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ダレンシス一族


故障パソコン様の初期化が決まりました。データはバックアップしておいたもの以外、尽く死滅です。

ケータイだと行間が分かりづらい………!


そんなわけで追って少々改稿するかもしれません。










「ダヴィド酒をくれ。強いヤツ、今すぐ」


帰ってくるなり叩きつけるように部屋のドアを閉めたアシュに、ダヴィドは目を剥いた。

「ちょっ、何? いきなりどうしたっていうのよ」

「お前が余計なこと吹き込んだからだよ。いいから早く、酒」

夜、しばしば仲間内で酒宴を楽しむこともあるダヴィドの部屋には持ち寄りや個人の秘蔵の酒瓶がいくつかストックされている。ただ、アシュは元々そんなに強くはないし、普段なら本人もそれをわきまえた飲み方をしていた。思えばあちこち敵の多いこの男なりに、うっかり余所に余計なことを漏らさぬための警戒でもあったのだろう。

だからこそ、こんな投げやりなアシュの姿は初めてだった。


「うっかり引火すれば阿呆が丸焼けになるくらい強いヤツ。あっただろう? 」

「……あれは酒屋の女将が冗談で造った蒸留酒よ。貴方死ぬ気? 」

キャビネットの前に立つなり追い掛けてきた注文にダヴィドは思わず眉をひそめた。


ルルーと出掛けたのが一時(約二時間)程前。そして、戻ってくるなりこれだ。

何があったか知らないがこっちに適当に酒を与えた後、ルルーの方も様子を見てきた方がいいかもしれない。

グラスとボトルを差し出すと、青年はすぐに栓を抜いた。


「あんなにいい子なのに、ルルーちゃんと一緒にいると何でか貴方はいつもボロボロね」

「そうかい? 」

「ええ。貴方、一見大胆に見えるけど代償を最小限にするのがやたら得意だったから」

「合理性は何に主観を置くかで変わる。それだけだよ」

でも、とダヴィドは思った。

今のアシュはまるで灯明に惹かれる羽虫のようだ。

何一つ盾を持たない少女を前に、焼き尽くされると知ってもただただ眩くて。より傷付かずに最大利益を上げることを本能のようにこなしてきたこの男らしくもなく、無償の傷だらけになってくる。

アシュはゴブリン織のソファに沈み、ひたすら機械的に杯を煽っていた。が、やがてぽつりと口を開いた。


「ダヴィド。ルルーをお前の養女に貰ってくれないか? 」

「………話が全く見えてこないんだけど」

「受けてくれるなら話す。聞いてみるか? 笑えるぞ」


くっと喉を鳴らしたそれは、笑みというより獣が口角を上げて牙を見せたようだった。

ぱちりと、暖炉の熾が爆ぜる。

「いいわ」

ため息と共にダヴィドは応えた。

「その代わり初めからよ、全部聞かせて。貴方の踊ってきたこの戯曲の筋書きを」





◇◇◇◇






「ロードお前、ロジェ=ダレンシスを知っているか? 」

「確か、アーク学府の創始者でしたか………そのくらいです」

「ふむ。まぁ、今の若いモンがそれだけ知ってりゃ上等だな。言い伝えによれば根っからの研究者肌で恐ろしく賢いが、中々イカれた男だったらしいぞ」


ぴちゃん、とどこかで雫が落ちた音が薄ら暗い洞窟を木霊しながら広がっていく。

所々垂れ下がったツキヨムシの青白い灯りと、先導する義父の持つカンテラの橙色の灯りだけがこの場における光源のすべてだ。

神代の折からの完璧な静寂を、ギスタフ家父子二人の足音が破壊して進む。

地下にも関わらず何故か星空のようにチカチカと瞬く洞内。外でも同じ様な、けれど全く異なる夜空が存在すると思うとどうにも奇妙な感覚だった。



スエンニでの作戦が失敗した後、アークに戻った義父、ジエン=ギスタフはいくどか査問を受けたがそれだけで、まるで初めから用意していたかのように速やかに引き継ぎをすると軍部を辞した。

