ヒーローside
サブタイに偽りあり。
アリサ視点です
赤い絨毯が敷き詰められ、大きな暖炉がある豪華な部屋。そこに設置された天蓋つきベッドに窓から入ってきた朝日が差し込み、そこで寝ていた人物の目覚めをうながす。
「んぁ……」
寝ボケきった声でうめき声を漏らしながら、少女は隣で寝ている親友を起こさないように、ゆっくりと身を起こし、まだまだ睡眠を要求し、閉じかける眼をゴシゴシとこする。
普段はポニーテールにしてまとめている髪も、今はぼさぼさ。山姥のような見た目になった彼女の名前は富阪アリサ。この世界に事故で召喚された哀れな異世界漂流民である。
「うわ……。また乱れてる。まとめんのにどれだけ時間がかかると思っているのよ」
いつものように自分の髪に触れ、ボッサボサになってしまっていることを確認したアリサは、無言のまま鏡台に設置された櫛を手に取り……。
「あり? なんかいつもと違う?」
ようやく普段との違いに気付いた。どうやら今まで寝ぼけてしまっていたらしい。
「ああ。そういえば変な渦に巻き込まれて……その中で黒い本にあって……」
思い出した。その本に力を覚醒させてもらってある《能力》を得たと思ったら、突然偉そうなおっさんやら甲冑人間がいるところに放り出されて『勇者よ……魔王を倒してくれ!!』なんて、何時代のRPGだよ!! 的なテンプレートなせりふ言われたんだっけ……。
自分が「はぁ? こんな可愛くて幼い女の子たちに何頼んじゃってんの、この耄碌爺は? そのくらい自分たちでどうにかしなさいよ」と言ってしまい、国王に殺されかけたことは綺麗に無視して昨日のことを思い出したアリサは、若干のため息を共に櫛を髪に通す。
「あの態度からして、この国は封建社会制度。国王がトップに立って周りの貴族と一緒に国のかじ取りをしている感じかしら? ファンタジー世界の相場で言うなら、こういう典型的な封建制度のトップは面白いくらい利権まみれになって腐っている物なんだけど……」
ボッサボサになっていた髪を何とかまとめ、髪を後ろに流しポニーテールになるようにまとめるアリサ。彼女はこの国の在り方を大まかに類推しつつ、光が差し込む窓に目を向けた。
一応客人ということで、見晴らしがいいところに泊めてくれているらしく、そこからは王都の様子が一望できた。
王宮の周りを固める小奇麗な貴族の邸宅。その周りを覆うのはソコソコ丈夫そうな一般邸宅。そして、外周部に位置するボロボロの廃墟などが立ち並んだ貧民区。
大きさ的には貧民区と一般区がだいたいおなじくらい。比率的にいうならば2:4:4である。
「やっぱり、この国のてっぺんはあまり質が高くないようね。まともな政治家だったらあんな所、放っておかないでしょうし」
――おまけに王宮の装飾がやたらと豪華だし。金箔とか貼ってあるし……。ずいぶんと余裕のある『魔王に侵攻され困り果てている王国』じゃない。魔王なんて本当にいるのかしら。と、アリサは昨日王に言われた言葉に疑問を持ちながら、まとめた髪を髪飾りで止める。合気道有段者である彼女の母親が今年の誕生日にくれたもので、桜の花の飾りがついた髪留めである。普段は『稽古だぁああああ!!』としか言わないガサツな母が、珍しく買ってきてくれた女の子らしいものだったので、今では彼女の一番のお気に入りである。
――母さん……。今どうしてるかな……。泣いては……いないでしょうけど。
自分が誘拐されたと勘違いした母親が、怒り狂って犯人を捜しまわっている光景が容易に浮かんできて、アリサは思わず顔をひきつらせた。
これは早急に元の世界に帰る必要がありそうね……。
アリサが決意も新たに、櫛を片手に拳を握り締めたときだった。
「ん~。まぶし~い」
やたらとかわいらしいうめき声をあげて、親友が身を起こすのを鏡越しに確認したアリサは『まったく……』とつぶやきながら、朝に弱い親友の身なりを整えるために彼女に近づく。
寝起きであるにもかかわらず、さらさらと流れる黒髪を少しだけうらやましく思いながら、アリサは寝ぼけ眼の親友――《勇者》結城未来の頭をたたき意識の覚醒を促した。
「ほら、未来。もう朝だよ……。シャキッとする」
「ん~。だっこ~」
美しい……というか、かわいらしいといった方がいい顔立ちを無理やり起こされた苦痛にゆがませながら、未来はアリサに向かって両手を突き出してくる。どうやら抱き起してほしいらしいが、そんなものは高校に上がるときに卒業したので(アリサだけ)アリサは自力で立つように促した。
「バカなこと言ってないでさっさと起きる。今日は王様と朝食とってその時にこっちの話をいろいろとしてもらうんだから。……ほら、二度寝しない!! さっさと起きる!!」
手のかかる妹の世話をするように怒鳴るアリサに『ケチィ』と頬を膨らませながら未来はずるずると布団からはいだし、近くに置かれたブレザーを手に取るのだった。
…†…†…………†…†…
「そうなの!? そんなあくどいことしていたんだ~」
「ほかにもね……クペー伯爵さんの三男坊が……」
現在は王都の朝食の時間。しかし、アリサは王都の会食の席にいなかった。『食事を食べる場所です』とメイドたちに案内された場所には10メートルはあるんじゃないかと思われるくそ長いテーブルと、その両端におかれた無数の豪華そうな料理がおいてあったからだ。
ああ、これはあれだ。昔どこかのファンタジー洋画で見たことがあるあれ。王様と客人が端に座って会話もせず食事を済ませる『あなたと直接話す気はないけど、一応ポーズとして話す姿勢はとった方がいいよね~』という気持ちを体現したくそ長机だ。と判断したアリサは「申し訳ございません……。召喚の影響のせいか少し胃の調子が……」と、盛大にして堂々とした大嘘をまき散らし、即座に朝食を辞退した。会話をする気もない相手に付き合って朝食をとれるほどアリサの心はおおらかではない。
まぁ、もしかしたらあの長い机越しに話す気なのかもしれないが、それを成立させるためにはかなりの大声を張り上げなければならないので、それはごめんこうむりたい。はしたないと思われるのは嫌だし。
普段の自分は完全に脇に置いて、さすがおしとやかな私!! と自画自賛するアリサ。誰が見ても馬鹿な子である。
閑話休題。
というわけで早々に国王からの情報収集をあきらめたアリサは、ほかの貴族たちに見つからないように使用人たちが住んでいる、寮へと赴いたのである。
―—情報はこういうところに集まるのよね~。家政婦はみたってやつ?
