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空白の真実(下)


最近就寝が日付を股にかけるようになってきました。

深夜のテンションってカフェイン摂りすぎで脳内麻薬でも出てるのか、不思議と筆が進むんですよ。

いけませんね。

美容と健康のため、今日はこれを投稿してさっさと寝ることにします。


過去編もそろっとまとめにかかります。








「ほら、リコ! 早くしなさい。置いてくわよ」

「ま、待って下さい、姫様ぁ! そんなに早く“雲追い”を駆られては危ないですよぅ!! 」

青い顔で追いかけてくる従者の目の前で、少女は薄紅色に上気した頬の愛らしい面に、ニヤリと悪戯な笑みを浮かべる。この顔をするとき、ロクな事がないと経験則から知っている少年はヒッ、と頬を引き攣らせた。


「ほらッリコ、よーく見てなさい! ………それっ! 」

少女は細い喉を震わせ笛のような甲高い音色を奏でるなり、ぐんっ、と勢いよく手綱を引いた。

青空に煌めく白銀の髪をくるくると弧を描いてなびかせた、見事な旋回。

後方からの悲鳴にも似た制止は、いつものように耳元を吹き抜ける風の音で聞こえないフリだ。

「んーッ! 気持ちいいー!! 」

少女――――オルテは太陽に向かい手を伸ばす。

自由。

言葉だけ知るそれは、多分、どこまでも行けそうなこの瞬間のことを言うのだと、オルテは思う。

空を飛んでみたいという父の願いに、船の技術を駆使して母が生み出したのがこの“雲追い”と呼ばれる蟲たちらしい。他にも大地を邁進する“地駆け”、水辺で船を牽引する“船運び”などがあるが、オルテも父も、蟲の中では“雲追い”が一番好きだ。

空と海の狭間を風になって飛ぶ瞬間が、一番好きだった。




「ただいまー」

「はぁ……“(グランマム)”ただいま帰りました」

情けない顔をする兄代わりの従者と共に、少女はきらきらと各所で青く輝く回廊を抜けて母の部屋、“泉”へと向かう。

だが部屋に踏み込もうとしたところで、漏れてきた低い男の声にオルテは足を止めた。


「………リース、私は何もその船を寄越せといっている訳じゃない。今までのように帝国を平らげる力を貸す、それだけだ」

微かな焦燥を帯びた声。

……伯父だ。

顔を強張らせ「戻りましょう」と腕を引くリコにしっ、と短く制してからオウリは戸に耳をそばだてた。


「君はもうニルアナと婚姻を、我らフィロ一族と姻戚となったのだ。今帝国を叩かねば奴らは将来必ず牙を剥く。逆にここで抑えきればパンゲアは我らのものだ。君は弟と結ばれるとき、人として生きると言ったのだろう? いつまでも俯瞰するばかりの女神でいてもらっては困る」

激昂もあらわな伯父の怒声に、細く静かな母の声が続く。ただ、小さすぎて内容はここからでは聞き取れない。


「………ねえ、リコ。これ、この前母様が戦に船を出さないって言ってたヤツよね」

「……はい。ニルアナ様共々決められたことです。本来この船は人を殺す為のものではございません。今や帝国の脅威も無くなり、一族を守るという目的はすでに十二分に果たされております」

「じゃあ、どうしてアリウス伯父様は必要分以上の戦をするのかしら? 」

昔から、父も母も訪れてきた伯父としばしばこうして口論になっていた。とりわけ、憤りもあらわに伯父が帰ったあとの父の顔は、オウリが思わず声を掛けるのを躊躇うほど悲しいものだった。

オウリには難しいことは分からない。

だが一度、父に伯父の事を訊ねたとき、父は伯父を好きだと言っていた。怒りとか諦めとか言うには、思い詰めたように中空の一点を見つめる父の横顔はあまりに複雑で、それをすべて読み明かすのにオウリは幼過ぎた。