ジェレミア=フォビアーニが作戦の失敗によりアークへもたらした経済的、政治的打撃に四苦八苦して駆けずり回っているのに対し、ジエンときたらのんびりと余生は趣味に生きるんだ、などと、はや隠居ジジイのようなことを抜かしている始末だ。

もはやジエンの目にこの国の存亡さえ映っていないことは、誰が見ても明らかだった。

無理もない。最愛の妻を亡くし子さえも罪人として失い、どうにか無聊を慰めてきた戦乱すら今は過去の出来事だ。

そして今回、その息子が反逆者として再び表舞台に姿を現したのだ。

――――疲れ果て、老いた英雄。

義父の「見せたいもの」とやらがなければ掴み掛かっていただろう。嘲笑する周囲の中で、ロードはひたすら黙して耐えた。

そんな半月が過ぎたある日、月を見上げていた義父がふいに夜の散歩に誘ったのだ。



「それにしても、神殿の地下にこのような場所があるとは………」

組石のいくつかをごとごと抜いたり差したりしたかと思うなり、神殿の地下室の壁が抜けたときには流石のロードも驚いた。

ツキヨムシに照らされた岩壁は恐ろしく滑らかで、円環に無数の棘が刺したような奇妙な紋様――――楽譜が並んでいる。生憎、ロードは楽譜という存在そのものは辛うじて知っているものの対した興味はない。もちろん、歴史的、文化的、経済的価値も分かりようがなかった。

ただ珍しくはあるので、物慣れぬ様子でしきりと周囲を見渡す。

「まぁ、ここはアークでも王家、四大公爵家、あとは一部の古くからの一族くらいしか知らんからな。口伝とか一子相伝とか、書物で伝えることは禁じられてるんだ。ギスタフ(うち)では当主の座を譲り渡すときに伝える決まりだ」

義父は本当に、当主を退くつもりなのだ。

途端、闇が肩にのし掛かるような重圧に、ロードは自分が無力な幼子になってしまったような気がした。


そんなロードの心中など知らぬ義父は飄々とした態度のままひたすら闇を裂いて進み、やがて止まった。

行き止まりか。

そう思って顔を上げた瞬間。青年は義父の重責も狐の存在も、この一時何もかもを忘れ――――凍り付いた。

「見事だろう。パンゲア開闢の御世より俺たちの先祖が脈々と担いできた神輿………いや、背負ってきた業かな」





黒々とした岩壁に、嵌め込まれた石がきらきらと火影を映し妖しく煌めく。

ざらりと緑柱石の鱗に覆われた体。金の脈に縁取られた滑らかな真珠色の翼。そしてまるで血のような、深紅の複眼。


古の神話の最高神にして、造化の神――――竜蟲。


すぐにでも平伏したくなるような清冽さに、あてられた。

同時にぞくりと粟立つ肌の感覚で、気づく。神威と呼ぶべきか。ここは人が気安く来て良い場所ではないのだ、と。




「もう何百年も昔の話なんだが、ロジェは学府を設立する際、ちと王家とぶつかってな。元は降嫁の歴史もある家なのに子爵にまで家格を落とされた」

突然切り出されたロジェの名に、ロードは訝しげに眉をひそめた。まあ聞け、と目鼻で促され、黙り込む。

「当然、ダレンシス家は抗った。――――そしてその意志は今も引き継がれている」

謀反なんて可愛いもんじゃないぜ、とジエンは鼻を鳴らした。


「ダレンシス一族が伝えたのはな、知識だ」

「知識? 」

「ああ。“フィロの正史”は後世、王家により(・・・・・)作られた偽物(・・・・・・)だってこと」

「……馬鹿馬鹿しいとしか自分には思えませんが」


あまりに信じ難い話……というより突拍子過ぎる。

“フィロの正史”といえば、この国の誰もが知る建国神話の原本だ。神話の解釈について学説を交わすどころか根本からの否定(・・・・・・・)では普通、呆れるほかないだろう。


