4話
「それで、具体的にはいったいどういった話が聞きたいんだ?」
「そうね~。今日のところはこの世界にある魔法についてかしら?」
げんなりした様子のヴァイルをひきずりながら、アリサがやってきたのは、宮殿内にある巨大図書館。この図書館には『魔法大国』と呼ばれるにふさわしい大量の魔導書が蔵書してあり、唯一この国で勇者召喚以外に誇れる場所として国民たちに称えられている。おまけに一般開放もしているため、この蔵書から様々な魔法を学ぼうと、世界各地から学生がやってきたものだ。もっとも、最近では『国民が学ぶにはあまりに高度すぎる』という王の一声によって一般開放は禁止となり、この図書室は貴族にしか使えない《開かずの図書室》となってしまっているのだが。
「ったく……なんで俺がこんなこと。しかも今日に限って見張りの騎士がいないし。いたら罵詈雑言でも浴びせかけて強制的に城の外に放り出してもらえたのに……」
「もしいたとしても私が『秘技・勇者の友人のいうことが聞けないの!!』で押し通れたわよ。ていうかなんでそんなに不機嫌なの? こんな美少女の助けになれるんだからむしろ泣いて喜びなさい!!」
「どこの暴君だてめぇ!! この状況で機嫌よくお前に協力してくれるやつがいるならむしろお目にかかりたいよ!!」
ヴァイルはそういって床の上でじたばたと暴れた。そう、彼はいまだにぐるぐる巻きに縛られたままだったのだ。
「まったく私の友達はそんな状況になりながらも『ホンマしゃーないやっちゃな……』とか言いながら縄抜けをした後、無言で私を手伝ってくれたわよ」
「それはもう人間じゃねーよ。慈愛の神様に近い何かだ……」
まったく、使えないわね……といわんばかりの表情でヴァイルの縄を切るアリサに、ヴァイルは呆れを含んだ視線を飛ばしながらツッコミを入れる。
アリサはヴァイルのツッコミに肩をすくめながら『本当のことよ』と言った後、近くにあった車輪付きの梯子に足をかけそれを上り始めた。
あまりに蔵書量が多いこの図書館では、棚の一つ一つが規格外なほど巨大だ。高さは一番低いものでも5メートルはあるだろう。
当然そんなところに蔵書された本が何もない状態でとれるわけもないので、そういったところにある本は『科学の国』から輸入した、この車輪の付いた梯子を上って取りに行くのだ。
「えっと……儀式のすべて。秘儀77選。儀式魔法の成り立ち……」
「ああ、そこらへんは調べなくていいぞ。個人では使えないからな」
「え? そうなの」
縄に縛られていた手をさすり、血の流れを元に戻したあと、アリサから離れた書庫へといき迷うことなく本を選び出していたヴァイルは、アリサのつぶやきに上がった本の題名を聞き、そう忠告を飛ばした。
「儀式魔法っていうのはこの国独特の魔法なんだよ。通常なら宮廷魔導師が数十人がかりで陣を敷いて、素材集めて、魔力通して、数か月かけて発動するものだ。ちなみに勇者召喚もこれに分類されているな」
「ふ~ん。じゃぁ普段使っている魔法はどんなものなの?」
「それを教えるために本を選んでやったんだろうが……。ほら、さっさとこっちにこい」
ヴァイルは自分の手に積まれた大量の本を顎で示しながら、アリサにそう言った。
『放出魔法大全』『収束系のメカニズム』『大威力波濤魔法』『5属性放出理論』
やたらと分厚い本たちの題名にはそんなことが書いてあり、いかにも難しそうな学術書だということがわかる。
「もしかして……それ全部覚えるの?」
「まさか。魔法の魔の字も知らなかったバカにそんなことして何になる。適当な時間を見つけて暇つぶしがてらに読んだら面白いだろうな~という本を集めただけだ」
ヴァイルはそういうと、このへんだったか? とつぶやきながら自分の制服の懐を探る。梯子を下りてきて、ヴァイルが持ってきた本に目を通し活字嫌悪症を発症させ、即座に本を閉じたアリサは、そんなヴァイルを見て首をかしげた。
「何さがしてんのよ」
「魔法を教えるための資料だよ。あ、あった」
ヴァイルがそう言って取り出したのは、
「……これが資料?」
「ああ。今からお前に教えるのはこれだけで十分だ」
取り出したのは一枚のぼろい紙。どういうわけか、ヤニ臭いにおいが染みついているうえにかなりの年代ものなのか、元は白かったであろうと思われる紙が茶色く変色してしまっている。
そこには雑多な文字で『ググッとくるかんじ!!』とか『ボーン!! といったかんじで』とか『ズババッ!! という風に』など擬音が多分に使われた抽象的な説明の後に、『まぁ、最終的に必要なのは……気合いだ!!』で締められている。
それを見たアリサは、
「なにこれ?」
「放出系魔法の奥義書!!」
「ふざけんな!!」
思わずそう叫んでしまった……。
…†…†…………†…†…
「まぁ、誰でも使える魔法である放出系は、そんな細かい理論とかそういうのは全くない」
