16話
ヴァイルはゲイルから飛来する白炎を素早い動きで躱していた。
薙ぎ払いの炎剣を軽やかに飛び上がることによって回避し、
辺り一帯を飲み干す炎の大瀑布を、使い捨ての槍の壁によってかろうじて防ぎ、
襲いくる白炎の蛇を薙ぎ払う槍によって吹き飛ばされる虫の津波によって迎撃する。
――あの炎、くらうわけにはいかない。
ダラダラと冷や汗を流しながら、真っ白な火の粉にすら警戒するしかない今の状況にヴァイルは舌打ちを漏らす。
魔力に助燃の性質を強制し、酸素の代わりに吸引する白炎。
熱量は白い炎の温度に準拠。つまりそれは着火した瞬間人間の肉体など即座に蒸発する熱量をもっているということだ。
「シャレにならねぇ……」
その証拠に、もうそろそろあたり一帯は生物が住める環境ではなくなりつつある。
美しく整えられた芝生はドロドロに溶けた灼熱する大地に。
大理石の噴水はまるで火がついた蝋燭のようにとろけだし、虫たちはその圏内に入った瞬間音を立てて蒸発する。
ヴァイルも耐熱性を身体操作によって上げていなければまともに活動すらできない。
そんな地獄絵図が王城手前の広場で広がっていた。
「勘弁しろよ……」
――勝てるビジョンが全くうかばねぇ。不本意に協力しているんだったらせめてもう少し手加減しろっ!!
内心でそう愚痴を漏らしながらヴァイルは、真っ白な炎を全身にまとい、再び背中に炎の翼をはやし天空へと登ったゲイルを睨みつけた。
そして、瞬時に足元から槍を生み出し、掴み取った後、
「おらっ!」
体のひねりを利用して、信じられない速度で投擲! 音速を突破しかねないその投槍は狙いたがわずゲイルのもとへと到達し、
「無駄だよ」
槍はゲイルの体を包む炎の鎧に触れた瞬間、真っ赤に灼熱しドロドロととけてしまう。
耐熱性も硬度も十分に上げたはずの槍。だがしかし、そんなものはゲイルには通用しない。
魔力をもっている物質が彼の身を包み白炎に触れた瞬間、その魔力を瞬時に吸い取られ炎の熱量によって焼かれるのだから。
そして、その法則は当然ヴァイルにも適用される。
白炎に触れた瞬間ヴァイルに待つのは、真っ白な炎に身をまかれての死だ。
「勝てるわけがねぇ……」
その事実にもううつろな笑みしか浮かばない敵のでたらめっぷりに、ヴァイルは思わずそうつぶやいた。
「よくわかっているじゃないか」
そんなヴァイルのつぶやきが聞こえたのか、天空からそんな彼を見下ろしていたゲイルが、疲れ切ったような声音でそんな声をかけてきた。
「お前は十分戦った。お前は十分抗った。もういいんだヴァイル。この国はもうお終いだ……。裏切ってしまった俺が壊す……。だからもうそんな努力はしなくていいんだ。お前がずっと復讐を狙ってこの国に仕えてきたのは知ってる。でも、その復讐するべき相手だって、もうこの国には存在しないんだよっ!!」
そんなゲイルの言葉を聞き、ヴァイルは思わず固まる。
――え、何言ってんだこいつ?
どうやら多大な勘違いが俺たちの間に横たわっているらしい……。という事実にいまさら気づいたヴァイルだったが、事ここに至って今更そんなことに気付いてもどうしようもないことは理解しているので黙っておく。
黙ってゲイルの降伏勧告を聞いてみる。
「だからもう逃げるんだ! あのサーシャとかいう隊長に復讐を手伝ってやるとか言われたんだろう? でももういいんだ。お前の復讐はもう四天王が変わりにやってくれた。お前はきっとこの国を壊すと……ずっと俺はそう思っていた。だから俺はお前がいる間は王城に居座り、お前が行動したとき対応できるようにしていたんだ。お前に……親友に、傾国の罪を背負ってほしくなかったから」
ゲイルは切々とそう語った。
別にヴァイルはそんなことをたくらんではいない。むしろ自分の平穏を守るために率先して魔族の侵攻を防いでいたくらいだ。
なので、緊迫した空気であるにもかかわらずヴァイルは思わず半眼になるのが抑えきれなかった。
――ずいぶん前に分かれた幼馴染なんて、何考えているのかわかんないなんて言ったのは誰だったか?
