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追跡者











「全騎、降下! 」


  茜色の空の中、ロードはさっと騎乗手袋の嵌まった右手を掲げた。

 一拍おいて隊列を組んだら蟲たちが次々と翻り、斜陽にきらきらと甲殻を煌めかせながら落ちてゆく。

 まるで曲芸のような見事な連携。

 しかし隊を率いる青年、ロードの心は暗澹とした影が延びていた。

(有り得ない………こんな阿呆な状況があり得てたまるか………! )

 じき、夜が来る。

 地平線に沈みゆく残照を忌々しげに睨み付け、ロードは唇を噛んだ。




  事態は昨夜、突如として現れた侵入者に“天涯の月”を奪われたことに端を発する。

 丁度ロード隊は西方の島へアーク島島主の信書を届けるため遠征中であった。

 これ自体はよくある任務である。

 今思えば妙に蟲の騒ぐ日だった。

 飛空蟲乗りは、しばしば蟲が思うままに動かない日を“騒ぐ”と称す。気温や湿度、その他もろもろの気象条件の変化でいかに訓練された蟲といえどもそういう日が稀にあるのだが、こういう日は良くないことが起こると言われていた。

 この日、ロードたちは帰島するなり諸手を挙げて司令自ら迎えられた。

 報告もろくにせぬまま追い立てられるようにして再び騎乗の人になるまで、おそらく半刻(約十五分)と掛かっていない。駆け足で騎乗帯を装着しながら受けた報告に、ロードは軽く目眩がした。


  アークの象徴ともいえる唯一無二の秘宝“天涯の月”の盗難。

 挙げ句おめおめ相手の逃走を許すという失態。


  これには流石のロードも説明を求め、無礼承知で上官に詰め寄った。

 曰く、その日の夜、突如として全島の飛空用蟲が暴れだし、蟲操りさえも効かないほど混乱したのだという。塔に敷かれたパンゲア屈指の鉄の警備体制は制御不能に陥ったという蟲の不備(・・)により、一切役に立たなかった。

 並ぶものなしと謳われたアーク島飛空蟲部隊が動けなければ、いかな精鋭とて宙吊りにされた子豚も同じ。いや、他に交通手段がないだけにかえって分が悪い。

 愉快なことに、上官の渋面と共に渡された報告書はロードの軍人経験上かつてない厚さと詳細を誇った。

 行動不可能、混乱撤収、状況把握。

 手も足も出ず引っくり返った軍部が、起き上がり際辛うじて出来た涙ぐましい努力の結晶らしい。それ以外することがなかったとも言う。

 上官の口から語られる英雄の帰還がごとき大歓迎の理由に、思わずもらい泣きをしかけた。


  かくして事態発生から半日、たまたま地上派遣中であったロード隊が遠路の埃も落とさぬままようやく折り返しで捜索を始めたというわけである。

 女神の導きを受けて千二百年、アーク島有史以来間違いなく最悪の事態(・・・・・)であった。





  「隊長」

 日没の迫る海面を這うようにして走る規則正しい羽音に紛れ、副官のイワンの険しい声が届いた。「なんだ」とロードも首だけ振り返る。

「どの騎もすでに連続飛行限界を超えています。方向性を絞らなければ全隊墜落してしまいます」

「分かっている」

 ロードは苦々しげに刻まれた眉間のシワをさらに深くした。


  速さと利便性に優れる飛空蟲の弱点、それは持久力だ。


  飛空蟲の連続飛行限界時間は良くて一日十二刻(約六時間)。こまめな休憩を挟みながらの帰還とはいえ、もうかなりの飛行に兵も蟲も相当疲れているはずだ。港に着く前に海に落ちるというのも、あながち有り得ない話ではない。

 風に喧しく煽られる報告書を睨みながら、ロードは脳をフル回転させ、己れが為すべき最善を考える。

(“天涯の月”を強奪しようという魂胆といい、塔からの見投げのごとき脱出といい…………阿呆としか思えんな)

 しかし忌々しいまでの綿密な計画性から、ただの阿呆ではないことが窺える。

 現にその布石がしっかり機能しているからこそ、たった一人にアーク島のは身動きが取れなくなっているのだ。

 相手取るには一番厄介なタイプである。

(だが計画性がある者ほど策に溺れやすいのも事実)

 ならば周到に狐を追い詰めて、裏の裏をかけばいい。


「隊を三つに分ける。イワン、レコ、お前たちが指揮を執れ」

  イワンは年若い割りに頭は固いが冷静に的確な判断を下す。レコは決断力には乏しいが人好きさせる男だ。

 どちらもロードが信頼を置く優秀な副官である。

「まず港をしらみ潰しに閉鎖、有効な情報には懸賞を掛けると触れ回れ。俺は西、お前は東側からだ」

 ぐん、と手綱を引いて上昇しながら、今度はイワンからレコに向き直る。

「レコは別行動で蟲貸し屋をあたれ。借りれるだけクモオイムシを借りて一度帰島し、応援を頼んでこい」

「分かりました」

「民間の蟲を使うのですか? 」

 イワンが微かに眉をひそめるのが分かったが、ロードはあえて風で気づかなかった振りをした。

「緊急時だし、島には手をこまねいている精鋭がうじゃうじゃいるんだ。司令も納得するさ」

 空に浮かぶこの島の住人は交易こそすれ、皆その他の島を“下界”と見下す傾向がある。慎重なイワンだからこそ“民間”と言葉を選んだのだろう。

 だが、こんな時にまで選民意識を持ち出すようなら、狐は絶対に捕まらない。むしろそれを見越した上で手を打ったつもりなのだ。

  ロードには彼に対し、そんなある種の信頼のようなものがあった。

 もしも、このときイワンが彼の後方に続いていなければ、彼がその薄い唇に微笑みを浮かべるのを見てとれただろう。見るものが凍りつくような、ぎらつく笑みだった。

 しかし次の瞬間には、ロードはいつもの冷酷無比な隊長としての鉄の仮面を纏っていた、


「目的を忘れるな」

  まるで獲物の横取りを牽制する威嚇のような、厳しい声でロードは部下たちに吼えた。


「俺たちの使命は“天涯の月”の奪還、そして狡猾な狐を断罪の場に引きずり出すことだ」















月に叢雲、花に風。

アシュにもライバル登場です。

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