君の色
前半ルルー視点、後半アシュ視点。
またまた無駄に長いです。
「この緑のスカートはどうかしら」
「いや、まず髪を隠さなきゃならないから奥まで編み込んで、その帽子に合うような色で纏めましょ」
「ねぇこのブラウスなんてどう? 絶対絶対かわいいわー」
「あら良いわね。じゃ、私が髪をやるから貴方そっちのスカートの丈を合わせてくれる? 」
「りょうかーい」
フェムトの言葉通り、テナとは別の衣装部屋に連れていかれたルルーは嬉々として着付けをするメイドなされるがまま、すでに放心したように視線を天井にさ迷わせていた。
元々、どことなく浮世離れした儚げな美少女のルルーだ。長の軟禁暮らしに花の色さえ透けるような白い肌も、空のようなライトブルーの瞳もメイドたちからすれば涎を垂らさんばかりの極上の素材。
故あって髪を隠さねばならないというハンデを差し置いてもこれほどの逸材、もとい着せ替え人形はない。
下着姿にひん剥かれ、鼻息荒く迫ってこられたときには…………流石のルルーも本気で逃走を検討した。
さて、貴族のご婦人方の仕度は下手をすると半日がそれで潰れる。
ルルーの場合、一応メイドたちの気遣いにより相当簡易的なものにしてもらっているらしいが、それでも慣れないあれやこれやに精神的な何かをガリガリと著しく削り取られたような気がした。
「あら」
楽しげにブラシでルルーの髪を梳かしていたメイドの一人が、何か見つけたのかふいに首元に顔を近づけた。
それに気づいた他のメイドも視線を首元に集中させる。
「あらあら、まあ」 「やだ、アシュ様ったらお手が早過ぎじゃないかしら」 「まあでもこれだけ可愛らしい方なら殿方の占有欲も煽られるってものでしょ」
各々頬を染めて何故か異様に盛り上がり始めたのだが、ルルーにはさっぱり訳が分からない。
首を傾げていると年嵩のメイドの一人がその訳を明かしてくれた。
「ルルー様、殿方からの贈り物には意味がございますのよ」
メイドたちの視線が集まるのは――――アシュに貰った銀のペンダント。
「男女間で贈られるアクセサリーは指環や腕輪など体の末端に付けるのものは親愛や自身の保護下にあることを意味します」
つ、と彼女の指がペンダントの透かし細工を撫でた。
「あの方はそつがありませんからね。この紋様――――海運を示す流水に富を示すケシの花はスエンニ商工連のシンボル。この街でも限られた者しか身に付けることができません。これをお受け取りになったとき何か仰っられてませんでしたか? 」
「えと、厄介事になりそうになったら使うお守りみたいなものだって…………あとこの街を出るまでは出来るだけ身に付けているようにって…………」
ルルーは昼間の記憶を辿りながら答えた。
その言葉にメイドは満足そうに大きく頷く。
「この街でこのモチーフは連の庇護下にあることを意味します。下手に手を出せば…………………まあ生まれてきたことを後悔することになるでしょうね」
ふふ、と彼女たちは楽しげに笑うが、目に宿る光が剣呑すぎる。
「アシュは『連』の関係者なの? 」
ルルーはぎょっと自分の胸元のそれを見下ろした。
そんな大層なものだとは知らずに受け取ってしまったが、そんな物騒なものをぽいっとくれるアシュもアシュだ。
そういえば以前スエンニの話を聞いたとき、彼はこの街に妙に愛着を見せていた。影響力の大きさから言っても、ちょっとやそっとの関係ではないだろう。
「あらあら、相変わらず肝心なことをはぐらかす癖はそのままですのね。本当に何もお伝えされてないなんて。関係者どころか、アシュ様はこの街の独立の立役者。天下の物流を預かるこのスエンニを取り仕切る、五人の執政官の一角ですよ」
