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ある脇役の英雄譚  作者: 小元 数乃
勇者の友人編
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3話

「つまりあんたは今回の勇者をうちの国にとどめておくための楔なんだな?」


「まあ、そういうことになるわね。話に聞いたところによると歴代勇者はさっさとこの国はなれちゃったみたいだし~。私を人質に取っておけば勇者がこの国から離れることはない、って思ってのことでしょうね。まぁ、私が召喚に巻き込まれたのは事故みたいなものだったようだし、おそらくはアドリブで作った計画でしょうけど」


「そのこと、勇者は知っているのか?」


「あいにくと、あの子は人を疑うことはしない(・・・)主義なの。貴族たちが直接口からそのことを言うまで、あの子は《あの人たちはいい人》って信じ続けるでしょうね」


 まぁ、私もあの子に守ってもらうほどやわな女じゃないけどね~。アリサは自信にあふれた笑みを浮かべながら、肩をすくめた。


 場所は先ほどと同じ広場。そこに設置された噴水に腰掛けながら、勇者の親友と名乗ったアリサは自分が召喚された大まかな事情をヴァイルたちに無理やり聞かせた。


《学校》という教育機関から自宅へ帰る途中に、突然空中に出現した渦に勇者ごと巻き込まれたこと。その後、目を覚ますと何やら偉そうなジジイ(うちの国王)と、威圧感たっぷりな甲冑人間(うちの騎士団)に囲まれてしまい、逃げるに逃げられなかったこと。最終的に国王から自分たちが呼ばれた理由を聞かされ『はぁ? こんな可愛くて幼い女の子たちに何頼んじゃってんの、この耄碌爺は? そのくらい自分たちでどうにかしなさいよ』と言ってしまい殺されかけたこと(自業自得)……などなど。


――なんで俺にこんな話ふるの? 俺は『商店街にでてきた勇者に褒められて若干機嫌がよくなったためリンゴを一つサービスする八百屋さん』みたいな感じの一般小市民的な脇役なのに。と、ヴァイルは頭を抱えた。


 こんな物騒なこと聞いてしまった以上、うちの貴族たちは黙ってはいない。まぁ、近くに貴族はいないようなので、話したことを目の前の女が黙っていてくれれば万事解決なのだが、


「ああ、誰かこのかわいそうな籠の鳥を助けてくれないかしら~」


「「「……」」」


 わざとらしいアリサの言葉に思わず無言になる三人。


「結構近くにいると思うんだけど~。具体的には10代ぐらいの幼女を連れた二人組のおっさんあたりが助けてくれると思うんだけど~」


 僕男なんですけど……。というロベルトの呟きを完璧に無視して話を続けるアリサに、ため息をつくヴァイルとアルフォンス。


「まぁ、そんなひと近くにいないから仕方ないんだけど。ああ、でもその人たちが助けてくれないとうっかり『愚痴をこんな人たちにこぼしちゃった~』って、似顔絵つきで貴族に言っちゃうかもしれないし~。ああ、本当に困ったわ~」


「「「……」」」


――悪質極まりない!! 


 ギリっ! と、奥歯をかみしめながらヴァイルは思わず天を仰いだ。ロベルトとアルフォンスの反応も大体そんな感じの反応だ。


――こいつ本当に勇者の友人なのかよ!? ああ、こんなことならきちんと仕事をしとくように見せかけて、違う場所でさぼっておくんだった。と、あくまで働く気はないニート野郎のヴァイル。自業自得&反省という言葉は彼の辞書には載っていないようだ。


「はぁ。まったく厄介な女につかまっちまったな~。大将」


「まったくです。日ごろの行いが悪いからですよ、旦那。まぁ、救出作戦がんばってください」


「待て、お前ら……。なにナチュラルにお前たちだけ緊急回避しようとしているんだ!? 死なばもろとも、地獄の底まで付き合えやっ!!」


 ヴァイルはウガァ!! と、叫びながら、なにやら『自分には関係ありませんよ~』といった顔で、するする離れていく二人の襟首をつかみ捕獲する。仲がいい三人組だ。


「まぁ、べつに逃げてもいいけど~私あなたたちの顔を完全に記憶したから、ぶっちゃけ逃げても無駄よ。こう見えても絵は得意なんだから!!」


 少女はそう言って地面に何やら絵を描き始める。どうやらヴァイルたちの似顔絵を描いているようだ。


 その光景にちょっとだけ絶望しながら、どれどれ、と三人はその絵を覗きこみ……。


「散開!!」

「「応!!」」

「え、ちょ、なんで逃げんのよ!?」


 どこかのモンスターのようなぶっさいくな顔をした何かが描き出されているのを見て、即座に逃走へと移るのだった。





…†…†…………†…†…





 ヴァイルたちが逃げ出してから三十分ほどたった王宮内。真っ白な大理石の巨大な柱が囲む長い廊下を、三人のバカとアリサが走り抜けていた。どうやらいまだに追いかけっこは続いているようだ。


――はぁはぁはぁ……速い。さすがは文明の利器に頼らない人間!! デフォで持っている身体能力が違いすぎるわ!!


