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ある脇役の英雄譚  作者: 小元 数乃
王都動乱編
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エピローグ・プロローグ旅の始まり

 四天王《葬送の魔眼》による侵略からはや1カ月がたった。


 ボロボロになった貴族街と平民街を隔てる城壁は、新しく王に即位したサーシャの「不格好で邪魔だ。どけろ」の一言であっさり撤去。


 それによって今は、貴族街の復興作業が、貧民街の外側から展開される王都の初めの城壁からもよく見えた。


 町中から気味の悪い虫の死骸を集めて、焼却をする掃除屋たち。崩れた貴族の邸宅の土地を(せり)にかけ売り飛ばす新政府の役人。そして、その土地を買った人間や、もともとの権利者である貴族に依頼されて新しい邸宅や家をつくる土建屋たち。


 今王都には、空前絶後の、復興の波に乗った建築ラッシュがやってきていた。


 何より今までその町を支配し閉鎖してきた貴族たちがいなくなったため、平民街で店を構えていた貴族御用達の高級店たちはここぞとばかりに貴族街にも店を展開。平民街の富裕層たちも、王宮とつなぎがとりやすい貴族街に、いまだとばかりに入り込み着々と自身たちの地位向上の布石を打ち始めていた。


 そしてそれと同時に行われたのは、平民街の拡張。


 さきほどの四天王襲来から立ち直れず没落してしまった貴族たちを、平民街で受け入れるためにサーシャが施行した初めの政策だった。


 貧民街の土地を、崩落した貴族の館からちょっぴり(という名のごっそり)拝借した隠し財産を使って、高額で買い取り平民街の延長として区画を整備。


 貴族を受け入れるための集合住宅――平屋造りの長屋や、巨大な5階建ての、無数の部屋がある塔のような建物を作り、貴族が難民にならないよう対応していた。


 そこを生活拠点にさせ、役に立つようなら国の官吏として再雇用。立たないようなら適当に平民街で働き口を探させるらしい。


 そして、土地が滅茶苦茶高く売れた貧民街の住人達も、それを元手に再び社会復帰をする人間が増えているらしい。


 もっとも、


「それをしない社会のクズもきっちりいるけどな……」


「宵越しの金はもたねぇ主義だ!!」


「俺たちは、金があればあるだけ使っちまう! 金と一緒に哀しい過去も洗い流すからさっ!!」


「黙れ、屑ども」


 売った土地の金を平然と博打と酒に費やし、再び貧民生活に戻ってきた救いようのないバカ達を罵りながら、ヴァイルは今日も今日とて、城壁を通って王都に入ってくる入都希望者たちの審査をしていた。


 そう。確かにゲイルの炎に巻かれて死んだはずだったヴァイルは、どういうわけか目を覚ますと、まったくらしくない目が紅くなるまで泣きはらしたサーシャにひざまくらをされていたのだ。


――え? と、そんな間抜けな驚きの声をあげる前に、再び涙腺を決壊させたサーシャに、力強く抱きしめられたヴァイル。


 当然彼女をらしくもなく声をあげて泣いているのは、自分が死んだからだというのは嫌というほどわかっていたので、ヴァイルは泣きながら「バカっ! バカっ!! なんで勝手に死ぬんだ、死ね馬鹿ッ!!」と支離滅裂に罵ってくるサーシャを必死に慰めるしかできなかった。


 当然自身が生き返った事情など聴けずじまい……。


自身が殺したはずのゲイルもどうやら生き返っていたようなのだが、ミランダが平民街に立てていた緊急医療テントに運ばれてしまったようで、その後は完全に面会謝絶の第一級牢獄の中。事情があったとはいえ、さすがに王家を裏切った大罪人であることは変わらないので、サーシャの統治体制が整うまで拘留されることになったらしい。


――だけどまぁ、あんな全身火傷を跡形もなく治せる人物なんて、一人しか心当たりはないんだけどな。


 と、内心でそんなことを考えながら、黒こげになっていたはずの、元気に商人の入都書類を作成している自分の右腕を見て、ヴァイルは思わず眉をしかめる。


 そこには消えない呪詛が刻まれていた。


 大体一月は魔力の使用が封じられる、魔術の修行時代はよく刻まれた、師匠の嫌がらせ。


――早く強くなりたいと願っていた俺に、一か月の魔力使用禁止はどれだけこたえたことか……。と、本人の嫌がる方法で確実に罰を下してくるという、あの人物の嫌な特性を思い出しながら、ヴァイルは思わずといった様子で呟いた。


