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月盗人




 恋は自由だという。


 好きになってしまうその心は、自由なのだと父は言った。

 でも、そんなことは嘘だ。

 報われるとか報われないとか以前に世の中には叶えてはいけない願いがあって、自分ではいくら頑張ってもどうしようもないことがあって、それでも走り出さずにはいられない。

 人の心が完全な愛に耐えられないように、まったき憎しみにもまた、耐えきれない。

 矛盾の狭間でどうにかバランスを取りながら、ようよう生きる私たちのする恋はそんな上等であるわけがなく。もし取り出すことが出来たなら、きっともっと情欲にまみれて深く濁った、明度の低いものだっただろう。

 ましてやそんな不完全なもののどこに自由なんてあろうか。



 恋は“堕ちる”ものだと父は言った。

 これだけはあながち外れてはいないと私も思う。


 気がついたときには這い上がれないところまで堕ちている。

 身にまとう重い鎖で、じゃらじゃらと不協和音を奏でながら堕ちているのだと気付き、それでもなお堕ち続けることを望む。


 たとえ地獄の業火に焼かれるとても。

 たとえ許されないと知ったとても。

 止めどなく、堕ちていく。



 私は、そういう恋をした。










「一つだけ、教えてくれないか」

 父さんを殺した叔父の腕に抱かれていたのは、真っ白な花弁の溢れる花束だった。

 ムシヤライ。

 私が船に残った蟲の生体データをもとに編み出した、蟲殺しの花。

 生のままだと流石に臭いがきついのか、叔父の腕に抱かれた花々は茎まで乾燥させられ、そのままだとバスタブなんかに放り込むただのハーブのようにも見えた。

 いかつい、とまでは言わないが精悍な顔立ちの叔父には些かちぐはくである。

 苦笑と共に両手を差し出すと叔父も己れの柄ではないことを自覚していたのか、すんなりと手渡してくれた。そのまま抱き寄せ、顔を埋める。

 根までしっかり水気を抜き、乾かしてしてしまえば、この花は案外スッと鼻に抜ける柑橘系のよい匂いをしている。

「ずっと、訊きたかった。何故………これを私に?」

「何故って、別に。私は私のしたいようにしてるだけ。………それとも叔父さんは、理由が欲しい?」

 上目遣いに微笑んで見せれば彼は一瞬、 面食らったように目を見開き、それからそんな自分に気付き苦々しげに顔を歪めた。

 「………お前は私を、恨まないのか?」

 「それはもう、恨んでるよ。きっとリコなんか今頃殺してやりたいほど憎んでるかも」

 「彼じゃない」

 分かってる。私は、でしょう?

 静かな夜だった。夜風が優しく肌を撫でる。

 伯父は無言のまま上掛けを脱ぐと、オウリの肩に掛けた。

 

 まったき憎しみに満たされるなら、それもまた救いなのかもしれない。嫌悪の目でこの手を払い除けたら、この人はどんな表情をするだろうか。少なくとも私は自らを襲った突然の不幸を、伯父は拭われることのない罪の意識を、束の間でも慰めることができる。

 不毛だ。

 けれど人間とはそういう生き物なのかもしれない。少なくとも伯父は、そんな答えられない解があることを本能的に知っている。どこか浮き世離れしていた父より余程、ある意味人間臭い現実を生きている。

 再びゆっくりと歩き出した彼に合わせ、私も花束を抱いたまま夜の散歩を再開する。夜風は、そろそろ夏の終わりを告げていた。



 叔父と私。

 父の仇と私。

 国を率いる王と私。

 アリウス=フィロという男と私とを結ぶ縁は複雑に絡み合い、もう随分前から私は解きほぐすよりそれそのものを一本の太い繋がりとして認識するようになった。多分どんな選択をしても、彼は必ず私の心のどこかに住まう。

