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狐の反撃





 羽虫でも飛び込んだか。


 ジ、と獣脂の焦げるにおいと共に、(あかがね)色に壁を濡らす灯影が揺れる。

 (おり)のように行き場を見失い、停滞した空気。屍体の気配というのは何年、何十年経ても空気に染みつくものなのだろうか。ここはいつ訪れても気が滅入る。

「閣下、」

 姿を認めた役人が鞭打つ手を止め礼をとろうとするのをジェレミアは片手で制した。

「気を失っているのか?」

「は、どうに軟弱な奴で。――――おい、起きろ!」

 役人に小突かれ、革手錠に吊られ俯いていた青年が小さな呻きと共に重たげに目蓋を上げた。


(若い………)


 “狐”。

 グリフ=ギスタフ。

 あるいは“嘆く者(アシュ)”。


 いくつもの名を纏い強かに生き延びてきたその青年の面立ちに、ジェレミア=フォビアーニは束の間内心の動揺を隠さなければならなかった。

「本当に……お前が“狐”なのか?」

 集る羽虫を払う気力もないのか、壁に寄りかかるがままだ。ひゅー、ひゅー、と喉を抜ける風の音を繰り返してから、青年はゆっくりと頷くように瞬きをした。

「こんな、若造に私は負けたのか?」

 答えはない。片方きりの黒い瞳がじっとこちらを見上げている。

「何がお前をここまでさせたのだろうな」

 憔悴してなお整った容貌自体は、どちらかというと父より母のマリアに似ている。剣や弓を持つ軍人という風情ではない。だがそれは決して脆弱さなどではなく、もっと別の油断ならなさというか、強かさのようなものがあった。

 もし、この青年が大禍なく成長していたら、どれほどの器量だっただろう。

 なまじあいつの息子だっただけに、そんな見果てぬ夢を描いてしまうのかもしれない。





 貴族階級に生まれた多くの男たちがそうであるように若かりし日のジェレミアはしばしば狐狩りに興じた。

 晴れた秋の日に、軽やかな乗馬服を纏い自慢の猟犬を引き連れて集まる。獲物への期待に胸を弾ませ木立を分けて進んでゆけば、やがて犬たちの声の調子が変わり、追い立てられた狐が突然、藪の中から飛び出してくる。

 犬を駆り、馬を駆り、やがて取り囲まれた狐に向かい、矢をつがえる。

 浮遊の島アークの主力にして、貴族の若者たちにとっては花形である飛空蟲部隊。蟲と人が一体となって飛ぶため、体幹と弓の腕を鍛えることを目的として貴族ではしばしば狩りが嗜まれる。ジェレミアもまた、狐狩りに夢中になった。

 多分、性に合っていたのだと思う。体を動かすのも好きだったし、地力がはっきりと成果に出るのは自らの研鑽と次への楽しみに繋がる。

 逃れられないことを悟った狐の目に浮かぶのは絶望と恐怖。

 力をもって獲物を追い詰め、生死を握り、彼我の優越を舐めながら、――――討つ。


 スエンニでの失態は、ジェレミアにかつてないほどの屈辱を与えた。

 個人の戦術的にも政治の場における戦略的にも、ジェレミアは徹底的に負けた。“狐”がスエンニを核に外海の諸国への繋がりを太くし始めたと聞いて、宮廷内の主戦派を集めんと「金の矢」を立ち上げさせたのはもはや老兵としての意地だ。

 年功が必ずしも実を伴うとは限らない事くらい、ジェレミアも承知している。だが統一された天下を乱す不穏を刈り取るのは、四大公爵家たるフォビアーニの役目だと思った。


 しかし今、あの“狐”は身内であるはずの商人たちに売られ、鎖に繋がれてここにいる。

 一国を翻弄した策士の、いっそ呆気ないほどの末路だった。

 政とは、こういうものなのだろうか。

 神算鬼謀をもって“英雄”と謳われたジエンも、麒麟児と呼ばれ養子に見いだされたロードも、この青年も。圧巻の才を持ちながら、ギスタフ一族は落日の途を辿っている。

 ジェレミアには分からない。

 今や青年は矢じりの向こうで死を待つ獲物だった。


 

