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フクロウは夜に飛ぶ

閑話的なの。

短いです。








「……君には、酷なことをしたと思っている」


 窓から細く月明かりが差していた。

 春が近いのだろう。最上級の調度品がやっつけ仕事で詰め込まれて床を占めるだけの小さな部屋に、男が引き入れてきた風は柔らかく流れ込んだ。湿った藁と土の匂いがした。

 顔を埋めたまま、少女は訪問者に泣きつかれて赤く腫れたまぶたをあげた。感情のない目だけが、ガラス玉のように月影を映す。何を言っているのか、いや、そもそも何故アリウスが訪れてきたのかも理解できないようであった。

 詰られ責められるよりもそれは遥かに雄弁だ。どんな言葉も彼女からすれば咎人の言い訳に過ぎず、自分は彼女にどう償おうと、そもそもその考え自体がただのエゴでしかないのかもしれない。

 けれどこのままここで怯んで、ただ立ち尽くしていたくはなかった。

 アリウスは一度目を閉じ息を吸うと、腹を据えた。


「王である私はいかな謝罪も出来ない。……だが君は、私の殺した弟の、遺児だ。これから話すことはただ一人の愚かな男の戯れ言と聞き流してくれても構わないから、少しだけ……付き合ってくれないか」

 訝しげに目を細める少女に、まだ彼女の心が死んでいないことを悟り少しだけほっとする。払いのけられるならそれでいいと思いながら、女人に対する礼として手を伸ばした。


 月の綺麗な夜だった








 ◇◇◇◇







 夜の散歩は、いつから始まったのだろう。

 船に持ち込まれた土と、いつの間にかその土に芽吹いた名も知らない草花を踏む。

 歩くほどに、青い匂いが濃くなる気がした。芽吹きの、どこか雪解け水にしっとりと濡れたような春の香りだ。

 (いや、)

 オウリは首を振った。

 むしろいつからかを考えるのも億劫なほどの日常に組み込まれてどれ程経ったのか、だろうか。

 

 父を殺したアリウスは捕らえた姪に、夜の間だけ塔を出て庭を歩くことを許した。未だくらげなす国造りに日夜を問わず奔走していたはずのアリウスが、何故か自らオウリの付き添いを買って出たのだ。

 家臣との間で随分と揉めたそれを、彼にしては珍しく強引に押し切ったらしいということは大分後になって知った。肝心の船操りの歌を殆ど習っていなかったオウリは、フィロ一族の者たちからすれば期待外れの役立たずもいいところだったろう。歌は歌えても船は使えぬ、人質にしかならなかった。出せば出したで報復を招く恐れのある役立たず。

 何故彼が尖塔の扉を開いたのか。オウリには未だに分からない。



 ――――梟という鳥がいる。

 遠い北部の一地域に生息するというその鳥は、音のない翼を持ち、夜の間だけ飛ぶという。


「体が大層柔らかく出来ているらしく首がこう、くるりと後ろまで回るのだ」

 夜の散歩で彼はその日一日の出来事をつぶさに語る。

 今夜は使節団の献上品に紛れていたという鳥についてだった。

 アリウスは弁が立つように見えて、実のところあまり自分の心情を口にしない人だ。無駄話やら必要以上のことを面白おかしく伝えるのは、むしろ下手といっていい。

 だがそのアリウスがぼそぼそと口ごもる――――相応しい言葉を吟味して結局陳腐なありきたりの言葉しか浮かばなかったかのような――――拙い説明と、身振り手振りで聞かせてくれる「外」の話が、オウリは案外嫌いではなかった。

「白銀で、清らかな翼の……美しい鳥だった」

「白? そんな姿、野では生きづらいだろうに」

「いや、草や森ではなく雪に紛れるための色らしい」

 軽く眉をひそめたオウリに、アリウスはやはり真面目腐った顔で応えた。

 父ならここで歯の浮くような台詞の一つも吐いただろうに、この男ときたらオウリの疑問に対し一々馬鹿正直に回答する。極秘事項など答えられないことには口をつぐむくらいで、知りうる限り、いや知らないことでもわざわざ調べてきて「昨日のあれはどうやら……」といった具合でぼそぼそと報告してくるほどだ。

 ゆけもしない塔の外の景色や獣の話を聞くのはいつも妙な感覚だったが、あるいはアリウスにとってこの夜の散歩は、自由を奪ったオウリへの懺悔のつもりなのかもしれない。以前、どうせ自分はここから出られないのだし、適当な答えでもバレやしないだろうと言えば、彼は「私が話したいのだ」と寂しそうに笑った。

 あれからどれくらい経ったか。それもやはりすでに日常に埋もれて、逆算するのも今更だ。ただ、それ以来もうその問いは訊ねていない。

 彼は少女の耳目をあがうように、沢山の話をした。

 美しい景色。

 珍しい草木。

 弟を殺したときのこと。

 彼の家族や一族のこと。

 この国と民の未来のこと。

 そして、オウリに強いられるであろう未来のこと。

 オウリは大概聞き役だった。話は長い時もあれば短い時もあるし、日を分けてまったく別人の真逆の意見を述べだしたりすることもある。とりとめがなく多様で多彩、話下手だが内容自体は流石に国を興しただけはあり非常に豊かだ。

 夜の散歩が好きになるまで、時間はかからなかった。

 

「夜に飛ぶ、か。なんだか少し素敵ね」

 そう言うと伯父はもう幾年目かになる星空を背負い振り返ると、不思議そうな顔で小さく首を傾げた。

「夜は暗いぞ? もっと明るい昼間に、思いのまま囀る方が良いのではないか?」

「確かにそれも素敵だけど………」

 オウリは両手を羽ばたくように高く澄んだ夜空へ広げた。

「月の光を独り占めしながらこんな春の夜を飛んでみるのも、きっと凄く気持ちが良いわ」

 目をぱちくりと見開くアリウスにオウリは腰に手をあて胸を張った。

「もし生まれ変わることが出来たなら、私はきっと梟に生まれ変わるわ。なんなら伯父さんも一緒にいかが?」

「私もか? 私は別に蟲でも飛べると思うが……」

「羽音がうるさいし全然違うわ! もっと静かに、抒情的に、よ」

「抒情的ねえ……いや、済まない」

 大人びたことを言って見せるのが余程おかしかったのか、アリウスは漏らしかけた苦笑を咳払いで誤魔化した。

「……そうだな。そなたと一緒ならば確かに楽しそうだ。梟ならば夜目も利くし、人とはまた違う景色が見れるのかもしれん」

「じゃあ……」

 彼が珍しく口元を綻ばせ、多分それが嬉しかったのだと思う。

「ああ。もし生まれ変わるときには、――――私も一緒に連れていっておくれ」


 こんなに綺麗に笑う人を、オウリは他に知らない。







下書きタイトルは「そのとき歴史が動いた」。

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