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訪問者

いつもお読みくださりありがとうございます。

連日暑い日が続きヘドロのようになってますが頑張って投稿です。






血煙が、高々と上がった。


「………え? 」

男は自身の脂を引いた鉛色のサーベル抜かれてゆくのを呆けたように見つめている。

周囲の人間も同じく、何かの座興かのように口を開いて突然の襲撃者にただ、息を飲む。


数瞬おいて、絹を裂くような女性の悲鳴を皮切りに屋敷は瞬く間に狂騒に包まれた。



「狐とフクロウを探し出せ! 手足の一本位なら構わんがくれぐれも殺すなよ」

アークに引き摺ってから、たっぷり縄をくれてやる。

ジェレミアの言葉に、襲撃者たちは一斉に解き放たれた獣のように屋敷を駆け抜け出した。


「な………何なんだ君たちは!? 」


連れの女性を庇うように立つ男に、襲撃者はニタリと下卑た笑みで応えた。


「何って、主に忠実な猟犬さ」

「きゃあああああああ!! 」


頬に風を感じた次の瞬間には、喉が掻き切られている。その様子はさながら悪鬼の引き起こす魔の嵐のよう。剥き身のサーベルを第三の腕のごとく自在に繰り、悲鳴をあげる客たちを次々と屠るその様は 虐殺、というほかない。

そんな中、逃げることも出来ず呆然と眺めていた客の一人が、膝を震わせ蒼白の顔で呟いた。


「あれ………“血のアマリリス”だ………」

「アマリリス?………っつ! まさかあの(・・)フォビアーニの!? 何故彼らがこんなところに……!?」


“血のアマリリス”

クリミアの戦で、実質『殲滅戦』を成し遂げたと言われる、パンゲア麾下最強と謳われる部隊だ。追い討ちのように黒い影がマントをはためかせてまた一人獲物を仕留めると、その背にくっきりと刻まれた錆び血のような暗紅色の花弁に会場は戦慄と絶望に支配された。



「くっ………! こんなことをしてただですむと思うなよ……! 」

「………ほう? 」

憎悪を込めて睨み付ける壮年の紳士に、ジェレミアは興味深そうに口の端を吊り上げて歩み寄った。

「では逆に訊こうか。貴様に何が出来る? 」

「こ、こんな事が許されるわけがない! 我々はアークの物流も担っているのだ。我々に害をなせばスエンニ商工連により後日必ず制裁を受けることになるだろう!」

「ふむ、なかなか面白いことを言う。だが貴様も二つ重要なことを忘れているぞ」

「重要なこと………?」

「まずこの賭博場(げんば)。ここにいる者は裁きを待つまでもない。――――すべて罪人だ」

男が不穏な気配に青褪め、本能的に後ずさろうとした瞬間。


「ぐアあアアぁッ!! 」

男は肩を押さえ身を縮めるようにしてがっくりと跪いた。

ごとりと転がるのは――――腕。

「もう一つはな」

腕を蹴り飛ばして遠ざけ、ジェレミアは侮蔑を込めて地を這う男の前に歩み寄った。

「私は先日陛下に進言してきたのだ。貴様らのような胡散臭い古狐より、飼い主の手を噛まぬ利口な犬を据える方がアークの利となりましょう、とな」

「ひぃ………! 」

逃げ出そうとした男の頭を素早く踏みつけると、ジェレミアはサーベルをその背に躊躇いなく突き刺した。

びくりと一瞬だけ硬直し、やがて砂袋のように力を失った体がぐったりと崩れ落ちる。

感情を感じさせない暗緑色の瞳は酷薄な光を宿し、今や物体と化した男を見下ろしていた。


「隊長」

「何だ? 見つかったか」

走りよってきた部下にジェレミアはさっと血振りをしてサーベルを収めた。

いえ、と断り、けれどどこか焦ったようなその表情に、ジェレミアはふと胃の底がざわつくような嫌な予感がして顔しかめた。

「どうした? 報告を続けろ」

「すぐに退避命令と作戦を証人の確保と目撃者(・・・)の始末に変更してください。この屋敷にはもう広間(ここ)以外誰も居りません」

「………どういうことだ? 捜索からまだ時間は経ってないぞ 」

訝しげに眉根を寄せていた主の顔が、導き出されてゆくある一つの解に「まさか」と驚愕に歪んでゆく。


――――本物の、天才だよ。

――――無為に殺すこと、死ぬことは最悪の選択。初めから徹底的にそれを知っていた。


(嵌められた………)