「世話かけてすいません……師匠」


 《天使の国》の、12人いるライセンス持ちの一人。


 敵として相対した瞬間、《生きただけで死ぬ》呪いをかけてくるといわれる大魔導師。


 ヴァイルと、ゲイルにえげつない魔法を教えてくれた恩人。


 アリサが目指すべき《劣化魔法》の完成形を知る男……《神殺呪》。


 ヴァイルは、本名を教えてもらえなかった。ゲイルには教えたらしいが、ヴァイルは「お前ごとき脇役が、俺の名前を知ろうなんて千年はえぇ」といって断られたのだ。


 曲がりなりにも彼が教えた魔術を完全習得したゲイルと、まったく使いこなせない状態で試験があるからと飛び出したヴァイルとの、格付けをはっきりとされたのだろう。そういった格の違いというのを、やたらと気にする人だったことは今でもヴァイルは覚えている。


「にしても劣化魔法でどうやって俺の傷を治したんだ? 人を呪って弱らせるのが専売特許だって言ってたのに……。傷の治癒なんて絶対できるはずが……。いや、まて。天使の国の魔術の法則なんて考えるだけ無駄なんだ……。無駄な思考をしている暇があるなら黙って仕事をしないと……」


 ブツブツそんならしくない言葉を漏らしながら、素直に入都審査の席に座り仕事をするヴァイルを、元城壁警備隊にして――現在は王国を守る騎士の称号を得た城壁警備隊の面々は、遠巻きに見ていた。


「相当参ってるな、ヴァイル隊長」


「サーシャ隊長も惨いことをなされる……。どうしてヴァイル隊長だけ」


 そう。結局あの一件の後……ヴァイルは騎士の叙勲を受けなかった。


 サーシャが直々に、お前の叙勲はないと言ってきたから。お前を騎士には絶対にしないと、他の城壁警備隊員たちが叙勲を受けた広間で、彼女ははっきりとそう言い切った。


 だからヴァイルは現在、たった一人の城壁警備隊として現在も城門の詰所に住んでいるのだ。


 さすがに人手不足ということで、彼の元部下であった南門警備隊の面々がローテーションを組んで、彼を手伝いに来てくれるが、サーシャだけは絶対に来なかった。


 彼女はこの国の王なのだから。わざわざ町の最果てであるこの城壁に来る暇など作れないし、来る理由もない。


 ヴァイルはそれを聞いて怒らなかった。サーシャを泣かせてしまったし、何より自分が騎士なんて大層な仕事につけるとは、脇役根性が染みついた彼自身が誰よりも思っていなかった。


だから孤独ではなかったが、サーシャに怒りも覚えなかったが、


「さぁ、今日も元気に仕事仕事っ!!」


「「「「………………………………………………」」」」


 周りの人間が「誰だこいつ?」と言わんばかりの顔でドンびく程度には、傷ついているらしかった。




…†…†…………†…†…




 そのころの王宮では、


「いいんですか?」


 着々と修繕が進んでいく城の中。莫大な書類と執務机によって、すっかり執務室に早変わりした玉座の間にて、書類仕事をしていたロベルトは半眼になりながら、もくもくと書類の決裁をすませているサーシャに問いかけた。


 サーシャの肩がびくりと震えるが、その後何もなかったかのように書類仕事を続行する彼女。


 そんな彼女の態度にため息を一つ付いたあと、ロベルトは玉座の間の窓から町の外壁である、ヴァイルがいる城壁を見つめた。


「確かに、俺もアルフォンスも、旦那は騎士昇格の話が来ても断るだろうと思っていました。なんかのっぴきならない事情があることも知っていましたし、多分国家に縛られるような職にはつきたがらないだろうとも。でもまさか、あなたがあの人をいらないというとは思っていなかったんですけど」


「……無駄口をたたくな」


 よほどロベルトの攻撃が堪えたのか、普段は使わない高圧的な命令口調で、強制的にロベルトを黙らせるサーシャ。


 そんな彼女の態度に憤然としつつも書類だけは的確に処理するロベルト。


 これだけで前王時代の、倍近い仕事の決裁が行われていたりするが、二人は特にそれをほこることなく黙々と仕事を続けていく。


 だが、玉座の間の空気は最悪だった。


 護衛として建っている衛兵が、思わず冷や汗を流すほどに。


 さすがにそんな雰囲気の中、いつまでも仕事を続けられるほど、サーシャも図太くはなかったようで、


「はぁ、休憩ついでに話でもするか、ロベルト?」


「よろしくお願いします」


 ホッと安堵の息を漏らす衛兵に、しばらくどこかへ行っていろと手をひらひらさせ、指示を出すサーシャ。そんな彼女の指示を忠実にきいた衛兵は、一礼した後玉座の間から出て行った。


