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水面下


いつもお読みくださりありがとうございます。

さて久々ですが、長いです。

溜めずにこまめに出すっちゅー選択肢がないのか、私。


前半ルルー視点、後半アシュ視点です。






「…………………」

「…………………」

沈黙が痛い。

ルルーは抱き上げたまま一向に下ろす気配のない青年の横顔をちらりと盗み見た。

あまりにいつも通り過ぎる、仮面。

それは感情を完璧に押し殺しきったあまりに人間味のない表情で、何となく自分がその一因を担っているらしいことにすでに気づいてしまっていたルルーは幼子のように抱き上げられたままと言う姿勢のことも相まって、ますます居心地悪そうに小さな体を縮こめた。



事の起こりは一刻(三十分)ほど前に遡る。

メイドたちの着せ替えショーからようやく解放されたルルーとテナはカイルを伴い、老執事フェムトの案内でスエンニの街歩きを楽しんでいた。

スエンニは商人の街と言われるほどの商業都市。各島々の物珍しい衣装や品物、ときに異国の商人たちの行う大道芸で溢れかえっている。

あっちからこっちへと、次々目を奪う華やかさはルルーの生来の好奇心を大いに刺激した。

しかしフェムトの勧めでテナ、カイルの二人と別れ、別行動をしたのが失敗だった。辻を曲がった瞬間、フェムトの背を見失ってしまったのだ。

初めはアシュの忠告もあったので出来るだけその場を動かないつもりだったのだが、道の角をちらりと黒い執事服の裾が翻ったような気がして確かめに行くと、またその先の角で…………ということを繰り返すうち、いつの間にやら人気のない裏路地まで入り込んでしまったのだ。

白く死んだ珊瑚のように、崩れた壁の廃墟が並ぶ辻。道を尋ねようにもそもそも人がいない。 このまま迷路のようなここから出られなくなったらどうしようと途方に暮れていたところで、背後からいきなり肩を捕まれたのだ。



アシュは整った容貌にうっすら嘘くさい微笑みさえ浮かべて、修復と崩壊で迷路のような裏路地を勝手知ったる様子で黙々と歩を進めていた。しかし、いつもならば面白おかしく話題を途切れさせることのない饒舌な彼があの青年と別れてから、この間一切口を開いていない。

「あの…………アシュ、怒ってる? 」

意を決して問いかけたルルーに、青年はちらりと視線を寄越した。びくっ、と思わず背筋を伸ばしたのを感じ取ったのか、アシュはにっこりと笑みのような(・・・・)表情を作った。

「んー? 何に? 」

「それは、その………フェムトさんやテナたちとはぐれちゃったから………」

「そうだねぇ、次からは気を付けなきゃダメだよ。でも俺が怒ってるのはそこじゃないんだよー。………ねぇルルー、彼は君の知り合い? 」

首を振ると、アシュはまた笑みらしきもの(・・・・・)を浮かべて頷いた。

「そうだよね。ルルー、ではここで君は君が思ってる以上に世の中には悪意が蔓延っていることを知るべきだ」

「あく……い…………? 」

「そう、悪意だ」


白い土壁から赤茶けた煉瓦が剥き出しになった辻を左へ曲がり、小さな階段を上がっていく。

悪意、とルルーはもう一度口の中でその言葉を繰り返した。

「見ず知らずの相手に名前を教えてしまうのは時にとても危険なことだ。名は人を示すものだって、初めて会ったときに言ったのを覚えてるかい? 」

「うん」

彼にあの忌まわしい場所から連れ出された日。

どこまでも青い空と海の間に浮かべた舟上で、“フクロウ”という空っぽの少女に彼が与えた最初のものが、ルルーという名前だった。

外の世界は何もかもが鮮やかで、きらきらと眩くて。だからこそ多少強引ではあったがそんな世界に連れ出してくれた唯一の人に呼んでもらえる自分だけの名前が、堪らなく嬉しかったことを覚えている。

「そうだね。じゃあもし、彼があちこちで“ルルー”の名を訪ねて回ったらどうする? 」

「え…………? 」

「忘れてないかい? 君は“天涯の月”を宿しアークから逃れる“フクロウ”、彼はそんなアークの軍人だ。君を追う人間だ。いつか名を辿って君を捕らえて、あの小さな塔へ連れ戻すかもしれない」

