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ある脇役の英雄譚  作者: 小元 数乃
王都動乱編
39/46

12話

 極限まで高められた緊張感が王城城門付近を満たす。


 鉄すらとろける高熱の熱波と、何物にも動じない不動の闘志がぶつかり合っていた。


「やっぱりここで待っていたか……ゲイル」


「拠点防衛で最も効率的なのは門の前で敵を迎え撃つことだ。常識だぞ?」


 鋭い瞳をゲイルにぶつけるヴァイルの言葉を、ゲイルはいつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべながら受け止めた。


「事情は全部リリナから聞いている」


「っ!?」


 だが、その言葉だけは予想外だったのかゲイルは穏やかな笑みを崩し驚いたかのように瞳を見開いた。そして、


「リリナ? そうか……あの子は逃げられたのか」


 よかった……。と、心底安堵したような色を浮かべて泣きそうな顔でため息をつくゲイルの姿に、ヴァイルは痛ましげな視線を向けた。


 そこにはいつも笑っていた快活なヴァイルの幼馴染はおらず、老人のように疲れ切った一人の騎士が立っていたからだ。


「だが、事情を聴いているならわかっているはずだ、ゲイル。僕はひけない……この命に代えても、あの娘を助けると決めたんだ」


「おいおい、冗談だろ? お前、前会ったときはあいつのことがそんなに好きだなんてそぶり見せなかっただろうが? いったいいつからそんなに骨抜きにされたんだよ?」


「ふふ。そうだな。自分でも少し驚きだ。まさかあんな貴族然とした娘に惚れるなんて、自分でもどうかしている。わかっているよそんなことは……」


 でも……。と、ゲイルはいつも浮かべている穏やかな笑みではない、本当に心からの愛を語るような真剣な顔になり、


「でも、好きになっちゃったんだ。一生懸命剣をふるって、譲れないもののために闘い続けていた彼女を、助けてあげたいと、そばにいてあげたいと、思ってしまったんだ。だからもう、無駄な問答はやめようヴァイル。お互い譲る気はないんだから」


 そう言って炎を纏った剣を構えるゲイルの姿に、ヴァイルはため息をつき再び槍を構えなおした。


「せっかちな奴だ。女に嫌われるぞ?」


「安心してくれ。こう見えても女性を簡単に惚れさせる顔をしている自覚はあるんだ」


「死ねっ」


「そうだな……。確かにお前は俺を殺さないといけない。お前が守りたいと願ったものはいったい何かな? 勇者様? それともさっき宣戦布告をした番外王女? まぁどちらでも構わない。わかっていることはたった一つだ。そのどちらを守りたいのでも、俺を殺さなきゃそれは果たせない」


――だろうな。と、ヴァイルは内心でその言葉に同意しつつも、それでも言葉を重ねてみる。


 当然だ。幼馴染で親友だからという理由でゲイルと戦いたくないという気持ちは確かにある。だが、それ以上にヴァイルにはゲイルに勝てるという気持ちが全くと言っていいほど持てなかったのだ。


――俺はこいつと戦えば負ける。絶対に勝てはしない。そんな内心の言葉がヴァイルの中でうごめいているからこそ、ヴァイルは冷や汗をかきながらゲイルを何とか説得しようとした。


「実は今……そいつ――シルベットだったか? その貴族の女騎士を助けるための作戦が進行中だとか言ってもか?」


「それこそお笑い草だヴァイル。俺がそれを試さなかったとでも? 四天王の対応は完璧だ。俺はあの娘に指一本触れることさえできなかった。俺にできなかったことが少なくともこの国の他の誰かにできるとは思っていない。唯一の希望はヴァイルだったけど、そのお前がここにいる以上、彼女の救出は望めない」


 だから……。と、ゲイルはそこで言葉をきり、


「もういいかげんはじめよう。言葉遊びには飽いてしまったよ」


 瞬間、爆音とともにゲイルがヴァイルの眼前に現れる!


「っ!?」


 その背中には以前見せた紅蓮の翼。その翼が行う炎の噴出による超加速。ゲイルの瞬間移動のタネを瞬時に察したヴァイルは、慌てて槍を旋回しゲイルの頭部を打ち据えようとした。


 だが、


「おそいよっ」


「くっ!?」


 ヴァイルの槍が薙ぎ払われた瞬間に、ゲイルの体はすでに宙を舞っていた。


 頭上に輝く太陽を隠すように舞い踊るゲイル。慌てて槍を薙ぎ払ったために体勢を崩したヴァイルの姿は、いったい彼にとってどれほど無防備に見えるのか?