気づいている、ということはすでにこの場に残る者も失って惜しくない囮ということ。いくらこの場で片端から切り捨て、後釜を据えようと、もはや騒ぎばかりが誇大化され中核には組み込めまい。それどころかアークはこれでスエンニに対し脛に手痛い傷を負ったことになる。

狐はとうに動いていたのだ。

逃げるだけでなく、ジェレミアたちに最悪の選択を突きつけるために。


部下の言葉はジエンの言葉と相まって、徐々に近づいてくる遠雷のようにジェレミアに決断を急いた。


「家財は引き払われ、すでに屋敷中油を撒かれています。この夜会自体(・・・・・・)が、罠だったのです! 」





◇◇◇◇





「人を動かすという一点において血は実に効果的だネ、狐サン? 」

フナハコビよりさらに巨大な商用大型貨物船、ヤカタハコビ。

その甲板で髪を潮風に踊らせる美しい青年に、アシュは目を細めた。


「ルルーはもう寝タ? 」

「ああ。テナ嬢共々、下でカイル君が下で面倒を見てるよ」

「へー、アシュが彼女を人に預けるなんテ。随分と彼を信頼してるじゃないカ」

「前飼い主の躾が良かったらしい。番犬はちゃんと船室前でおすわりしてるからね」

「フフフン、ルルーのことだかラ寝顔も可愛いんだろうナ。後で俺も見に行こっかナ――――――って冗談だっテば。その物騒な目付きやめてヨ。何投げようとしてんだイ」

「対したものじゃない。アレ(・・)の試験品の一つさ」


そのとき丁度視界の向こう、離れゆく暗い河岸にいきなりゴッ、と明々とした火柱が上がった。


「……アララ、また随分と派手な花火だネ。火薬まで仕掛けてきたのカイ? 」

「華やかな幕開けで良いじゃないか。コダエのお土産をちょっとアレンジしたんだ。せっかくうちのメイドたちが嬉々として用意してくれたんだし、これくらいやらなきゃ人目を引けないよ」

「……で、アシュはアレを俺に投げようとしたわけダ? いくらなんでも俺死んじゃうヨ? 」

「大丈夫。アレより威力を局所に限定してるから船は沈まないよ」

「ウーン、それ要する二俺だけ殺すって言ってなイ? 船手配したリ屋敷の家財を足がつかないように処分したリ、とってもとっても貢献した俺を殺すって言ってなイ? 」

「言ってない言ってない。実験台にするだけ」

「もっと非道いじゃなイ! あーあー、ったく、ルルーもこんな男のどこがいいんだカ」


軽口を叩くだけ叩きおどけた仕草で肩を竦めながらも、ロキはじっと遠ざかる炎を見つめていた。

月明かりでも星明かりでもない、橙色が仄かに頬を照らす。キラキラと黄金に輝くその瞳は、言葉とは裏腹に新しい玩具を与えられた無邪気な子どものように見えた。


「君はホントに怖い男だネ。あの夜会………引き継ぎの承認とフクロウの御披露目をすべき奴らにだけは、どうせ招待状に何か他に一筆添えておいたんだろウ? 一網打尽ってヤツ? 勘の良い者は逃げ延びたかもしれないケド、シグに連なる者はお陰で今頃みぃんな火の中ダ」

「いや、逃げ延びることはないよ。たとえ彼らが取り零しても証人として生かすにしても屋敷の者に“始末”は頼んであるから」

「ヒャハハッ! それハ豪勢だネ! まさか君の“影”までお出ましとは! 」


夜会の目的は、スエンニを訪れる以前からすでに大まかな方針は決まっていた。

フクロウがアシュの手の内にあるという情報の公表。そして、シグの後任(・・)としてのカイルの承認。


あそこで花を受け取ったのは、一種のパフォーマンスだ。広く、そして端的に敵味方の関係を周囲に知らしめるための。

商人というのは奇妙な生き物である。商人同士、容赦なく蹴落とし合う一方で仲間内の横の結束が非常に強い。

アシュがシグに対し最も恐れたのはそこだ。

シグの裏切りが分かった以上、下手に派閥を作ってしまう前に出来るだけ早く切り捨てなければならなかった。

騎士と違い商人は利で繋がるためスエンニは互いに治外法権を固める手は尽くすものの、一枚岩にはなれない。商売敵が次の日には互いに手を取っていたりと、網の目のように結び付く。故に単純に敵味方に区分することができないのだ。

