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理性とギャンブラーども

その頃舞台裏では、的な小話。

スエンニの屋敷でアシュがカイルとイカサマ賭博に興じていた辺り。







「フェムトさん。火薬組の方が仕掛け終わったようですよ」

「おや、思ったよりも早かったですね」

「ええ。今回はコダエ産の硫黄をはじめ、材料もたっぷりありましたし。それにどうも主様から『これで屋敷も一発で吹っ飛ばせる』新しいレシピも頂いたらしく、メイドのマーリーが俄然張り切って」

「………それはまぁ」

おっとりとした口調でとんでもないことを口走る古参のメイド頭にフェムトは苦笑した。いや、この程度で一々動じなくなった自分に自分に、か。


「“お客様”もまだいらっしゃりませんし、そろそろ囮と織り交ぜつつ主様方も乗船していただかないと」

「馬と荷物ならすでに船に届けてありますわ」

「では、そろそろ主様を呼びに行って参りますが………何か気になることでもありましたか?」


アシュ直々に集めた“影”と呼ばれるこの屋敷の使用人たち。その出自はフェムトにさえ知れない。

メイド頭を務めるセシアも元はさる高級娼館の遣り手だったとか、はたまた流しの傭兵であったとか、消息は遡るほど怪しげだ。

クスクスと口に手をあて、思い出したように笑うメイド頭にフェムトは首を傾げた。

「いえ。ちょっと最近若い子たちの成長が嬉しくて。……うーん、主様に関わることだし、フェムトさんにも一応報告しておいた方が良いのかしら? 」

「なんだか嫌な予感がしますね………」

「あら、案外後日良い報告に変わるかもしれませんわよ? 」

お茶目にウインクしてみせるセシアに、長年の勘が全力で警報を鳴らしている。

しかし事は主に関わるものだというし、使用人を束ねる執事としては聞いておかねばなるまい。

………ほんとに嫌な予感しかしないのだが。

腹を括って「聞かせてください」と乞うと、彼女はにっこりと微笑んで若いメイドたちの先刻のあるやり取りを語り始めた。




◇◇◇◇



ぱたぱたと数人のメイドたちが忙しく行き交う。

今回は時間との勝負。主たちが出発する前に、船に荷を積み込んで置かねばならない。夜会の片手間で同時平行に行われるのその作業に、一室はにわかな戦場と化していた。


主人の旅荷を整えていた若いメイドの一人が、ふいに手を止めた。

「………ねぇ、ちょっとコレ見てくんない? 」

「んもう、この忙しいときに何よ? ああ、はいはい。薬瓶でしょ。いいのよ、薬箱にでも適当に入れときなさい」

「え、でも」

「いーのよ。主様は気になりゃ自分で好きなように片付けるんだから」

「いや、やっぱり出しやすい手荷物の方がいざというとき良んじゃない? ………だってこれ、多分媚薬よ? 」



しん、とメイドたちの動きが一様に停止した。

メイドの視線は同僚の指で摘ままれた小瓶。

いっそ赤紫に近い毒々しいピンク色の液体が、勿体をつけるようにたぷんと揺れる。


「ちょっとお貸しなさい」

薬学に秀でたメイドが進み出ると小瓶を受け取り、蓋を開けて軽くにおいを嗅ぐ。無言の衆目の中、ちょっとだけ舐めるとすぐさまその細い眉をきつくひそめた。

「………ど、どう? 」

「………どうもなにも、コレは確かに媚薬だわ。それも相当きッッついの」



薬毒においては屋敷でも右に出る者はないという彼女の御墨付きに、部屋は一拍おいて「ギャアアァァァ!!! 」という叫びに満ちた。

ちなみに「きゃー」ではなく濁音付きの「ギャアアァァァ!!! 」である。


「どうする? コレどうするよ?! 」「あ、コレ場合によっては依存性も出るわ。犯罪レベルの」「主様とうとう人としてアウト!?」「まぁ素質はあったわよね……」「使う相手ってルルー様よね!? 」「っていうか主様変態疑惑確定じゃないコレ!」「バカ、そんなの今更! 」

さりげなく主をこき下ろしつつ、目をぎらつかせて瓶に群がるメイドたち。それはさながら弱りきった獲物に群がる野犬を連想させる食いつきっぷりであった。


「……で、問題はコレをどうするかよね」

「あれでも一応大切にしてるみたいだし、荷物に入れとく? 」

「いやいや、外すべきよ。いくら年齢は十五でもルルー様と主様じゃ体格差がありすぎるわ」

「なんて無体な」

「あー……もう少しおあずけにしておいても良いんじゃない? 」


やいのやいのと騒ぎながらも、出てくる意見は基本的にちっちゃな女の子の方に主軸が置かれている辺り、人徳の程が知れる。

成人もあと数年と控える同年代の少女たちより、ルルーの体格はその特殊な生い立ちゆえ、遥かに小さく幼い。実年齢を聞いてはいても、ちょっと色々と躊躇うものがあるのだ。

ルルー保守派により瓶はあわや廃棄というところで、「でもさ」と一人のメイドが心配そうに眉をひそめた。


「主様にそこまで堪え性があると思う? 」

「…………」

「いやいやいや。もうちょっと信頼してあげましょ。アレで結構見た目裏切ってねっとり粘着質タイプよ? 」

「まぁ確かにはじけるタイプじゃないけど」

「でもさ、もし、もしもよ? 溜まりに溜まってうっかり爆発しちゃったら、ルルー様、素面でアレ相手にすることになるわよ」

「…………………」


とうとうアレ扱いされてしまっている主を思い浮かべ、部屋に再び沈黙が落ちた。


「……ハジメテってやっぱ痛いわよね? 」

「まぁ、主様もちゃんと前戯くらいはするでしょうけど……」

「うん、ねっとりと」

「あー……でもルルー様じゃ相当ほぐさないとキツいわよ、きっと」

「あ、そういやあたし、こないだテナ様にちょろっと聞いたんだけどさ、ルルー様以前は早く大人になりたいって言ってたらしいのよね」

「大人に? 」

首を傾げる同僚たちに、ソバカスの愛らしいその若いメイドは記憶を手繰るように視線を宙にさ迷わせた。

「んー、正確にはテナ様のお母様が相談を受けて、で、旅先でもちょっと気にかけておきなさいって言われてたらしくて。ほら、あの年頃の女の子って子ども扱いしないでーっていうか、ちょっと背伸びしたくなる時期あるじゃない? 」