 サナは恨むだろう。

 リコは許さないだろう。


 やはり恋なんて、ちっともままならない。


「……この花はね、ツキヨソウという花をもとにしているの。夏の夜の、ほんの月が上がっている短い間に咲く白い花」

 ムシヤライの茎を辿り、額を摘まむ。軽い抵抗の後、茎はぱき、と呆気なく折れた。

「太陽を厭うのは、そのためか」

「ええ。陽光がなければ草木は育たない。でもムシヤライには強すぎるから、日の当たらない影が必要なの。硬く薄くあるほど刃が切れ味は増すけれど、同時に脆く折れやすくなる。それと同じ。突出した強さ……とりわけ人の手によって作り替えられたものは、自然のなかではときに弱さとの裏返しなのよ」

 ツキヨソウは父の好きな花だった。

 昔どこぞの洞窟で、ツキヨソウが真っ白な雪のように群生するのを見たことがあるのだという。母の髪も、父はしばしばツキヨソウにたとえて賞賛していた。


「………か、」

「え?」

「お前はこのまま、ずっと日陰でいいのか?」


 振り向くと、真っ直ぐな目が静かにこちらを見つめていた。

「オウリ」

 アリウスが私だけに視線を向けて、他の誰でもない私の名を呼ぶ。

「お前はいい女だ。………私は、国のためにも自分のためにも、この先お前を手放すことはないだろう」

「なに、急に…………」

 甘い囁きどころか、閨でさえ稀に名を呼ぶくらいで、明確な愛の言葉を貰ったことはない。そんなこと元々寡黙な人だからと随分前に諦めてしまっていた。

 それだけに、心臓が妙な具合に跳ねた。

 多分甘やかな期待ではなくて。ざわりと背筋を撫でるのは、不穏。

 貴方らしくもないと笑って誤魔化そうとして、いつもと違う彼の様子にオウリは口をつぐんだ。


「リコから、書状が来た。お前を返さねば蟲の卵をことごとく潰すと」

「な、…………」

 喉が焼きついたような、醜く枯れた声が漏れた。


 優しくて情けないわりに頭が固い、ずっと兄代わりだった忠実な従者の顔が脳裏に浮かんだ。生命をいたずらに殺すのは彼の最も嫌うところだ。けれどその彼が、命を盾にした。

「我々に蟲を生み出す技術はない。この島は翼を奪われればすぐにでも、パンゲア内にありながら孤立するだろう」

 変わってしまった。そう思ったオウリは、しかし次の瞬間自ら首を振った。

 いや、目を逸らしていたのは自分の方だ。

 時はこれまでも止まることなくずっと流れていた。仇と契ったオウリと同じように、裏切られたリコにも同じだけの月日が。


「……じゃあ、父さんの次は、私を捨てるのね………?」

 責めるような口調には、やはりなり損なった。

「違う」

「でも、貴方が選べるのは一つじゃない」

「……違う」

「違わないわ」

 彼は人だ。

 けれど完璧を求められる王でもある。

 間違った選択をすれば、本当にこの国を滅ぼせてしまう。

 だから哀しみや憤りよりもまず先に、「仕方ない」という諦観をオウリは飲み下さなければならなかった。

「オウリ、私は――――」




「私が言いたいのはつまり――――私からは(・・・・)公私ともに手を離せない、ということだ」

 一瞬、何を言われているのか、分からなかった。

「彼は明日の夜迎えに来る。…………君の部屋の鍵は明日は役人でなく、私が預かっておこう」



 ずっと伸ばした手は予期せず届いた。そして突き放された。

 同時に、いかにもこの人らしい「言い訳」だと思った。


 彼から手を離すことはない。

 彼にはすでに母から受け継いだ技や歌について、すべて話している。有用性を認識している以上、公人としての彼はオウリをただの娘として放逐することはできない。離れるならそれは、オウリが自ら逃げ出したときだ。