「………、……」

 ふと、掠れきって声にならない言葉で青年は青く変色した唇を震わせた。

「――――今、何と?」

「え?」

「……いや、よい」

 振り向いた牢番にジェレミアは首を振った。

 思わず訊き返すもそれが限界だったのか、気を失うようにして青年の身体からは力が抜けていた。

(顔立ちは母親似だが……)


 この、目は。

 恐れや怯えではない。況してや絶望などではあるはずもなく。

 見間違いならいい。だが、一瞬閃いたのは思わず息を呑むほどに強い、食らいつかんとする貪欲な光。捕らえたつもりが、招き入れてしまっただけなのかもしれない。

(いや、)

 不穏を払うようにジェレミアは頭を振った。

 あんなものはただの言い伝えだ。

 そう、何を恐れることがある。

 狐は捕らえた。あとはゆるりと命を握り潰すだけ。

 たまたま今回は危機感に欠けた、狐なのだ。迫り来る死を認識しきれていないのだ。きっと。



 ――――この島の、深部に。


 切れて血の滲んだ唇の動きは、確かにそう言っていた。

 笑っていたような気がした。








 ◇◇◇◇










 嗅覚というのは、痛覚に比べ遥かに順応性が高い。



 要は必要性の違いなのだと思う。

 己が肉体に近づく危機を知らせるのが嗅覚の役目、己が肉体に起こる異常を中枢に伝えるのが痛覚の役目。死ぬまでは異常は異常として注進し続けねばならない「痛み」に対し、未だ渦中にある危機なら警戒に意識を割かれるするを無駄として切り捨てられるのが「臭い」だ。


 湿っぽい牢に満ちるのは乾ききらぬ血脂や汗と糞尿が混じり合う、独特の臭気。それらを苗床にした黴の臭い。

 ここへ放り込まれた最初頃こそ顔をしかめたそれも、三日も過ごせば薄暗闇共々、それなりに慣れる。

(…………寒い、のかな)

 何を警戒してか窓すらない石の牢は、風こそ吹き込むことはないが、しんしんと石床の足元から這い上がる冷気が満ちている。部屋のすみにいかにもおざなりに積まれた薄い寝藁程度で防げる寒さではなかった。

 (どうなんだろう)

 首を上げる。視界にはすぐさま頑健な黒鉄の手枷が映る。すり切れた手首が赤く腫れて、じりじりと鈍い熱を孕んでいた。それだけではない。誰かさんの余計な進言のせいで外された肩もこの寒さにあてられてか、昨夜から嫌な疼きに変わり始めていた。


「やァ、気分はどうだイ?」


 これまた重たげな鋼鉄の扉に据え付けられた小さな覗き窓の越しに、見慣れた金の目がひょっこり覗いた。

「……ロキ、」

「ぷはっ、ヒドイ顔。そう睨まないで、お見舞いだヨ」

 再び引っ込んだ頭に、アシュはすっかり憔悴しきった身をのろのろと起こした。

 ロキが外で二言三言見張りの役人に何事か言い含めるのが聞こえる。やがて老人の悲鳴のような音と共に扉が開かれた。


「ホラ差し入れ。君、カンカン草の実好きだったよネ」

「………何しに来たんだい?」

 果物籠を小脇に抱え、青年は勝手知ったる様子で誰かの血反吐で薄汚れた床へ踏み込むと、牢番に預かったらしい鍵束をこれ見よがしにジャラジャラと指先で弄んだ。

「だからお見舞いだっテ。ホイ」

「……ハァ。今の俺は誰かさんのせいで鍵をもらっても自力じゃ外せないよ」

「んー? ……あ、そっかそっか。ゴメン、忘れてたヨ。肩外しとけばっテ言っちゃったんだっけネ」


 へらへらと謝りつつ、ロキはアシュの足元へと放り出した鍵束を再び拾い上げるとそのうちの一本を手枷の穴へと差し込んだ。カチリ、と小さな手応えと共にあれほど重く煩わしかった両手首の拘束が呆気ないほど簡単に失せる。

