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その夜。
「お疲れ様でした」
「じゃ、行くか」
若いお客さんにからまれたあの日から、実は毎日マスターが私たちを送ってくれていた。
「もうあれからだいぶたつし、二人でも大丈夫ですよ?」
「いいんだよ。悠希、行ってくる」
店の扉を閉める前に、マスターが奥に声をかけた。
「んー」
なんとも気のない返事が返ってくる。ああ、ちょうどレジの閉めをやってるんだ。ついで搾り出すようなうなり声が聞こえたところをみると、また一から数えなおしなんだろうな、今日の売り上げ。
意外に、あの人数字に弱いわよね。
「あ、マスター、傘持って出たほうがいいですよ」
「降りそう?」
私が言うと、早紀がそっと、意味ありげな視線を私に向けた。それにいたずらっぽく微笑みを返して。
「今夜は降るって、天気予報で言ってましたから」
多分ね。でも、もうすぐ降り出すのは本当だから。最初はしとしとだけれど、そのまま強くなって明日の朝までずっと降り続ける。
なぜだか、最近の私にはそこまでわかるようになっていた。以前は、今日は雨降るな、くらいしかわからなかったけれど、今ではいつごろからどのくらい降る、まで、かなり細かくわかってしまう。
そう。ちょうどバイトを始めた頃から、やけに勘が鋭くなっている。姿勢がよくなったからかな、とか適当に理由をつけているけれど、本当のところはよくわからない。
私の言葉を特に疑うこともなく、マスターは裏から傘を持ってきた。
「結構、悠希さんて、マスターに使われてますよね。あの人、本業は一体何なんですか?」
店から離れると、早紀がマスターに聞いた。興味津々で、私もマスターを見る。
一瞬目を見開いてから、マスターはにやりと笑った。
「本業……遊び人、かな?」
遊び人……似合ってる!
「オーナーって言ってたけど、オーナーってマスターと違うものなんですか?」
私が笑いながら聞くと、マスターが目を細めた。
「悠希のこと、気になる?」
「そりゃあ、ねえ」
私は早紀と顔を見合わせて、くすくすと笑った。
「こんなイケメンすっとばして、他の男のことを聞くとはいい度胸だ」
つん、とすました顔でマスターが言うのが、また私たちの笑いを誘った。
「じゃあ、マスターのことお聞きしますけど、お歳はいくつですか?」
早紀の質問のついで、って口ぶりで聞いたけど、実はかなり緊張している。
私が本当に知りたいのは、マスターのこと。この人のことだって、悠希さん同様、私たちは何も知らないもの。
「いくつに見える?」
「25、6くらい……ですか?」
「ま、そんなとこ」
「ずるい。はっきりと教えてくださいよ」
あと、誕生日とか血液型とか。聞いていいなら、聞きたいことは山ほどある。だいたい、マスターの名前すら、私は知らない。
とはいえ、あまりしつこく聞くのも……
「悠希さんはいくつなんですか?」
私が躊躇している間に、早紀が本命の質問を始めた。
「どうしても悠希が気になる?」
「そういうわけでもないですけど……」
言葉を濁した早紀と、含み笑いをしながら顔を見合わせる。