「しっせい………かん? 」
「街の政治や細々した取り決めをなす者のことです。スエンニでは二年に一度、立候補者の中から四人、自らの生活を預けるに足る執政官を選びます。この街には領主は居りませんから事実上、パンゲア国王アーク島主と渡り合う『王』のようなものでしょうか」
話の中の違和感におや、と少女は首を傾げた。
「四人? 執政官は五人でしょ? 何故五人選ばないの? 」
選ばれる執政官は四人。
これでは人数が一人が足りない。
「アシュ様がいらっしゃるからですよ」
メイドは誇らしげに、そして柔らかな色合いのブラウスを取っ替え引っ替えしながらも丁寧に答えた。
「この街では力こそがすべて。執政官のほとんどはスエンニ独立時に協力し、莫大な財を築き上げた外海の有力商人たちです。………クリミナ戦争後からの“革命”はあまりに長く、民も兵も疲弊し泥沼状態でした。しかしそんな中、それらの商人たちに協力を取りつけて領主を排し、長年続いた戦争を終わらせたのがアシュ様です。――――以来、アシュ様は変わることのない五人目の執政官。まあ元々一ところに定住しない方ですから基本的には四人で回してるからなんですが、この街にとって未だに強い発言力を持つ影の英雄なのですよ」
「そう、なんだ」
ルルーはぽつりと呟いた。
「何か私、アシュのこと全然知らなかったんだね……………」
彼は饒舌だが問われない限り、あまり自分のことを話したがらない。
『大泥棒』で『悪党』で、たまに世間を欺く『薬師』のアシュ。
ルルーにとっては本当にすべての彼だが、いつも複数の仮面を纏っていてどれが素顔なのかも分からない。
分からないことが寂しくて、そら恐ろしいと感じたことが、ないわけではない。
けれどあの青い炎の目を見て以来、知れば彼がどこか遠くへ行ってしまう気がして、多分意識的に目を閉じていたのだ。
知ってはいけない。
知ろうとしてはいけない。
彼の目的が何であれ―――たとえルルーを取り返しのつかないほど害するものであっても――――受け入れる自信はある。だが彼はきっと、それを是とはしないだろう。彼は彼を許さない。そんな気がした。
俯く少女にメイドたちは顔を見合わせ、やがて一斉に噴き出した。
「ルルー様。殿方の贈り物の話の、続きを致しましょう。先程申し上げました通り指環や腕輪は親愛や保護です」
ですが、と彼女は一旦言葉を切ると内緒話でもするように、ルルーの耳元に口を寄せた。
「アクセサリーは概して心臓に近づくほど強い愛情を、このペンダントのように石が心臓の上に来るようなものは、特に“束縛”を意味するのですよ」
束縛、という言葉にルルーはぴくりと小さく肩を竦ませた。
「これが送り主の瞳や髪の色―――アシュ様なら黒ですわね―――の石を使っていれば、そのまま求婚の申し出になります。でもまあ、石はルルー様の瞳と同じ空色ですから、束縛の反面、相手の自由意思も尊重したい、というところかしら」
――――君の色だよ。
鎖を繋ぐ瞬間の彼の熱が、首筋にかかる吐息が、不意討ちで脳裏に鮮烈に蘇る。
ぱっと花弁を散らしたように頬を染めた少女に、メイドはにやりと唇を吊り上げた。
「それに、後ろの方のチェーンに一つだけ小さな平たいプレートがありますでしょう? 一見ただの装飾に見えますが、この裏に名前が刻まれてるのですよ」
「な、まえ…………? 」
だれの、とは訊かなかった。
――――逃がさない。逃がせない。
自由だという一方、同じ口でそう彼は言った。
だとしたら、
たとえばもし、そうだとしたら。
自分の色に、気づくかも分からないこんな趣向を凝らした理由は?
頬が火のように、熱く火照てる。
この感情に付すべき名は?