 とはいっても、いまだ両肩は外れているため腕は上がらず、足には鉄球付きの鎖が繋がっていたのだが。

 ぶらぶらと妙に節張った水袋でもぶら下げているような不快感にアシュは軽く眉をひそめ、一応駄目元で訊ねてみることにした。

「なあロキ」

「アイヨ」

「ついでに肩も嵌めてくれないか?」

「果物なら俺が剥いてあげるヨ?」

「いらん。嵌めてくれれば自分で剥く」

「遠慮するナって。ちゃんとこの俺が手ずから食べさせてあげるカラ」



 ときに飢えた母子から衣服を毟り取るような非情な商人としての顔も持つはずのこの男は、しかし一度気に入った人間に対しては妙なところで世話焼きだ。彼の中ではその酷薄さとお節介は相反すことなく同居している。

 ロキの指がカンカンの実を剥き始めると、狭い牢内はにわかに芳醇な香りで場違いに塗り替えられる。

「ひょっとするト、これが最期の晩餐になるかもしれないんだシ?」

 ほら口開けて、とロキは自身も干し魚のように大きく口を開けた。

 外皮を剥がれ汁を(したた)らせた柔らかそうな白い果肉と、あーんと口を開けた世話焼き男の間抜け面とを交互に眺めたのち、アシュは口を噤んでふいと顔を逸らした。

「………毒なんか入ってないヨ?」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「………………ぅむ、ンごッ! ごぼッ!?」


 突っ込まれた。

 左手でがっちり顎を開かされた状態で固定され、捻じ込まれた果肉が抵抗する前歯に押しつぶされて甘い果汁を強制的に喉へと流し込む。

 カンカンの実は毛の生えた硬い外皮の内に、重量のおよそ六割を占める豊富で、しかも栄養価の高い果汁を蓄えた「荒野の命水」とも言われる西方の果実である。味も粘性も強いそれを果肉に挿した麦藁から少しずつ啜るのが通常の味わい方だ。

 確かに好物だがいくらなんでもこんな食べ方はしない。勢いよく気管に流れ込んできた甘味に思わず噎せると鼻の奥がつんと痛み、アシュは早々に心を無にして飲み込むことに専念した。

 ただでさえ嬉しくない男の「手ずから」に、肺呼吸で生きる生物としての危機が追加された。

 世話焼き男はなにが気に入ったか知らないが大人しくなったアシュにせっせと果物を、器用に片手で剥いては運び剥いてはまた運んでくる。ちらっと横目で籠を見ると、どうやら剥きやすいようにあらかじめナイフで切り込みを入れてきたらしい。確信犯である。



 一通り餌を与え終えると、ロキは満足そうに果汁で汚れた手を拭きながら言った。

「――――聞いたヨ。君、まともに食事も摂らされテないんだってネ?」

 試すように、薄暗い牢の中でさえその金の瞳が底光りしているのが見て取れる。

 アークに弓引いた大逆人たる“狐”の取り調べは昼夜を問わず、凄惨を極めた。アシュが生きているのは単に、他に代えもないため生かされているに過ぎない。実際は今もかなり無理を押してこの青年に対している。


