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チヒロとセイギ

 青山の言葉に一瞬硬い表情を見せた少女はその言葉を一息に呑み込んで、



「大丈夫!?セイギ!?」



 花壇の土で汚れた正義に走る。

 そして正義が気づいた時、円藤の姿は校舎裏のどこにもなかった。





「あ、あの人のこと、知ってる?」



 保健室に寄って火傷と擦り傷の治療を終えた正義は、夕暮れの通学路を共に歩くチヒロにそう聞いた。



『あの人って・・・青山くんのことだよね?』



 正義から事のあらましを聞いたチヒロはすぐにそれに思い至り「そうねえ・・・」と言葉を探して間を作り、話し始めた。



「彼はね、昔の私みたいなものかな」

「え・・・?」

「他人の気持ちがわからない馬鹿。〔結果〕ばかり見てしまう間抜け。そんな感じかな?」

「う~ん」

「あ、ゴメン。わからないよね」

「う、ううん!ぼ、僕が頭悪いのが、悪いんだし・・・」



 そう言ってしょんぼりしてしまう正義を見てチヒロの胸がチクリと痛む。



「そ、そんなこと・・・」

「い、いいんだ!自分が一番、よくわかってるから!」



 自分を否定し続ける正義を見て、改めてチヒロは思った。



『セイギをこんな風にしたの、やっぱり私なんだよね』



 視線が足元に落ち、思考の海に呑まれる。



『いつも上手に出来ないから怒って。〔結果〕が全てだって叱って。萎縮させて。自信を奪って・・・昔の私なら、こんなことも考えもしなかったけど』



 連鎖的に、過去の記憶が蘇る。

 それは中学校の卒業式で起きたある事件。

 その日、チヒロは気づいた。

 自分が正義にしてきたこと、自分が犯した間違いに気づいてしまったのだ。



『だからって、すぐ償えるわけじゃないよね。やっぱり〔才能〕と〔正義部〕だけじゃ・・・』

「チヒロ、姉?」



 その声で我に返ったチヒロは慌てて言った。



「あ、あ、なんでもない!え~っと、あの人の話だよね?あの人は、そうね、凄い頑固なの」

「頑固?」

「そう。自分の信じた〔正義〕を曲げない。立場の弱い人のためなら、なんでもする」

「なんでもって・・・た、例えば?」

「彼は、〔悪〕の可能性を排除するの」

「排除、する?」

「そう。素行の悪い生徒が何か悪い〔結果〕を起こす前に、その〔結果〕が起きないように、〔刈りとる〕の。まず素行の悪い生徒、前歴のある生徒をマークする。次に彼らに不正行為を誘発する罠を仕掛ける。最後にその現場を押さえ、学校から追い出す」

「それって・・・」



 正義の思考をなぞるように、チヒロは正直に事実を言った。



「そう、それはある意味、究極の方法。〔結果〕が一番大事だって思うなら、悪い〔結果〕をもたらす〔可能性〕を全て切り捨てる彼のやり方は理想的。今年はネシ・・・〔神さん〕が風紀委員に生徒の個人情報を開示したみたいだから、彼も誰がその〔可能性〕を持った新入生か正確に把握してるの」



 初めから悪い〔結果〕をもたらす〔悪〕が存在しなければ、そもそも悪い〔結果〕は起こらない。それを手段としたのが、青山のやり方なのだ。



『昔の私なら、迷わず正しいと思った。〔結果〕が全て、そうやってセイギに言い聞かせてきたんだから・・・でも』

「私は彼とはわかりあえなかった。私は、その、違うと思ったから。彼はそれが気に入らなかったみたいだけどね」

「・・・」

「か、彼もね?根は凄くいい人なんだよ?周りの人達は、お堅い、怖いって敬遠してるし、彼自身周りを見下してる節はある。でも毎日花壇に水をやったり、毎日トイレ掃除したりしてて、それで・・・」

「・・・」

「セイギ・・・?」

「そ、っか」



 考え込んでいた正義がやっとそう言った。

 そして、



『どう、思ったんだろう?』



 チヒロはそう思った。

 だがそれを聞いてしまうことが、



『・・・怖い』



 もし正義が彼を正しいと言ってしまったら、それはそのように教えてきたチヒロのせいだ。



『私の言ってることが昔と違うことは、セイギも気づいてるはず。おかしいと、思うはず』



 でも、



『でも・・・いつまでも逃げてちゃ、何も解決しない』



 だから、



『セイギの気持ちを、聞かないと!』



 チヒロは気づかれないように少し大きく息を吸い、言った。



「あ、えっと、セイギ・・・?」



 ちらりと正義がこちらを見た。

 だから勇気を振り絞ってチヒロは正義に聞こうとした。

 しかし、



「ありがと。ちょっと、考えてみる」

「あ・・・」



 そう優しく笑う正義に言葉を封じられた。

 チヒロはその笑顔を見て彼が何か言いにくそうにしている自分に気を遣ったのだと確信した。



『も、もう!こ、こっちは必死なのに・・・!』



 それが面白くなくてチヒロの頭に血が上り、自分だけ真面目だったことの羞恥に頬が赤くなる。

「あ、それと、今更なんだけど、もう一つ教えて欲しいことが。実は僕まだあの人の名ま・・・」と言う正義にチヒロは、



『昔から、昔からずっとそう!どうしてセイギは・・・!』

「あ、あの?どうし、たの?ちょ、怖い!そんなジトっとした目で睨まないでよ!?」

『どうして・・・いつも怒ってばっかりだった私に、そんな優しいのよ・・・』

「あ、あれ?ちょ、放置しないで!サクサク歩いて行かないでよお!」

「うるさいなあ!ちょっと静かにしててよ!」

「ご、ごめ・・・」

『ああああああ!またやっちゃった・・・この〔怒り癖〕と〔小言〕、なんとかしないと・・・うう、でも』

「もう!そんな情けない顔しない!」

「は、はい!ゴメンなさ・・・!」

「ああもう嫌!」



 と言って彼を置いて早足に歩き出した。

 そしてチヒロは相変わらず情けない顔をして追いかけてくる彼をチラリと横目にし、



『ホント、もっと上手に出来ないかな、私』



 少女はそう思った


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