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「奏子なら大丈夫よ。それとも、別のクラブとか考えてる?」
「うーん……何かはやってみたいけど、今のとこどこもぴんとこなくて」
下駄箱からローファーを取り出しながら、早紀が首をひねった。
「水泳の他に、やりたいことないの?」
「特には。考えてみようかなとは思っているけど、どうしても運動したいわけでもないし、かといって早紀みたいに手芸部ってほど手先も器用でないし……」
なにやら言いながらへこんできた。私って、ホント泳ぐ以外の特技、なかったんだなあ。
そんな私を見て、早紀が微笑む。
「もったいないわね、あんなに早かったのに」
「まあ、泳ぐだけならどこでもできるし」
「そういうとこ、奏子らしいといえばこの上なく奏子らしいけれど。……陽子ちゃん、向こうで元気でやっているらしいわよ」
穏やかに笑った早紀に、私も微笑みを返した。
小さい頃から泳ぐのは好きだった。だから、高校に入学した時も、クラブをやるなら中学の時と同じ水泳部、くらいにしか考えてなかった。
けど、うちの水泳部は県内でもかなり強いクラブだけあって、朝も放課後も、それこそ土日も活動をしていた。それはむしろ大歓迎なんだけど、その部内での雰囲気がね……
「勝つぞ!」みたいな空気が満々していて、ただ泳げればいいや、って考えていた私とは、気の持ちようが全然違った。少しでも速く泳げるフォームを練習したり、タイムの一、二秒を競ったり……だからこそ強いんだろうけれど、部内に張りつめるピリピリとした雰囲気についていけない人ももちろんでるわけで。
私のことじゃない。同じ一年生で、やっぱりつらくなって、でもやめることも許されなくて、ひどい状態になった女子がいたのだ。その子をかばった私は、一緒になって先輩からいじめのような扱いを受けた。もともと、私はろくに練習もしないで大会新記録を出せるほど成績が良かったから、先輩たちにはあまりよく思われていなかったし。
結局、二年に上がるときに彼女はそれが原因で学校自体をやめてしまい、同時に、私もそこまでして泳ぐ理由を見つけられなくて水泳部をやめたのだ。
「水の中にいるときの奏子って、まるで水の精みたいよね」
話をそらそうとしたのか、くすくす、と早紀が笑いながら言った。
「なによ、それ」
「だって泳いでいる時の奏子って、ホントにいきいきとしてるもの。泳いでいる、ってより、水と戯れている感じ」
「だったら、人魚姫、とかいってくれる?」
「それだけ、ならね」
そう言って早紀は、空を指さした。青く晴れた空は、雲一つないいい天気だ。
早紀が何を言いたいのか察して、軽くため息をつく。
「そうね。また今日も夕立、降るよ」
「ね。だから」
にっこりと笑った早紀は、空をあおいだ。
「そっかあ、今日も雨、降るんだ。こんな時期に夕立なんて、って昨日は驚いたけど、今日はまっすぐ帰ろうかな」
「え、でも、バイト行かなくていいの?」
小首をかしげて早紀は少し考えてから、首をふった。
「ちょっとめだたないとこにあるお店だから、昨日の今日でいきなりバイト埋まっちゃうってことはないと思うわ。それより、昨日みたいに制服、濡らしたくない。乾かすの、大変だったんだから」
「確かに、ね」
確かに夕方雨が降るとはわかっていても、まさかあんなにどしゃぶりになるとは思わなかった。油断してついつい図書館でレポートを終わらせようとしていた私たちは、夜までやまないとわかって雨の中ぬれねずみで帰ったのだ。