うおおおおおおおおおおおおおおおおお!
『今ならまだ間に合う。チヒロ姉から手を離せ』
地味なメガネの少年、縁之下・正義が炎上し倒壊しかかった灰色のビルの屋上でそう言った。周囲には警察やマスコミのヘリが飛び交い、階下では茜色の空に煙を上げるビルを見上げた群集。
そして正義の瞳には、強い意志。まっすぐなそれが見つめる先には、
『セイギ!』
『うるせえ!うるせえうるせえ!』
屋上の淵で右手にナイフを掲げて喚く大男とその左腕に囚われたチヒロの白いワンピース姿があった。
本来なら〔才能保持者〕であるチヒロがただの人間に遅れを取るはずはない。
正義はロケットブースターが露見した昨日までで〔ステージ4〕の〔才能保持者〕の力の程を身をもって知っていたし、チヒロの〔才能〕が本人の言から〔まだ秘密だけど強大な力〕であることも知っていた。
だというのに、チヒロは強盗らしい人物の手を振り払うことが出来なかった。その理由を正義は思いつかず、しかしこの状況でイチイチ細かいことは気にするなと自分を鼓舞し、
『さあ、手を・・・』
そう言って一歩を踏み出した。瞬間、
『近づくな!近づくとこうだぞ!?』
大男がチヒロにナイフを寄せ、少女の衣服を胸元から縦に裂いた。
『嫌!?』
悲鳴を上げて服から覗いた身体を隠すチヒロ。しかし空いた左手で隠せる範囲には限界があり、露になった白い肌は汗と状況がもたらす高揚で驚くほどの艶かしさだった。それに気づいた男の左手が少女を引き寄せる。
『へへ、どうせ死刑になるなら、最後にこの女を・・・』
正義はその言葉を最後まで言わせなかった。
『貴様あああああああああああああ!』
ズドーン!!!
正義のロケットブースターが火を噴き、爆煙の尾を引いて少年を高速で前進させる。顔は空気の壁に当たるが、なぜだか変顔にはならない。
『ひい!』
それに恐れをなしたのか、大男がチヒロから手を離し、突き飛ばす。少女の身体がフワリと空間に投げ出され、
『あ・・・』
チヒロがビルから落下した。
だから、
『チヒロ姉ええええええええええ!』
正義は大男には見向きもせず、ビルから飛び降りた。見る間に小さくなっていく彼女を追いかけるため。
『いけええええええええええええ!』
正義は〔ヒーロー〕らしく感情で能力の限界を超え、ロケットブースターの凄まじい加速で少女を追いかけた。そして、
『セイギ!』
『チヒロ姉!』
左手を精一杯伸ばし、チヒロの右手が触れる。
だが掴めない。
もう一度。
地面が近づく。
触れる。
掴めない。
もう時間がない。
だが、
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
正義の左手が少女を掴んだ。
そして同時に、
「あ」
目を覆うように巻いても前が見えるように穴が開いた白の鉢巻をメガネの下に、首周りにファーがついた黒のマントをパジャマの上に身につけた少年の姿。
つまり、狭い部屋を右腕を突き出して走り回っていた正義ことジャスティスマスク1号は、姿見に映った自分の姿を見て妄想から我に返った。