そんなルルーの様子を見ていた若いメイドの一人がいきなり、頬に手をあて見悶えだした。
「やーん、何この生き物可愛すぎる!! 」
突然のことにぎょっとするルルーに、けれど周囲のメイドたちは彼女を咎めるでもなくうんうんと同意した。
「まあこの純真さで慕われたら多少の世間の白い目くらい、つい頭からすっぽ抜けそうよね」「でも今十一、二才くらいでしょ。一回りは離れてるわよ」「育てるのか、趣味なのか、微妙な線ね………」「ひょっとして主様って犯罪者予備軍? 」「いやいくらなんでもあと四、五年くらいは待つでしょ。常識的に考えて」「でもわりと常識とか通じないわよ」
ひそひそと額を付き合わせて相談する雰囲気が………………何故だろう、コダエの双子を彷彿させる。
主人の居ない間に段々好き勝手言い始めた彼女たちに、一応助け出されたことを含め数々の恩のあるルルーは、流石に何か言わねばとあわあわと口を開いた。
「あ、あの、私まだ小さし、ぼんっきゅっぼーんでもないけど、もう十五です……………一応」
ざっ!! と一斉に振り向いたメイドたちの前で必死の思いで口を開いたため、大きなつぶらな瞳は若干涙目だ。
しかしその言葉にぴたりとメイドたちの動きが止まり―――――
「ちょっと! 見た目アレでも犯罪じゃないらしいわよ」「絶対狙ってるってコレ! 」「クロね。もう完全に趣味の方ね」「しかもぼんっきゅっぼーんとか何かロクでもないこと吹き込んでるわよ!」
哀しいかな、日頃の人徳か、さらに辛辣な内容でヒソヒソが盛大になるだけだった。
◇◇◇◇◇
「ふえっくし! へくしッ!! 」
豪奢な調度品に一分の隙もなく飾られた、スエンニ商工連執政官室。
訪れる者を無言の権威をもって威圧するその部屋で、立て続けのくしゃみに身を曲げた青年はうー、と唸りながら鼻を擦った。
「なんだ、まだ風邪が治ってないのか? 薬師の不養生だな。それともまた噂をされているのか」
「『また』ってなんですか『また』って。この部屋煙たすぎるって、俺、前言いましたよね? ひどい臭いですよ。ネズミでも追い出す気ですか」
「煙たいものか。俺からこいつを取り上げられたら、呼吸もままならんぞ? 」
恰幅の良い男は紫煙を燻らせながらくっ、と喉を鳴らして笑う。
「まあお前のことなら後者だろう。一回褒められ、二回謗られ、三回惚れられ、だったか? ふん、悪い噂の絶えない男は大変だな」
「貴方ほどじゃない。俺のくしゃみは大概奇数回です」
しれっと答える青年に男は口の端を吊り上げ、たっぷりと煙を吸い込んだ。
「他の三人は? 」
「奴等ならじき来るだろう。時間通りとは限らんが、急ぎか? 」
「そうですね………………叶うならこんなヤニ臭い燻製部屋、臭いが移る前にとっとと出て帰りたい」
煙の嗜みのないアシュには、あまり好きな香りではない。おまけにこの男の葉巻は特別製。依存性は弱いものの、この腐臭にも似た甘ったるい匂いにはこの男の扱う麻薬が混じっている。
麻薬はもちろんパンゲアでも禁制品。しかし物事には必ず例外と抜け道がある。
『取り上げられたら呼吸もままならない』とは自身への皮肉か、麻薬で得る甘い汁を示すものか。いずれにせよ、この男は“悪の街”の享楽と冷ややかさを実に生々しく体現している。
狸親父め、と腹のうちで罵倒すると、アシュは苛立たしげに足を組み換えた。
コ、コン、とノックの音。
「入るぞ」
「ヤッホー、邪魔するヨ」
しわぶきとやけに甲高い、どうにも違和感ある組み合わせの声と共に、飴色の重厚なドアが開かれる。
「やあレオニー、ロキも」
入ってきたのは二人の男だった。
一人は壮年の、レオニーと呼ばれた大柄の男。ざっくりと短く剃りあげられた額から顎にまで、左目を大きく裂く醜い火傷の引き攣れが午後の日差しに陰影を落としている。本人は笑っているつもりなのだろうが、妙な具合に抉られた筋肉が突っ張って、彼の表情をまるで地獄の使者のように見せる。まず目に入るその傷と襟や袖口から覗く古傷は否応なく対する者に彼の陰惨な過去を思わせた。
