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アイルビーバック

「また明日~」

「じゃあね~」



 一日を締めくくるホームルームを終え、少年少女達が三々五々帰路につく中で。



『急げ僕!光だ!光の速度で動け!』



 正義は燃えカスになってしまった教材を机の中に置き去りに、全力のスピードで教室を出ようとしていた。

 すると午後の恐怖の授業を経て正義が抱いた悪い予感が当たった。

 それは、



「おい、縁之下?」

『やっぱりかあああああ!?』



 不和が自分に何かアクションを起こしてくるだろうということだった。呼びかけられたことでその場から動くことを許されなくなった正義の背後に、ズシズシと不和が近づいてくる。

 あれからの数時間で正義はあることに気づいていた。それは不和が何度もこちらを伺っていること。何か言葉を探しているような様子を見せること。

 つまり、



『来る!僕を潰すための〔果たし状〕的なヤツが!』



 と、正義は嫌がる首の筋肉を無理やり振り向かせて聞いた。



「な、何かな?」



 そして、



「お前、逃げないんだな?」

「え・・・?」



 意外なことに、そこには不和の無骨な笑顔があった。

 正義的の主観ではかなり凶悪な部類に入る笑みであったが、それでも確かにそこには笑みがあった。



「どうしてだ?」

「あ、えっと・・・」



 不和が問いを重ねてきて、正義は戸惑いを隠せずに押し黙る。

 すると、



「安心しろ。もうお前を〔腐ったヤツ〕とは言わねえ。だから潰したりしねえよ」



 不和が片頬を吊り上げたちょっと怖い笑みでそう言った。どうして彼の気が変わったのか正義にはわからなかった。しかし彼を見て正義は気づいた。



『僕が、僕が何かを言うのを待ってる』



 それは長い間チヒロと両親以外に無視されてきた正義にはほとんど皆無の経験だった。

 だから正義は、



「ぼ、僕は、嫌なんだ」



 たどたどしく、〔自分の話〕をし始めた。

 上手に言える自信はなかった。

 正確に伝える技術もなかった。

 内心でツッコむのとは訳が違うとわかっていた。

 だが、

 不和が待っていた。

 正義が見たそれは、ハッキリ言ってかなり怖かった。

 どうやら気が短いらしい不和は『まだかよまだなのか殺すぞ?』と言わんばかりに次第に顔面を苛立ちに強張らせて青筋をプルプルいわせていたからだ。

 だが、それでも不和は待っていた。

 正義をまっすぐに見詰め、今は睨んだまま、辛抱強く続きを待っていた。

 不和が〔自分の話を聞いてくれている〕。

 その事実に正義の口がゆっくり、しかし確実に動く。



「ぼ、僕は、む、無視されるのが、怖、怖いんだ。し、知ってるから。だ、だから・・・」



 チヒロや両親以外に自分の話をするのはこれが初めての経験だった。だから正義は緊張して、言葉をつっかえつっかえさせてしまった。

 しかし、



「だ、だから、む、無視だけはしないって、き、決めて、つまり、その・・・」

「同じ思いを他のヤツにはさせないってことか?相手が誰でも?」

「あ、その・・・うん」



 不和が正義の不器用な言葉にもう一度笑った。



「やっぱり良いヤツだな。お前」



 その言葉に、正義の胸が痛んだ。自分がたった今やろうとしたことに気づいた。だから、



「ごめん」

「ん?」

「ぼ、僕、その、不和くんが怖くて、今逃げようとした」

「・・・」

「僕、ちゃんとお礼も言わずに、逃げようとした」



 正義は自分の弱さに顔を俯けた。〔無視しない〕と決めていたというのに、ただ恐怖からそれを怠った自分を嫌悪した。

 しかし、



「いいヤツな上に正直なんだな、お前」

「え?」



 不和の笑顔は小揺るぎもしなかった。そして今度は罰が悪そうに不和が言う。



「俺はこんな見た目だからな。身体もデケェし、ビビるのは普通だ。普段はこんなことする前にさっさと潰してる。だけど俺は、確かめてみたくなったんだ」

「何、を?」

「昨日のお前が嘘じゃないってことをな」

「え?」

「お前は〔良い奴〕だ。それでいい」



 何のことかわからない正義だったが、また不和にニヤリと笑われて追求できなくなる。

 そして不思議なことに、正義はその笑顔が少しだけ怖くなくなっていた。



「アイルビーバック」



 不敵な笑みと共に中指を立てて、不和が去る。



『うん、〔ここに戻ってくる〕のはいいけど、明日は学校休みだよ?そして結局僕は始末?』



 穏やかなツッコミを入れていた正義は気づかなかった。

 自分の意思をちゃんと受け取ってくれた彼の背に、自分がぎこちない笑みを浮かべていたことを。胸の中心に、ほんのりとした温もりを得たことに。

 そして、

 そんな自分と不和を見て、恐れを抱く人間がいたことを。


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