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カードと悪魔


VDT作業の辛さに目が大佐状態です。

頭の中で展開はどんどん進んでいるのに死んだようにベットへ転がり込む日々……。

そろそろポチポチガラケー打ちからブラインドタッチくらい出来るようになりたいものです。





「やあ、テナちゃん、カイル君。どう? パーティーは楽しんでるかい? 」


一時(約二時間)ほどすると一通り挨拶回りを終えてきたのか、アシュは華やかに着飾ったルルーの手を引いてカイルたちのもとへ悠々と現れた。

本来こうしたフォーマルな場でのパートナーは身内でもない限り、身長や年齢の釣り合った者同士で連れ立つことが多い。

同年代に比べ情けないほど小柄で(いと)けないルルーと、細身だが平均より高いくらいのアシュでは並ぶとやはり違和感がある。けれど慣れないパートナーにあえて踵の高い靴を選ばせなかった辺り、まぁアシュもカイルと似たような選考基準だったのだろう。

そんな妙にちぐはぐで、けれどそこにあるだけで確かな存在感を放つこの奇妙な二人組は、それぞれきらびやかな衣装に身を包みながらも全くそれに押し負けることなく、会場の視線を一身に集めていた。

(まぁ、それだけの役者ってことか…………)

未だ困惑気味のテナを庇うように一歩前に立つと、カイルはフンと鼻を鳴らした。


「楽しんでるぜ? 滅多にねぇような大層なご馳走もあるからな。――――だがな、玩具(オモチャ)とはいえこんな妙なもん押し付けた説明くらいは、してもらえるんだろうな? 」

飾り籠の中のコインにちらりと目をやると、アシュは意外そうに眉を上げた。

「おや、テナ嬢はまだ使ってなかった? 学院(アカデミー)の関係者も呼んでるからお近づきの手駒に使えればと思って用意したんだけど、かえって気を使わせちゃったみたいだね」

「誤魔化すな。こいつ、フクロウだろうが。アークにいるはずの伝説の代物引っ張り出して一体何を企んでやがる」

「ちょっ、カイルやめなさいよ! 」

しかしテナの腕を振り払うとカイルは青年の傍らに人形のように佇む少女を鋭く睨みつけた。

びくりと肩を竦ませた少女に、アシュはすっとその闇色の瞳から笑みを消すと異物を彼女の視界から逸らすように自らの元へ抱き寄せた。

ここ(・・)でそんな怖い顔をしてもかえって目立つだけだよ、番犬君」

青年はいつの間にか集まっていた無言のまま行方を窺う周囲の視線に、弾きかけた舌打ちを呑み込んだ。


「………チビの髪といい何を企んでるんだか知らねぇが、俺たちをどうするつもりだ? 」

「どうするつもりって、相変わらず君は人聞きが悪いなー。別に取って食ったりはしないよ」

「ふん、どうだか」

「テナちゃんが関わると君はホント疑り深いね。俺は君と会話を楽しみに来たんだけど。でもまあ、そんなに心配なら先に宣言しとくよ。このチップも含め、この屋敷で提供されたものを盾に掛け取るようなことはしない。なんなら今ここで誓ってもいいよ」

おどけたアシュは胸に拳を当て誓いの仕草までとって見せる。あまりに普段通りの飄々とした様子にようやく緊張が緩んだのか、テナがほっと息を吐いた。

そんなテナをちらりと流し見ると、アシュはカイルに向かい顎をしゃくった。

「ほんじゃ、肩の力も抜けたところで軽くお手合わせ願おうか。向こうに別台を用意してあるんだ。フェムトの話じゃカイル君なかなか強いみたいだし。テナちゃんも一勝負いくかい?」

