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「はっ、は……は……はー……」
荒い息をついて目が覚めた。心臓がばくばくいってる。
目の前は真っ暗だった。枕元の時計を確認すると、針はちょうど午前二時。
丑三つ時……やな時間に目がさめちゃったな。
私は一つ息を吐いて、こわばった全身から力を抜いた。閉め切った部屋には熱がこもって蒸し暑く、汗でパジャマが体にべっとりとはりついて気持ち悪い。
うう、着替えよう。
私はのそのそとベッドから起き上がった。パジャマと下着を乱雑に脱ぎ捨てると、お気に入りの薄い室内着に着替える。
閉め切っていた窓を開けて、ベランダへと出た。涼しい風がカーテンを揺らす。
気持ちいー。
素足にひんやりとしたコンクリの感触。外は真ん丸の月が出ていて、かなり明るかった。満月、かな?
しん、とした深夜の街。ところどころに街灯がついている以外は、どの家の窓も真っ暗。
当たり前だよね。真夜中だもん。
てすりにもたれながら、うなじにはりついた髪の毛をかきあげる。
肩甲骨をわずかに越すくらいのストレートな髪の毛は、生まれた時のままの深い黒。中学からずっと水泳部を続けていた割には、色が抜けなかったなー。どんだけ強いのかしら、私の髪。
その髪を指先で揺らしながら、さっきの夢を思い出す。
銀色の細い髪。あれ、夢の中の私の髪だよね。
私、水の上に立ってたなあ。空を飛ぶ夢、ってよく聞くけど、水に浮く夢って、どうなんだろう。
『奏子って水の精みたいね』
つらつらと思い出す。昨日、早紀に言われたことが、よっぽど頭に残っていたのかな。
☆
「奏子、一緒にバイトしない?」
「は?」
私は、教科書を詰め込んだかばんを、ちょうど持ったとこだった。
ゴールデンウィークも終わって浮ついた気分もそろそろ落ち着いてきた頃、暇を持て余し始めた私には、ちょうどいいタイミングの台詞だった。
「なになに、バイト?」
「ん。奏子、水泳部やめちゃってから、放課後暇だって言ってたでしょ?」
「まあ、うん」
一年間続けていた水泳部を、私は二年に上がるときにやめてしまった。
「私も新しいバイト始めようと思ったとこだったから、放課後暇なら一緒にどうかな、と思って。いいとこ見つけたの。これから行ってみない?」
「ずいぶん急ね」
「たまたま、昨日見つけたの。それが、すっごくいい雰囲気の喫茶店なのよ」
「喫茶店……ってことは、ウェイトレス? できるかなあ、私」
興味はあるけれど、接客業かあ。早紀は慣れてるだろうけど、私は初めて。というか、バイト自体、初めての経験だ。