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破顔

「顔面崩壊」という意味ではなく。

気持ちよくぱっと「わらう」です。







 さて。

 ここで物語は一度、ルルーが“正史”に辿り着く頃より半日ほど遡る。

 空の色が夕暮れの藍を濃くするその頃、ギスタフ家の屋敷では青の紋章を纏った兵たちがいよいよ「陽動作戦」にあたるべく意気を調えていた。







 黒衣の美女が悠然と階段を下り、直立して居並ぶ男どもの面構えを一瞥した。

 纏められていない緩やかに波打つ髪を微風に揺らめかせる様は、物語のヒロインが登場と共に主人公の心を奪う一幕のようでもある。

 しかし後で聞いたところによれば、その瞬間、イワンの顔色は傍目から見ていたカーヒルにも明らかに分かるほど真っ青に変色していたのだという。

 先頭に立っていた青年を見とめると美女は赤い唇を艶やかな弧にし、親しげに微笑んだ。

「――――あら、お父様が預けて下さると言っていた隊はお前のだったの?」

 冷やかに踵を鳴らして歩み寄るなり、楽師のように麗しい白磁の指がひたひたと嬲る様に青年の頬を叩く。これだけの美女に甚振られるならある意味男冥利に尽きるのかもしれないが、生憎とその目は女という以前に冷徹に兵と戦況を見定める指揮官のそれだ。

 本人はもちろんそんなつもりはないのだろうが、この時点でイワンはすでに失神寸前だった。

「し、シアナお嬢様………な、な、何故貴女が!?」

「あらやだ、決まってるじゃない。私の可愛い弟たちを助けに来たのよ」

 分かり切ったことを一々聞かないで、と彼女はころころと微笑みながら切り捨てた。



 嵐のごとく舞い降りた「指揮官殿」に作戦についての細かな確認と報告を終えると、イワンはズボンに手のひらを擦り付けた。知らず緊張の汗をかいていた。

 イワンの良き上司にして主人のロードが突然王宮の衛兵たちに連れられ投獄されたのが四日前のこと。

 仮にも当主の座にある者を汚い地下牢に放り込むことはなかろうが、謂れなき罪のオンパレードに流石に何かの間違いだと主張すべく先代、ジエンが動きだしたのかと思えば………まさか王宮に乗り込むことになろうとは。さらには、まさかこの(ひと)を作戦の総指揮として召還してくるとは。

 正直、特に後者については他の人選はなかったのかと思う。

「イワン殿」

「あ、はい。なんでしょうか」

 己の思考に埋没していたイワンは慌てて顔を上げた。いけない。士官の有り様はすぐさま部下の士気に伝播する。これから大事をなしに行くというのに、これでは仲間の足を引っ張りかねない。

 だが声をかけてきた男は気にするなというように目尻に小皺を寄せ、にっこりと微笑んだ。

 確かカーヒルと名乗っていたシアナの連れだ。

「大丈夫ですか?」

「え?」

「汗がすごいですよ」

 男は左手で自分の額を示し、気遣わしげに手拭いを差し出した。断わろうとしたが「どうぞ、遠慮なく使ってください。女人用のハンカチは別に持ってるんで」と、ほざかれた台詞はさておき男でも惚れ惚れするほど色っぽく微笑まれた。

「すいません……『騒ぎ』が終わったら洗って返します」

「いえいえ、気にしないでください。それより、私も貴方に訊きたいことがありまして」

「何でしょうか?」

 首を捻ったイワンに彼は束の間、躊躇うように視線をさ迷わせた。

「隊の皆さんのうち何名か、随分と彼女を………その、………遠慮しておられるようですけど、何かあったんですか?」

 大分婉曲な言い回しで、ある意味予想されていた点を問われた。

「あー………」

「あ、言い辛いことなら結構ですよ」

「いえ、別にそういうことではないんですが……」

 今更隠すようなことでもない。しかし手拭いの礼代わりだと口を開きかけたところで、ふっと背後から艶めかしい吐息が首筋をくすぐり、イワンはその場に凍り付いた。

 妖気だ。背後に黒い妖気が漂っている……!