 そして、サーシャとロベルトの会談が始まる。


「まず一つ確認したいわけだが、お前はヴァイルを騎士にしたかったのか?」


「違います。いや、なれたらいいなとは思っていましたが、あの人がそれを望まないことは、あの人と親しい人間の間では、周知に事実でしたから」


「だろうな。だから私もアルフォンスやお前のように、ヴァイルに騎士登用の話はもって行かなかった」


「だからですよ。そこが不満なんです。どうしてせめて『お前が必要だ』ぐらい言って食い下がってあげなかったんですか!? 何も言わず放置なんて……これじゃ、あなたが旦那を不要だっていったようなもんじゃ……」


 不満げに抗議を続けるロベルトに、サーシャはため息を一つ付き、


「そこが違う」


「え?」


「私は今でもあいつに隣にいてほしいと思っている」


「で、でも騎士に呼ばなかったじゃないですか? よしんば旦那が絶対受けないことを理解していたとしても、せめて頼み込んで食い下がるくらいはしてもよかったと……」


「誰があいつを騎士として隣に置きたいといった?」


「え?」


 もう面倒だ。と言わんばかりに最小限の言葉で、説明を行ったサーシャ。彼女の言葉をかみしめ、ゆっくり吟味したロベルトは、


「……え……え? えっ!?」


 ようやくその意味に気付いたのか、大きく目を見開いたあと、


「で、でもだったらなおさら騎士にして、功績を積ませた方が」


「バカっ。そんな回り道、いったい何十年かかると思っている。私はそこまで気は長くないし、待っている間に婆様になってしまうだろうが?」


 王としてこれから生きていく以上、後継者の出産はサーシャにとっては必須事項だ。だからこそ、サーシャはヴァイルに一足飛びに出世してもらわなくてはならない。


 それこそ、魔王を倒すぐらいの功績を使って……。


「思った以上に死んでいない貴族も多い。侵略は王都だけだったんだから当然だな。今も辺境にいた有力貴族や、政変に負けて飛ばされた貴族たちが、王都の動乱を聞いて続々とこちらに向かってきている。自分が権力を握るなら今がチャンスだとな」


 無論好きにさせるつもりはないが……。と、サーシャは忌々しげにそう吐き捨てながら、


「だが、流石に私の……()となる男まではどうにもできん。だからこそ、ヴァイルにはそいつらを全員黙らせられるくらいの、英雄になってもらわないと困るんだよ」


 そう言い切ったサーシャに、ロベルトはしばらく唖然とした後、


「も、もぉおおおおおおおおおおおおお! だったらそれ何で旦那に早く言ってあげないんですかっ!? 旦那物凄く落ち込んでるって、僕の部下からすごい報告が上がってるんですよっ!?」