 警備の責任も、鍵を王が持っていたというなら誰も責められない。

 そして明日の夜、彼は鍵を開けておくだろう。

 ――――やっぱり。

 そう思い至った瞬間の虚しさを、なんと言えばいいだろう。

 彼は父や、歌物語にあるような明確な愛の言葉なんてくれない。父の血の付いた手と躊躇うように、オウリへ触れるのを止める。

 言葉もなく、温もりもなく、ただその真っ直ぐな眼差しだけを寄越す人。


 ――――逃げるといい。


 どうしようもなく不器用な、この人らしい情の示し方。

 この人は生涯、自分を許すことはない。もし仮に彼が救われる唯一の道があるとすれば、それはオウリ自身が罰を下すとき。

 裁きではなく、罰。

 この夜の散歩もオウリが仇を討ち、逃げ出すために設けられた時間だったのがしれない。


「………今夜は、月が綺麗だな」

 アリウスは空を見上げた。

 磨き抜かれた銀貨をぱっくり半分に割ったような月が地上を照らしていた。


 王は太陽。手を伸ばして望む者だけに慈しみをそそぐ月と違い、地上のあまねくを照らす強い光でなければならない。

 彼に月明かりは似合わない。闇を照らす彼は、孤高の太陽だ。

 明けない夜を一人ひたすらに歩いてゆく。

 誰にも心を開かず、誰にも愛を告げず、今はまだ未熟なこの国を遥かに遠い夜明けへ率いてゆく。


「ねえ、」

 フクロウという鳥がいる。

 空を真っ黒の闇の占める、夜の間だけ飛ぶ鳥だという。

「………キス、して?」

 アリウスは真面目な話にいきなり水を差されたことに困惑したのか、少しだけ眉を寄せた。それでも、身を屈めるとアリウスはオウリの望みを叶えた。

 彼の肩に手をかけ、それから私はそれ以上の言葉を遮るように軽く踵を浮かせた。


 分かってるよ、叔父さん。私はもう貴方が望むほど幼くはない。

 でもその言葉を私は口に出さない。









 ――――私は、フクロウ

 この国の闇に飛ぼう。

 一人ぼっちのこの人が道を迷わぬように。


 この国がもっともっと時を重ね、たくさんの人が国と人についてを考えるようになったそのとき。彼らは己の足で立ち上がり、作り物の太陽を必要としなくなるだろう。


 でもそれはまだ、きっと果てしなく遠い未来。

 だから私は明けゆく日そのまで、この人と共に罪を抱えて、半月の夜空に飛ぼう。





 叶うはずもなかった恋に堕ちた。


 月の掛かる短い夜の間限りの逢瀬。許しきることも憎み切ることもなく、明日も明後日も私は暗い塔の中で月が昇るのを待ち続けるだろう。

 これは、日に日に満ちてゆくけれど咲かすことの許されない私だけが歌う恋。

 迎えに来たあの人が扉を開くその一瞬のためだけに、私は生きて、歌うだろう。








 ◇◇◇◇







「ふむ、案外残ったものよの」


 髭を撫でる王の足は、外壁から侵入してきた水で膝まで浸かっていた。

 大広間の浸水を辛うじて防いでいるのは、膨大な水圧に対すにはあまりに薄いドアだけだ。それもすでに危うく軋み始めている。

 王はその玉座に侍る男たちの顔を一人一人、確かめるように見渡した。


「僭越ながら、我らが独断を持ちまして王后陛下並びに王子王女殿下方には船に乗っていただいております」

「船には“閃光”もおりますれば」

「あれは命に替えても殿下方を育て上げるでしょう」

「どうか我らの伴をお許しくだされ」


 そこに居並ぶのは両の手の指の数にも満たぬ男たち。しかし子を生み育て、家を譲り、それでもなおたった一人の主に忠心を捧げ、王もまた己が懐刀と恃んだ臣たちだった。

 避難船に皆を押し込めたのちなお城に踏みとどまり、彼らはパンゲアと共に殉ずることを選んだ。千二百年の長きが育んだ臣として忠節を尊んできた彼らに、降って湧いたような「自由」は精神を否定し美しさを殺す破壊者でしかない。