「あ、いや、あたしはこういうの慣れてないから…………」

まるでどこぞの物語の貴公子のようににっこり笑いかけるアシュに、テナはしどろもどろで首を振る。

「そう? じゃ、最初は説明しながらゆっくりやるから、ルルーと一緒に料理でも摘まみながら見学しとくといい」

「本当に良いんですか? なんか勝負に水差しちゃいそうな気がするけど」

「大歓迎だよ。野郎同士額突き合わせての真剣勝負って実際かなりむさ苦しいからね、絵面的に。うん、ここはひとつ荒んだテーブルに花を添えると思って」

本当にカイルとアシュが額を突き合わせて睨み合っているところでも想像したのか、テナは小さく吹き出した。

「じゃあ、女性陣は面白そうだなーと思ったら随時参加ってことで。ルルーもそれでいいかい? 」

少女がこっくりと頷くとアシュは満足げに微笑み、その手に軽く口付けるとテナの元へ優しく背を押した。





「ここにいる人間は二種類。利用する者と利用される者。とても明快だ」


シャッ、シャッ、と軽い音を立ててカードを切り分けてゆく。

彼の言葉には答えず、カイルはその滑らかな手付きを眺めていた。

ほうろうのように繊細な指が吸い付くようにカードを操る。

青い果実と鳥を模したパターンの裏には、それぞれ陸海空三種の蟲を示す印と一から十三までの数字の組合せが記されている。占いや賭事にパンゲアでも一般的に利用されるカードはリデルに初めて手渡されたそれより遥かに上質で、一様に刻まれたその紋様すらテーブルに貼られた臙脂のフェルトと対比をなして酷く毒々しい。


「さて、カイル君。実はテナ嬢に関して少し問題が生じてしまってね」

配された手札に手を伸ばしかけた青年は一瞬、動きを止めた。ルルーとテナは傍らで談笑したまま此方の会話に小揺るぎもしない。

“唇”。

聞こえない音。

彼女たちには聞かせるなということだろう。“唇”を使うなど随分と久しぶりだったが、カイルも一つ頷くと目の前の男に倣い舌先で喉の奥を抉じ開けた。


「どうせと思いながらも一応確認しとくが、俺は聞いてねぇよな? 」

「もちろん。何せ今報告を受けていの一番に君に話したんだからね」

肩を竦める仕草の一々まで勘に障るが、その目が意外に真剣な光を宿していることに気づいたカイルは口をつぐむと話の先を促した。

「君の大事なテナちゃんの後援となるはずだった男がここに来て手のひらを返した。今日明日にでもルルーを連れてこの街からとんずらしなきゃならないくらい、ちょっと不味い状態」

「ふん、叩けばいくらでも埃は出そうだしな」

「埃だけで済めば良いけどね」

カイルの皮肉にフフンと彼は挑発的に鼻を鳴らした。

「で、こっからが君にとっての本題。このままじゃ俺繋がりの芋づる式に彼女にまで手がのびるんだよねー。彼女には後ろ楯がないし、色んな人たちから狙い目になるかも? 」

ざっと身体中の血液が逆巻くのが分かる。思わず椅子を蹴倒して立ち上がらなかったのは理性を衆目が制したからか。

「………お前まさか、分かってて巻き込んだな………? 」

向けられる凶悪なまなざしを受け流し、男は意地の悪い笑みを浮かべた。



パンゲアは所詮、階級社会だ。テナとカイルは平民、それも大した力を持つわけでもない。

リデルからはいざというときのため、いくらかの人脈を告げられているがフクロウが関わるとなれば話はまったく別の次元だ。

パンゲアの宗主島、アークが動く。

宗教にせよ政治にせよシンボルとは本来絶対不可侵のものであり、実害が伴っているためこの件においてのみはクリミアのように調停という面目すらないだろう。この男は国を滅ぼすか自らが滅びるかを掛けて、天に向かい唾を吐いたのだ。


「取引をしようじゃないか、カイル君」

悪魔の声音はいつだって温めた蜜のように甘く耳を犯す。

諸悪の根元らしく悪辣に、彼は薄い唇を吊り上げた。

「君に力をやろう。例の裏切り者の席をそっくりそのままくれてやる。スエンニ執政官の席なら座り心地もなかなか悪くないと思うよ」

彼女を守りたいだろう?

