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「けど、奏子のそれ、ホント便利よね」
それぞれに帰っていくクラスメイトや友達に手を振りながら、私たちも昇降口を出た。
「それ?」
「お天気おねえさん」
「そうかもだけど……やっぱり、気持ち悪いよ」
小さい頃から、お天気には敏感な子だった。特に雨が降る予想ははずしたことがない。それが、普通の人にはできないことだとわかったときから、人前で話すことをやめた。なんとなく、言ってはいけないことのような気がして。それが当たり前になってしまっている幼馴染の早紀はおもしろがってくれるけど、そうじゃない人だって、きっといる。
「奏子……」
うっかりつぶやいてしまった私に、早紀も一瞬だけ真面目な顔になる。でも、すぐにいつものほんわりとした笑顔に戻った。
「誰にも迷惑かけてないんだからいいじゃない。黙っていればわかんないし、おかげで私は濡れないですむわ。ほら、私の髪って結構くせあるじゃない? 細いし、湿気があると大変なんだから」
早紀は、肩にかかるくらいのふわふわしたくせっけをつまんで見せる。少し栗色がかったそれは、完全なストレートの私にしてみればうらやましい髪なんだけど。
「なによ。私は気象庁?」
「ううん。気象庁よりよっぽど頼れる」
ひとりしきり二人で笑ってから。
「本当に、気にすることないよ。ちょっとだけ人より勘がするどいだけなんだから。きっと言わないだけで、他にもそういう人いるんじゃないかしら。よく聞くじゃない。おばあちゃんの膝が痛んだら明日は雨、とか、カエルが鳴いたら雨、とか」
「どっちも、同列には並べられたくない……」
でも、そう言ってくれる早紀の気持ちは嬉しい。うふうふと微笑み合いながら歩いていくと、門のところにいた男子生徒が私たちに気づいて姿勢を正した。
「林さん」
早紀に向かって声をかけたこの人は、ええと確か。
私が思い当たるよりも早く、早紀が挨拶をする。
「城島先輩、さようなら」
「あ、いや……その、今帰り? ちょっといいかな」
少しだけ緊張したその様子に、何が言いたいか大体見当がついてしまう。
これってやっぱり、私がいたらお邪魔虫よね。
「私、先に帰ってるね」
「ごめんね、奏子。また明日」
こういうのも慣れたものだし。
私は渋い顔をしている早紀に、軽く手を振って二人に背をむけた。
☆
あれから、どうなったのかな。
城島先輩と言えば、確か剣道部の有名人だ。早紀とは委員会が一緒だったっけ。でも、あの早紀の顔からするに、かわいそうだけど、きっとだめだったろうなあ。
ふんわりとした雰囲気の早紀は、中学のころからもてる存在だった。あんな風に告白されるのも、多いときでは一週間に数人、ということもあったくらい。でも、早紀はその誰とも付き合ったことがない。
見た目とはうらはらに、早紀はかなりしっかりした性格をしている。だから、雰囲気だけに惹かれて告白してくるような男は、早紀のおめがねにはかなわない。
緊張して私たちを待っていた城島先輩を思い出す。
あの人、早紀のこと全く知らないってわけじゃないし、本気で好きなんだろうな。そんな目を、してた。
いいなあ。私なんて、告白どころか、男の人と付き合ったこともないよ。そこは早紀も同じだけど、その理由は全然違う。いつか私も、あんな風に誰かに熱っぽい目で見てもらえることがあるのかなあ。
夕方に降った雨はとっくにあがって、空にはもう雲の影は見えなかった。
適度に体が冷えてきたし、完全に目が覚めてしまう前に、早くベッドに戻ろう。そう思って、きびすを返した時だった。
「遅せえよ」