「――――やだわ、こんなところで二人して人の噂話?」

 温めた蜜のような甘い口調には、しかし致死性の猛毒が潜んでいることをイワンは経験則から知っている。

 背後に立っていたのは軍服に着替えた噂の指揮官殿だった。

「おや、早かったですね。仕度はもう済んだのですか?」

 のんびりと、そしてさりげなくカーヒルが話題を逸らした。

「ええ、先生。軍服なんて貴婦人のドレスなんかより余程簡単だもの。そう時間なんてかかるものじゃないわ」

「そういう勇ましい格好は初めて見ますが、なかなか似合ってますね。凛々しくて惚れ直しそうですよ」

「ふふ、先生ったら」

 直球の賛辞にシアナお嬢様が冷気を引っ込め、代わりにうっすらと頬を染める。

 ……このカーヒルという男、意外と大物なのかもしれない。イワンは少しだけ優男然とした詩人を見直した。

「しかしそれにしても早かったですよね。着たことがあるんですか?」

 ドレスなぞより確かに簡単に出来ているとはいえ、正規の軍服にはベルトや素人には正体不明の収納が付いていることも多い。しかし彼女はさほど時をかけず、けれど完璧に着こなしている。

 カーヒルが疑問に思うのももっともであった。

「まあ、ね。子供の頃、彼らも一緒にちょおっと『おままごと』に付きあわせたことがあって、それで着方を覚えてたの」

「え、軍事訓練では、……」

「嫌ね。お嬢様の私がそんなことするわけないでしょ。『おままごと』よ」

 その瞬間、傾げかけた首筋にひた、と冷たい万年筆が当たった。余計なことを吹き込むんじゃない、とお嬢様的丁寧語で修飾された最後通牒だ。

 余程この男に知られたくないのか、蕩かすような囁きさえも恐ろしすぎて振り向けない。

「ねぇイワン?」

「はい、ただの『おままごと』でありますお嬢様!」

 哀れ、イワンは強調された犬が反射的に前足を差し出すように応じた。



 イワンは建国期以来ギスタフ家の陪臣として旗を背負って走り仕えてきたという家系へ、次男坊として生を受けた。

 貴族という生き物は、スカートからパンツがはみ出しているような幼い頃からしきたりの中で生きてゆく。そして、その最たるが主従という名のヒエラルキーであった。

 ガキの時分、世の貴族令嬢がそうあるようにシアナ「お嬢様」もまた、しばしば陪臣の子供らを侍らせて遊んでいた。

 ただ、平和の世のしがない陪臣になるべく生まれたイワンにとっての不幸は、有能な変人奇人を輩出することの多いギスタフ家の令嬢がただいたずらに供を侍らせておくだけで飽き足りる筈がなかった、ということだろう。

 領内で行われていた軍事調練を見ていた彼女はある日、何を思ったか父親に意見書を提出した。

 曰く、

「陪臣の子供らを中心に幼少の頃から相応しい教育と基礎訓練を施すことで、将来の優秀な士官を育成する」

 とのこと。

 確かに理には叶っている。

 しかし当事者からすれば堪ったものではない。

 しがない側近で終わるつもりだったイワンたち子供らの泰然と悲鳴を聞き流し、彼女の案は脳味噌まで筋肉に侵された軍人畑の親父らの全面的協力のもと両手を挙げて採択された。

 シアナを知る子供たちには、初めから予感があったのだ。虫の知らせ、とも言えるかもしれない。

 「大丈夫よ! 骨格が作られ切らないうちに無茶な訓練したらその後の成長に影響するそうだし、精々戦ごっこ、いえ、ままごとみたいなものよ」

 言葉尻だけ捉えれば微笑ましいものだがギスタフとは、元々妙なところで凝り性な一族である。良家の子女然とした愛くるしい外見に似合わずその血を色濃く継いだ少女は特注の軍服に身を包み、面白がったジエンやマリア、グリフといったやはり凝り性な一家が面白がって過去の文献から引っ張り出してきた有効そうな訓練を施し、子供らの心にそれはそれは深いトラウマを植え付けた。