「ああ、妙な遊びでも覚えられちゃ大変だものね」

「そうそう。大方そんなとこなんだろうけど…………」

でもさ、と彼女は声を低め、内緒話でもするように背を屈めた。回りもただならぬその声音についつられて身を寄せる。

「―――改めて思うにソレ、面と向かって言われたら結構ヤバくない? というか子ども扱いしないで、とか言った瞬間………」

可愛がってる上自分を慕いまくる、そこらじゃちょっとお目にかかれないような極上の美少女が大きな瞳を潤ませながら―――


「うわああ! 何ソレ何の最終兵器!? 」

「うん。確実にリミッターブッ飛ぶわね……」

「粘性の強い油は比例して爆発性も含むのよ!? 」

「下手すりゃ抱き潰されるじゃない!! 」

メイド論評は一瞬にしてで主の理性から同行人の少女の可憐さに軍配が上がった。



「ほんじゃ、手荷物に入れとくわよ」

「分かり難く、でもすぐ取り出せるところね」

「りょうかーい」




◇◇◇◇




「―――ということがありましたの。わたくし、部屋の外で聞いていたのですが、若い子たちなりの主への思いやりの細やかさと成長に、思わず涙が零れそうになりましたわ」

「……………」

そういう問題なのか、と突っ込まなくなった自分にフェムトはきつくシワの刻まれた眉間を押さえた。

若い娘さんの赤裸々かつえげつないガールズトークが、このところの徹夜続きの頭に響くらしい。


セシアはそんな執事に構わず訳知り顔で頷いていた。

「女の子は成長が早いですからね。唾つけとくなら今のうちですもの。大人になるのを待つより、大人にしちゃった方がよっぽど早いわ」

「……いや、どうでしょうか」

フェムトは主の白い横顔を思い出しながらかぶりを振った。

「主様はルルー様をそういう目的でお召しにはならないと思いますよ。銀の髪はもちろん、これまでの境遇を含めてマリア様に重ねておいでです。たしかにご執着のようですが、ご自分ですでに線引きしてしまっている以上、己れに厳しいあの方が踏み込むことはございますまい」


アシュは厳しく激しいが、その一面でひどく脆いものを抱えている。

彼にとって銀の髪を持つルルーは母の面影を重ねずにはおれない、特別な存在だ。残忍さも狡猾さも隠してただ唯一の庇護者として接するその様は、哀しいほど優しかった。

執着だけではない。あれは確かに、恋情だ。

だからこそ、彼はあの少女だけは抱くまいとフェムトは予感していた。

アシュは厳しく激しい、理想家だ。利用する、と宣言した以上、彼女を“女”として扱えばアシュは今度こそ背徳に押し潰されると思ったのだ。


だが、メイド頭は「はんっ! 」と悪辣に微笑んだ。

何かありえないものを見てしまった気がしてフェムトは思わず二度見した。

「ああ、失礼いたしました。でも主様はいつか必ずルルー様に(ひざまず)きますよ。いえ、いつかじゃない。そう遠くない未来に、必ず」

断言だった。

「何故です? 」

その力強い解にフェムトはしばしば瞠目し、理由を訊ねた。

「だって、あの子はこれからますます強く、綺麗になりますよ? いずれ嫌でも思い知らされます。こういう感情の支配者は、理屈じゃありません。賭けても良いですよ。私たち女の勘と、勝負してみますか? 」

「………なるほど。貴女方も今夜は“テーブル”を用意していたというわけですか。私に足りない反目(はんめ)を埋めさせようと? 」

「うふふ。だってこのままじゃ目の偏りが大きすぎて賭けにならないんですもの。今、作業と同時進行で手分けして屋敷の殿方に積ませてますのよ」



いくら仕事とはいえ、準備だけではなるほど退屈だ。

自身の楽しみも含め、メイドたちはちゃっかり自分で遊びの場を設けていたらしい。それも男性陣からぼったくる気満々で。

悪びれもせず胸を張るメイド頭の出自のひとつに、そういえば女ディーラーというのがあったことをフェムトは今更のように思い出した。

執事は深く、なんともいえない溜め息を吐いた。

「主様もまさか自分が賭けの対象にされてるなんて露ほども思ってないんでしょうね……」

「知らぬが花、ですわね。色男は知らず知らず、あちこちで花を咲かせるものですよ」

「噂話に咲かされても仕方ないでしょう。――――仕方ありません。せめて私だけでも主様の理性とモラルを信じましょう」

「あらあら、うふふ。それなら遠慮せず吹っ掛けますわよ? 」

「望むところです」


正直、勝率はあまり高くなさそうな気がするが………否、あの遊び人で鳴らしたカーヒルの弟子たる主が、そうそう子どもに手を出すわけがない。そう、元々手練手管や駆け引きを楽しむ方だ。いくら飢えてようが、あんなまだ(いと)けない娘に食いつくような真似はしないはずだ。……多分。


挑戦的な流し目を送るセシアにフェムトは腹を括って、上品に微笑み返した。








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