「ッ――――!! 」


何もない、あの部屋へ。

人形のような自分しかいない、あの小さな部屋へ。

あそこでの自分はあまりに弱く、何も出来ない。それは、刻み込まれたどうしようも出来ないという“諦め”そのものへの恐怖。


みるみるうちに蒼褪め、小刻みに震えだしたルルーの体を青年は優しく、少し力を込めて抱き直した。

「ごめんね。言ってみただけだよ。大丈夫、そんなことは絶対にさせないから」

「………本当に? 」

「本当だとも」

背を撫でる温かな手に、鳩尾の辺りがきゅっと縮まるような気がして、ルルーは細い腕を回して青年の首に縋りついた。

「あ、で、でも………私、あの人に名前……それにアシュも…………」

そう、アシュはあの青年軍人に名を告げてしまっている。

悪い人間ではなさそうだが、何故かアシュに対してはあまり好意的とは言えなかった。その彼にルルーのせいで名を知られてしまったのだ。

名を辿れば、いつか捕らえられる。そこまで思い至った途端、ルルーはぐらりと天地が反転するような恐怖に飲み込まれた。

“フクロウ”であるルルーなら、まだあの部屋に連れ戻されるだけで済むかもしれない。だが、完璧に出し抜いた挙げ句散々翻弄し、完全にアークを敵に回したであろうアシュは、その程度では済まない。

きっと自分には想像もつかないほどの酷い目に遭わされてしまうはずだ。

(どうしよう、どうしよう)

本当に、取り返しのつかないことをしてしまった。怖れと最悪の結末に、ルルーは震えた。

アシュは好きだ。

たとえ騙されても利用されても彼はやっぱりルルーの手を引く人で、その向こうにルルーは世界を覗いている。

だが喪うのは違う。

彼を喪ったそのとき。ルルー知る色のある世界も、次々と沸き上がる感情も、すべてが灰のように崩れさり、“ルルー”という少女そのものが壊れる。

喪失、ではない。崩壊なのだ。そこには修復も再生もない。

アシュが尊重する“自由”や“意思”を理解したいと思う反面にはいつも、そんな彼への異様なまでの依存に対する冷ややかな予感のようなものがあった。


「んー、まぁ心配してくれるのは嬉しいけどね? 俺は大悪党よ? 手足縛って目隠ししたってあんな間抜けに出し抜かれるワケないだろう。そこはもうちょっと信頼して欲しいなぁ。コダエではあんなに情熱的に『信じてる』って言ってくれたくせに」

にやりと、ようやくあの意地の悪い顔に戻ったアシュの言葉ににルルーは思わず頬を赤らめながら口を尖らせた。

「うっ…………で、でもあんまり悪党を信じちゃ駄目って言ったのはアシュだよ」

「疑るポイントが違うよ。人の心配をするより、ああいう頭に花が咲いた変な輩に絡まれる前に警戒しろってこと」

さらっと青年軍人をこき下ろしつつ、アシュはルルーのフードの中へ指を滑らせるとそっとその白銀の髪を一房掬った。そして少女の耳に届かない程度に小さく呟く。

「………まあ実際のとこ、俺が見ず知らずの野郎に名を明かすなんて気に食わないだけなんだけど」

「う? 何か言った? 」

「いーや、何でも。ほら、大通りに出るよ」


着実に近づいていくざわめきが潮騒のように左右に広がっていく。暗い路地を抜け出し大通りに出た途端、視界一杯の光が差し込んできて、ルルーは思わず目を細めた。

「箱入り娘の教育的指導は彼女に任せるとしますか」

「え………―――――? 」

口の端を吊り上げて笑う彼の視線の先を辿れば、

「あー! やっと見つけた! 」 「テナ!」

人混みでいつの間にかはぐれてしまっていたテナがブンブンと通りの向こうで勢いよく手を振っている。可哀想にうっかり背後に立ったがために顔面にそのまま意図せず裏拳が決まったらしく、その傍らでは鼻を押さえたカイルが俯いていた。

次々と行き交う馬車や山盛りの荷を積んだ蟲に遮られ、もどかしそうに足を踏み鳴らしている様子を遠目に眺めながら、アシュは何故かちょっとだけ名残惜しげにルルーを腕から下ろし、それでもそつなく腰を支えながらしっかりと地面に立たせた。