「そうなの?」
図書館の長い机に向かいあうように座った二人。外から差し込む光は若干オレンジがかり、太陽が落ちていることを二人に教えてくれる。
「放出系のやり方はいたってシンプル。魔力を練り体の一か所に集めてそれを放つ。それだけだ」
「本当にシンプルね……」
ヴァイルのざっくばらんすぎる説明に呆れきった表情になるアリサ。
そんなアリサの反応を無視して、ヴァイルは実演とばかりに手を掲げた。そして、次の瞬間、突然ヴァイルの手にまぶしいほどの白い光を放つ粒子たちが集合し、まるで燃えているように揺らめきながらヴァイルの手を覆った。それを見て、アリサは思わず嘆息する。彼女としては、もっと高度な……それこそ『祖は精霊○○。集い来たりて敵をうて!!』といったわけのわからない呪文を早口で唱えてでの高速魔法戦というやつにあこがれていたのだが、この世界での実現は不可能のようだ。
「だが、シンプルな故に強力だ。特に持っている魔力が潜在的に高い奴はな。集められた魔力によってこの魔法は威力が変わる。つまり、より膨大な魔力を集めることができればそいつは圧倒的な力を発揮できるというわけだ」
まぁ、説明はこのくらいにして、つぎは実践だな。実際にやって見せるからよく見とけ。ヴァイルはそういうと魔力がたまった腕を振るいその魔力を放った。魔力は空間に解き放たれた瞬間、砂交じりの突風に姿を変えアリサの眼を強襲する。
「きゃぁあああああああああ!? イタイイタイ痛い痛い!! ちょ、目に砂が入ったじゃないの!?」
アリサはよく見ておけとヴァイルに言われていたため、目をかっと見開き何が起こるのかとヴァイルの手の方をジッと見ていた。そのため、突然の攻撃にまぶたを閉じることもできずにそれをもろに食らった。当然ものすごい勢いでヴァイルに抗議するが、ヴァイルは素知らぬ顔で指先に魔力を集中させ、再び放出。今度は砂の槍となったそれはアリサの額を強打し、大きく彼女の顔をのけぞらせた。
「っうううう!?」
「この放出系が起こす現象は自分の魔力の特性によって大きく決まる。たとえば俺の魔力属性は『土』だからさっきみたいに砂が飛ぶし、『炎』の奴だったら炎が飛ぶ。また放出の形態にも『収束』と『波濤』という二つの形態がある。さっきの砂の突風が『波濤』。つまり魔力を放出の際に集めることなくそのまま放つことを言う。攻撃範囲が広いことが利点だが、代わりに威力が収束よりも低いのが欠点。また魔力消費も激しいから使うときは細心の注意が必要。次に使った砂の槍が『収束』。放出の際にさらに小さな点に魔力を集め、それを一気に放出する。一点集中という特性上、威力は非常に高く、収束された魔力は高速で打ち出されるために、魔力が低い奴でもそれなりの攻撃手段になる。ただし、所詮点での攻撃で攻撃範囲は狭いから、よっぽど熟練したやつでないと的にあてることはできない」
わかったか? と、ヴァイルは、無理やり巻き込まれたことに対する復讐ができたためかとても機嫌がよさそうな表情で、額を抑えてうずくまるアリサにそう言った。
しかし、アリサがこのまま引き下がるわけもなく、
「ええ……よくわかったわ!!」
アリサはそういうと突如立ち上がり、ヴァイルに向かって手を突き出した。
「だから実演してあげるわよ、先生!!」
額に青筋をうかべ、思いっきり体中の魔力に号令をかけるアリサ。彼女のイメージでは自分は華麗に魔法を発動し、先ほどのお返しとばかりにヴァイルを吹き飛ばす予定だった。
だが、
「へ~。それで収束できたつもりなのか?」
「へ?」
どういうわけか、アリサの魔力はヴァイルの時のように瞬時に集まったりせず、ジンワリとにじみ出る感じでアリサの手をゆっくりと覆っていくだけだった。
光の膜につつまれた感じの自分の腕をぽかんと見つめるアリサに苦笑を浮かべながら、ヴァイルはどうしてそうなったかを説明してやる。
「素人が初っ端から魔法を使いこなせるわけがないだろうが? 通常の人間なら、まず魔力を体の一点に集めることに二ヶ月。それが瞬時にできるようになるのに一ヶ月。収束系を使うためにさらに魔力を圧縮するのに五ヶ月はかかる。つまり、お前がおれに復讐できるのは八か月後ということだ」
「そ、そんなぁ!?」
「というかお前……よく復讐なんて考えられるな。被害者は俺なんだけど?」
無理やり王室の陰謀に巻き込まれかけた一市民としては、ちょっとした嫌がらせぐらい許してほしいヴァイルである。
「何を言っているの!? こんな可愛い女の子が痛めつけられたんだから、その前の罪はすべてちゃらにしても復讐はされるべきよ!!」
「いっそのことお前はこの世から消えるべきなのかもな」
若干アリサの性格の悪さを垣間見たヴァイルは、微妙に顔をひきつらせながら半ば本気でそんなことをつぶやくのだった。