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吊り橋















「あの、ルルー様、どちらへ? 」

「ひとまず、アシュに話をする」

 洞窟の爆破などまだ予想の域を出ないが“掟”がある以上、下手をすれば石打ちどころでは済まないかもしれない。

 必然、里の人には頼むのは憚られる。それは最後の手段だ。

 半べそのヤハルの腕を引きながら、ルルーは長たちにあてがわれたその人物の部屋に飛び込んだ。

 開け放たれた扉から、弛く停滞した夜気がふわりと掻き乱される。

 おろおろとするヤハルを尻目に部屋の奥へと進むと、ルルーは寝具にくるまった人影にしがみついた。

「アシュ、起きて! 」

 うう、と掠れたうめき声と共にもぞもぞと布団が動く。

 込み上げる最悪の想像に、祈るように縋り付いていると暖かな手がぽすっ、とルルーの頭に載せられた。

「あ………」

 うっすらと開かれたまぶたの奥に闇よりもなお深い、漆黒の瞳が覗く。

 寝惚けているのかからかっているのか、アシュはその感触を確かめるように優しく髪を梳いた。


「…………どうしたのこんな夜中に。厠? それとも夜這い? 」

 悪戯っぽく笑う青年の手を、ルルーはすっかり冷たくなった両手で握り締めた。

 誰よりも信頼しているのに、誰よりも分からない人。

 自分を“ルルー”として繋ぎ止めてくれた人。

 ルルーの知る限りただ一人―――この小さな“世界”から、二人を解き放つことができる人。


「お願い。助けて」

 現状と自分の推測とを手短に話すと、ルルーはライトブルーの瞳を真っ直ぐその瞳に合わせた。

「力を貸して欲しいの」

「あー、なんだか面倒臭そうな感じだなあ」

 クスクスと笑いながら、アシュは髪に絡めていた指をするりと頬に滑らせた。

「ヤハルのことでは、残念だけど多分君の予測はあたってる。安直っちゃあ安直過ぎるかもしれないけど、あの年頃の子が手段なんて限られてるしね」

 その言葉に戸口に立ち竦むヤハルの顔がさっと青ざめた。

 腹の底に黒く焼けつくような憤りにルルーも声を荒げた。

「じゃあ早く………! 」

「まぁ落ち着いて。簡単に答え合わせだけしとこうね」

「答えなんて! 」

 焦れる少女に対し、アシュはというと暢気な口調でくるくるとルルーのつむじを弄っている。けれど立ち上がろうとする少女に、被せるように言葉を継いだ。

「ヤガナに関係する“答え”だけど」

「………………」

「聞かないでもいいけど」

「………………」

「うん。素直さは君の美徳だと思うよ」

  逸る心を宥めつつ腰を下ろすと、青年は満足そうに目を細めた。


「さて、まず言わせてもらうと、君の推測は半分あたり。でももう半分には、あと少し足りない」

「もう半分? 」

  ごろごろと怠惰そのものの様子で夜具に寝転んだまま、アシュは頷いた。

「そう。もう半分。ま、残りは君が見つけるには少し部が悪かったし、十分合格だよ」

 指に絡む細い髪に質を楽しみながら青年は言った。

「君の言う通り、硝石はわりとどこでも作れるが硫黄はそうじゃない。事実火薬はこの里の産物のひとつだ。その上この閉鎖空間で、技術も守られやすい。

………でも、だからって別にこの里だけで採れるものでもないんだ。第一、本格的に火薬作りを生業(なりわい)にしている村ならもっと商人が入るはずだからね。道を知る者かその同伴者なんて一握りじゃ、割に合わない。この里はね、ただ受け継いでいるだけ(・・・・・・・・・)なんだ。