「もちろん、それだけなら与太話で済むさ。問題は彼らがもうひとつ伝えた、この楽譜や古語の意味の方でな。考えてもみろ。そもそも何故王家と、王家に近しい上部の人間がわざわざ隠してきたと思う? 歴史ってのはその都度為政者の手により捻曲げられてきた。この国における神話が、まずそれさ。彼の一族が伝えてきたのは、王家が隠し続けてきた“空白の真実”を真っ向から暴く代物なんだよ」


ジエンはカンテラを掲げて美しい竜蟲の意匠を見上げた。

光に濡れて煌めく鱗の美しい創造神。

「王家にも、四大公爵家にも、もはや正しい記録はない………というか公式記録は尽く抹消されてるから元々残すつもりもなかったんだろう。怪しげな口伝や端切れのような伝承が辛うじてってとこだ。要するに、俺たちにはかつてパンゲアで何が起きたのか、祖先が何を秘したのかは詳しいことは分からない。ただそれがヤバイもんだって、“空白の真実”を暴かせてはならぬってぇ強迫観念だけが残った」

言葉は往々にして失われてゆくものだが露見して国を揺るがすほどの記録となると、そうはいかない。


ぴちゃん、とまた水音が響く。

「俺の妻、マリア=ギスタフは知ってるか? 」

ロードは頷いた。

義父の私室に今も飾られる、黒猫を抱いた亜麻色の髪の美しい淑女。

束の間、ジエンは静寂な闇に怯えるように腕を擦って、それからおもむろに口を開いた。



「マリアの旧姓はダレンシス。マリア=ダレンシス。その息子として生まれ、ダレンシス一族の知識を継いだのがグリフ=ギスタフ。俺たちが敵に回した(アシュ)は、いわばアークに抗うべくして生まれた時代の鬼子なんだよ」






◇◇◇◇





「当時はまだ、母の子守唄の意味も俺は知らなかったんだ。母も、教えるのは単語や失われたその意味くらいでね。随分あとになってからさ、それが意味を持つ『歌』なのだと知ったのは」


ほとんどが母音と無限の音階からなる古語は完全な形で伝え辛いため、時代と共に本来の意味も失われやすい。

ダレンシス一族はそんな古語を一語一語、寝物語のように親から子へ、長い年月を執念だけで密かに伝えてきたらしい。

ガラスの杯を弄びながらアシュはぽつぽつと思い付くままに“グリフ=ギスタフ”の少年時代を語ってゆく。夜も更けてきたためかひどく肌寒くて、暖炉の側で手を炙ったダヴィドはストールを羽織り直した。

ざわざわとうぶ毛を撫でられるような、墓場や斎場を歩くときの寒気だ。まるで、昔語りに誘われてた亡霊が数百年の長きを超えて、ひたりと背後に寄り添っているかのような。

アシュは何かを振り切るようにぐっとグラスを干すと再び口を開いた。

「……そんな中で母が誰にも、父親にも明かしてはいけないよと言ってから話してくれていた寝物語があるんだ」

「父親っていうと、ジエン=ギスタフね」

青年は首肯した。

「母は父を愛してはいたけど、それでもダレンシスの娘だった。あの(ひと)が語ったのはニルアナ=フィロという名の若者が兄に騙され恋人と引き裂かれる悲恋――――もうひとつの建国神話さ」



「ちょっ、ちょっとまって」

話の腰を折ってしまうのを承知で、片手を挙げてダヴィドは待ったをかけた。

「建国神話? もしかして月の女神リースとの悲恋のこと? でも、恋人の若者の名は確かカイだったはずよ」

アシュはゆるゆると首を横に振った。

「カイというのは元々『彼』のような男性を指す代名詞なんだ。本当の名はニルアナ=フィロ。王祖アリウス=フィロの弟だ」

「そんな話聞いたことないわよ………? 」

「そりゃそうさ。何せそっちの建国神話じゃ公明正大、仁徳篤い王祖様は保身と嫉妬のため実の弟を暗殺した挙げ句、その愛娘を高い塔の一室に幽閉してしまうんだからな」


現王家家名、フィロ。

死により約束を破る若者。

塔に幽閉された娘。


意地悪く片頬を吊り上げる青年に、いくつもの単語が脳裏を凄まじい勢いでパズルのように嵌まっていく。

「母曰く、娘の子孫が今の四大公爵家の祖なんだと。初めは馬鹿馬鹿しいと思ったよ。フクロウの発現条件は未だ殆どが不明なままだが、調べてみると確かに確率的には高位貴族に多い。昔なんか血の流失やら薄まるのを防ぐために血族婚も多かったそうだから、その頃の記録は殆どが四家からだ。統計に出ている」