アシュは血のようなフェルトの天板に四枚のカードを並べる。

「………対価は? 」

「俺の駒になれ」

アシュは漆黒の瞳に蛍火のような青さを燃やしながら冷ややかに告げた。

「このとこ少々物要りでね、人材不足なんだよ。テナちゃんという枷を持つ君なら、麻薬(はな)を任せても呑まれることはないだろう? 裏切れない駒が欲しいと思ってたんだ」

ちらちらと白い歯の奥で赤い舌が蠢いている。


カイルはアシュがどんな人間であるかなど、興味はなかった。スエンニ商工連の手紙を持ってきた時点でまあロクな過去を辿ってないことくらいは想像していたが、それでも心のどこかでそれ以上交わることはない人間だと見切りをつけていた。

だが、この悪魔はとっくの前から自分に目星をつけていたらしい。

リデルの残した“蔓”は主に学府の、つまりアークの学者繋がりの有力者である。学府はアークにおいてアークの権を離れた唯一の機関。フクロウという切り札がこちらにある以上、やり方一つで十分革命派の一端となりうる。そうなればなまじ歴史が古いだけあり早々に切り離すことも出来ない学府は、アークにおいて獅子身中の虫となるだろう。


自身の価値を過小評価し過ぎていたのは手痛い誤算だった。

ここまで聞いてしまった以上、断ればテナ共々生きては返れまい。一縷の望みに賭けてテナを庇いこの街から決死の脱出を試みるか、それとも今はテナを人質にこの男の手を取り生き延び、利用する道を探るか。

そのとき、ふっと脳裏に先刻のの言葉が蘇った。


―――利用する者か、利用される者か。


なるほど明快だ。この男の本質を鋭く切り出している。

この男には結局のところそれしか人を計ることが出来ないのだろう。

裏切らぬ駒を欲している。つまり、それは彼が誰にも心を許さず一人で戦っているということだ。この会場でカイルがそうあるように、彼はルルーただ一人を胡桃の核のように包み込んでこの無謀な戦いに挑んでいる。

この男の本質は、“孤独”なのだろう。悪魔のように契約を持ち掛けて回る一方、他人を見殺しにすることに罪悪すら抱かない。

この男には、何もない。

――――けれどだからこそ、決して契約を裏切ることはない。



「――――一つだけ、約束してくれ」

カードをめくると、カイルはそれを放った。

“雲追い”“6”