「さて、まずはあいさつ代わり。このくらいじゃ死なないだろ?」


 そして、ゲイルはその隙を見逃すような甘い敵ではない。


 轟音。紅蓮が、ヴァイルの視界を包み込んだ。




…†…†…………†…†…




「隊長!!」


 王国最強の騎士の炎をあっさりくらったヴァイルを見て、悲鳴のような南門警備隊隊員の絶叫が聞こえる。


 それを睥睨するかのように天に上った炎を纏う騎士が見つめている。


――それも仕方がないか。さすがに、目の前で自分たちが信頼していた隊長が火だるまになれば誰だって驚くし慄く。


 そんな風に彼らの悲鳴を聞きながら、しかし、最もヴァイルの安否を気にかけるべきサーシャは黙ってその光景を見つめていた。


 それは彼女なりのヴァイルに対する信頼の表れ。


 炎の騎士――ゲイルも同じように鋭い目つきを止めようとはしていない。つまり、それが答え。ヴァイルを良く知っているものたちの共通認識。


「その程度でお前がどうこうなるわけがない……。そうだろう? ヴァイル」


 そして、そのサーシャの言葉は現実となった。


「なめてんのか?」


「っ!」


 ヴァイルを包み込んだ炎の向こう側から聞こえるのは、怒りに燃えた男の言葉。


「対お前用に、俺の体の耐燃度も耐熱度も限界まで上げてある。こんなぬるい炎。挨拶代わりにもなりゃしねぇよ」


 瞬間。炎の中から飛び出した剛槍が薙ぎ払われ、ヴァイルを包み込んでいた炎を根こそぎ消し飛ばした。


「当然だ」


 その結果にサーシャは笑う。自分の誰よりも頼りになる騎士の姿を見て、誇らしげに笑う。そして、


「ヴァイル……」


「サーシャ隊長!」


悠然と隣に歩み寄ってきたサーシャの姿を見て、先ほどまでわずかに垣間見えていた躊躇いがヴァイルの顔から消えていた。


「親友と戦うのが怖いのか?」


「……それ以前の問題です。正直言うと勝てる気がしない」


――それほどまでか。と、ヴァイルが素直に告げたその事実を聞き、サーシャは思わず目を見開く。


 作戦前、サーシャはヴァイルからゲイルが同じ師のもと魔法を学んだ天使の国の技術を持つ人間だと聞いていた。


 そして、そのころの模擬戦ではヴァイルは一度たりとも彼から勝利を拾えなかったとも。


 それほどまでの実力に差がある存在だった。ヴァイルが自分は脇役で、あいつが主人公だと言い切るほどにはその力の差は開いている。


 だが、それでもサーシャは命令した。


 ヴァイルを信じていたから。


「私たちは四天王を殺しに先に行く」


「はい」


「お前はここでこいつを足止めしろ。さすがにお前級の術者が来れば対四天王戦で私の勝ち目はない」


「わかってます」


「だがヴァイル……これはお前に死ねという命令を告げているわけじゃない」


「……?」


 え? そうなんですか? と言いたげな視線を向けてくるヴァイルの顔を見た瞬間、サーシャは額に青筋を走らせ、ヴァイルの足を勢いよく踏みつけた。


「っ!?」


「あたりまえだこの戯けっ!! 私がお前に死ねなどというわけがないだろうがっ!!」


「い、いや……。わりと頻繁に言っている気が……」


「死ねっ!!」


「ほらっ! やっぱり言った!! 今言った!!」


とギャーギャー騒ぐヴァイルをしり目に、サーシャは天に浮かぶゲイルを睨みつけた。


 何やらこっちを呆れたような視線で見つめているが、その事実を認識すると羞恥心が耐えられなさそうなので、サーシャはあえて無視する。


「勝てない? 脇役と主人公? なんだそれは? 笑わせるな。お前はいったい誰なんだ?」


「え? そ、そりゃ俺だって、魔族領じゃ暴君槍って呼ばれるくらいの力はもってますけど……」


「違う。そんな物々しいお前に腐れ似合わない二つ名じゃない」


「え? 似合ってないの!?」


 別にお気に入りってわけではないのだろうが、それはそれで傷つくのかちょっとだけ情けない顔をするヴァイルに対し、


「お前は私の腹心だ」


「え?」


「仕事をさぼる情けない南門警備隊体長だ」


「え、それ今いります?」


 と、ちょっとだけ上げて落とした後、


「お前は私の最強の騎士だ」


「っ!」


 ウソ偽りない気持ちを、ヴァイルに告げた。


「あいつがどれほど強かろうと、どれほど主人公にふさわしかろうと関係ない。ヴァイル……私の主人公(ヒーロー)はいつだってお前だよ」


「……」


 そんな言葉は通じたのかヴァイルは無言のまま槍を構え、サーシャを守るように前に出た。


――そしてヒロインは私だったらいいな。と、恥ずかしくて口には出せなかった言葉を内心でボソリと告げながら、サーシャは最後に笑顔で自分の騎士を送り出した。