 しかし、彼女は元の世界では完全な帰宅部。特に運動をしていたわけでもない彼女の体力はすぐに底を突いてしまい足の動く速度は減速してしまう。当然、グングン三人組との距離は開き、今はもう世界陸上の選手でも追いつけないのでは? というほど距離が開いてしまっていた。


「こ、こんなことなら、もっとちゃんと、体育の授業、うけておくんだった……」


 青息吐息でへばるアリサを見て『チャンス!!』とでも思ったのか、そのまま分裂し別々の方向へ逃げ出すバカ三人組。どうやらターゲットを分散してアリサを攪乱するつもりらしい。


 この上死人に鞭打つか……。体力が底を尽きてへばっている女子に対する仕打ちではない。アリサは明らかにバカにした雰囲気を放ちながら離れていく三人の背中を睨みつけ、トンっと手を地面につけた。


「こんなところで使う気はなかったんだけど……あんたたちが私を怒らせたのが悪いんだからね!!」


 自分が三人を王宮内の裏事情に巻き込もうとしたことなど棚上げして、アリサは気炎を上げながら、この世界にやってくるときに幻視した『紅茶好きの黒い本』から貰い受けた力を発動する。


 そしてその数秒後……。


「ぎゃぼ!?」


 奇妙な声が前方から聞こえ、何かがスボッと地面に飲み込まれるような音がした。


 アリサはその音を聞いた瞬間、今までの苦しそうな表情をひっこめ、意気揚々とその音が聞こえたところへと歩いていく。そして、


「つっかまえた~」


 しばらく行ったところ首だけ地面から突出し、残りの体のすべてを地面の中に沈めてしまって目を回しているヴァイルを見つけ、ニヤリと笑みを浮かべるのだった。





…†…†…………†…†…





 それから数分後。再び広場にて……。


 ヴァイル・クスクは自分の運のなさにほとほと呆れながら、自分ぐるぐる巻きにしばりつけた犯人を睨みつけていた。


「はぁはぁ。わたし体力ないんだからこんなクサレ広い場所で追いかけっこなんてさせないで!!」


「だったら逃げる俺たちを追いかけんなよ……」


 まぁ、息切れしまくって芝生にぶっ倒れているアリサを見てその視線をすぐにやめたが。


 現在つかまって広場に転がされているのはヴァイルだけである。ほかの二人は部下を使い、地形を使いあっさりとこの女から逃げ切ったみたいだ。


 ヴァイルだって突然地面に沈んだりしなければ、今頃うまく逃げ切ったはずだったのに……。


 誰だよ、あんなところに落とし穴作ったの? ここ王宮の庭ですよ? なにさらしてくれてんの、死ぬの? と、こんな場所に御茶目な悪戯をしかけやがった誰とも知れない人間に悪口雑言をぶつけながら、ヴァイルはとりあえず地面を転がり、自分のつかえなさをアピールしてみる。


「いや……。もうマジで逃がしてよ~。俺は『曲者が入ってきたときの真っ先に切りかかったはいいが、あっさりと返り討ちにあって二度と出てこなかった~』感じのわき役だぞ? そりゃ確かに一般人よりかは喧嘩得意だから兵隊なんてやれているけどさ、ほんとはこんなところにも入れない門番なわけでさ~」


 何とも情けく、プライドも何も感じられない光景だが、もうヴァイルがこの厄介ごとから逃れるためにはそれしかなかった。もともと吹けば飛ぶようなちんけなプライドである。いまさら守るつもりなど毛頭なかった。


「ほらほら……。見たらわかるだろ? 使えなさそうな脇役臭がするだろ?」


「え? 脇 臭?」


「なんでそこだけピックアップするんだよ!? それだったらふつうに脇の臭い人だろうが!?」


 もしかして臭うの? といわんばかりに嫌悪感たっぷりな表情で離れていくアリサをヴァイルは怒鳴りつけた。


 ほんとなんなのこいつ? 俺なんか悪いことした? ああ、そういや仕事をさぼりまくっていたな~。と、ようやく日ごろの行いの悪さに気が付いたヴァイルは、


「だが俺は働かない。『働いたら負けかなって思っている……』感じのわき役だから」


「もう脇役じゃなくて完全にニートじゃない……」


 ヴァイルの戯言に呆れきった顔をしながら、ようやく呼吸がまともになったアリサは、しばりつけて転がされたヴァイルの隣に座った。


「まぁ、ぶっちゃけ逃げてもいいけど、名前完全に覚えちゃったから似顔絵なしでも十分に脅迫できる材料はそろっているわよ?」


――ですよね~。いまさらながらそのことに気付き、ヴァイルはちょっとした絶望の笑みを浮かべた。


 アルフォンスとか、ロベルトとかだったらまだありがちな名前なので何とかごまかせるかもしれないが、ヴァイルは完全にアウトだろう。少なくともヴァイルは今まで生きてきた中で自分の名前と同じ人間にあったことがなかった。


「はぁ……。で、俺は何したらいいの?」


「おお!! 協力してくれる気になったの!?」


「無理やりだけどな!!」


 泣きながら一応の抵抗をしてみるヴァイルだが、無駄なあがき以外の何物でもない。


 ヴァイルの返答を聞き、ひどく嬉しそうな笑みを浮かべながら、アリサは指折り今やらなければならないことを上げていく。


「う~ん。そうね~。まずは……」


 こうして、この時代に初めて組まれた異世界タッグは『SAVE!! 囚われの勇者の友人を王宮から脱出させよ!!』作戦実行のために、悪だくみを開始するのだった。

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