5話
「ということが、昨日あったのですが……」
「お前……今日はべつに王宮警備に行かないことをその女に話さなかったな!?」
「聞かれませんでしたから」
アリサにつかまり協力を強制された翌日。ヴァイルは今日一日の部隊運行の予定を告げにサーシャの事務室へとやってきていた。実は昨日で王宮警備役はゴメンとなったのだ。
それはそうだろう。いつまでも王宮の警備を平民に任せておけるほど貴族はおおらかではない。おまけに今回は勇者が来ている。仕事風景の一つでも見せておかないと悪印象を持たれかねない。
昨日、一昨日の警備異常はあくまで特別措置だったのだ。
「それにしても勇者の友人か。なかなかいい性格をしているようだ」
「まぁ、勇者の友人というのも話半分ですけどね……。勇者の友人を名乗るにはいささか性格悪かったですし。もしもあいつが本当に勇者の友人だったら今代の勇者の性格を疑いますよ~」
はっはっはっはっ!! と高笑いするヴァイルに『お前も十分性格悪いけどな』と言いう言葉を飲み込むサーシャ。世の中には言っていいことと、言わない方が誰にとっても幸せなことがある……。
「まぁ、我々には関係のないことだ。勇者がこようが魔王がこようが、我々はただ仕事をこなすだけ……」
そんなどこかの枯れた老騎士のようなことを言いながら再び書類に目を落とすサーシャをみて、ヴァイルは少しだけため息をつき、
「隊長王族なのにもったいないですよね~。その気になれば王宮に上がれるんじゃないですか?」
とんでもない事実を暴露した。
そう。サーシャは実はこの国の王族。生まれた順で考えるのならその階級は《第三皇女》。それなりの条件さえ整えば、まず間違いなく王宮で暮らしているだろう殿上人だ。だが……
「バカをいうな。私はお前と同じただの脇役だ。私は母親が王の戯れで孕まされた挙句捨てられた身分の低い女のため対外的には存在しない王女だぞ? いまさら王宮になんて上がれるわけがない」
「いつも思うんですけど、それでよく王宮に復讐しようとか思いませんよね……」
「面倒だからな。国をどうこうするよりも、今はこうしてお前と一緒に王都の平和を守れているだけで満足だ」
「え……」
思わぬところでされたサーシャからの告白に、ヴァイルは少しだけ固まった後、
「ふ~ん」
意味深な笑みを浮かべた。
「な、なんだよ!?」
「いやいや隊長。結構かわいいこと言ってくれるじゃないですか。一生ついていきますよ!!」
「ばか!! 恥ずかしいこと言っていないでさっさと仕事に戻れ!!」
顔を真っ赤にして怒鳴りつけてくるサーシャににやにや笑いを飛ばしながら、ヴァイルは書類を片手に部屋のドアへと逃げる。
「それじゃ行ってきま~す」
「さぼるなよ」
「いくら隊長の頼みでもそれは無理な相談ですよ」
「私の頼みじゃなくても働け!!」
ツッコミとともに飛んでくるインク壺を、ヴァイルは慌てて身をかがめ回避する。
「ちょ、あぶな!? フタあいているじゃないですかそれ!?」
「え、ウソ!?」
フタのことに関しては気づいていなかったのか、放物線を描き飛んでいくインク壺を見て慌てるサーシャ。そんなとき、執務室のドアが開き、
「サーシャ総隊長はここにいるか?」
突如としてデップリト太った騎士団長が部屋に侵入してきた。当然ヴァイルが躱してしまったインク壺はそのまま騎士団長を直撃し、
「「あ……」」
二人が間の抜けた声を上げると同時に、ガラス製のビンが頭に直撃する鈍い音と、その中身のインクが騎士団長の顔にぶちまけられる音が響き渡って……。
「………………」
「「…………………………」」
騎士団長は無言のまま、彼にあたった後床に落ちたインク壺を拾い上げ、一言、
「よし……そこの二人を死刑にしよう」
完全に座った眼で腰に下げた剣に手を賭ける騎士団長に、ヴァイルは背中に背負っていた折りたたまれた槍を掴み取る。一触即発。まさにそんなとき、
「そんなことされたら困るから、却下してもらっていいかしら騎士団長さん?」
できるだけ聞きたくなかった声が仲裁に入った。
「お、おまえ……」
「は~い!! きちゃった!!」
額に青筋を浮かべながら、あからさまに怒っていますといわんばかりの笑顔を浮かべて、そいつは執務室の中に入ってくる。
「今日一日こいつをかりたいんだけど……了承してくれるかしら? 総隊長さん」
黒い髪のポニーテールを左右に揺らし、アリサは再びヴァイルの前に現れた。