 今度は違う理由でギャンギャン怒り出したロベルトの追及を、再び書類仕事に戻ることで躱しながら、ちょっとだけ顔を赤くしたサーシャは、聞こえないくらいの小さな声で、


「だ、だって……面と向かって言うの恥ずかしいだろうが」


 お前と結婚したいから、無茶をしてくれなんて……。と、そんなサーシャの言葉はギャンギャン喚かれるロベルトの抗議によって、泡のように消えた。




…†…†…………†…†…




 そして、その数分後。


「ん?」


 王都の中から貧民街を越えてやってきた一台の馬車が、南門詰所の前に止まるのを見て、ヴァイルは首をかしげる。


 まるで平民が乗るようなみすぼらしいホロ馬車の側面には、目立たない程度の大きさで、この国の紋章が刻まれていたからだ。


 国の紋章が刻まれているということは、この馬車はサーシャの……スカイズ王国の保護を受けているということに他ならない。


 だが、だとするならこの馬車のみすぼらしさが今度は納得がいかなかった。


「あやしい……」


 長年の門番の感がけたたましい音で警告音を響かせる。


 関わってはいけないと。ロクなことにならないと。


 だが、ヴァイルは門番だった。不審な車両をみすみす見逃すわけにはいかない。


「あぁ、そこの馬車……。止まれ」


 だからこそ、とりあえずヴァイルはその馬車に静止の言葉をかけ停車させ、


「えっと……職業と名前。出都理由と……あと積み荷を見せてもらえるかな?」


 フードを目深にかぶって顔を隠している御者にそう言った瞬間。


「思った以上にちゃんと仕事しているんですね?」


「え?」


 そのフードが心底驚いたといわんばかりの声でそんなことをいってきて、ヴァイルは思わず固まった。


 というか、その声に聞き覚えがありすぎて固まったのだ。


「お前……勇者か?」


「はい! 本日より今代勇者・結城未来は魔王討伐の旅に出発することになりました!!」


 そう言ってフードを跳ね上げて顔を表したその人物は本当に、流れるようなストレートの黒髪を持つ、異世界の美少女――勇者・結城未来で。


「そらヴァイル。お前も早く馬車に乗れ。これは新国王陛下からの命令だ」


 ホロの中から苦笑いをしながら顔を出したのは、額に罪人の焼き印を押されたゲイルだった。


「げ、ゲイル!? お前生きてたのかっ!?」


「まぁ、俺の裏切りは諸事情があるうえに、『お前ほどの戦力を、投獄していられる余裕も、人員も今のこの国にあると思っているのか?』って、サーシャさんに言われてね。結局勇者の旅の手助けをして、その罪を償えって言われちゃたんだよ」


 さすがに無罪放免とはいかなかったけど……。と、額に刻まれた十字模様に罪人の焼き印を見せながら、苦笑いするゲイル。


 そして彼は手に持っていた一枚の神をヴァイルに渡した。


「そんなことよりもほらっ。命令書」


「命令書?」


 それをうけとったヴァイルが、書類を広げると、そこにはこんなことが書かれていた。


『特別任務発令書

 城壁警備隊総隊長ヴァイル・クスク。本日より汝の職を解任。


勇者につき従い魔王討伐の旅の補助を行うことを命ずる。






 英雄になって……魔族との因縁を何とかして……私を迎えにこい。これも命令だ。

                スカイズ王国国王 サーシャ・トルニコフ』


 短いが、それでもサーシャの気持ちがいっぱいに込められたその命令書を見て、ヴァイルはしばらく唖然とした後、


「はぁ……。まったく。自分の口で言ってくださいよ……」


 なかなか素直になってくれない自分の上司で……最愛の女性に苦情を申し立てつつも、彼は先ほどまで浮かべていなかった、純粋な笑顔を浮かべる。


 そして、


「旅程はちゃんと決まってるんだろうな?」


「ばっちりです!!」


「装備も完璧だぞ?」


「貴族と常識ない勇者さんの太鼓判貰ってもな……」


 まぁ、足りなかったら別の町で買い足せばいいかと。ヴァイルは城壁警備隊の制服のまま、その馬車の中に乗り込んだ。


「え? 服それでいいの?」


「あぁ。俺にとっては、この服は大切な思い出であり……すっかりなじんだ戦闘服だからな」


「そうか」


 そういって、ようやく殺意をぶつけ合う相手ではなく、友人として顔を合わせることができた幼馴染と笑いあい、


「隊長!!」


「ん?」


 いつのまにか馬車が通る道の横に整列し、敬礼してくれていた城壁警備隊の面々に、


「「「「ご武運を!!」」」」


 そんな言葉を送られ、ヴァイルは「暑苦しいな……」と、肩を竦め。


「あぁ! 行ってくるっ!!」


 満面の笑みを浮かべ、同じように敬礼を返した。


 こうして門番ヴァイル・クスクは、因縁を絶つために、英雄になるために、最愛の女性の願いをかなえるために、勇者パーティーの一人として、王都アタナシアを旅立った。


というわけで、ようやくスカイズ王国の動乱が終わり勇者が旅立ちました!!


 長いわっ!! というご意見がありますが……さ、作者は気にしませんっ!!


 次はいったいどれの更新になるかな……。地味に大賞に応募している作品があるからそっちにかかりっきりになるかも……。


 と、とにかくお付き合いいただきありがとうございました!


 閑話を二つほどはさんで、次は科学の国へ!!


 そう。あの戦車街中で召喚したバカ王子の国です!!


 ようやく勇者の旅らしくなったこのお話……はたして続きはいつ出るのかっ!?


 き、気長にお待ちくださいT―T

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