 各々相応に老いた彼らには戦う力はもはやなく、また新しい世を拓く力もない。

 有終の美、という言葉がある。

 これからを生きる若者たちのために場所を譲るのは、彼らにのみ課せられた最後の務めだった。

「――――貧乏クジじゃの」

「言ってくださいますな陛下」

 長年片腕として彼を補佐し続けてくれた老宰相は、すいと枯れ枝のようなしわがれた指で片眼鏡を直した。

「そう言えば………あやつはどうした?」

 ふと、王はそこに何となくいそうな気がしていた男の姿がないことに気がついた。

 こう言っては何だが、ジエンは遠慮のない男である。飄々とこの場に揃っている気がしたのだが、その姿は広間のどこにも見えない。

 あの妙なところで律儀な働き者がこの場にいないことが、少しだけ気に掛かった。

 しかし老臣の一人は笑って肩を竦めた。


「陛下、あれならきっと今頃女房のところですよ」

「………なんじゃ、案外薄情なやつだの」

「そうですかねえ。いかにもあの男らしいでしょう」

「わしらに別れの一言も言わんでか」

 拗ねたように口を尖らす主に、家臣たちも頬を緩めた。

 そういう男だ、昔から。

 ここよりも自分に相応しい場所(・・・・・・)へ向かったのだということも、分かっている。

 仁義を通した後は脇目も振らず屋敷に戻る男の背が、目に浮かぶようだった。

「亡くなってからもずっと、年甲斐もなくベタ惚れでしたからねぇ」

「はっはっは、成る程それは仕方がない。ギスタフの男は奇人変人が多いが皆不思議と情が深いからな」

「ええ、仕方ありません。今頃のんびり自分の屋敷で最後の時を待っていますよ」










 どん、と扉を破る音がした。

 水圧が扉を蹴破り、瞬く間に視界を満たす。渦を巻く濁流に呑まれたと気づいたのは、体が何か巨大な固まりに叩きつけられてからだった。

 苦しい。

 呼吸を奪われ、音を奪われ、指の一本すら動かせないほどの激流。

 死ぬのか。ここで、ようやく。


 深く暗い夜の海に、視界一杯の白が渦を巻く。

 つい先程まで最期の一服と燻らせていた紫煙かと思ったが、考えてみればこんな海中で煙が浮かぶわけがない。


 ――――花だ。


 雪のように清らで真白の花が、嵐のようにその花弁を散らして枯れてゆく。長い役目を終えて、名残も躊躇いもなく。

 圧倒的だった。歓喜に踊るようにムシヤライは、海中の吹雪となって枯れてゆく。柵に囚われ後悔し続けてきた男の人生の、最期を飾るには勿体ないほどの光景だ。


 ――――あいつはとうとう母を、彼女たちを解き放ったのだ。





 死する者がそうある様に、このときジエンは束の間の夢を見た。

 水を掻いてようよう一人屋敷に戻り、唯一愛した人の姿絵の前での一服の紫煙の狭間に――――夢を見た。

 屋敷はすでに渦へと飲み込まれ、扉を弾き飛ばして入り込んできた奔流にあっという間に体を攫われた。肺を逆流する海水。押し流されてきた家具に打ち付けられた四肢は重く、水を蹴る力もない。

(もう、いいよな………?)

 長い長い、夜を歩いていた。

 この国はこれからどんどんと変わるだろう。あいつは少女に手を引かれて、いつしかまた歩き出すだろう。

 フクロウという哀しい人柱を過去のものとして、彼らは未来へと向かう。

(なあ、マリア。俺ァ、許してくれなんて言わねぇよ)


 後悔はした。

 馬鹿もやったし、苦しんで喜んで、悔やんでばかり。

 笑って泣いて――――生きた。

 だからどんなに後悔をしても己の選択した己の人生を、戻れないからといってすべて否定したくはなかった。後悔ばかりでも、それだけは己れの誇りだった。

(だからよ、もうお前のところに……行っても良いだろ?)

