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ヘイ!キャッチャー!

 午前の授業が終わる時点で正義は満身創痍だった。

 理由はつまり〔右隣の不和〕である。

 授業が行われる間に昨日のように襲い掛かってくることはないと正義自身思っていた。

 だが、

 1時限目、正義は消しゴムを床に落とした。それに不和が気づいたことに気づき。



『これ消しゴム取ったらそのまま手を踏んづけられるううううう!?』



 2時限目、正義は教科書を盾に早弁をしている不和に気づいた。それに不和が気づいたことに気づき。



『消えろ記憶ううう!僕は何も見ていない何も知らないここはどこだ僕マサヨシいいい!』



 3時限目、転寝していた不和が「キル・・・ジャスティス・・・キィィィル・・・!」とむにゃむにゃ口ずさみ。



『違うぞマサヨシいいいい!あれは僕を殺すって言ったんじゃない!あれは、あれはフェアリーテイル語なんだああああああああああ!』



 と、先行する恐怖心から妄想を膨らませてしまい、昼休みにグラウンドに備えられたベンチで一緒に昼食をとっていたチヒロに「どうしたの?」と心配されるくらいにはひどい顔色だった。

 しかし正義にも小さいなりにプライドがあった。

 自分が起こした問題くらい自分で解決出来ずに憧れの〔ヒーロー〕にはなれない。

 何よりいつもいつもチヒロを頼っていたのでは、この先彼女に迷惑をかけ続けることになる。

 だから正義は「なんでもないんだ」と言い、『だがしかしどうする!?』と、ただそこに居るだけでも恐ろしい不和に頭を悩ませた。

 おかげで正義の頭からすっかり忘れられていたことがあった。それは昼休みを終え、正義が教室に戻ってきた直後にその牙を剥いた。

 予鈴が鳴り、ちらほらと教室に戻って来る生徒達。それを背景に自分の席に戻って次の授業の準備をしようとした正義の動きが止まった。

 違和感は机の中にあった。

 そこには、



「こ、れ・・・」



 真っ黒に焼け焦げた教科書と筆記用具の無残な姿があった。



「なん、で・・・?」



 呆然とそう呟いた正義の背後を通り過ぎる影。鼻腔に刺さるようなキツめの香水の臭いに、反射的に正義は振り返った。

 白い歯が描く孤。笑みと呼ばれる種類の感情表現。

 茶色の長髪をなびかせた優男、チヒロを紹介しろと正義に迫った円藤がそこにいた。

 さらに、彼は正義だけに見えるようにスッとポケットからライターと取り出して。



 シュボッ!



 一瞬だけ、確かに赤い炎の舌を見せ付けてその場を去った。

 正義の思考が次第に自分の置かれた状況を明白にしていく。

 先ほど円藤が正義を脅した時にはその炎は完全に見えなくなっていたはずだった。

 それが彼の〔才能〕、〔ライターから出した炎と煙を自在に操る力〕だ。

 つまり、



『その〔才能〕を使えば、昼休みに校内で教科書を焼いても、誰にも見つからない。でも・・・』



 しかし彼はたった今見せたように、〔普通にライターを使う〕ことも出来るのだ。

 ならば、



『誰も彼の〔才能〕が僕の教科書を焼いたって証明できない』



 もし円藤が違うと言い、「俺の〔才能〕はライターの炎を強くするだけだ」とでも言って見せれば、それで終わりだ。そして彼の〔才能〕がそんな力であると証明出来る者がいるとすれば、それは〔才能〕を与えた〔神さん〕だけだ。



『だけど・・・』



 それが一番の問題だった。

 確かに〔神さん〕は理事長であるし、生徒を見守る立場ではある。

 だが、



『〔神さん〕は、〔才能〕が関わる揉め事には一切口を挟まない』



 それは〔才能〕を悪用する〔才能保持者〕、〔ヴィラン〕という存在そのものが証明している確固たる事実だった。

 つまり、



『犯人が彼だと証明する方法が、ない』



 正義の身体の末端、指先や足先がスウッと冷え切っていく。

 何度も味わったことのある陰湿な気配と記憶が身体を包んでいく。



『でも僕は・・・』



 ただ正義はチヒロを守ろうとした。

 それはもちろん円藤の風体と言動だけを見てから自分で勝手に判断したことであり、彼女に対する正義の独占欲がそうさせた自己満足な行為だったと言えなくもない。

 だが正義は自分が正しいと思うことをした。

 自分が〔正義〕だと信じる行いをした。

 そして敗北した。

 こみ上げる悔しさをぶつけるべき相手は、事実上存在しないのだ。



『僕は、なんでこんなに・・・』



 愚図、無能、弱者。

 立ち尽くし、そんな言葉を思った正義の瞳にうっすらと涙が浮かぶ。

 それを見られたくなくて、授業開始のチャイムとともに正義は自分の席に顔を埋めた。

 だから気づかなかった。

 彼が見ていたことを。

 授業が始まり、彼が手を上げたことを。



「ヘイ!キャッチャー!」



 教師が一度息を呑んで、脳内で教師(ティーチャー)捕手(キャッチャー)にした彼の名を呼んだ。


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