と、ちょっとだけ考えた後、
「あぁ……そういや俺だわ」
アリサをこいつが襲った時に「理由知らない?」とアリサにきかれたときだった。ヴァイルは確かにそういった。確かにそういったが……。
「こんなしょうもない勘違いされていたのか俺……」
それはそれでちょっと泣きたくなる気分になるヴァイル。
――確かにこの王都に戻ってきたのは復讐するためだったけどさ……。でもこの王都でずっと過ごしていたのは、そんなくだらない物の為じゃないし。
断固抗議せねば……。そう決意したヴァイルは「だから家族を連れてこの国から逃げるんだっ!!」と必死に力説するゲイルに一言、
「バカじゃねぇの?」
「なっ!?」
昔みたいに、熱血漢してる友人に苦笑をしながら、バカにしきった声音でそう吐き捨てた。
「俺がいつまでも、そんなネチネチした理由で、この王家を虎視眈々と狙っていたとか本気で思ってんのか? 復讐するなら帰ってきてからすぐやってる」
「じゃ、じゃぁ……ち、違うのか?」
「あたりまえだ。第一、俺が、復讐なんてくだらない理由で、お前相手取って死ぬ覚悟を決めるような奴に見えんのか? 復讐するならお前に気取られないよう、お前と敵対しないよう、こっそり王宮に忍び込んで王様殺すわ!!」
「おまっ!? それはそれで問題発言だぞっ!!」
先ほどまでの真剣な空気を少しだけ崩し、昔みたいに信じがたいものを見るような目でこちらを見てくるゲイルに笑みを浮かべ、ゲイルはさらに彼の頭上へと視線を移す。
きっと今頃自分の愛する隊長が……愛する女性がいるであろう王城の頂点へと。
「男が命を懸けて戦いに挑む理由なんて、決まってんだろ……」
そしてヴァイルは、先ほどまでの気弱な時分を殴り飛ばし……腹をくくる。
――こいつに勝つには……もうこれしか道はない!!
「あの人に……サーシャ隊長に、ずっと昔から惚れちまったからだよ!!」
――隊長に捧ぐでもなく、仕えるにふさわしい主に捧ぐでもなく、愛した女に槍をささげた。
「そんな人が、俺のことを主人公だ……信じてくれるって言ってくれたんだ!!」
――負ける、勝てないなんて考えるな。勝つんだ……みっともない姿は、見せられないからっ!!
「命を懸けておまえを倒さないと、男として……恰好がつかねぇだろうがっ!!」
そう絶叫し、再び槍を作り出し投擲するヴァイル。
そんな彼をしばらく呆然と見つめていたゲイルだったが、その槍が再び自分の鎧に阻まれ焼き捨てられるのを確認した後、
「ははっ……惚れた女のために主人公になる、か……」
うらやましいよ。と、誇らしげに騎士になると笑っていたヴァイルに告げたときのように複雑な笑みを浮かべ、
「そして残念だ」
惚れた女のために国を裏切った騎士は涙を流す。
「そんな君を……殺さないといけないなんて」
瞬間、いままでとは比べ物にならないほどの魔力がゲイルから発せられ、数百匹近い白炎の蛇がゲイルの周囲で作り上げられる。
「お別れだ。俺の親友」
そして、その蛇たちがヴァイルに向かって襲い掛かると同時に、ヴァイルは自分の手に持つ折りたたみ式の愛槍を大地に埋め込むほど深く打ち込み、
「感染魔術……全力展開!!」
全魔力を注ぎ込み、王城を取り囲む広大な庭の大地すべてを槍の形状に変貌させ、天を突く巨大な槍の林へと変貌させたっ!!