「馬鹿だネェ。ホントはぼろぼろノくせ二、すぐそウやって意地張るんだかラ」

「…………」

 アシュは溜息を吐くと口をすぼめ、口内に残ったカンカンの実の種を青年に向かい噴き出した。

 硬い種は狙いを過たずロキの眉間に命中した。

「って! 何すんだイ」

「この通り、イキの良い“狐”なんざ御前で何しでかすか分からんからじゃないか?」

「フン。減らず口だけは健全みたいだネ、っと!」

「!!!?」

 突き飛ばされ、踏みとどまることも出来ず床に崩れ落ちる。不自然に殴打した肩に、途端火箸をあてられたような激痛が走った。

「――――ッぅ……!!」

「あは、君ともあろう者が惨めだネェ? 地を這う気分は、シグと同じその景色はどうだイ?」


 愉しげに。

 囁くように。

 ロキは身を屈め膝をつくとアシュの髪――――染料をすっかり流され薄闇の中でもなお輝く白銀と(・・・)なった(・・・)その髪を、いたぶる様に緩やかに梳く。


「もう一度言ウ。君はつくづく馬鹿だ。大馬鹿だ。見栄張ってこんな粘らないで、もっとささっとゲロっちゃえば良かったんだよ」

 魔性ともいえる笑みで頭を撫でるのがいい加減うっとおしいのか、青年の眉間は時間の経過と共に険しくなってゆく。

 どうやら見栄もしっかりばれていたらしい。

「ククク……まあでも、この調子じゃ『強がり“狐”も程よく弱った』みたいだシ、今回のお客様はなんたって王子様だからネ。俺も早めに恙なク、取引を終えちゃいたイなあ」

「成る程……そりゃわざわざご丁寧に(・・・・)

「ふふ、俺たちみたいナ類の人間は君のことが大好きだからネ」

 アシュがこの黴臭い空間で憔悴を待つ、最大の理由。

 やがて満足したのか茶目っ気たっぷりに片目を瞑ると、ロキは膝を払い立ち上がった。

「君は頭がいい、一緒にいて愉しい友人だったヨ」

 

 アシュは束の間、腹の底からこみ上げてきた言い得ぬ昂りに、震えた。

 時間だ。運命は回る。止まらない。……止められない。


 その瞬間に向けて。


「――――さあ君モお待ちかね、『お客様』のお出ましダ」










 がやがやと長靴の石畳を打つ音が近づき、やがて押し入ってきたその一団にロキは慇懃に礼をする。


「これはこれハ、殿下二おかれましてハご機嫌麗しゅう……」

「よい。商人風情のご託など耳障りだ」

 場違いなほど煌びやかに従者たちに囲まれて現れた小太りの少年はロキの向上をにべもなく切り捨てた。

「なんとも臭い場所だ。こんなところで平気で物を食べられる、貴様らの気がしれんな」


 第三王子、ゼーレン=フィロ

 秘宝によりかつての中央集権国家への回帰を目標として掲げる過激派「金の矢」に擁立された少年。

 そして、パンゲア開闢より脈々とその歴史と血統を守ってきたフィロ王室に連なる者である。


 まだ少年の骨格を抜けきらぬ年若い王子はハンカチで鼻を押さえたまま、不快感を隠そうともしないまま床に潰れたアシュを見下ろした。高貴な生まれゆえこんなところを訪ねる機会もなかったのだろう。きょろきょろと眼球だけをせわしなく動かしている。

「これか」

「はい。殿下のお望みの『宝』の秘密に、このパンゲアで最も精通した者でございましょう。証拠にほら、この通り。自らに“天涯の月”を宿す術を身に着けております」

「っつ……!」

 ロキは芝居がかった仕草で膝をつくとアシュの頭を掴み、白銀の髪を殊更見せつけるように少年に捧げた。


 歴代のフクロウたちを肉片も残さぬほど切り捌き探し続けてもなお見つからず、長く謎に包まれていた“天涯の月”。

 “空白の真実”を研究しついにそれを突き止めた男と聞かされてはいても、やはり信じ難かったのだろう。実物を見るなり明らかに色を変えた王子と、その取り巻きの舐るような視線が己に集中するのを感じ、アシュは内心苦笑した。

 彼女がここにいなくて良かったと思った。

 こんな状況でそんなことを想っている自分が妙に滑稽だった。




 ロキ――――いや、スエンニ商工連の上層部がゼーレン王子率いる「金の矢」に密かに“取引”を持ちかけたのはアシュが(ここ)に押し込められた前日のことである。

 王家の権威の復興を掲げる彼らはこの島に王祖アリウスの残した回天の秘策なる兵器があると信じている。

 