アシュにとって、アークと渡り合う上で今スエンニという足場をを失うのは少々拙い。このタイミングで執政官同士ちんたら潰し合うような事態は絶対に避けなければならなかった。


だが、好機は突然訪れた。

“影”からジェレミア=フォビアーニの入街の報せ受けたときには少々驚いたが、それ以上にアシュは手を叩いて喜びそうになった。

智のジエンに並び、勇のジェレミアと称される剣聖。いよいよ業を煮やしたアークは狐狩りにいよいよ“閃光”と“英雄”まで引っ張り出してきたらしい。

それだけ向こうもこの一件を重視しているのだろう。だが、人選としては失敗だった。

勇と凶は紙一重。

一応正規軍でなく私兵を伴ってきてはいたが、その英名が(・・・・・)どれほど(・・・・)小回りが(・・・・)利かないか(・・・・・)、彼は知りもしないだろう。水面下でアシュをはじめとした多くの商人が言葉の裏を取り合い、奔走していたことにも気づいていないようだったから。


ルルーたちが屋敷でのんびりと寛いでいる間、アシュはシグ派の主だった者たちに少々脅しを含めた取引を持ちかけていた。乗っ取りの価値もない雑魚の一掃と兼ねて、パンゲア国民に分かりやすく物語の『悪役』を印象付けてもらうために。

アークが(・・・)民衆を惨殺した。

どちらの味方か、立場を明確にしたいシグ派の商人たちの「尽力」により、明日にでも噂は国中に広まる。なまじ事実が混じるためにクリミアの内乱以来膠着したまま燻っていた歌の占有問題は、スキャンダラスなこの事件に食いつくだろう。


英名故に、彼は小回りが利かない。

実際はアシュによるシグ派の静粛だとしても、それすら霞む煌びやかな勲章に飾られた名は、誰もが知っているからこそ醜聞として瞬く間にパンゲア中を駆け巡り、アークへの批難の皮切りとなる。慌てた頃にはすでに肥大化した噂は回収の仕様もない。

根っからの武官の彼には想像もつかないだろうが人を殺すとは、本来そういうことだ。

勇は凶へ。後衛が情報をコントロールしなければあらゆる行為のうち、最も耳目を集めてしまう。

(手品と同じだよ、猟犬さん。人を殺すこと、殺されることは最悪の選択だからこそ、上手く観客の目からは隠す必要があるのさ)

要するにアシュはジェレミアを陽動(ミスディレクション)として仕立て上げ、内部静粛を完遂させたのだった。



「ルルーは、知らないダロ? 」

「何を? 」

「アシュのそういう酷薄さ。バロットとしけこんでるトコ見せてやったら面白いくらい動揺してたカラ」

金の目を細めて、彼は笑っている。

フェムトから報告は受けてはいたが、改めて聞かされると腹の底を熱く粘つく塊がぐるりと巡り、喉を突いた。自分が言えたことではないとは分かっていたが、ひどく気に食わなかった。

何かにつけてアシュの真似をしたがるロキは自分だったら採るであろう手を、嫌味なほど正確に辿ってくる。だからルルーに興味を持つだろうことは予測していたが、なんとも嫌なところを突いてくるものだ。

アシュは憤りを飲み下し、努めて平静を装った。


「いくら無知でもサァ、緑の柱を男とくぐる意味くらい教えてやれば良いの二。あんまり素直に着いてくるもんだカラ、かえってこっちが焦ったヨ」

「二度とそんな場所には近づけないさ」

「あれ、食っちゃわないノ? 」

「食えなかったのはお前だろう」

「くっ、アハハ! 確か二! 」


大の人でなしが二人も揃って小娘一人に指一本触れられなかったことが、余程可笑しかったのだろう。自分だって他人事ならその間抜けさ加減に容赦なく指差して笑う。

ロキは一通りからからと陽気に笑うと、ふっとひどく切なげで優しい顔になった。


「アシュがあの子を『特別なお姫様』って言ってた意味、少しだけ分かったヨ。素直で純粋で――――綺麗すぎテ俺たちにはちょっと触れられなイ」

「………………」

「まあ、もしアシュが汚していたなら、また違ったかもしれないケドね」


自分たちは、心を無くしたわけではない。合理となる理に従うのを正義とした、それだけだ。

だがあまりに理屈ばかりが先に立ちすぎて、心が追い付かなくなくて、時折それが息苦しくなる。

ルルーの美しさは多分、アシュたちのような悪党には鏡のように自身を見せつけられるという救いであり、畏れなのだ。


「なァ、アシュ。ルルーがいらなくなったら今度は俺に下げ渡してヨ。中途半端に放り出したり束縛しておくお前より、俺の方があの子に疑わせる余地もないくらい、ズット上手に愛してやれるヨ? 」