そんな彼と並ぶ片割れ。こちらはレオニーと比べればいくぶん小柄に見えるがすらりと背の高い、非常に整った容姿の青年だった。異国人らしい浅黒く焼けた肌と、ともすれば金にも見える色素の薄い目。形の良い耳をじゃらじゃらと穿つ夥しい数の金や銀のピアスは彼の周囲に一種異様な雰囲気を醸し出している。
「おう、ったく。お前らは相変わらず早ェな」
「おまけニ飽きないネ。シグもアシュが厭煙家と知っテテやってル」
「まったくだ。ああ、ついでだからそこの窓を開けてもらえますか? 」
レオニーは苛々と取りつく島もないアシュの言葉に、小さく肩を竦めると窓辺へと向かう。ロキはふわりと踊るような歩調でテーブルに近づくと、美しく皿に盛り付けられた焼き菓子を摘まんだ。
そのとき、
「あらあら。今日こそ私が一番乗りかしらと思ったのに、皆早すぎるんじゃなくって? ほんと、アシュが来ると分かった途端浮き浮きして」
艷っぽい声音がうなじを撫でたかと思うと、魚のような白い腕が伸び男の手の内からするりと葉巻を抜き取った。灰皿に押し付けられた火は、ジュッと鈍い音を立てて灰へと変わる。
「あーあ、どいつもこいつも俺の楽しみを邪魔しやがって………」
シグ、と呼ばれた男はぶつぶつと不満を呟きながら腕を組む。
しかしその言葉も耳に入らないかのように、青年は暫しの間、すっかり様変わりしたかつての娘に瞠目した。
「――――バロット」
掠れた声で、かつて偽りの愛を囁いたその名を呼ぶ。彼女――――波打つ豊かな赤髪とその美貌から隣国にまでその名を知られた五人の執政官の紅一点、“炎華”バロット=リンハルト。
他でもないこの手でその地位を貶め、奪い、処刑台へと追いやった旧スエンニ領主リンハルト伯の娘。
「ふふ。お久し振りね、アシュ。貴方、そんな不養生してるの? 廊下にまでくしゃみが聞こえたわよ」
「まさか」
青年が笑うと、金の目が妖しげな光を放ちながらひゅっと猫のように細まった。
「クク、バロットは不安なのサ。…………君は女で身を滅ぼすたちだかラ」
一瞬、眉をひそめかけたがアシュは努めてそれを笑顔の仮面に押し込めた。じっと油断なく自身に集中する視線を感じたからだ。
ここにいるシグ、レオニー、ロキ、バロットの四人はこのスエンニの執政官。貴族から浮浪児、荒くれ者も成り上がりも等しく呑み込み食い潰す、“悪の街”の頂点に君臨する怪物だ。
蜜のような甘い囁きに気を許した途端、牙を剥く。
ゾクゾクと肌の粟立つ感覚に、自分の中の獣性が疼くのが分かる。
ここにあの子がいなくてよかったと、心から思った。こんな歪な笑みを、あの子は知るべきではない。
「なァ、アシュ」
ちらりと赤い舌を蠢かし指についた脂を舐めとりながら、ロキは身を乗り出す。
「勿体ぶるなヨ。今日だってそれが目的で来たんだろウ? 」
「やれやれ。ここの連中は耳が早くて、面倒なんだか助かってんだか」
芝居がかった仕草で額を押さえため息をつくと、窓を開けて戻ってきたレオニーがからからと笑いながらソファに腰を下ろした。
「いやいや、俺たちも噂のお姫様が気になって堪ンねェのさ。何でもシグの野郎の話じゃ、まだほんのガキだってよ。そりゃあ興味も湧くさ」
「僕らモその子見たさに仕事押して来てるんだしネ」
「……………どういう伝わり方をしているのか知りませんが、俺の噂はロクなものじゃないというのだけは分かりました。ですが、期待を裏切らぬ特別なお姫様であることは認めますよ」
「ほう」
そう、特別な子だ。
何も知らず、何も欲しがらず、人形のように生きてきた子。
思えば不思議な子だ。
何もない、空っぽで痩せっぽっちで無力な、“天涯の月”さえなければどこにでもいるただの女の子のくせに、初めて会った瞬間、どうしてか与えてやりたいと思った。空っぽの心に、彼女が得損ねたすべてを満たしてやりたい。そうすれば自分の中の昏い虚無も満たされるような気がして。
だが結局、それは幻想に過ぎなかった。
彼女と自分とでは根底から違っていたのだから。