ダヴィドは痛みを湛えるこめかみを押さえた。

「なんというか………頭がおかしくなりそうだわ」

「既成の価値観が崩されるんだからな。そんなもんだよ」

「貴方が地に足がつかないように見える(・・・・・・)理由がよく分かったわ。アシュ、貴方始めからこの国の作り上げてきた何もかもを、信じていないのね」

「そんなことないさ」

グラスを傾ける瞬間、青年は薄く笑ったような気がした。





◇◇◇◇






「マリアがフクロウ化したのは、本当に突然だった。グリフは事態を受け止めきれず呆然としたままの俺に逃げようと持ちかけてきた。マリアやグリフと違い、何も知らなかった俺は当たり前のように妻とギスタフの家名を天秤にかけてたよ。守るべきものと、空っぽの家名を」


ゆらゆらと紫煙が闇に溶けてゆく。

カンテラを床におき、適当な岩場に腰掛けたジエンは気だるげに葉巻をくわえた。

「俺はあてにならないと思ったんだろうな。グリフは一人で塔から母親を奪還した。信じ難いことだがガキ一人に警備は大混乱だったらしい。だが、俺はそんな奴が島を脱出する際の待ち合わせ場所にと告げられた蟲波止場に私兵を引き連れて待ち伏せたんだ」


――――許さない。


グリフからすれば、父は確かに妻を売った裏切り者だった。

脱出を目前とした所で、ジエンはフクロウと息子を捕らえた。必死に弟を庇う娘と呪詛を吐き散らす息子の姿は目に入らず、頭の中にあったのはただギスタフの名を守ることだけ。

流石に殺すには忍びなく「追放」という形を採ったが、あのとき、ジエンは子どもたちを突き落とすことに何も罪過を感じ得なかった。


――――みんなみんな、引きずり下ろしてやる。


海の青に消えていった息子。

思えばグリフは泣いていたのかもしれない。



「俺は何一つ、分かっていなかった。警備の兵を整備し直しフクロウを塔へ護送するまでの間、死に土産のつもりか、マリアはその神話とグリフに古語の教養を与えたことを明かした。上層部は寝耳に水。ダレンシス一族がそんな物騒なもんを伝えていたとようやく知った頃には、もうすべて後の祭りさ。ダレンシス家自体はすでに細々と繋ぐ程度だが、あっちこっちに嫁にいったり養子に入ったりで捕まりきらん。グリフはグリフでその数日間の混乱に乗じて完全に行方をくらました。――――マリアは、笑っていたよ」

最後の最後で致命的な一手を放ち、ただ一人アークに牙を剥いた彼女の宣戦布告だったのかもしれない。かつてジエンが心底惚れ込んだ、ハッとするほど美しい、自信に満ちた笑みだった。




◇◇◇◇





「よっぽど悪運が強かったのか俺たち姉弟はお師匠様に拾われてね。やがて長い旅の中でコダエの里や外史の存在を知った」


悪運?