ロキの軽口にアシュは否定も肯定もせず背を向けた。

アシュの対応が気に食わなかったらしくロキはしつこく、からかうような声で呼び止めてくる。だがフェムトたちの「始末」を確認した以上、検問を設けている可能性もあるのにアシュがわざわざ人目につく甲板にいる必要はない。聞こえないふりをした。


ロキは察しが良いパートナーにはなれるが、勘が良すぎる。

ルルーの見るような世界は、アシュの前には広がっていない。降るような星空なんてあの子が好きだと言わなければ、元々見上げるようなタチではないのだ。






「……チビはもう寝てるぞ」

「分かってる。疲れてるだろうし起こさないよ。ただちょっと寝顔を見たくなっただけ」


番犬よろしく戸口にもたれ掛かっていたカイルに「とっとと退け」という意味を込め、ひらひら片手を振るとあからさまに顔をしかめられた。

「ロリペド野郎………」

「……それ、間違ってもルルーの前で言うなよ。簀巻きにして沈められたくなければ」

第一それ今甲板にいる奴の方が当てはまるし、と胸の内で独りごち、不審の目を向ける青年に適当に釘を差すと、アシュはドアを開けた。


ふわりとカンテラの灯りに木の壁が焼けたように揺らめく。

蟲の尾が波を掻く音が響いている。

アシュはそっと足音を殺して部屋を進むと、嵐による揺れに対応するため床に留められたベッドに沈み込むように腰を掛けた。途端、疲れた、という思いが溢れる。そういえばスエンニではあれこれ忙しくて、このところろくに眠っていない事を他人事のように思い出した。

