が本国を出るわけがない」
行儀悪くテーブルに腰をおろして、アルが言った。
……礼儀正しいマスターはどこいったのよ。
すっかり正体のばれてしまった二人は、私の前で取り繕うのをやめたようだった。地、なんだろうな、これ。どんだけかっこつけてたのよ。うかうかと騙されていた自分が、ホント恨めしい。
「お前、あの人が相手となるとやっかいだな」
淡々としたユーキの言葉に、アルは視線を落としたままつぶやくように言った。
「……それでも、俺は決めたから。やっと見つけたんだ」
す、とアルが視線だけ私に向ける。
「もう手放すつもりはない。必ず、奏子を守るよ」
私は、その視線を受け止めたまま動かなかった。
マスターしてた時のアルとは違う。かといって、アルの軽いイメージとも重ならない。
真剣な、瞳。
けれど、その瞳は、きっと私を見ていない。
「ふうん。……お前さ」
「ん?」
「……いや、なんでもない」
私は、言葉をにごしたユーキに視線を向けた。アルを見つめるユーキの目は、あくまで優しい。
「あのおじさんって、どういう人なのよ」
わざと話をそらした私に、たぶん気づいたんだろうな。ユーキは、苦笑しながら私に向き直る。
「あの人は、アルの育ての親みたいなものでね」
「え?」
育ての……親? って、じゃあ、本当のご両親は?
「アルも、あの人には弱いんだよ。しかも、直系の一人として尋常でない力を持っている。だから、彼が来たと言うことは、本気でアルを連れ戻す気なんだ、長たちは」
「あの叔父さんも、ええと、長ってこと?」
「いや。あの人は、長じゃない」
「あの人はあの人なりに、いろいろと考えがあるんだ」
ぽつりとアルがつぶやいた。
「その考えで言えば、私は邪魔だったってことでしょ?」
「よかったじゃない。生きていられて」
飄々と言うユーキをねめつける。
「どうして、誰もかれも私のことを水の精の生まれ変わりだなんて思うの?」
ぶすりとした声で言ったら、二人が黙って私をみつめた。
「違うって言ってるじゃない。私は生まれた時から乃木奏子で、人間じゃなかった覚えなんて一度もないわ。なのに、どうしてあんたたちはおろか、初対面の人にまでそんな風に言われなきゃいけないの? すっごい、迷惑」
「お前は、リシィだよ。奏子」
アルが静かに言った言葉に、胸が、きり、と痛んだ。
「どうせ……」
そのあとの言葉を飲み込む。出そうになったのは、完全に愚痴だ。
そうなんだ。出会ってからずっと、アルは私の中に別の女性を見ていたんだ。
微笑みかけてくれたあの顔も、震える私を抱きしめてくれた腕も、危ないからと家まで送ってくれたのも。
『奏子』に、優しかったわけじゃない。私が、勝手に勘違いしていただけで。
ふいに口調を変えてユーキが言った。
「とりあえず、ここはいいから、奏子は少し休んでおいで」
「え? 私、平気……」
「いいから。ほらほら、支度もまだだし」
強引に言ったユーキに、私は無理やり休憩室へと押しこまれた。