ならばこの里の、彼女たちを縛ってきたものは? そこにこの里の“歪み”と、今の状況の解決策がある」


  一息に説明し終えたアシュは「よっ」という掛け声と共に起き上がると、壁に掛けてあった自分の上衣をルルーに放った。

「夏とはいえ女の子二人、そんな薄着でどこいく気だったんだい? ヤハルも着替えておいで」

  二人のやり取りに入っていいのか悪いのか、結局戸口ですっかり固まってしまっていた少女に、青年はにっこりと優しく微笑みかけた。

「さ、彼女たち(・・・・)を助けに行こうか」

  漆黒の双眸がきゅっと、三日月のように細く、笑まいの弧を描く。


  ふ、と。

 ルルーは立つべき大地が突然消えてしまったような感覚に襲われた。

 霧の山中で覚えた、あの浮遊感。

 分からない。

 いつだって手を差し伸べてくれるはずのこの人が分からない。

 誰よりも信頼している。こうしている今ですら。

 分からない。

 何も、知らない。

 分からなくて、恐ろしい。

 そんな彼に隙間なく守られた自分が、何故だかひどく虚ろな気がした。




  昼間はあんなにも涼しげに聞こえた滝の音も、夜も更けた今では何か巨大な生き物の口の中を覗くような、足首から這い上がってくるような薄ら寒さがある。

 暗い夜道は冷ややかな月明かりと、アシュの持つ小さなカンテラの灯りだけが頼りだった。

 滝壺の前まで着くと、先頭を歩いていたアシュがふいに足を止めた。

「あちゃー、ヤガナもなかなか派手にやったなぁ」

 ルルーとヤハルも掲げられた灯りの下を覗き込んだ。

「なっ………! 」

 吊り橋は、無残にも切り落とされていた。

 滝壺から吹き込む風に煽られてか、垂れ下がったロープが僅かに揺れている。さらにその下には黒々と、ささやかなカンテラの灯りを呑む深い闇が広がっていた。

「うーん、あの子も土壇場でいい判断してくれたなぁ」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! どうするの! 」「そうですわ。道はこれしかないのに! 」

 うんうんと一人頷いて納得している青年の袖を少女たちは左右から思いきり引っぱった。「あががががががちょ、ま、待って待って」がくがくと揺すられたアシュは必死にストップをかける。「渡れる、渡れるから!」

 ぴたりと二人の攻撃が止んだ。

「ほ、本当に渡れるの? 」

「もちろん」

 期待に目を輝かせる少女たちにアシュは自信満々で胸を張る。

「どうやって? 」

「それは今から考える」

「……………………そう」

「いやいやいや大丈夫だから! ちゃんと渡れるから! 」


  途端目の据わった二人に青年は及び腰で慌てて弁明した。

「だってここに吊り橋があったってことは、誰かが架けたってことだろう? それなら俺が架けられない訳がない」

  まったくもってよく分からない理屈だ。ヤハルが残念なものを見るような冷ややかな視線を寄越す。

 ルルーは吊り橋の周囲を見渡した。



  滝の裏の洞窟の少し奥まったところにぽっかりと空いた縦穴。通路一杯に広がるそれは、縦穴というより濠のようだ。

  橋はこの縦穴を跨ぐように架けられていた。

(ロープに重りをつけて向こう岸に投げる? ………いや、ダメ)

  ルルーは浮かんだ考えを即座に否定した。

 昼間渡ったときは結構な長さがあったため、難しいだろう。

(この里では蟲は使えないし、んー………)

 自然に形成されたには壁や床の表面は滑らかなので、恐らく人の手が入っているのだろう。窪みに足を引っ掻けて一旦下に降りてからよじ登るというのも難しそうだ。

 これでは宙を歩くことでも出来ない限り、橋など到底架けられないだろう。

「そういえば、この底ってどうなってるの? 」

 ふと浮かんだ何気ない疑問に、ルルーは振り返った。

 しかしヤハルは困ったように首を傾げた。


「実はよく分からないんです。橋は毎年綱を新しく変えるのですが、縦穴の底についてはここ百年、降りた者もおらず里の者は黄泉まで続いていると云います。でも昔、婆様から奥には普段は使わなれていない細い水路があるのだと聞いたことがありますわ」

「水路か…………じゃあ水が抜ける(・・・・・)ってことだね」


  話を聞いていたのだろう。青年がルルーの背後からひょいと首を伸ばした。

「濠っていうか、この洞窟自体さ、随分と横幅が狭いよね。これも何か意味があるのかな? 」 「いえ、特に聞いていませんが………それが何か? 」

「いや、ね。おもしろいなぁと」

 ちろりとアシュは薄い唇を舐めた。

「水路、空堀、滝、吊り橋…………」

 ルルーから離れるとこめかみを指で叩き、青年は何かぶつぶつと呟きながら歩き回る。かと思ったら足元にあった小石で壁にガリガリと数式のようなものを書き始めた。

 完全に己れの思考に没頭するその姿に、ルルーとヤハルは声を掛けることも忘れて互いに顔を見合わせた。

 ややあって、青年はようやく動きを止めた。

「…………うん。まぁ出来なくはないな。コダエの祖もなかなか考えたもんだ」

 一通り書き出して納得したのかぽいっと小石を放り投げ、青年は満足げに頷く。

 そして少女たちの方に振り向くと、ニッと白い歯を見せて笑った。

 まるで大きな魚の入ったびくを見せに来た少年のような、無邪気で誇らしげで、楽しくてたまらないという笑顔。

 ドクンと、ルルーの胸が高鳴る。


「この壕を渡る方法、俺はもう分かったよ」




















吊り橋効果なんて洒落たものはありません。

むしろアシュなら笑いながら揺するでしょうし。


さて、謎解き編な次話。

も少し早めに投稿しますね。


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