リコは眉をハの字に寄せ、少し困ったような顔でオウリの銀の髪を撫でた。

「……もう行きましょう、姫様。ほら、手もすっかり冷たくなってる。サナがきっと何か温かいものでも用意して待ってますよ」

「リコ、」

「ね。いい子ですから、行きますよ」


逃げるようにオウリの腕をとり引きずる少年は、こういう顔をするともう、何を言っても聞かない。

まだ七つになったばかりのオウリには、詳しいことは皆何も話さない。


生体特化で音感に優れた蟲人の従者リコとサナは、確かに遺伝的組成や歳は多少違うが、オウリと同じ培養層から生まれたはずだ。なのに、この事情もオウリと違い彼らはすべて承知しているらしい。

面と向かって狡い、と言ったことは何度かあるが、彼はやっぱり何も話す気のない困ったような顔で「姫様を守るのが僕の役目です」と笑っていた。


リコに手を引かれながら早足で回廊を進んでいたオウリは、ふと背後から視線を感じて振り向いた。

「姫様? 」

「……………ううん、なんでもない」

繋がれた手の導くままに再び前を向き、歩き出す。いくつか廊下の角を曲がったところで、リコの言葉通り丁度湯煙を上げた茶器を持って部屋に向かっていたサナと合流した。

オウリは誰もいないはずの背後へ振り向く。

あのとき。

丁度部屋から出たところであろう伯父と、目が合ったような気がした。



「――――母と同じ銀の髪の娘、か……」


人気の絶えた廊下に小さな呟きが落ち、消えた。





◇◇◇◇






より強い者が弱い者を平らげる。

それはときに哀れを誘う悲劇をいくらでも生むが、同時にこの世界の決まりのようなものだとアリウスは思っている。

アリウスの母は己れの夫と部族を滅ぼした男の妻となり、自分を生んだ。牙のない狼の運命は餓死か食われるだけ。私の一族に力さえあれば同じことをしたわ、と母は言った。


強くあること。

負けてはならぬこと。

一族を背負って立つことを定められたときからアリウスには勝者の安寧と敗者の末路、二つの未来がのし掛かっていたのだろう。



「………兄貴、もう終わりにしよう」

地図から視線だけ上げた兄に、ニルアナは女神を射止めたその美声で切々と語りかける。

「パンゲアは十分富んだだろう? この冬だって、誰も飢えずに越せた。もうこれ以上何を望むって言うんだ」

「ふ、遊び暮らすだけのお前が何を言う。その議論はいい加減聞き飽きた」

地図に印を書き入れる。帝国の蓄えてきたのは富だけではない。敵対する部族、押さえなければならない要所を書き連ねればそれこそキリがない。

アリウスはしばし逡巡したのち、朱筆に持ちかえると山間の集落の一つにバツを入れてニルアナに突き出した。

「三日後、船を出せ。蟲兵はこちらが引き受ける」

「兄貴!! 」

「これは命令だ。……口を慎め、ニルアナ。私はお前の兄ではあるがそれ以前に一族の長だ。フィロ一族を守り富ませるのが私の役目だ」

ニルアナは戦地で鍛えられたアリウスの低い恫喝にびくりと肩を震わせ、それから顔を背けると唇を噛んだ。

「…………兄貴は、変わったな」

「………………」

「俺は幼い頃、手を引いてくれた兄貴が好きだったよ」

「………………」

小さな汗ばんだ柔らかな手のひらが、ふと脳裏に浮かんだ。

踊り子の子として生まれた、腹違いの小さな弟は自分にとっては守るべき者だった。泣き虫で喧嘩のたびに苛められて逃げてくる。

その手を引くのはいつだって、兄のアリウスの役目だった。


「………何も変わらないものなど、ありはしない。私も、お前もだ」

自由で奔放なこの弟が羨ましいと思わなかったわけではない。

弱っちくて、泣き虫で。それなのに麦畑を吹き抜ける風のように豊かで、何者にも捉えられない自由な心。

羨ましいと、思わなかったわけがない。

吐息と共に答えを告げた途端、思い出の中の小さな手は離れ、やがて消えた。


「………いつまで続けるつもりなんだ? 」

「終わりなどない。私も敵も、生きている限り人は戦い、安寧を求め続ける。そういう風に出来ている」

「…………そう、か……分かったよ、兄貴」

顔を上げたニルアナの整った白い面が、くしゃりと泣き笑いのように歪んだ。

そこにアリウスの小さな弟はもういなかった。

真っ直ぐな目。まるで十数年のときを一気に駆けぬけてこの場に現れたかのように、大人になったニルアナは告げる。


「俺はもう、兄貴とはゆけない。こんなこと(・・・・・)をいつまでも続けるために、リースを肉体に繋ぎ止めたわけじゃない。こんなことに彼女の命の時間を使われるくらいなら――――俺はフィロを捨てるよ」



(……どこかで、)

否定して欲しかった。

自由やら愛やら。自分には無く、こいつの持っているすべてに。

「こんなもの」と、心のどこかで否定して欲しかったのかもしれない。



「………何を、言っている? つまらん冗談はよせ」

「冗談なんかじゃない。俺は、いや、俺たちはフィロを捨てる。あんたが馬鹿にした、歌い暮らすだけの生活に戻るよ」

「何故? フィロを、捨てるだと? 弱者のお前が、…………私の一族を、私を、……捨て……る? 」

真っ白になった頭に、楔を打ち付けるように自分の声が不協和音となって反響する。


捨てるのか?

捨てられるのか?

捨てられたのか、俺も、お前のように自由とか愛とかで笑うことができたのか?


