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  ☆


「へえ。あの人が」

 店に到着すると、開店の準備をしていたユーキに、アルが簡単に今の話をした。ユーキは、モップの柄に顎を乗せてあきれたように言った。

「そっか。誰か来ているとは思っていたけど……よりによって、めんどくさいのが来たな」

「向こうもそれをわかってて寄越したんだろうな。でなければ、あの人が本国を出るわけがない」

 行儀悪くテーブルに腰をおろして、アルが言った。

 ……礼儀正しいマスターはどこいったのよ。

 すっかり正体のばれてしまった二人は、私の前で取り繕うのをやめたようだった。地、なんだろうな、これ。どんだけかっこつけてたのよ。うかうかと騙されていた自分が、ホント恨めしい。


「お前、あの人が相手となるとやっかいだな」

 淡々としたユーキの言葉に、アルは視線を落としたままつぶやくように言った。

「……それでも、俺は決めたから。やっと見つけたんだ」

 す、とアルが視線だけ私に向ける。

「もう手放すつもりはない。必ず、奏子を守るよ」

 私は、その視線を受け止めたまま動かなかった。

 マスターしてた時のアルとは違う。かといって、アルの軽いイメージとも重ならない。

 真剣な、瞳。

 けれど、その瞳は、きっと私を見ていない。

「ふうん。……お前さ」

「ん?」

「……いや、なんでもない」

 私は、言葉をにごしたユーキに視線を向けた。アルを見つめるユーキの目は、あくまで優しい。


「あのおじさんって、どういう人なのよ」

 わざと話をそらした私に、たぶん気づいたんだろうな。ユーキは、苦笑しながら私に向き直る。

「あの人は、アルの育ての親みたいなものでね」

「え?」

 育ての……親? って、じゃあ、本当のご両親は?

「アルも、あの人には弱いんだよ。しかも、直系の一人として尋常でない力を持っている。だから、彼が来たと言うことは、本気でアルを連れ戻す気なんだ、長たちは」

「あの叔父さんも、ええと、長ってこと?」

「いや。あの人は、長じゃない」

「あの人はあの人なりに、いろいろと考えがあるんだ」

 ぽつりとアルがつぶやいた。

「その考えで言えば、私は邪魔だったってことでしょ?」

「よかったじゃない。生きていられて」

 飄々と言うユーキをねめつける。

「どうして、誰もかれも私のことを水の精の生まれ変わりだなんて思うの?」

 ぶすりとした声で言ったら、二人が黙って私をみつめた。


「違うって言ってるじゃない。私は生まれた時から乃木奏子で、人間じゃなかった覚えなんて一度もないわ。なのに、どうしてあんたたちはおろか、初対面の人にまでそんな風に言われなきゃいけないの? すっごい、迷惑」

「お前は、リシィだよ。奏子」

 アルが静かに言った言葉に、胸が、きり、と痛んだ。

「どうせ……」

 そのあとの言葉を飲み込む。出そうになったのは、完全に愚痴だ。

 そうなんだ。出会ってからずっと、アルは私の中に別の女性を見ていたんだ。

 微笑みかけてくれたあの顔も、震える私を抱きしめてくれた腕も、危ないからと家まで送ってくれたのも。


 『奏子』に、優しかったわけじゃない。私が、勝手に勘違いしていただけで。


 ふいに口調を変えてユーキが言った。

「とりあえず、ここはいいから、奏子は少し休んでおいで」

「え? 私、平気……」

「いいから。ほらほら、支度もまだだし」

 強引に言ったユーキに、私は無理やり休憩室へと押しこまれた。


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