辻蟲が途切れると、テナはスカートを翻して駆け寄ってきた。


「ルルーちゃん、いったいどこいってたの? さっきフェムトさんが一人で『こちらにルルー様は来ておりませんか』って戻ってきたときはもう心配したんだからね」

「うぅ、ごめんなさい」

「まったく。女の子なんだから、誘拐でもされたらどうするの。自分の身はまず周囲を警戒するところから守るのよ」

腰に手を当て、しっかり者姉のようなテナの叱責にルルーは所在なさげに首を縮めた。

「まあ無事だったんだし、そんなに叱らないであげて」

「アシュさん。用事はもう済んだの? 」

「お陰さまで。ぶらぶらしてたら偶然この子を見かけてね。ついでだから俺もみんなに合流しようと思って大通りまで戻ってきたんだ」

ルルーはあれっ、と小さな違和感を覚えた。

あんな何もない寂しいところで、アシュは一体何をしていたのだろう。

しかし考えを纏める前に、テナがぎゅうっと抱きついてきたため思考の糸はするりと手のひらをすり抜けてしまった。

「そうだったんだ。でも本当に良かった。ルルーちゃんの身にもし何かあったら、今頃アシュさんなんか頭から煙出して憤死してるわよ」

「あれ、そこで俺? 」アシュが自分を指差し少女の言葉に異存を唱える。

「街中を締め上げ吊し上げ血祭りに挙げて探し回るくらいはするんじゃねーか? 」

「いやいやカイル君、君は俺を一体なんだと思ってるんだい…………」


わいわいと賑やかに言い合いをしているうちに戻ってきたフェムトとも合流し、一行は再び予定通り街歩きへと方針を移した。

女性陣の希望でちょっとした小間物や雑貨などを扱う店をああでもないこうでもないと物色して回るのは中々に楽しいもので、ルルーの意識は先刻の小さな疑問をすぐ手放してしまった。





◇◇◇◇◇





「いかがでございましたか? 」

「正直、拍子抜けだよ。あれが神算鬼謀を謳われたクリミナの英雄殿の寄越した男だなんて」


ショーケースの小瓶を日に透かしながら、アシュは振り返りもせずフェムトの言葉に答えた。

背中合わせにそれぞれの棚を眺める二人の会話に、周囲の客は気づきもしない。

「直情型で己れの型から出られない、お貴族様さ。わざわざあの子を引き合いに出すまでもなかった」

青年は懐から一通の手紙を取り出すと何気ない仕草で小瓶と共に棚に置く。陳列越しに、手紙はすうっとまるでフェムトの側へ吸い込まれるように抜き取られた。

「これは? 」

「マノンから“囮”に持たせて出した。カカンの港についたらそのままスエンニまで早便で送るように手配しておいたんだ」

手紙はコダエに向かう前、ルルーを師カーヒルに預けている間に運び屋の老夫婦に預けた物だ。

限界体制の中、敢えて動かした囮。

もし、アークの手に彼らが落ちれば、積み荷は勿論戻ってこない。

「お前も知ってるだろう? 奴らが俺たち姉弟にした仕打ちを。だから、糸にしてやったんだ」

青年は何て事ないかのように淡々と告げた。

布石、と言うほどでもない。

スエンニに無事届けば彼らはアークに関わりなく運び終えたということだし、届かなければ予定通り囮の役割を果たしたということだ。手紙はそんな囮の行方を特定するまさしく“糸”に過ぎない。

クリミナの革命騒ぎ以降、アークには下手に突かれれば痛すぎる腹を抱えている。そんな中“天涯の月”の盗難など威信どころか存亡に関わるといっても過言ではない。何とかして情報統制をするか、引っ掛かったら囮でも本物と偽って押し通し、早々に騒ぎを納めるだろう。

今のところ捜索の手も緩んでいるし、“天涯の月”についての警備体制にもこれと言った変化は見られない。だから囮を上手く再利用したのだろうと思っていたのだが―――――


「手紙の裏を」

「ッ!! これは…………」

主の言葉にひっくり返した裏面を見るなり、老執事は眉をひそめて口籠もった。

「届かなければ、当分公に追われる心配はないからのんびりあの子との旅歩き。無事手紙が届けば『月が盗まれた』と騒ぎを起こすよう手配しておいたんだけど、相変わらず頭の切れることだ」


