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次の日は土曜日。快晴の空の下、私は鼻息荒く『リースリーナ』に向かっていた。
早紀に連絡すると、バイトは休みたいけど顔は出す、と言っていた。だいぶ楽になったようだけど、どうやら悠希さんに会いたいらしい。昨日今日の様子からして、早紀はきっと、あの夜のことは何も覚えていないだろう。
早紀の具合悪くなった原因。多分、あれ、貧血だわ。何が、少しだけ、よ。一体、どれだけ早紀の血を吸ったんだか。結局、早紀から何を聞きだしたのかも教えてくれなかったし。くだらない理由で勝手にそんなことするなって、一言言ってやらなきゃ。
アルに顔を合わせるのは、正直、気が重かった。けれど、どうしたって謝らせないと気が済まないし……聞きたいことも、ある。
あの夜の話……あの二人が吸血鬼だとか、私が水の精の生まれ変わりだとか、は、どこまでが本当なのか……それとも、全部が嘘でないのか。
もうおぼろげになってしまっているあの話を、もう一度ちゃんと聞いてみなければいけないような気がする。
でも、昨日、一発ひっぱたいちゃったしな。悪いことしちゃったかな。でもでも、悪いのは向こうだし……でもでもでも……
「すみません」
考え事をしていたせいで、振り向くのは、多分、一拍遅れた。後ろから声をかけてきたのは、見たことのない一人のおじさんだった。
おじさん、というよりは、おじさま、が似合うような、身なりのいい年配の紳士。
「お嬢さん、この辺に『リースリーナ』という喫茶店があるはずなのですが、ご存じないでしょうか」
随分と礼儀正しいおじさまだな。私と話すために、ちゃんと帽子を取ってくれている。きっちりと整えられた見事な白髪。私に視線を合わせた目は、とても優しげだった。
「それでしたら、ここから歩いてすぐですよ。ご一緒しましょう」
「いえ、それには及びません。道さえ教えていただければ一人で行けますから」
「私、そこでアルバイトをしている者ですから」
にっこりとこちらも営業スマイル。
「ああ、それでは」
ほっとしたように言ってまた帽子をかぶると、おじさまは私と並んで歩き始めた。
「まだこの時間では開店前ですよ?」
「かまいません。実は、あの店は私の知人が開いているものなんですよ。こちらに来たものですから、挨拶を、と思いまして」
「マスターの?」
とっさに悠希さん……ユーキの、と思わなかったのは、彼らそれぞれの見かけの年齢のせいだろうか。
マスターだとしたら、アルの知り合いってこと?
朗らかな調子でそのおじさまは話し続ける。
「ええ。以前いたところから突然引っ越してしまったので、連絡がとれなくなっていたのですよ。しばらく会っていないので、懐かしいです」
「はあ」
その話を聞きながら、知らず知らずのうちに眉間にしわが寄る。
連絡もしないで……って、それって両者の間にあまり良い関係がなかったってことじゃないの? そうすると、この人、このままアル達のところへ連れてっちゃっていいのかな。なにやらかしたの、あいつら。
自然、足が進まなくなる私に気がつかないようで、そのおじさまは続けた。
「バイトをしているということは、あなたは乃木奏子さんですね?」
「私のことを知ってらっしゃるんですか?」
驚いて聞き返すと、おじさまは当然のことというように微笑んだ。
「ええ、名前だけは聞き及んでおります。まったく、あの子のわがままにも困ったものです。昔から頑固者でして、一度決めたことはどんなに言っても変えようとしない。一人っ子とはいえ、少々甘やかし過ぎましたかね」
「あの、一体何の……」
「それでも、今までは私たちに逆らうようなことはしなかったんですよ。あなたが出てくるまではね」
強引にさえぎる声に、私の足が止まる。