「お前は……何故、」

いつも、

どんなに繋ぎ止めても、

「…………私を、置いていくんだ……? 」

いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも、


私は、お前が気儘に空を駆るのをただ見上げることしか出来ない。お前が当たり前に持つものは自分にはない。あるのはこの背にのし掛かる責務と業だけ。

小さな弟はもういない。



「…………めだ……」

「兄貴? 」

「……駄目だ……行かせない」

ゆらりと椅子を立ったアリウスに、ニルアナは戸惑いがちに名を呼ぶ。

だがアリウスの耳には届かなかった。

「どうしたんだ兄貴、なあ、アリウス? 」

「……お前はずっと、泣き虫のニルアナのままでいいんだ」

不穏な気配を察してか、ニルアナが一歩後ずさる。しかし軍人としての自分と所詮楽士としての弟とでは造りが違う。

素早く手首を掴み、呻き声を上げる間もなく捩り上げる。そして流れる一連の動作のまま、背後の壁に叩きつけるようにして男にしては白い喉を絞めた。

「くッぁ……兄、……! 」

「――――ニルアナ、私も覚えているよ。お前の手を引いた日々の事を。お前は私を変わったと言ったが、それは手段だけだ。私自身はあのときから、何も変わらない」

確かにあの頃と比べれば自分は力を持ったのかもしれない。

でも結局それは行動の表層に過ぎず、本質的なところは何も変わらない。

『こんなもの』に囚われたまま、風の吹き抜ける高い空をただ仰ぐ。


見開かれた黒い瞳に映りこむのは、狂気を走らせた自分。

逃れることすら思い付かず、奔放な弟を羨む矮小な自分。

喉にかかる指に圧力が増す。

何事か言うためにか、あるいは呼吸を求めてか。はくはくと動く口が赤い。

「…ぃッ……ゃめ、…………」

「変わらないよ、私は。これまでも、これからも。一族を、お前を導くのが私の役目だ」

刹那。

宙を掻く指が頬に触れ、爪形に歪んだ。(おこり)のように震える軸のずれた視線が絡み、――――



ニルアナの胸に、血に濡れた鋼が生えた。








「アリウス様!! ご無事でしたか!? 」


戸口で控えていた衛兵の一人だろうか。ずぶり、と肉を割く嫌な音が、剣と共に抜けてゆく。

立てられた爪がずるずるとアリウスの肌を抉りながら、力ない腕共々床へ滑り落ちた。

ずしゃ、と不恰好に崩れ落ちた身体から、じわじわと赤が絨毯の紋様を侵食してゆく。

「……………あ、」

「陛下、危険です。お下がりください! 」

膝をつこうとしたら有無を言わせぬ強さで腕を引かれ、たちまち鎧の背に視界を阻まれた。

武骨な鉄鋼を仕込んだ手や足がたおやかな楽士の遺骸を取り囲む。

