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「消えてしまったと聞いた時は、正直ほっとしましたよ。これで彼もあきらめてこちらの決めた相手と一緒になってくれる、とね。根は素直な子ですから」

 私の少し前で同じように足を止めたその紳士は、振り向かないまま、さっき出会ったときから何も変わらない態度で淡々と話し続けている。

 でも、その後ろ姿がもつ雰囲気は。明らかに五分前のものとは違う、ひんやりとした空気。朗らかなままの口調が、今は不気味にさえ感じられる。

 この人……


「なのに、あの小僧が余計なことをしてくれたおかげで、アルトは何度も行方をくらませて、挙句私までわざわざこんな極東の国まで来る羽目になってしまった。たかが精霊の分際で、まったく忌々しい。一体、何が目的であの子に近づいた? 水の精」

「違います! 私は……!」

 そうか。この人も私のこと、水の精の生まれ変わりだと思っているんだ。

 あわてて言い募ろうとした私に、一歩前にいたその紳士がゆっくりとこちらと見返る。

「まあそんなことはどうでもいい。ようするにね、邪魔なんですよ。あなたが」

 そう言って私を見た、その目! 真っ赤に燃える瞳。

 後ずさろうとして、体が硬直して動かないことに気づいた。今までの紳士の面影もなく変わり果てた風貌の中に、二本の突き出した鋭い牙。

 あの夜、アルが見せたのと同じ。


「……!」

 がっちりした手が伸びてきて、私の肩をつかむ。聞こえるのは、荒い息遣い。見えるのは、視界いっぱいに広がった赤い目の残像。

「や……」

 怖い……怖い!

 生暖かい息が首筋にかかっても、目を閉じることすらできなかった。

 やだやだやだ! 誰か…………

「やめろ!」

 首筋に何かが触れたその瞬間、凛とした鋭い声が聞こえた。


 耳元で小さい舌打ちが聞こえる。静かに体が離れると、その顔は、厳しいながらもさっきまでの紳士のものに戻っていた。

 とたんに私の体に感覚が戻ってくる。全身が汗で冷たくなっていた。緊張が解けて座り込みそうになる私を、背後から誰かが支えてくれる。

 力強い腕。振り向かなくても、それが誰かなんてすぐにわかった。

「やめてください。叔父さん」

「久しぶりだね。アルト」

「手を出さないでくださいと言ったはずです」

「まだそんなことを言っているのか」

 唇の端をあげて、まるで笑っているような表情をつくる。

「お前一人の問題じゃないんだぞ」

「聞こえませんでしたか」

 後ろにいるアルの表情は見えない。けれど、今まで聞いたことのない冷たい声。鋭く、威圧する強い力を含んで。

「私は、二度と顔を出すなとあなたに命令することもできるんですよ」

 それを聞くと、その“おじさん”は言葉につまった。アルに圧倒されている。見た目には、親子ほども歳に隔たりがあるのに。両者の間に緊迫した空気が張り詰めた。

 と。


「元気そうだな」

 突然、雰囲気がくだけてさっきの朗らかなおじさまに戻った。のんびりとした仕草で、いつの間にか落ちていた帽子を拾い上げる。

「叔父さんも、お変わりなく」

 同じく朗らかな声に驚いて振り返ると、アルも普段の笑顔を浮かべていた。私の様子を確かめて、そのまま支えるように肩を抱いていてくれている。


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