…†…†…………†…†…
静かになった四天王が控える玉座の間。
その床から一条の真っ赤な光が飛び出してきたのを、四天王は胡乱げな瞳で見つめた。
真っ赤に灼熱し焼けただれた石材の床。それはあとから放たれた水によってけたたましい上発音を立てながら冷やされ、すぐに元の色に戻った。
そしてあらかじめ階段でも作ってあったのか、カツリカツリと硬質な足音を響かせながら一人の女性がゆっくりとした足取りで玉座の間に姿を現す。
城壁警備隊の制服の袖を通し、その上から鬱陶しそうに王家の家紋が刻まれたマントを羽織る紫色の髪をまとめ上げた女性――サーシャ・テンペスタ・リ・スカイズだった。
「失礼。面倒だったのでぶち抜かせてもらった。まぁ、この内乱が終わったらこんな半壊した城、建て直す予定だったし別にかまわんだろう?」
そのマントはひどく古びていて、ずいぶん昔に渡された後ずっと使われていなかったことを主張している。
だがしかし、使われている布は最高級品質。刻まれた家紋はひどく複雑で、王宮お抱えの針子でない限り複写は不可能な緻密な物。そのことだけがそのマントが本物であることを主張していた。
「王家の生き残りというのは本当でしたか……。あなたたち王家は私の計画の最大の障害になるでしょうから、極力早くに虫を忍ばせて支配下に置いていたのですが……」
「あいにくと私は嫌われ者でな。存在そのものが隠されるどころか抹消されてしまった、市井の下賤な女から生まれた王家失格の王女だよ。いくら調べたところで名前が出てくるわけがない」
「これは失態でしたね……。あの好色クズ親父が、そんな子供を作っていないわけがなかったのに……。もう少し警戒しておくべきでした」
――完全に見逃していましたよ……。と、侵攻を始める前に国の情報を調べ切れなかった自分を叱責しながら、四天王《葬送の魔眼》レイアは複眼に変貌した右目をギョロリとサーシャに向けながら、
「それで、その嫌われた王女様がどうしていまさらになって国盗りなど? 今までのあなたの態度から見て、そう言ったことには興味がない方だと思っていましたが? 城壁警備隊隊長さん?」
「そちらの私についてはさすがに調べているか……」
――あたりまえです。王都最高峰の軍事力を持つ組織の長を私が警戒しないわけがないでしょう。とレイアは内心で呟きながら、サーシャの返答を待つ。
そして、そんな質問をぶつけられたサーシャは少しだけ驚いたように目を開き、
「盗人猛々しいとはこのことだな。国を盗ったのはお前だろう?」
小さく笑みを浮かべ、
「ぶっちゃけ言うとなぁ……くれてやってもいいと思ったんだよ、こんな都市くらい」
「えっ?」
帰ってきたのは意外と言っていいほどそっけない、あっさりとした諦めの言葉だった。
「お前がこの町を占領するくらいなら、私は黙って大切な者たちをひきつれて亡命なりなんなりしたさ……。どうせロクな思い出のない街だ、四天王に占拠されるならちょうどいい。とっとと逃げようと……ずっと思ってた」
――じゃぁ、どうして? と、レイアが思った時。
「だがなぁ……お前が町を虫で覆いだして、住人を根こそぎ殺し始めたのを見たときに気が変わった」
「……」
先ほどまで浮かべていた呆れたような笑みをひっこめ、鋭い眼光でこちらを見据えてきたサーシャに、レイアは思わず息をのむ。
「貴族がどうなろうが知ったこっちゃない。うちの親父? 野垂れ死んでくれて清々したよ。だがな、それ以上の被害は……そこから平民街に被害を出すようなら、そう考えると私はどうしても、戦う以外の手段が取れなかった」
嗤うなら嗤え。とサーシャは最後にため息交じりに肩をすくめた、
「結局私の大切な奴らは……自分が思っている以上に多すぎた。平民街や貧民街の住人全員引きつれて亡命なんてできっこない。亡命なんて手段は、最初から取れなかったんだよ」
全部あの黒い魔導書の思い通りだ……。と、最後につぶやいたサーシャに、レイアは確かに王の姿を見た。
――厄介な人が重い腰を上げましたね。と、そんな彼女の威風堂々とした立ち姿に眉をしかめながら、話を聞き終わったレイアは覚悟を決める。
「そうですか。では……始めましょうか?」
「なんだ、自分の用事が終わったらもう会話は終わりか? 礼儀のなってない奴め。口上とかはいらんのか?」
「口上?」
「私の友人が言うのは『脆弱な人間風情が……四天王《葬送の魔眼》である我には向おうというのかっ!!』的なことを言うのが四天王の鉄板だとか言っていたが?」
「くだらない。どちらにしろあなたが死ぬことに違いはないでしょう?」
