7話
スカイズ王国王都内にある巨大な城。そのもっとも高い尖塔の屋根の上に、一人の少女が三角座りをしていた。
夜風になびく黒のポニーテール。今の技術では到底作れそうもない上等な布で仕立てられたブレザー。
膝を抱えてそこに顔をうずめる少女は……そう、アリサだった。
月が彼女を優しく照らす中、押し殺した声を上げる彼女。どうやら泣いているようだ。
そんな彼女の後ろに、
「こんなところにいたの?」
やけにのんびりとした声とともに、一人の少女が現れた。
夜風になぶられたサラサラと揺らめく黒いセミロング。美しい……というか、かわいらしいといった方が的を射ている愛嬌のある顔。
アリサの親友にしてこの国の勇者……未来である。
「なかなか帰ってこないから心配したよ? 朝食の時も食べに来ないしさ……。もう、王様に言い訳するの、大変だったんだから~。ほら、早く部屋にかえろ。ご飯はメイドさんたちが私たちの部屋に運んでくれたし」
そう言って、アリサの手を引っ張ろうとした未来。アリサはそれに抵抗して、未来の手を振りほどいた。
そっとしておいてよ。そういわんばかりのアリサの態度に、未来は嘆息しながら、
「もう……」
そういうと、ストンとアリサの隣に腰を下ろした。
「え?」
「いいわ。あなたが何も言いたくないなら言わなくていい。でも私はあなたの親友だから、放っておくことはできない。だから妥協案」
そういって、未来はアリサの肩を抱き優しい笑みを浮かべた。
「しばらく一緒にいさせて、アリサ。話してくれなくてもいいから、一人で悩むことは絶対にしないで」
「うぅ……」
そこで、アリサの涙腺が決壊した。瞳いっぱいに貯めた涙をこぼしながら、アリサは未来に縋り付く。
「うぁああああ!! どうしよう!! どうしよう未来!! わ、私……嫌われちゃった。化物って言われちゃった……」
「うん……うん。わかった。わかったよ。今は一緒に泣こうね。それから落ち着いたら、その誤解を解くためにいっぱいがんばろうね」
アリサの泣き声を聞きながら、一緒に涙を流す未来。
もらい泣きというやつだろうか? 友人が自分に悩みを話してくれたことに対する、うれし泣きだろうか。
その答えを知っているのは空に浮かぶ月と太陽を守護する《光の女神》と、アリサとパスがつながった漆黒の魔導書だけである。
そして、その魔導書のもとに一人の少年が訪れていたことを王宮の連中は知らない。
「よぉ……久しぶりだな。悪法書」
『久しいな……《暴君槍》。我が主の力を持った小娘を随分と苛めてくれたみたいじゃないか』
地下でのそんな会話も知らずに、二人の異世界の少女はただ明日のために涙を流すのだった。
…†…†…………†…†…
「でね、そのヴァイルってバカ、私がせっかく苦労して体得した魔力制御を見て『気持ち悪い!!』っていったのよ? 信じられる!!」
「それはひどいね!! でもアリサ。私魔法の使い方なんて知らないんだけど、どうしてアリサは私にそのこと教えてくれなかったの!!」
「……。うん、そんなことはどうだっていいの!!」
「忘れていたんだね、アリサ……。もう相変わらず頭がかわいそうなんだから」
「み、未来? ケンカ売ってる?」
「別に~。怒っているけどね?」
「あぁ……えっと……ごめん」
何やら雲行きが怪しくなってはいるが、アリサと未来は自分の部屋へと戻り、にぎやかな夕食をとっていた。
がつがつと元気よく食べるアリサと、フォークとナイフを使い上品に……とはいかないが、それなりに丁寧に食事を勧める未来。あまりに対照的な二人の食べ方。
なんとも、性格の違いが表に出やすい二人組である。これで親友だというのだから驚きだ。
「もう……そんなにびくびくしないでよ。ただの冗談じゃない」
「まぁ、それは分かっていたけど……」
「昔の私とは違うんだよ?」
――その昔があるからキレたあんたが怖いんだけど……。と、内心で、聞かれたら間違いなく未来が怒ってくるであろうことを呟きつつ、アリサは何とか笑顔を取り繕い未来の話を聞くことにした。
「まぁ、要するにその人とどうなりたいのかしら? アリサは」
「まぁ、できれば仲良くしたいな~って。できないにしてもせめて気持ち悪いっていう評価は取り下げてほしいっていうか……」
アリサとしてはようやく見つかった協力者だ。異世界に来て王に気に入られてしまった未来ともなかなか会えない中、ようやく手に入れた(引きずり込んだともいうが)協力者だ。こんなところで不和を抱えていたくはない。
「ふ~ん。なるほど……」
アリサの言葉を聞き、しばらく考え込んだ後、
「アリサ不器用だもんね~。おまけにそれを自覚しているし……。不用意に行動起こすとさらに事がこじれそうで身動きが取れなくなっていた?」
「うっ……」
「もうにっちもさっちもいかなくて、でも私に頼るのはプライドが許さなくて、かといって周りに頼れる人間はいないから、八方ふさがりに陥って泣いていた?」
「ううっ……」
ズバズバ自分の心境を言い当てる親友に、バツの悪そうな顔をしてアリサは目をそらす。
本当に意地っ張りなんだから……。と、苦笑交じりに未来はそういうと、料理がなくなった食器の上にナイフとフォークを置き、パンと手を合わせる。
「ご馳走様。……さて、まずはその人の誤解を解かないとね」
「誤解?」
未来の言葉に、アリサは首をかしげる。少なくともヴァイルは勘違いらしきものをしていた様子はないのだが?
「そうよ。だってあなたは私の親友なんだもの。気持ち悪いなんて絶対にありえないわ」
その自信にあふれたセリフに、アリサは一瞬だけぽかんとして、
「ぷっ……あはははははは! あ、あんた本当に天然ね!!」
「えっ!? な、なに!? 私おかしなこと言った!?」
「だ、だってそうじゃない」
大多数の意見を間違っているといいきり、自分の友達が悪人なわけがないと信頼しきっている。そんなお人よしな言葉がアリサの笑いを誘った。
そして、
「でも……おかげでまた自信が持てたわ」
「そう。よかった!!」
そんなお人よしな彼女に、アリサはまた救われた……。