「これは王弟殿下か? 」

「玉体に歯向かうとはなんと愚かな……」

「女神を騙した奸臣か」

「あまつさえ謀叛を起こさんとしていたという噂もあるぞ」


ざわめきの中に紛れ込む悪意が戦を厭い、歌を愛した一人の青年の無垢を容赦無く踏み躙る。

呆然と立ち尽くすアリウスに、まだ青さの残る若者が隠しきれぬ喜色に目を輝かせながら跪いた。戦場においては常にアリウスの片腕として仕えてきた古参の老兵も、興奮もあらわに喉を震わせた。

「陛下、おめでとうございます。これで貴方の御代を(・・・・・・)苛む者(・・・)は消えましたぞ」

「――――ッ!! 」


ニルアナはこれまで政には関わってこなかった。

ひたすらただ弟であること、女神との橋渡し役として徹した。

思えば弟は、自分の分と限界を始めからよくわきまえていたのかもしれない。政治の才を持たず、歌うことしか出来ず。しかしその無防備さに対し、思いがけず彼の得た力は余りに強大。

……故にとうとう、帝国を下したアリウスにとっての最後の脅威となってしまった。

力は力により排される。

アリウスは跪く家臣たちを見渡した。

集う面々はまるで揃えたようにアリウスが特に信を置く精鋭ばかり。主に忠誠を誓い、誓いのままに行動した忠実な男たちだ。

まるで戯曲か、でなければもはや神々の皮肉だ。



(勝者は、)

安寧を得、皆に等しく与えなければならない。 跪き見上げる彼らの期待に応えなければならない。

すべて自分の選んだ道だった。

空の手のひらを握り締めるとアリウスは俯いた顔をあげ、部屋の光景ごと脳裏に焼き付けるように睥睨する。


パンゲアを併合する若き王たるアリウスにはもう、ニルアナの亡骸に縋り泣くことは許されなかった。









◇◇◇◇






おびただしい革靴の床を打つ音と、がちゃがちゃとぶつかり合う甲冑の武骨な音が夜を切り裂く。

人より遥かに優れた聴覚を持った蟲人のリコとサナは、近づいてくるこの不穏な騒音に束の間顔を見合わせた。

「………私、ちょっと見てくるわ」

「じゃあ僕は(グランマム)と姫様のところへ」

頷き合い、二人は素早く廊下を別れた。


(今夜はニルアナ様も帰っていない………まさか、何かあったのかも……? )

ちらちらと青い灯火の並ぶ回廊を早足で制御室に向かいながら、リコは無意識のうちに唇を噛んでいた。

静か過ぎる闇に響く物々しい足音に、どうにも嫌な胸騒ぎがする。

(グランマム)の寝所たる泉は、船体の維持のみならず、彼女生命維持の根幹である。もちろん、泉の制御は“天涯の月”を持つリースとオウリしか行えない。パンゲアの人間たちは何も出来ないはずだ。