「勝ってこい私の騎士様。そして、ずっと……私の背中を守ってくれ」


「御意、すべては我が王の命のままに」


 はっきりとそう答えてくれたヴァイル顔からは弱気な色が消えていた。


 それを敏感に感じ取ったのだろう。空に浮いていたゲイルは鋭い目つきのまま苦笑いを浮かべ、いいものを見たと言いたげな声音で話しかけてきた。


「いいな。お前たち……俺も陛下と、そんな主従関係を気づいてみたかった」


「あのボンクラ国王じゃそんなことは望めないだろ?」


「あぁ、お前内心じゃうちの陛下のことそう思っていたのか!?」


「むしろそう思われない理由があったとでもいうのかよ?」


「いや、確かにロクなことしてなかったけどさ……」


 内外ともに認められたダメ国王だった死んだ王の顔を思い出したのか、ゲイルは盛大に顔をしかめながらも、


「でも、さすがに四天王を殺しに行くといわれて通すわけにはいかないな。悪いが全員……灰燼に帰してもらう」


 鎧にまとわれた炎を使い巨大な蛇を作り出し、それをサーシャに向かって解き放った。


 が、サーシャはそれを見てみ不動の体勢を崩さなかった。なぜなら彼女の眼前には、誰よりも頼れる騎士が立っていたからだ。


「できると思ってんのか?」


 その騎士は、いつものように不敵に笑いながら槍を薙ぎ払う。


 爆風が生み出され、それに殴られた焔の蛇はまるで蝋燭か何かのようにかき消され、その姿を飛び散らせた。


 その間にはすでに、サーシャは素早くやってきていた南門警備隊の隊員たちと合流し中庭を駆け抜けていく。


「させるかっ!」


 城まであと数メートル。そんな距離まで素早く駆け抜けたサーシャたちを止めるため、ゲイルが再び炎の蛇を作り出した瞬間だった。


「よそ見してんじゃねぇよ!」


「っ!?」


 その隙を見逃さずヴァイルは行動を行う。轟音と共にゲイルに向かって跳ねあがる土砂。それは、ヴァイルが地面を掘り返す軌道で放った蹴撃が蹴り上げた土の濁流だった。その土石流の一粒一粒には、当然と言わんばかりに感染魔法がかけられており、形状を小さな槍へと変貌。同時にその槍には、ヴァイルの体とおなじ重量と硬度、耐燃性と耐熱性が与えられている。


一粒でも当たれば体が爆発四散する死の濁流。その濁流が、津波がごとき範囲をもって宙を舞うゲイルに襲い掛かった。


「くっ!!」


 鎧をまとう炎であっても、耐燃耐熱があげられたヴァイルの身体状態の感染を受けたその槍を焼き尽くすことはできない。そして、小さな槍を一本でもくらえばゲイルであってもただでは済まない。


 そのことを即座に判断したゲイルは炎の翼から圧縮した炎を放出し、空中で加速する。


 紅蓮の軌跡を残し、宙を飛び回るゲイル。その軌道は鋭角かつ信じられないくらい早い!


 慣性の法則を完全に無視した鋭角ターンを何度も、どれだけ鍛え上げたパイロットであっても生身で行えば全身がプレスされ内蔵が破裂してしまう速度で繰り返す。そんな速度ででたらめな軌道を披露したゲイルはまるで未来でも予測しているかのように次々と濁流の攻撃をかわし、あっさりと死の危険を潜り抜けた。


 が、


「くっ!!」


 その土の津波が轟音と共に中庭に落下し、その地面を粉砕。中庭を見るも無残な惨状に変貌させ、けたたましい崩落音と共に、もとよりゲイルの剣劇によって半壊していた城の一部さらに崩落してしまうのを見て、ゲイルは思わずといった様子で舌打ちを漏らした。


 恐らくゲイルは四天王からはこうも言われているはずだ。


『無論城も守れ。今後の侵略拠点にするから』と。


 だが、このまま遠距離戦を続けてしまえばヴァイルの流れ弾は確実に城を粉砕していく。


 その事実をようやく認識したゲイルは、苦い表情を浮かべながらようやく大地に足をつけた。


 そして、


「やってくれる。らしくないいやらしい手を使うじゃないか?」


「格上相手にケンカ売ってるんだ。このくらいのことは見逃せよ、主人公(ヒーロー)


 不敵に笑いそんな言葉を継げるヴァイルの声に背中を押され、サーシャはようやく城へと到達し侵入を果たす。


 そして、


「あぁ、こういう時なんていうんだったっけ? アリサが確か言っていたはずなんだけど……。そうそう」




『ここは任せて、先に行け!!』




「バカ。それ脇役のセリフだろうが」


――お前はヒーローだといっただろう。と、微塵も自分の言葉を疑わない快活な声で最後にヴァイルにそう告げた後、サーシャは城の中を走り出す!!


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