プロローグ 「神話」
遠く遠く、神代の昔。
まだ世界に光すらなかった頃。
偉大なる造化の神にして、この世のあらゆる音を解した竜蟲は、くらげなす常夜の四方に糸を張りめぐらせ、ひとつの大きな繭を造られた。
長い長いときを経て、やがて繭は割け、中から輝くばかりに美しい二人の姉妹神が生まれた。
姉神にして金の髪と火の瞳を持つラーナは太陽、妹神にして銀の髪と水の瞳を持つリースは月となった。
こうして世界には光と昼夜が出来た。
割けた繭は数多の獣と草花の種を撒き散らし、やがてひとつなぎの大地パンゲアとなった。
パンゲアの央、ミナトスの街にはカイという歌い部の男がいた。
カイはこの上なく美しい声を持ち、朝日が昇ると共に腕に琴を抱き、幾多の美しい調べを奏で、詩を吟じた。
ある夜、カイは湖のほとりで恋歌を奏でた。
カイの歌は柔らかな音と共に、遠く天上の月にまで届いた。
月の女神リースはこれを聴き驚いた。
「なんと美しい調べだろう。一体どんな者が歌っているのか」
女神はそっと地上に降り立った。
見ると一人の男が楽しげに琴を弾き歌っている。
女神は濃い宵の色をした衣を纏うと、男に近づいた。
月のない空を映した水面には、夜光虫の淡い光が漂っていた。
突然さざ波の絶えた水面に男が顔を上げると、そこには美しい銀の髪をした娘が微笑んでいるではないか。
「歌っておくれ」
女神は驚きに目を見開くカイの頬を撫でて言った。
「お前の歌う世界は美しい」
二人はすぐ、恋に落ちた。
星を数え、花を愛で。月のない夜だけ、二人は会瀬を重ねた。
しかしとこしえに朽ちぬ神の身と違い、男はいつしか自分は老い、別れねばならないのだと恋人に告げた。
女神はその日を哀しみ、そして大いに怖れた。
そこで女神は月を半分に分かつと、これに天涯の限り、願った者を望む場所へ導くよう魔法を掛けた。
そして自らの星の色の髪を一房切り、銀の翼を持つフクロウへと変えた。
女神はフクロウに分かたれし月を与え、永久に時を止めた天界へ訪れるようカイの元へ遣った。
女神は男が天上を訪れるのを待ち続けた。
半分きりになった月を何百と満ち欠けさせながら、女神は待ち続けた。
けれど男はとうとう現れなかった。
リースの悲しみに、月は次第に蒼褪めた。
これを見たリースの姉神にして太陽の女神ラーナは、男の不実を大いに怒り、地上に金の矢を降らせた。
燃え盛る矢に大地は焼け、パンゲアは断罪の乾きに幾多の丘と谷とに分かたれた。
しかしカイはその時にはもう、この世の者ではなかった。人の身であるカイはずっと前に、年老いて亡くなっていたのだ。
リースは大いに悲しんだ。
女神の涙は銀の雨となり地上に降り注ぎ、割れた大地を満たし、やがて海となった。
こうしてパンゲアは海に浮かぶ百以上の島に分かれた。
しかしその中のひとつ、月の欠片を宿すアーク島だけは、いつしか女神のまします天界へと向かうように、空に浮かぶ島となった。
見切り発車です。
せいぜいニンジンぶら下げて頑張るとしますか。