だが自分の位置と音の位置が同じ場所……泉に向かっている事に気づいた頃には、少年の足は廊下を駆け出していた。



「や、やだ離してッ!! 」

制御室に飛び込んだリコが目にしたのは、無数の刃に取り囲まれたまま呆然としたリースと、鎧の男たちの手で髪を掴まれ床に捩じ伏せられた痛々しい少女の姿だった。

恐怖に震えた声が耳朶を打った途端、カッと一気に頭に血が昇る。

「その手を離せッ! 姫様に何をする!! 」

「………これはこれは『女神』の使徒殿。お早いお着きだ」

中央から、剥き身のまま剣を提げた初老の男が進み出ると、その目尻に老獪なシワを寄せた。

リコはきっ、と鋭く男を睨み付けた。

「……貴様ら、フィロの者だろう。ニルアナ様への義理あって、今日まで協力を惜しまなかった我々に対し、これは何事か」

「ふ。そう、今宵の用件はそのニルアナ様の事ですよ」

おい、こいつにも見せてやれ、と男は背後に向かい顎をしゃくった。頷いた兵の一人がリコに向かい、何か抱えたまま呆然とするリースを突き飛ばした。


剣の林からまろび出た母を支えようと腕を伸ばしたところで、彼女の抱えた「モノ(・・)」に少年は愕然と目を見開いた。

「……な、んて、事を………!! 」


リースの腕に抱かれていたのは血に汚れた紫色の唇を微かに開いたまままぶたを閉じた――――ニルアナの首だった。




逆心、平和を乱す、裏切り者、奸臣。

朗々と男が得意気に述べる言葉が無為に耳元をすり抜けてゆく。

まるで守るようにひたすら夫の首をきつく抱き締めたリースを支え、リコは立ち尽くした。

何が起きたのだろう。

何が、起きているのだろう。

分からない。分かっているのはニルアナがあれだけ慕った兄に殺されたということだけだ。


「アリウス=フィロは来ないのですね。己れでは弁解すらするつもりはないのか。……穢らわしい肉親殺しめ」

「黙れ! 」

迫る刃は見えてはいたが避けることは出来なかった。肉が裂け、かつん、と骨に響く硬い嫌な音が肩口から響いた。次いで焼け付くような痛みが走る。

「あッあぁぁあああ!!! 」

噴き出す血潮。感覚の消えた右手がだらりと皮を繋いだままぶら下がった。

火箸を押し付けられたかのような凶悪な痛みが真っ白に思考を焼き尽くす。

一瞬、父に似た漆黒の瞳をこぼれ落ちそうなほど見開いた少女が唇を震わせる姿が視界を過った。

「おい、止せ」

「ですが、」

「この少年に用はない。目的のフィロの娘は捕らえた」

咎めるというより、一々些末なものにかかずりあうなというように男はひらりと手を振り、青年を後ろに下げた。


「女神殿。フィロと相容れぬらしい貴女に、もう利用価値はない。これからはオウリ様が我々の導き手だ。船を明け渡して貰おう」

再び、鋼の鈍い輝きが視界に煌めく。

(………ああ、そういうことか)

リースを抱いたまま、リコは今この場にあるすべてが無性に下らなく、そしてどうしようもなくやるせなくなった。

ニルアナは殺された。オウリは泣きながら、何か叫んでいる。

これが人という生き物なのかと思った。



「――――阿呆! ぼさっとするな、リコッ!!! 」

怒声と共に、乳白色の塊が投げつけられた。

リースや自分たち蟲人の自立型記憶媒介装置、ミーナだ。とっさに受け止め、顔を上げる。

「サナ! 」

「あんたは先に(グランマム)を連れて行きなさい! あたしが必ず姫様と一緒に追いかけるから!! 」

まなじりを吊り上げた少女が赤い唇を大きく開いた。


「うわあああ! 」

「な、何だこれは!! 」

一拍置いて、おびただしい羽音が室内を埋め尽くす。

蟲だった。広間を埋め尽くし、押しつぶすほどの蟲の大群。サナが“雲追い”を呼び集めたのだ。

突然の事に一瞬、乱れた包囲の隙を突き、リコはリースの手を引いて窓へと駆け寄る。振り返ると鮮やかな血煙がぱっと吹き上がり、リコはぎくりと足を止めた。

「――――姫様ッ!! 」

「馬鹿が止まるなッ、とっとと行けぇぇえ!! 」

骨を絶つ鈍い音と、サナの絶叫。

「行って、リコ!! 」

押さえつけられ刃の合間に取り残されたオウリと、刹那、目が合った。

「こんなときくらいぐずぐずしてないで、早く行きなさい!! 」

「ッ………待ってますから!! 」

リースを抱えたまま、リコは窓の向こうに広がる夜の海へと身を投げた。


闇へ反転する視界。

鎧のぶつかり合う音に混じる、蟲の歌。

逃走のための“舟運び”を呼びに、少年も泣きながら歌った。


それが、蟲人たる自分の守るべきだった少女との、最期の別れとなった。









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