う、嬉しかったのが、悔しかったの!
「にゃ~」
「ゴメンね?もう大丈夫だから」
買い物客と建設中の新しいアミューズメント施設が見える一角、迷子の女の子〔一之瀬ミユちゃん〕を捜す館内放送を背景に、オープンカフェに移動して休んでいたチヒロは正義にそう言った。しかし戻ってきた サンマに微笑む彼女の顔には疲労の色が濃かった。ネシンとのやりとりの中で何か起きたのか、それとも 元々体調が悪かったのか。それは正義にはわからなかったが、
「ゴメン」
正義の言葉にチヒロが疑問の色。
「どうして謝るの?」
その言葉に正義は言った。
「その、もっと早くに気づくべきだった。僕、朝からずっと一緒だったのに」
するとチヒロが可笑しげに笑った。
そして、
「ゴメンね?」
翳りを帯びた微笑で正義に謝った。
『どうしてチヒロ姉が?』
正義が問う視線を向けると、
「ゴメン・・・さっき何があったのか、言えないの」
チヒロは本当に申し訳なさそうにそう言った。怪訝な表情を浮かべる正義。それに焦ったのかチヒロが言葉を続けた。
「わ、私ね!?ホントは、ホントはセイギに隠し事とかしたくないの!・・・でも、その、これだけは」
「言えない?」
「う、うん」
チヒロは不安そうだった。その表情の意味を、正義は知っている。つまり、
『怖いんだ。拒絶されるのが。チヒロ姉は僕が〔無視する〕のも〔無視される〕のも、嫌ってるって知ってるから。それなのに自分が〔無視してくれ〕って言ってるから』
だから正義はぎこちなく笑みを浮かべて言った。
「わかった」
「え?」
「いいよ。黙ってて」
チヒロが言いたいことは正義にもわかった。だから正義は言った。
「僕は〔無視してくれって言うチヒロ姉を無視しない〕」
「で、でも、セイギは昨日のことも、隠さずに話してくれたのに」
正義はチヒロの言葉で昨日の一件、円藤の強襲と青山の介入を思い出す。
そして、言う。
「あの2人は、僕の話を聞いてくれなかった・・・僕もうまく言えなかった」
ちゃんと意思を示せなかった自分の失態を噛み締め、しかし正義は、
「チヒロ姉はちゃんと話をしてくれてるじゃない」
「え?」
「言いたくない、言えないってちゃんと僕に言ってくれたじゃない」
自分や彼らと、チヒロは〔違うのだ〕ということをハッキリと言った。そして、
「僕もそうしたい」
意思を示す。
「僕もそうしたい。円藤くんの勘違いを解いて、あの怖い鉄の肌を持った先輩にちゃんと言いたい。それに僕は不和くんが・・・」
不和の過去、円藤の様子から不穏な何かを感じていたそれに、しかし正義は意を決する。
「不和くんが、あの怖い人の言うような、悪い人には見えない。確かに見た目は怖いけど、僕に教科書を見せてくれた。消しゴムを貸してくれた。僕の下手な言葉を待ってくれた。逃げようとした僕を、許してくれたんだ」
『だから』
「だから、今度こそちゃんと知りたいんだ。僕は臆病だから、一度不和くんから逃げようとした。でも、次は自分から言いたいんだ。チヒロ姉みたいに上手に出来るかは、わからないけど」
「セイギ・・・」
そして、
「だから、まず出来ることをする。僕は〔チヒロ姉の気持ちを無視しない〕。今は無理やり踏み込むことのほうが、チヒロ姉の気持ちを〔無視する〕ことになると思うから、だから」
正義はそういう結論に達した。
「どうして・・・?」
「え?」
「どうしてセイギは他人にそんなことが出来るの?」
それは漠然とした問いだった。だから正義は不特定多数のそれらではなく、目の前の少女だけに向けて言った。
「チヒロ姉のことが大事だから、かな?」
正義が笑みを向けると、少女は一瞬キョトンとしていた。だが言葉の意味を脳が処理するにつれ、チヒロの顔が見る間に赤くなる。そして少女は正義の頭を一発バシッとはたいた。思わぬ攻撃に正義がよろめく。
「痛った!?な、なんだよお!?」
「い、いいのっ!今のはっ!」
「何が!?良くないでしょ!?普通に暴力だよ!?」
こればかりは無視出来ず、正義が追求するとチヒロはそっぽを向く。
「だ、だって悔しかったの」
「え?」
「う、嬉しかったのが、悔しかったの!」
『ど、どういう・・・?』
問いかけたチヒロの顔は見えない。だが正義は彼女の耳が真っ赤になっているのを見て。
「熱?やっぱり風邪か何か?」
「え?」
赤面し、瞳を潤ませたチヒロに顔を寄せておでこに手をやった。
だから、
「少しは気づけこの馬鹿!」
「え?」
正義はチヒロにもう一発頭をはたかれた。
そして、
「ね、ねえ?」
「は、はい?」
痛みで蹲る正義に、チヒロが問いかけた、
「セ、セイギは私のこと、その、うざったいって・・・」
瞬間。
ガアアアアアアアアン!
轟音がオープンカフェに響き渡った。通行人と、ビクッとなった正義、瞬時に冷静になったチヒロの視線がそこへと集中する。