空を駈る蟲を嘲るように六つの月が囲んでいる。占学では悪魔の数字とも呼ばれる数。

「俺はどうなってもいい。地獄の底までお前に付き従ってやる。だから…………アイツは、テナだけは何があっても安全を保障すると約束してくれ」


―――結局、自分も奴と変わらない。

他人も、自分も、罪悪すら抱かず利用できる人でなし。

分かってしまうのだ。この男の冷酷さを我が物のように。

テナが笑っていられるなら、何だっていい。力は有って困るものではない。邪魔になれば容赦なく切り捨てられるだろうが、構うものか。

彼女の夢のためになら、悪魔にだって魂を売り渡せる。


薄っぺらいカード越しにまるで心情すら読み解いたかのように、ちらりと彼は一瞬だけ同情的な色を含ませて笑った。

「分かった。テナ嬢には俺は一切関知しない。たとえ俺の身に何かあっても彼女の身を守るだけの手回しをしておこう。これでいいかい? 」

「ああ。どうせ初めから無償で手を貸してもらえるなんざ思っていない」

「なら、契約成立だ――――約定花を」

カイルは頷くと胸に差していた純白の造花を、積み上げられた金のコインの上に無造作に放る。

しかし次の瞬間、ざわり、と会場の空気が割れた。


「………正気か? 」

「もちろん。君がテナ嬢に賭けたように俺も、この子に賭けてるからね」

くるりと手のひらで弄ぶと、アシュは驚愕に目を見開く少女に対し、彼女にだけ分かる何気なさで微笑む。

純白の花がぱさりと落とされた。

「これは取り引きだ。互いに等しい立場と相応しい対価を持っていなければならないだろう? まあ、どうせ俺が勝つしね」

「ホントその自信はどこから来るんだろうな。その鼻っ柱へし折ってやろうか」

幸い、手札は中々悪くない。よほど下手を打たない限り勝てる。

傲慢なまでの自信に、流石に癪に障ったカイルが皮肉を込めて言い咎めるとアシュは肩を竦めた。

「心配してくれなくても大丈夫さ。まだまだ指は鈍っちゃいない」

「は? 」

アシュはにやりと口の端を釣り上げると、たっぷりと勿体をつけて順番にカードをめくった。


“地駆け”の“13()”に“雲追い”の“()”。

「んな馬鹿な…………」

カイルは思わず手札を引き寄せた。

彼我の倍率を逆転させる“回天(ローボール)”。相手の手役が強いほど、その先の勝敗が丸々逆転していく特殊なルールだ。

「…………そういえばカードを切ったのはお前だったな。ここまであられもないイカサマもそう無いぞ」

リデルから、一度だけ聞いたことがある。その道には数十枚以上のカードを思いのままに操る人間がいると。

交互に配られるカイルの手札と自分の手札をあの鮮やかな手つきの中で、この男は滑り込ませたのだ。

入れ替わる天地は不敵な彼らしい宣戦布告かか、はたまたこの男にだけ見えている未来への予見か。

「何言ってるんだい。負け惜しみならもっとそれらしい捨て台詞を選びなって」

呆れ果てたカイルに対し彼は魔法のように手のひらでカードを弄び、茶目っ気たっぷりに片目を瞑る。

「なにせ俺には幸運の女神がついてるからね。――――おいで、ルルー」

自陣と敵陣のチップの山から器用に花だけを抜き取ると、男は打って変わった優しい声音で少女を招き寄せた。

不安の表情を浮かべる少女に破顔すると愛しげに抱き止め、そっとその白銀の髪に二輪の造花を足す。

(分かってるっての)

カイルは顔を背けた。

約定花はフクロウの少女に捧げられた。―――これでもう、どちらかが滅びるまでアークと交わることはない。

苦い顔をするカイルに青年はあの底光りのする目を向けていたが何を思い立ったかふと、身を屈めると少女に向かい何事か囁いた。


―――俺の花を、君に賭けるよ。


そのときのカイルはもちろん、偶然拾い取った彼の言葉の本当の意味を知らない。

ただ物語のようなその一幕に観客の冷ややかさで漠然と、この先も彼らに安息の地はないだろうと思った。

諦観でも悲観でもない。アシュが選んだのはそういう修羅の道だ。なまじ賢く半端に力がある分、ただ人として終わることはできまいと思った。

だから、だろうか。

上流階級の一夜のお遊びのような甘い台詞はひどく侵し難い神聖な誓いのように、カイルですらハッとするほどかけがえのない、尊く美しいものに見えた。

まことに不本意ながら、カイルにはこの男の不器用なまでの人の愛し方がなんとなくだが理解できる。自分を暖かな光の中へと連れ出した義父を、そっくりそのまま鏡合わせにしたような生き方なのだ。

赦したり、忘れたりできれば救いもあろうものを、馬鹿正直に全て飲み下し、嘆き、抗う。

リデルが願ったままに光の中で生きたなら、アシュは(かつ)えのまま闇の底を歩んでゆく。

名すら定かならぬこの男は、きっと死ぬまでそういう生き方しかできないだろう。

そんな気がした。


やがて、身を起こしたアシュはカイルに向かい「場所を移すよ」と顎をしゃくった。

「元々俺は守りには向いてないみたいでね。無償で誰かを守ってやるほど善人でも暇人でもないし、いずれ君に丸投げるつもりだったし」

いずれにせよ、と彼は言葉を切った。

「これで君も晴れて俺たちと運命共同体というわけだ。(はなむけ)代わりにまずは一つ情報の共有から始めようか」




◇◇◇◇





宵の草木に絶え間なく続いていた虫の音が、ふっと消えた。


「ジェレミア様」

闇を裂いて、一人の人形が現れると慇懃に膝をついた。

アークの正規兵ではない。

フォビアーニ家の紋、暗紅色のアマリリスの印を纏ったその男に公爵はちらりと一瞥を寄越した。

「首尾は? 」

「万事滞りなく」

闇をひしひしと取り巻く殺気。

あらゆる戦において常に先陣を切ってきた、フォビアーニ家の精鋭が庭の草木や建造物の陰という陰に融けている証だ。

明るく灯された屋敷からは賑やかな楽曲や人のさざめきが夜風に乗って流れてくる。明るければ明るいほど、それとは対照的に殺気を灯した闇を濃く縁取った。

久々の肌を刺すその感覚にジェレミアはしばし味わうように目を閉じ、満足げに頷いた。


「………さて、音に聞く天才様とやらの面を拝みに行くとしようか」

ひらりとジェレミアは片手を挙げた。

その瞬間、獲物に食らいつこうと身をたわめた肉食獣のように、闇が緊張を孕む。

一拍おいて、夜にも溶けおおせないぎらつく深い緑の瞳が見開かれた。


「行こう、狩人たち。速やかに狐を捕らえる」







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