 ――――島の地下には宝がある。

 ――――分かたれた半月は女神のもとへの道標に過ぎない。



 ゼーレンは不思議な毛物を見るように、掲げられた青年の相貌を最前列でまじまじと観察した。

「ふん、これが兄上たちをも悩ませた“狐”か。思っていたよりも随分と優男だが……成る程、小狡そうな顔をしておる」

「……………」

 その血統の正当さを示すかのような、高位貴族とフィロ王室に現れる貴色――――闇色の髪と同色の眼。

 アシュは守り慈しまれてきた者特有の、幼さすら感じさせる傲慢な顔立ちをじっと見返した。

 すると何を勘違いしたのか、王子はにたりと意地悪く口の端を下卑た笑みに歪めた。


「ああ、今更命乞いなどとジエン翁に期待するなよ? 貴様の名はすでに貴族名鑑からも削られておる。貴様の存在など初めから無かったこととして、な」

 どっと、賛同を示すよう取り巻きたちから嘲笑が上がる。


 貴族に生まれ、選民思想を糧に育ちながら彼らに共通しているのは、いずれも己自身への卑屈さと裏表の傲慢さだった。

 見た限りではまだ成人を迎えたか迎えていないかというような年若い者が多い。家を継ぐ長男やその代理となる可能性のある次男はいない。大方、才もなく使いようもなく持て余された貴族の三男四男、といったところなのだろう。

(知らない、んだろうなぁ。やっぱり………)

 確たる誇りや信念を育むことができず、身の丈に合わぬ権威ばかりに振り回されている、少年たち。

 腹立ちや屈辱は感じなかった。むしろ、都合がよい。


 ――――宝は王家のもの。でもそれをこの男は独り占めしている。

 ――――大いなる力の秘密を、あろうことか独り占めしてこの浮遊の島まで奪おうと企んでる。


 そんな権威ばかりが歪に突き出した少年たちを走り出させたのが「大人」なら、それらしい噂を吹き込むのも「大人」だ。

 フクロウの発現のコントロールという目に見えた「奇跡」は現状に鬱した、けれど夢見がちなお子様方には何か新しく素晴らしいものが始まる福音に見えたのだろう。

 ――――それが“狐”の反撃の狼煙とも知らず。

 今も見なくとも少年たちの背後でロキが薄っすらと笑っているのが分かる。


 

 “狐”には商工連という牙はない。ルルーの救出と引き換えに自ら折った。

 武勇も誇りもない狐は、獅子にも竜にもなれない。


(――――でも最後の瞬間まで、狡猾であれるんだよ)

 アシュに残された手札は“虚空の泉”で得た知識。島を、いや船を操る。蟲人のリコとカイルたち口外を避けた二人を除けば、実質アシュは彼女の叡智に触れた唯一の人間であると言っていい。

 沈めるのは簡単だ。船の深部で、歌えばいい。王族と四大公爵家当主にのみ伝えられる深部“フィロの正史”のもとで。その滅びの歌を、ムシヤライに閉ざされたコダエの里でアシュはすでに得ている。

 強力で、けれど使うチャンスが非常に限られたこの札をいかなタイミングで切り出すか。

 故に、アシュは賭けた。

 彼女を救うため、リースに託された使命を果たすため、そしてパンゲアの(・・・・・)歴史に自ら(・・・・・)幕を引く(・・・・)ために(・・・)

 肩を外され、極限まで衰弱してなお、アシュは昂りを感じていた。ゾクゾクする。臭いなど、危機など、感じようはずがない。

 ベッドの額を最大まで吊り上げて――――これから一切合財を、奪い返しにいくのだから。


 哀しみと理不尽は、清算されなければならない。彼が闘っているのはもはや王侯貴族たちでも、ましてや商工連でもない。

 かつて一人の王により編まれ、一人の女により守られてきた千二百年。

 奇跡のように築かれたパンゲアというこの国の仕組みそのもの。


 そのときを見逃すまいと残された片目を見開き、狐は待ち構えている。

(さあ、)

 あとは、堕ちゆく王権の未来を憂えたこの少年たちが望み、一人の囚人を深部へ引き立ててゆくのを待つばかり。



 (さあ、勝負(レイズ)だ。――――オウリ)









春休み中になんとか完結できるかぁ………




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