手紙の裏にはこの十三年間、忘れもしなかった筆跡()でごくシンプルに日付と「スエンニで義弟に会わせる」とだけ書かれていた。

ジエン=ギスタフ。

名すらないその手紙の向こうにいる男の存在は、アシュにささやかとはいえ、針のように鋭角的で痛烈な敗北感を与えた。

計画はすべて予定通りに進んでいる。狡猾な狐の賞賛に相応しく“天涯の月”を奪い、アークを出し抜き、未だその尻尾を掴ませたりしていない。

だが、そこに秘められた意図を把握した上で返された(・・・・)この手紙は、そんなアシュのプライドに爪で引っ掻くように傷をつけた。

試合に勝って勝負に負けた。そう思わざるを得ないあの男らしい、実に嫌な手だ。

この世で最も忌々しい男からの手紙。破り捨ててやりたいとももちろん思ったが、しかしアシュの中の冷たい合理性がそれを許さなかった。そして感情に流されることのない自分の冷たさをこそ、アシュは心の底から信頼している。

だからわざわざ関に手を回して入街者の情報を集め、唯一の該当者であったロードをフェムトと示し合わせてあの場所に誘き寄せた。


「今思えば余計な一手だったよ。あの子を見せつけてやろう、なんてさ」

「……………」

沈黙で応える従者に、青年は昏い目で微笑んだ。

「もしあの子を知っているなら、本来あるべきがあの場所だなんて一言でも抜かしたら―――――そのまま捕らえてアークの状勢吐かせてから、ボロクソに壊してやろうと思ったのに。無知が幸いしたね。………いや、あの男もそれを見越していたのかな」

「………油断はいつだって突然足元を襲うものでございますぞ。ましてやあの方は貴方様の実のお父君。才知奸略神の如しと言われた方でございます」


(血、か…………)

戒めるような老臣の言葉にアシュは自分の手を見つめた。

何もかもを失っても、体に流れる奴の血だけは決して無くならない。だからこそ自分は自分を愛することはなく、どこか遠い舞台のように一歩身を引いたところから光も闇も眺められるのだ。

腹の底から噴き出しそうになる激情をもて余すように、青年はまぶたを閉じた。

「あの常春頭にはアークに戻るまで一応“影”を付けて動きを逐一報告しろ」

非常に、非常ーに気に食わないという不快感こそあれロードは大した驚異には見えなかった。だが一応、慎重に慎重を期しておいても損はないだろう。

「御意」

人目があるため頭こそ下げないものの、陳列の向こうで老臣は恭しく応えた


「ああ、それから――――」一旦言葉を切ったアシュは楽しげにテナと笑い合う少女をちらりと横目で盗み見ると、何でもないことのように付け足した。

「あの子の見立ては中々だが、あれでは悪い虫がつく。“披露”まではもう少し控えるよう伝えておけ…………………………何だ? 」

「いえ、失礼いたしました」

それ以上敢えて何も問わない忠実な老執事に、青年は苦虫を噛み潰したような顔になる。

「言いたいことがあるならはっきり言ってくれ」

「おや、よろしいのですか? 」

「………構わない。その薄気味悪い笑みを見なくて済むのなら」

「それは大変失礼致しました。とはいえ当家にも青天の霹靂だったのでございますよ。まさかあの(・・)主様があんな(・・・)表情を浮かべられるとは。――――――私見ながら、屋敷の者たちも例のペンダントを見たからこそ腕を振るったのでございましょう。とくにメイド長など殿方は着飾らせたがるものと信じておりますゆえ」