案の定アリサが考えていたように、メイドたちは様々な貴族の噂話やその立場を聞かせてくれた。多分に個人の意見が含まれた話であったが、今のアリサにはそれでも十分にありがたい。
だが、
「政治上の裏話とかなら聞けたんだけど、魔法や戦闘方法になると話がなくなるわね……。まぁ、そんなことメイドさんに聞いても答えが返ってこないのは分かっていたんだけど」
彼女たちから聞き出せたことと言えば『魔法がある』ということと『うちの騎士団で一番強いのはゲイルという人物』ということぐらいだ。
もともと彼女たちは貴族たちの世話こそが本業だ。小説の世界みたいにくノ一気質なメイドを探そうとしても、身分を隠しているからこそのくノ一なのだからそう簡単に見つかるわけもないし、素人のアリサ程度に見つかるなら、その人物に頼るのはだめだろう。
ということでメイドに戦闘手段を聞くのはナンセンス。かといって、この国の騎士たちに頼るのもまたナンセンス。話に聞いたところによると騎士団たちは貴族の親族で固められており年々弱体化の一途をたどっているらしい。おまけに政治上の思惑も絡み、実力はあるが貴族に反抗的だったり、才能はあるが立場が弱い人間だったりすると騎士団を無理やりやめさせ、城壁警備隊に放り込むなどという暴挙も行っているとか……。
そんな腐りきった騎士団に頼るつもりも、助けられるつもりもアリサにはなかった。そんなところに頼ったところで得られるものなどたかが知れているし、何より彼女のプライドが許さないからだ。
かといって、このまま貴族の厄介になり続けるのもかなり危険だ。この国の貴族は黒すぎる。こんなところにいてはいつ陰謀に巻き込まれるかわかったものではない。勇者の未来を相手にそうそう暴挙に出るやつはいないだろうが、友人の自分はそうではないのだから。一刻も早くこの王宮を抜け出す準備を整えなくてはならない……。
「とはいえ……そのために必要な知識を与えてくれる人はいないし……八方ふさがりね~。あ~あ。私が主人公だったら、そのへんに強そうな人がいて『し、信じられない!! なんという魔力だ!! 君、私の弟子にならない?』的な運命の出会いを果たして、ばっちりパワーアップとかを果たすんだけどな~」
ため息をつきながらそうつぶやいたアリサは、『運命、そのへんに転がってない?』といわんばかりに、あたりを見回す。しかし、そんな簡単に運命が、
「いやいや……。ちゃんと働くよ。目が覚めたら」
「あと4時間したら考えねーこともねーですけど……」
「見張りの時間が終わってしまいますよ!? どんだけ休む気ですか!?」
運命が……
「うっせーな。あんだけ長い時間警備兵を一か所に集めておいても大丈夫なくらい平和なんだったら、俺ら二人がサボったところで大した影響はねぇよ」
「部下へのケジメの問題です!!」
運命が……転がっていた。
だらけきった二人の青年。それを怒鳴りつける女の子という変わった三人組。彼らの制服の肩には《盾とその後ろから延びるレンガ造りの城壁》という変わった紋章が刺繍されている。メイドたちがいっていた城壁警備隊の紋章だ。
あそこは、貴族たちが自分の利権を守るために『実力のある反抗的な人間』や『才能があって目障りな人間』を押し込んだ人材の宝庫で……。
「フフフ……。ありがとう運命。今日初めてあなたに感謝してあげる」
ものすごい上から目線でそんなことを呟いた後、アリサはできるだけ自然な笑みに見えるように三人組へと近づいて行った。
この数分後。城内を逃げ回る不良警備員三名と勇者の友人が、とんでもない速さで追いかけっこをしているところをメイドたちが目撃し、様々な噂となって城内を駆け巡ったのだが、またそれは別の話だろう。