 その後色々あったものの、当時の地獄の(しご)きに肩を叩き慰め合って耐え忍んだ者たちは、なんだかんだと今では確かに優秀な幹部士官となっているわけだから、まあ無駄ではなかったのだろう。


 よろしい、と仰々しく頷いたシアナは、

「私も今更お嬢様なんて呼ばれるような身分じゃないんだけど」

 悪戯の見つかった幼子のように小さく笑って肩を竦めた。

 イワン首を振った。

「いえ、我々にはギスタフを出られようとも、シアナ様はずっとシアナお嬢様ですから」

 一応、心からの返答だった。

 ハナタレの時分に逆らってはならぬ者として叩き込まれた上下関係は大の男になって時を経てなお未だ健在であり、イワンもまた他の子供ら同様彼女の存在はちょっと、……いやかなり怖い。

 ふうん、と彼女は束の間目を眇るも、カーヒル殿の前でこれ以上尻尾を出したくないのか追及はしなかった。

「そういえば、何かご用があったのでは?」

「ああ、そうだったわ」

 シアナは途端、その顔つきを白眼の底光りするような真剣なものへと変えた。

「さっきアシュの牢に張りついてた者から急ぎの連絡が入ったのよ。いいこと? これから言うことを今作戦に従事する者全員に、確実に伝えなさい」

 踵を打って背筋を伸ばしたイワンに、彼女は鋭い声音で朗々とそれを告げた。


「――――最速で城を制圧しろ。今作戦は時間との勝負、リミットは夜明けまでだ。自らの身の安全を第一とし、何かあれば(・・・・・)鎧を捨てて直ぐに海へ飛び込め」

「はっ! 復唱します」

 作戦の立案者、神算鬼謀を謳われたジエンをして言い切れぬ「何か」が、今夜起こる。だが、イワンはそれを問わず素早く頭の隅に追いやった。

 良い兵とは、主の命を速やかに実行する者。そして理不尽不条理について深く考えないことだ。いずれもこのお嬢様に刻み込まれた教えだ。

「どちらに転んでも、我々は歴史の岐路に立ち合うだろう。 しかし我が命に従う限り、多少の無茶は青スズランの元に許す」

 (……ああ、まったく)

 不運というならば、不世出のこの才が埋もれてしまったことだ。この力強い笑みひとつで、彼女は親父どもに男児でなかったことを後々まで悔やまれた。

 人を重ねた三角形の、ほぼ頂点に位置す血族に連なる貴人。

 真冬の烈風のごとく厳しいが、その代わり部下や寵愛を注ぐものを彼女は絶対に守る。

 死者を踏み越えることを厭わぬのがアシュとせば、彼女には「生きた」

人を踏み立つ矜持があった。貴族という、生まれながらにして人の上に立つことを教え込まれた人間の、苛烈さと高潔さがあった。

 ――――だからこそ、畏れと共に彼女にならば命を預けられる。


 正直、もっと無難な他の人選はなかったのかとも思う。

 先刻からずっと麻薬的なまでの興奮と武者震いが止まらない。思えばこの人の、ようやくの初陣だ。彼女と駆る初めての戦場だ。

 やはり自分にはギスタフ家の紋章を掲げて国を拓いてきた臣としての血が継がれているのかもしれない。


 この人が付いているなら自分たちはどこまでもやれてしまう。

 そんな危険な予感があるのだ。








 ◇◇◇◇








 人事の勘というか、人を見る目についてだけは昔からちょっとした自信が、ジエンにはある。

シアナ(あいつ)は昔から軍部の親父どもに人気があったからなぁ……)

 パンゲアの軍部は、ギスタフ、フォビアーニといった王に忠誠を誓った各家々とその家閥の複合体から構成されている。かつて領主ごとに抱えていた騎士団の名残を紋章を負った私兵、という形で残しているらしいのだが、どういうわけだかシアナはその家閥の垣根を越えて妙に年上の親父どもにモテた。