ルルーは布団に包まり小さく寝息をたてていた。規則正しいその呼吸に、ふっと口許が緩む。

今はまだ幼さを残すまろい頬に手を伸ばそうとしたところで、アシュは少女が何か握っていることに気づいた。


「………? 」

大人げないかとも思ったが、好奇が勝った。

ルルーの髪を宥めるように撫でながら指をひとつひとつ慎重に外す。体温の高い子どもの手に握られていたためか、あえかな白い花弁はくったりと僅かに萎れていた。

約定花だった。

「……こんなもので縛れるなら、いくらでも君にあげるのに」

本当に欲がない。それとも人間とは業をすべてこそげ落とせば元々、こういう生き物だったのだろうか。

アシュは身を屈めるとキラキラと輝く銀糸の前髪を掻き分け、そっと額に口付けた。

もっとどろどろに甘やかしてやりたいのに。

俺のところまで堕ちてきてしまえば良いのに。

何でこの子はどうしようもないものばかり、無邪気に突き付けてくるのだろう。


「ゴメンね。俺はこの国が滅びようとも君の味方だけど、君のものにはなってやれないんだよ。ルルー」





◇◇◇◇





奇しくも時、同じくして。

スエンニの一角にその人影はあった。



「だから他を当たれっつってんだろ! ウチは今忙しいんだよ」

「ですが、確かにこの街にいると聞いて………」

「蟲師だかなんだか知らねぇが、いい加減叩き出すぞクソガキ! 」

「ちょっ、待って………わわ、わああああ! 」


怒声と共に放り出された少年の小さな体はゴム毬のように石畳を転がる。スエンニ特有の傾斜の石畳をごろごろと転がり、やがてゴチ、と厚い革靴にぶつかり止まった。

「おいおい、なんのこりゃ騒ぎだ? 」

虚ろな左目を経て額から顎にまでただれ落ちた陰惨な引き攣れ。襟や袖口からもそこはかとなく古傷が覗く。

チカチカと視界に星を散らしている少年をつまみ上げたその男は、只でさえ地獄の使者のようなその恐ろしい容貌を、ごくごく一般的困惑でさらに凄惨に歪めた。

スエンニ執政官の一角、顔で損をする男 レオニーである。


「っ、レオニーさん! すいやせん。すぐ叩き出しますんで! 」

「………レオニー? もしかして執政官殿ですか!? 」

犬の子のように襟首押さえられていた少年はパアッと顔を輝かせた。

「お願いです。僕らの姫をお返しください! “(グラン・マム)”が待ち焦がれているのです」

「姫? “母”? 」

「匂いが確かならこの街にいるはずなのです! 今なら丁度“(グラン・マム)”の器の具合もよろしいですし、何より千二百年を経てようやくッ、ようやく僕らの悲願が果たされるのです! ああ、やはり諦めないでよかった。父も祖父もとうとう巡り会えなかったお方にとうとう僕は、僕は――――」「よしちょっと待て」

放っておけば延々と語り続けそうな少年にレオニーは手を挙げて待ったをかけた。

「………取り敢えず落ち着け坊主。さっぱり話が見えねぇ」

「あああああすいません! 僕も流石に興奮しちゃって」

少年は照れたように鼻の頭をかいた。

「僕は蟲師を生業とするものです。この街に、銀の髪の女性がいらしゃるはずなんですが」


 ひたりと空気が止まった。

「――――坊主、どこでそれを聞いてきた? 」

「うん? どこでというより、蟲隠しの里から出て以来の僅かな匂いを地道にここまで追ってきたと言いましょうか………」

「坊主俺はな、気の短い方じゃねェつもりだ。だがお前が誤魔化す気なら………それなりの聞き方をしなきゃなんねェ」

低く威圧するような声音で「分かるな? 」と言外に言い含め、ついでに肩を叩いてやると少年は面白いほど震え上がった。

「ご、ごご誤魔化してなんかいませんよう! 本当です! 」

「そうか? まあ、俺にも銀の髪の女の心当たりが無くもない。ひとつ、俺たちにも分かるように説明してくんねェか? 」

「します! 説明します! 」


可哀想に、恐ろしげな形相に嬲るような上目遣いで見上げられた少年はあわあわと背に負った背嚢を腹側に回した。小柄な少年の体躯にはいささか大きすぎるような代物で、袋がもぞもそともがいているように見える。

しばらくそうしてゴソゴソと袋の中を探っていたが、やがて少年はずるりと一匹の蟲を(・・)取り出した(・・・・・)


レオニーの側で怪しげな訪問者に油断なく目を光らせていた側仕えの男たちも揃って息を呑んだ。

それは、商人として他の者より多くの種の蟲を見、扱ってきた彼らをして未知のものだった。 白っぽい半透明の鱗に包まれた、すべらかな体躯。手足や飾りの突起までぴたりと体に添うように縮め込められている。

コチコチに固まったままピクリとも動かないが、見た目だけならまさしく蟲そのもの。

だが小柄な少年の腕にすっぽり収まってしまうその大きさは、はっきり言って猫ほどしかなく到底荷を引けるとは思えなかった。



「これは…………蟲か? 見たことねぇ種だが、死んでンのか? 」

「あ、いや、うーん、一応生きてはいます。正確には休眠状態ですね。ただ“彼女”の場合、貴殿方の生死観とはまたちょっと違いますけど」

見た目より重量があるのか膝を使って抱え直すと、少年は口の中で何事か呟いた。


ヴゥゥゥン


風音のような唸りが短く響いたかと思うと、突然蟲の鱗が淡く発光しだした。

突起は虹色に淡く色づきながら扇のように広がり、青い複眼に光が宿る。

緊迫を孕んだ衆目の中、ふいに蟲は涼やかに歌い始めた。


「……、………、……」

「あ、すいません。古語モードでしたね」

今切り替えますんで、と照れ臭そうに言うと少年はまた二、三言喉を震わせた。

音階に合わせてふわふわとはためいていた突起がピタリと動きを止める。そして――――



「始めまして。私は“記憶(メモリアル)”のミーナ、彼は蟲人(むしびと)のリコ。“花の匂いのする都”から迎えにきたフクロウの姫を導く者です」



その蟲は鈴を転がしたような美しい少女の声で語り始めた。









スエンニ編ひとまず終了。

後味はイマイチすっきりしませんが、物語の後半に絡んでくるキーマンもようやく登場です。青い複眼に光が宿る・・・ほんじゃ、怒り狂ったらその目の色は赤ですか?という質問は無しの方向で。


ここまでお読みくださりありがとうございました。

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