あの子は、復讐の駒として連れ出されただけだったのにアシュが憎くて堪らなかったこんな世界を、まるでとても美しく尊いもののようにきらきらと目を輝かせて愛おしむ。
本当に、悪党には勿体ないくらいの眩い子だ。
それでも。
「クリミナはほんの火種に過ぎなかった。時代はまだ、相応しい器を獲ていなかったから。そして、とうとうその空白の座に立つべき者が現れた。アークを地に落とし、革命の旗印として立つべき者―――――」
俺はきっと地獄に落ちるだろう。ふとそんなことを思った。落ちるべきだ、とも思う。
彼女の光が息苦しくて、羨ましくて、欲しくて。同じくらい穢してやりたいのだと気づいたとき、アシュはいつの間にか染み付いた自分の外道の性に戦慄した。
あの子の抱える“天涯の月”の影響は莫大だ。革新派貴族やそのバックに控える外国商人にはそれこそ富と享楽、国運と破滅を甘く練り合わせたようなもの。そんな爛々と野狼のように舌舐めずりをして続きを待つ為政者たちの前に、今まさに、自分は無垢な少女を放り込もうとしているのだから。
たっぷりと間を置くと、青年はニヤリと笑った。
「彼女の顔見せは二日後。アークの狗どもに嗅ぎつかれる前に済ませる」
「済ませるったってお前、席を設けるにせよ招待状を出すにせよ、事はそう何でもすぐ整うもんじゃねェんだぞ」
流石に無茶苦茶な要求にぎろりと三白眼を光らせてレオニーが睨み付ける。「時間がないんですよ」事も無げにアシュはカップを揺らし、斜陽を煮溶かしたような紅茶を軽く含んだ。
「彼女にはまだ他の役回りもある。出られる者だけで構いません。アークが必死に隠す最悪の失態である“フクロウ”の存在を、不特定多数に広めてもらう。この場合、証拠のある曖昧さの方が、噂の足も早い。もともとこの“顔見せ”は直接効果がどうこうより、向こうの足を掬うための布石です」
「布石、ね。一体貴方の頭の中ではどんな筋書きが繰り広げられてるのかしら」
「そうだな、膨大な歴史と知識に堕落し、肥大化しきったた強大な敵アークに立ち向かうは銀の髪の美しき一人の少女ってのはどう? 英雄でも聖女でも、名は後から追いついてくる。ほら、聞く者の胸に鮮烈に響くだろう? 」
「お伽噺みてえだな」
「大衆は小難しい裏を読むより、ときに一つの単純な物語を好むものです。むしろ単純であるほど、ヒロインは美しい」
クリミナ内乱が革命でなく内乱として終わってしまったのは 物語がなかったから。ただ利権をぶら下げられだけの烏合の衆では精々それぐらいだ。一国を落とすには、とても頼りない。
だがそこに大義が与えられれば、動かすことの出来る“モノ”も変わってくる。
「ましてや現体制に不満のある者ならなおのことだ。建国神話ならこの国の誰もが知っている。物語が、少女の半生が憐れで苛烈であるほど、パンゲアに広がる炎は大きくなる……………………この国を攻め落とし、根底から覆すくらいには、ね」
両手を広げ、うっすらと微笑みさえ浮かべる青年にごくりと誰かが唾を飲む音が、場違いなほど部屋に響いた。
まったく、本当に舞台のようだ。皮肉と諧謔に塗り固められた、正視に耐えないひどい喜劇。
あの子の意思も何もない。何もないまま、あの子はこの先の奔流に否応なく巻き込まれる。
あの子は、どう思うだろう。
自らの宿命を悲しむだろうか、騙した男を恨むだろうか。
それともまた、赦すのだろうか。
願わくば、憎んで欲しい。
あの女のようにすべてを赦して、一人で受け入れたりなんかしないで。自由をあげると抜かして引きずり込んだ狡猾な男を、騙されたのだと憎めばいい。
麻薬の原料でもあるケシの花の意は眠りと忘却、慰めと、脆い愛。
まったく皮肉が効いている。
ごめんね、ルルー。
俺は君を想う以上に病のように、復讐に取り憑かれてる。
でも、もしも。
もう少しだけ何かが違っていれば―――――俺は素直に君に触れられたのだろうか。
今となってはもう、詮のない問いだけども。
革命云々に海外貿易商が首を出すのは世界史のお約束。
革命に悲劇の美少女もファンタジーのお約束です。