 むさ苦しい野郎共を魅せる才、というのだろうか。荒くれ男を相手取る港酒場を営んでいることからも分かる通り、豪胆さと情の篤さ、そして何より意地を通すべき場面を弁える不思議な侠気のようなものがあった。

 ギスタフ家の兵は軍部でも一、二を争う大派閥。そしてその能力を最大限に引き出す良将が率いるとせば、この空に閉ざされた小さな島の制圧など、さほど時をかけずに終わる。

(………いや、)

 ジエンは内心で首を振った。

 大人しく制圧されたふりをしながら案外、皆ギスタフ家の姉弟の手により巡りだしたその結末を見定めようとしているのかもしれない。

 まったく、この姉弟ときたら方向性は違えど天禀の人たらしなのだ。


(まあ、俺は俺のなすべきことをなすだけだ)

 妻を差し出し我が子を放逐し、ただこの国へ忠誠を誓った。だがその実態は現状を守ることに必死な、“英雄”などという二つ名の似合わない凡夫だ。ジエンは少なくとも己をそう評価している。




「お久しぶりにございます、陛下」

 かちゃかちゃと鎧や弓剣のぶつかり合う物々しい雰囲気の中、ジエンは赤いカーペットに恭しく跪いた。

「ほ。久しいの、ジエン」

 いかにも子供向けの絵本に出てきそうなふくふくしい好好爺然とした白髭を撫でながら、王太子を傍らに携えた老王は微笑んだ。

「よもやそなたが出張ってくるとは思わなんだ」

「人手不足でございましてな。老骨に鞭打って参上した次第です」

 鎧の上から更に黒衣のマントを纏った姿は、ふてぶてしい顔付きと相まってなんとも邪悪な雰囲気がある。

 その謀反人はここで、ふぅ、と悩ましげに眉をひそめた。

「それにしても陛下におかれましては……」

「ん? なんじゃの?」

「玉座を渡してとっとこ落ちられるかと思えば、流石流石。腹も厚ければ胆も太うございますな。いや、それとも玉座に尻がはまって抜けられなくなりましたかな?」

 しれっと毒を吐き散らした男に、青い顔で控えていた周囲がさっと気色ばんだ。

「貴様ッ!! 言わせておけば………!」

「これこれ落ち着かぬか。皆ギスタフ卿の顔をよく見ぬか」

 我慢の限界とばかり噛み付いた王太子を制し、王はたしなめるように手のひらで己の腹を撫でた。

「儂が元々こう肥っているように、卿も元々こういう悪い冗談が好きな男なんじゃよ。ほれ見てみよ、笑ておろうが。一々反応しておっては話は進まぬよ」

「ぬ…………」

「それに、卿は名うての戦上手。それがわざわざ重い腰を上げたのじゃ。なあ、卿よ。今更逃げるのも馬鹿らしかろ」

「はは、私も随分と買い被られていたようですな。しかし忠心より申し上げれば、陛下には尻尾を巻いて逃げて頂きとうございました」

「なに、尻尾を出そうにも椅子に尻がはまって動けぬのよ」

「それは難儀ですな」

「じゃろ?」

 穏健派の王はしばしば息子の王太子と軍部の縮小を巡り対立していた。周囲は自然、気は優しいが弱腰の王と捉えていたが………いざ剣を突き付けられた姿は、彼らの想像していたものとはまるで違っていた。

