- 3 -
「ここ、気軽に私たちが入れるような店じゃないんじゃないの?」
「でも、別に私たちがコーヒー飲むわけじゃないし。こんな素敵なお店なんだもん。それくらいしてもおかしくないんじゃない? それより……これ。読めなかったのよね、お店の名前」
くねるような書体のローマ字で書かれた小さな看板を指しながら、早紀が言った。
『Wreathrina』
…………読めない。ワイ? ……thだから、ス? ライナ? リナ?
ふいに、頭に言葉が浮かぶ。
「リース……リーナ?」
口からは出たけれど、どこで聞いた言葉なのか、すぐに思い出せない。うーん?
「奏子、わかるの?」
「ううん、なんとなく、そう思っただけ」
「ふうん。どういう意味なんだろうね」
そう言って早紀は、ドアに手をかけた。
からん。
下げられていた鈴が、きれいな音をたてる。
一歩店内に入ると、コーヒーのいい香りが立ち込めていた。それと同時に、店の外見そのもののように森の中にいるような新鮮な水の匂いも広がってくる。理由はすぐわかった。多すぎるほどの観葉植物。どこを向いても緑、緑。その中にぽつんぽつんと配置されたテーブルと椅子は真っ白で、緑との対比がきれいだった。
なんか、すごく気持ちいい。このお店。
奥を覗くと、カウンターに、一人お客さんが座っているのが見えた。他には、お客さんらしき人は見えない。あんまりはやってないのかな。
「いらっしゃいませ」
カウンターの中から微笑んだその声の主を見て、私と早紀は瞬時に固まった。おそらく早紀は、その凄まじいまでの美貌ゆえに。そして私は……
「私、帰る」
「え、ちょっと奏子? どうしたの?」
振り向きかけた私の腕を、早紀が捕まえる。
やだやだ、どういうことよ、これ。
「どうかいたしましたか? お嬢さん。当店はお気に召しません?」
思い出した。さっき口から出た喫茶店の名前、どこで聞いたのか。
カウンターにいたのは、黒い髪をしているけど、確かに夕べの夢にでてきた、アルとかいう吸血鬼。カウンターのお客が振り向くと、これまた髪の黒いユーキ。
あれは、夢……だよね? 夢だよね?!
「いいえ、そんなことありませんわ。とてもすてきなお店ですね」
早紀がそつなく答えてから、私にひそひそと囁く。
「あのマスター、いい男じゃない。お店も雰囲気いいと思うけど……気に入らなかった?」
「気に入らないとかそういうんじゃなくって……」
こんなこと、どう説明すればいいんだか。
「やろうよ、バイト」
ものすごく意気込んだ早紀の顔。そりゃ、こんないい男見ちゃったらねえ。