(――――違う)

淡々としたアシュの言葉にダヴィドはすぐさま内心で首を振った。そんなものじゃない。

せいぜい言葉の綾のつもりだったが、彼の半生は戯曲という言葉すらぬるい。

まるで、運命だ。

世の学者が生涯をかけて追い求めるような代物を、流転する人生の中で少年は古の亡霊たちに手を引かれるように一つ一つ、気味が悪いほど正確に拾い上げてきた。

パチリと火の粉が飛ぶ。

「………もう止めときなさいよ」

「いや、もう少し呑ませてくれ。酔ってでもなけりゃこんな話出来そうもない」

微かな水音に次いで、グラスに注ぎ込まれる濃い酒の匂いがむっと鼻先を掠めた。

アシュの顔はすでに倒れないのが不思議なほど真っ赤だ。そのくせ目だけが酔うに酔いきれぬ哀しさを湛えていて、ダヴィドも制止の手を引かざるを得なかった。



正使でも外史でも、最後の最後はいつも銀のフクロウを求める歌詞で締め括る。彼は濃い酒気を帯びたまま言った。

「あらゆる伝承の要には必ずフクロウの名があった。また政治的にも俺は利用しなければならなかった。それがそのときの合理性では最善だったからね」

一旦言葉を切り、ふ、とアシュは自嘲気味に小さく笑った。


「最初は気紛れだったんだよ。銀の髪の女の子があんまりにもちっちゃくて無力で、可哀想だったから。欲しがるだろうなぁって言葉をあげて、食事や知識も与えて。優しくしてやればどう扱っても俺から離れられなくなるんじゃないかって、狡いけど思ったんだ」

「………………」

「でも違ったよ。あの子を可哀想だと思いたかったのは、俺の方。あの子には何もないけど、代わりに何物にも汚されていなかった」

気付いた途端、ひどく惨めになったとアシュは呟いた。

「同じように運命に弄ばれたくせに、俺はこんなに汚れてしまったのに、あの子だけお綺麗なままで。大切にしてやりたい反面ぼろぼろに踏みにじって、同じように憎しみにまみれて宿命を呪う俺のとこまで、堕ちてきてくれたらと………願うようになっていた」

「……それで、そんなルルーちゃんに告白されたは良いけど、思い余って自己嫌悪って訳ね」


可愛さ余って憎さ百倍、とはよく言ったものだ。

ダヴィドはため息を吐いた。

どうやら自分はこの男の激しさを見誤っていたらしい。

この男らしくもない猫可愛がりっぷりに、面白がってルルーをけしかけたのは尚早だったかもしれない。アシュにとってルルーは神聖な、侵してはならない美しいものだった。

跪き、届かないまま焦がれる、夜空の月のようなものだったのだ。


悪い酔いが廻ったのかぐったりと泥のようにテーブルに身を投げ出して、青年はクスクスと笑った。

「スエンニでバロットに誘われた。そのあとも娼館に潜った。……でも結局抱けなかった。欲はあるのに、気持ちが悪いんだ。心が従わない。体から魂が剥がれていくような――――俺も悪魔なんだと思い知らされたよ」


思うままに、心のままに。

真っ直ぐにしか生きられない。

(本気なのか)

ダヴィドは瞠目した。

遊びならまだ、後でルルー一人を慰めておけば良い。だが、本気となればなおのことタチが悪い。

この光と影のような正反対の二人では、双方致命的なまでに傷つけ合うことでしか、自身を表現出来ないだろう。

(悪魔は、)

不毛であるよう、定められた生き物だ。

奔放でありながら、それは哀しいほどに不自由で孤独。

復讐と愛、どちらをとってもアシュが完全に満たされることはないだろう。



「笑えるだろう? 」

「笑えない」

「笑えよ」

「笑えるわけないでしょ」

「馬鹿だなぁ。いいから笑えよ」

俯いたまま、アシュは両の手で額から闇色の髪を掻き上げた。

「………笑ってくれよ。頼むから」

青年は乞う。

「他の生き方なんか何一つ思い付かないくせに、本気で惚れてたんだから」


「アシュ」

「うん」

「養女の件、引き受けるわ。その代わり――――」

ひたりと、ダヴィドはソファに身を縮める、人を愛してしまった悪魔を見据えた。

「彼女と貴方自身のためよ。これが終わったら、ルルーちゃんにもう二度と会わないと誓って」

悪魔はほっと、心の底から安堵したように微笑み静かに頷いた。


「ありがとう、ダヴィド。君の信頼に賭けて誓うよ」









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