 弱腰などではない。

 為政者としての穏やかさに隠れた老獪さを、彼らは初めて垣間見た。喉笛を裂かれる恐怖の中、なお変わらず笑ってみせるというのは並みの精神ではない。

 和やかな二人と青ざめた年若い王太子を見やり、家臣たちは二つの意味で困惑した顔を見合せた。


「……しかしまぁ、冗談はこの辺りにして本題に入りましょうか」

 王は頷いた。

「申してみよ。冠はやれんがの」

「ご安心を。私の願いは陛下のお命などと大それたものではございませぬ。ただ、勅をひとつ、そのはまった玉座よりアーク全土に発して頂きとうございます」

「ふむ? いかなる勅かの?」


 ジエンはおもむろに立ち上がり腕を伸ばすと、踵を軸に指をぐるりと広間に一巡りさせた。

「この地の民すべて、今より直ちに島から出でて、我が用意したる船に乗るようにと」

 王は僅かに顔をしかめた。

「すべて、か?」

「はい。貴族だけでなくメイドからコック、厩番に到るまでの者すべて、でございます。刻限は夜明けまで。それを過ぎたる者は………」

 チャキッと剣帯を鳴らせばひっ、と引きつれた息を呑む声が聞こえた。

 王のみはふむむと唸りつつ顎を撫でた。

「だがの、(から)の島など得てなんとする? いかな佳兵とてギスタフ家の兵は神速の機動力旨とするという。攻めるは易かろうが、守りには向かぬと儂にも分かるぞ?」

 島ひとつともなればいかな公爵家とはいえ、彼らだけで維持するのは不可能だ。手に入れたところでもて余す。結果、警備が手薄になるは明白だった。


「――――この国の興りし時、一つの約定が交わされました。今、それが果たされようとしています。真実であれば、この島は夜明けを待たずして海に沈むでしょう」

「馬鹿な………」

「我らが『愚行』もそう言われると思ったがゆえですよ、王太子殿下。ですが、これは誓って冗談などではありませぬ」

 ジエンは第三王子に持ちかけられた取り引きと蟲師の少年に聞いた話、そしてアシュの存在についてを語った。

 眉唾物の話だ。しかし、王族に連なる者や一部の貴族はその約定に潜んだ「意味」に気付き、顔を青ざめさせた。

「案外時がないのですよ。我々には」

「いや、………いや、卿ならば城へ派兵するまでもなく事態を納められただろう。むしろ何故事前に止められなんだ」

 まぶたを震わせつつも必死に憤りを抑える王太子に、ジエンは聞き分けのない子供に聞かせるように微苦笑を浮かべた。

「私とて昨日耳に入れたばかりでしてな。今も一応人はやっておりますか、確実に止めようには一足遅うございました。まあもちろん、間に合えばそれに越したことはありませんがな。それに……」

「今のアークの高度は微々たるもの。沈むも早い、というところか」

「ご明察」

 ジエンの言葉を次いだ王は、深い息を吐いた。


 人を逃すというのは、決して容易いことではない。ましてや島中の人間をとなれば、それなりの時間がかかる。

 それを見込んでジエンはこの大パフォーマンスを行い、強制的誘導用の(・・・・)手勢を散らした。

 万一の島が落ちる可能性に備え、落ちぬときは一人逆賊の責を負う。どちらに転んでも最小被害に抑えられるように。

「……卿はも少し真面目な顔に生まれておれば、このような損はしなかったろうの」

「私は自分のなすべきことをなすだけ。そこに損得なんてありませんよ。むしろ白髪首ひとつで陛下の臣民の命の保険となるならば安いものです」

 にや、と彼は唇の端を吊り上げて悪戯小僧のように無邪気に破顔した。どうせ敵役を本気で楽しんでいるのだ。

 普段はあれだけ人を食ったような飄々とした体のくせに、どうしてどうして。阿呆で損な男だ。


「……卿の願い、あい分かった。パンゲア国王の名で勅を発しよう。……そなたのなすべきこととやら、思うままにやるがよい」

 王は侍従に玉璽を持ってこさせると、緋の敷布にくるまれたそれをジエンに渡した。止める者はなかった。

 ジエンは深く頭を垂れ、黄金に輝く印を受け取った。

「ありがとうございます、我が君。陛下にお仕えできたこと、このジエン生涯の誇りにございます」

 長居は無用といかにも彼らしい早急さで漆黒のマントを翻し、ついに振り向くことなくジエンは大広間を後にした。


 空には月が傾き始めていた。







あー長かった。

次回、ようやく主人公たちに戻ります。

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