 この先どんどんと忘れられてゆくであろうマリアを、きっと自分は過去のものと割り切ることは出来ない。アークの沈んだ今、新しい世界なんか想像もつかない年寄りには、どう歩いていけばいいかも分からない。

 何より、そろそろゆっくりと座りたかった。


(いつも喧嘩したときみたいにそっぽ向いたままでいいから、お前の隣に座りたいんだよ)

 頑固なお前が「仕方ないんだから」って笑ってくれるまで、今度こそ、いくらでも待てるから。



 ジエンは左手を伸ばした。

 有事のため剣を持つ右手を空けるのは軍人の決まりだ。

 今も昔もへっぽこ剣術だったとはいえ、マリアのエスコートはいつも左手だった。

 






 ◇◇◇◇









 ダヴィドと共に青年を担ぎ、島を離れかけようとしていた船に何とか乗り込んだときには、東の空はうっすらと白み始めていた。

 急速に沈む巨大建造物が作り出す狂暴な渦潮から逃れんと、水夫たちの怒声が飛び交う。

「綱を断て、蟲はもう使えん!!」

「いいから船を引っくり返される前に逃がしてやれ!」

 船運びと呼ばれた蟲たちが暴れていた。水夫たちは折角拾った命を今更難破で捨ててはたまらぬと、蟲と船を繋ぐ縄を次々と解いてゆく。


 あちこちの船からは、まだ呼び止めようと試みる貴族たちの蟲操りの歌が切々と繰り返されている。

 しかし、蟲たちは一匹としてその呼び掛けに応じなかった。

 何か抑えを振り切ったかのように、次々とアーク島を追い海中へと消えてゆく。



「………蟲はもう、歌では縛れん」

 鎖を解き放たれた兄弟たちはもはやただ己の身一つ、天地にあるだけ。人に縛られる生き方を選ぶことはない。

 空も大地もまたしかり。パンゲア中の蟲が今頃尽く逃げ出していることだろう。

 ダヴィドはため息を吐いた。

「どうするんだ」

「どう……って、何が?」

 首を傾げる青年に、ダヴィドは挑発するように目を細めた。

「蟲は帰ってこない。つまりはパンゲアは諸国に対し盾も剣も失ったわけだ。この国はもうおしまいだ」

「あほらし。このくらいで人は滅びやしないよ。ほらオール」

 手漕ぎに切り替えたらしい水夫たちが、乗客をとっ捕まえて板切れを握らせている。その一枚を受け取った青年はダヴィドの手を取りちゃっかりと押し付けた。

「さあ、まず生き延びなきゃならないんだから、陸までしっかり漕いで貰わないと」

「なんで私が……お前が漕がんか」

「無理。さっきまで肩外れてたんだよ。ほら、炎症おこしかけてる」

 変色した男の肩に心配そうな目を向ける妹。

 動力を失い今にも沖へ流されてゆきそうな船。

 非常に、非常に気に食わないが、ここで騒ぎ立てるほどダヴィドは子供ではなく、また現状も余裕はなかった。


「……人間ってさ、案外図太い生き物なんだよ」

 見ればあちこちでせっかく助かったのに渦に巻き込まれぬよう、貴族たちがぎゃあぎゃあと嘆いたり文句を言いながらも、蟲なき船は動き始めていた。

「武器ならある。商人というのは利己的だ。それを消費する者たちもまたしかり。損益のルールさえ整えてやれば自ずと形は定まる。貴族階級は諸外国への知識や血縁があるから、突然には無くせないだろうけど……でも緩やかに、力だけを削がれ飼い殺しになっていくんだろうね」


 十年、百年、千年。

 それでも、と目蓋を閉じるこの男の目には、どんな遠い未来が描かれているのだろう。聡過ぎるこの男の見る世界は、見え過ぎてしまうような、覗くには足踏みするそら恐ろしさがある。

 だが、この男はなお進むことを選んだ。

 歩むに足る未来を、見出だした。


 そうそう変わらない。けれど永遠に変わらぬままではいられない。

 人という生き物の、理。




「なあ」

「うん?」

「ルルーはお前に、結局何て名前を付けたんだ?」





 夜明けの空には自由を取り戻した蟲たちの翼が、朝日を浴びて煌めいていた。










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