「その盲信は早急に対策をたてるとして…………せめて目的に応じた要不要は選別しろと伝えてくれ」

「承りましてございます」





「アーシュっ! 」

「っと。はは、どうしたの? 」

駆け寄ってくるなり突然抱きついてきた少女を難なく受け止める。丁寧にその細腕の拘束を解くと、アシュは膝を折ってきらきらと輝く夏の空のような瞳に視線を合わせた。

「ねぇ見てこれ! 」

興奮にうっすらと頬を上気させた少女が持ってきたのは手のひらサイズの小さな筒だった。


「へえ、万華鏡(カレイドスコープ)か。懐かしいな」

黒地に細かな銀の象嵌。この手のデザインが流通したのは百年近く前だ。貴族階層からの流れ物か、美術的価値も高そうだが骨董品(アンティーク)としての価値もありそうだ。

「ね、ね、ここの穴から外を覗いてみて! きらきらして凄く綺麗なんだよ! 」

「へー、どれどれ」

アシュは苦笑しながら言われた通り、右目にその暗い小さな穴を押し当てた。


闇に浮かぶ、割れた鏡のような奇妙な景色。

くるくると瞬く間に角度や大きさを変えながらも、その光を詰めた欠片の一つ一つに眩い空の瞳の少女が閉じ込められている。

「―――――ああ、確かにこれはいいね」

「でしょう? 」

「これはもう買ったの? 」

誉めて誉めてと言わんばかりに見上げてくる少女を、閉ざされた闇の中でくるくると弄びながら、アシュはぽんぽんと帽子の上から手を置いた。

「ううん、テナがもう少し色々見たいって言ってたからまだ」

「そっか。じゃあこれは俺が買ってあげよう」


すると、少女はきょとんとした顔で首を傾げた。

「お金の使い方も教わったし、ちゃんと一人で買ってこれるよ? 」

心底不思議そうな顔で見上げられ、アシュは一瞬言葉に詰まった。

他の貴族の子女、あるいは町方の娘でさえ、男が買うと言えばにっこりと愛想の笑みや世辞のひとつも浮かべるものだ。だが、ルルーの場合その辺の微妙な機微をまず真っ向から「何故? 」と問う。

むしろ教わったことを見事成し遂げた上で誉めてもらうことしか、考えていないのかもしれない。

小さな、けれど確かな欠損。

それはアシュからすれば清々しくいじらしい反面、時折歯噛みするほどもどかしくもある。


「コダエで、ご褒美をあげなきゃねって言っただろう? 」

乾いた唇を舌で湿らせ、同時進行で頭の中で構築していく理由を述べてやると、ルルーの目にようやく納得の色が浮かんだ。

「その代わり、もう今日みたいに一人でふらふらどっか行ったりしないと、約束できるね? 」

「うん! 」

「よし、それなら契約成立だ」

アシュの言葉にルルーは一瞬目を見開くと、もじもじと後ろ手に組みながらちょっとだけ恥ずかしそうに笑った。

「ふふ、契約って、なんか初めて会ったときみたい」

「ん? あー……まあどんな物事にも代価がいるってのが俺のポリシーだしね。対等に話をしている、って意思表示でもあるし」

「勝手に盗むって言ってたのに? 」

「それでも、君は他でもないこの俺の手を取ったじゃないか」


少女を景色の中に捉えるように万華鏡を向けて、青年は答えた。

闇の中に凝縮された色彩は鮮やかだが、ひどく遠い。

拒まれたら、実際どうしていただろうか。もちろん計画通り連れ出していただろうが…………果たして自分はこの景色を見ただろうか。

「君は俺と対等な一人の人間、そう思ったからね。喜びも、哀しみも…………君の心を支配するのは永遠に君だけだ」

「私だけ? 」

「そう。誘導したり与えたりは出来ても、同じ様に歓喜することも泣くことも、たとえ俺が天下の大泥棒で大悪党でも、それだけは叶わないんだ」

そう、だからいつか。俺の手を離れる日が来ても、君は笑えるようになる。空虚さえも沢山の感情や思い出で埋めていけるようになる。


「――――私ね、アシュ。実を言うとね、」

予感がしたの。そう言ってルルーは小さく、けれどドキっとするほど大人びた顔で笑った。

「この人の手を取れば、何かが変わるって。きっとわくわくするような素敵な何かが始まるんだって、そう思ったの。だからね、私の心は私のものでも、きっと一番震えるのはアシュの見せてくれる景色で、アシュの言葉で、アシュと一緒にいるときなんだよ」

ひゅっ、と浅い息が喉を洩れる音に、青年は自分が思わず息を呑んでいたことに気づいた。

――――――ああ、本当にこの子は。


「………そんなに美化されてたとは恐縮だね。たとえ契約なしでも代金は払わなきゃって気になるじゃないか」

ようやく下ろした手のひらで、光と闇が不思議なほど共存する小さな万華鏡を弄ぶ。耳の奥で音を立てて流れる脈を聞きながらも、青年はいつも通り茶目っ気たっぷりに片目を瞑って笑って見せた。









自分で仕掛けておいて気に食わないとか何様! とつっこみ。でもまあほら、そこは天上天下イエス俺様、なアシュだし。

彼もスエンニ編は色々やることあるから忙しいです。個人的には初めてのお使い、みたいなほんわかルルー視点を書きたいのに彼女だと恐ろしくストーリーが進まないのですよ。


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