――余計な時間をとらせないでください。レイアがそう吐き捨てると同時に、部屋の陰に隠れていた虫たちが爆発的な勢いでサーシャに向かって押し寄せ、その身に食らいつこうと襲い掛かる。
が、
「そうだな……」
サーシャがそう吐き捨てると同時に彼女の周囲に無数の光源が現れ、
「そんなものがあろうとも、私がお前を殺す事実に変わりはないか……」
瞬間、その光源から真紅の稲妻がサーシャの周囲全方位に向かって照射され、押し寄せる虫たちを跡形もなく焼き払いながら玉座の間全体を包み込む。
そして、その光が収まった時……玉座の間の様相は一変していた。
「さぁ、ひれ伏せよ四天王……」
陽炎揺らぐ高熱の部屋。そこでは真っ赤に灼熱し絶命している虫たちの夥しい死骸がさながら真っ赤な雨のように降り注いでいた。
その雨すら、部屋に君臨するサーシャには触れられない。
彼女の周囲には真っ赤な雷撃が薄い膜上に展開され、さながら小さな恒星が如く熱量をもって、彼女の体を守っていたからだ。
「魔法大国……スカイズ王国国王が貴様の罪に沙汰を下す」
勝てると……本気で思っていたのか? そう問いかけんばかりの不敵なサーシャの宣言に、レイアは少しの間無言になった後、
「あいにくと、私の王はたった一人ですよ。他国の王に裁かれるつもりはありません」
――勝てない道理がどこにあるのです? と、言葉の裏で告げながら、
「殺しなさい……私の騎士様」
命令を下し、対さきほど出来上がった自分の下僕を呼び寄せた。
命令と共に天井から落下し、鮮やかに着地したのは一人の人間。
「っ!?」
その姿を見て目を見開くサーシャ。それは当然だろう。なぜならそこに立っていたのは、
「第一王子かっ!?」
金色の形よくまとめられた濃い紫色の髪に、感情が抜け落ちた紅い瞳。細身でありながらよく鍛えられた体を包み込む上質な青の服。その背中にひらめくマントにはサーシャと同じようにスカイズ王国の国章が刻まれている。よく国の式典などに次代の国王として顔を出していた、遺伝子の不思議を感じさせる、優男顔の第一皇子。王族嫌いのサーシャでも憶えているこの国の第一王位継承者だった。
「まさか……お前が裏切って四天王の手引きを!?」
まるで虫に食い荒らされた形跡がない王子の姿に勘違いしたのか、サーシャはまるで人に話しかけるようにその皇子を怒鳴りつけてしまう。
だがしかし、彼女はその数秒後……それが皇子とは似て非なる化物であることを悟った。
「っ!?」
驚くサーシャに向かい、完全に不意を突いた状態で、彼の背中から飛び出した鋼の光沢をもつ二枚の薄羽が、ギロチンのように彼女の首を挟み込んできたからだ。
だがしかし、その羽がサーシャの首に到達する前に、彼女の周囲に湧き出した紅蓮の電撃が瞬時にその薄羽を打ち据え、焼き尽くし溶かし尽くした。そのおかげでサーシャは何とかその攻撃を無傷でしのぐ。
どろどろに溶けた自分の羽を不思議そうに見て首をかしげる皇子の姿に、サーシャは初めて、おぞましいものを見たといわんばかりの顔になり四天王を睨みつけた。
「おまえ……まさかっ!!」
「私の魔力属性は《虫》と《変状》。ご存じありませんでした? 四天王はあなたたちや他の魔族とは違い、二つの属性を持つのですよ」
そう言ってこちらを睨みつけてくるサーシャに嫣然とした笑みを返しながら、玉座から立ち上がるレイア。そして彼女はそのままゆっくりと第一王子に歩み寄り、まるでいとおしい相手にするかのように背後からその首筋に抱きつきその頬を撫でた。
「言ったでしょう? 王族は真っ先に支配下に置いたと。体に虫を潜ませ……ゆっくりじっくり、彼らの体を私の《変状》によって内側から改造してあげたんですよ。そして、私は仕上げとして蠱毒法という特殊な儀式を行いました。支配下に置いた王族同士を争わせ、殺し合わせ、最強の一匹を決めた。そうすることによって彼は殺した王族すべてに力を吸収し、私が持つ中で最強の虫となったのです」
得意げに語るレイアはその視線の端でサーシャが不敵な表情を必死に維持しながら――それでも隠し切れない冷や汗を流すのを見た。
――それはそうでしょう。王族が敵に回ったということは、つまりあなたの強さの保証であるそれを……私も手に入れたのと同然。それどころか、王族すべてのそれを集めた以上、むしろそれに頼りきりになり不利になるのはあなたの方。
それがわかっているからこそ、絶対に負けない自信があるからこそ、
「さぁ、第一王子……あなたの妹を殺して」
開戦の宣言をした!!
更新遅れてすいません^^;
ラストまで書きあがったので再開!!




