11話
「第一級防御甲虫――御影甲虫。ダイヤモンド級の硬度の甲殻を持つ四天王手持ちの虫の中で最も固い虫たち……」
――俺の大剣の一撃で斬れなかった時はさすがに驚いたけど……。と、眼前の虫を見ながら、ゲイルはいまだに剣の柄から手を離すことはしなかった。
その姿はまるで、この城門が確実に破られると確信しているかのような、完全なる迎撃態勢。
そんな姿勢をとってしまう自分に苦笑をうかべながら、ゲイルはまだ時間はあるだろうと、ほんの少しだけ城門から目をそらし城の頂上の部屋にある王の居室にこもった元同僚の顔を思い出しながらその場所を見上げた。
雲霞のように城の頭上に広がる虫の大軍。しかもその数は時間を追うごとに広がっており、確実に虫の数は増えていることを示していた。
――迎撃準備は着々と整いつつあるということか。内心でため息をつきつつ、ゲイルは相変わらず動くのが遅い幼馴染に舌打ちをもらし、
「どうして、こうなってしまったんだろうな……」
この事態をどうすることもできない自分に、情けないなと自嘲する。
「だからせめて……シルベットだけは救わないといけないんだ……」
――わるいな。と、ゲイルは最後に小さく謝罪し、自分の中に眠る魔力をたたき起こした。
…†…†…………†…†…
自分の眼前の巨大な城門でうごめく無数の黒いカブトムシたち。本来なら子供が見たら狂喜乱舞しそうな光景なのだが、なにぶん数が数なのでおぞましさしか感じ得ない。
そんな光景を見ながらも、ロベルトは怖気づくことなく、
「刺し、貫けっ!!」
自分が作り出した水の針たちに指示を飛ばした。
神速と言っていい速度で飛来する水の針たちは、針の鋭さと加速された水特有の絶対的硬度をもち城門のカブトムシたちをうがとうと襲い掛かる。
が、
「っ!?」
その針は硬質な音を立ててカブトムシの甲殻にはじかれた。
何本かの針はカブトムシの体に刺さっているが、それはすべて甲殻の隙間と言った生物的弱点に刺さった針。その光景はつまり、このカブトムシたちが持つ甲殻は純粋な硬度だけで鉄すら穿つ水の針を防ぎきるという事実の証明だった。
「バカなっ!?」
「ロベルト隊長の攻撃を!?」
後ろにいた二人の隊員に明らかな動揺が走る。だが、
「二人ともいったん後退します」
ロベルト自身に焦りは見えなかった。
――今まで失敗だらけの人生を歩んできた経験値はだてではありませんよ? 四天王を語る以上、相手は魔族領――世界の半分を支配する勢力の最高戦力。わたし程度の攻撃で防げるようなゆるい防御をしていないことは十二分に理解しています。
だからこそ、ロベルトは道を開けるために部隊を分割しながらひとまず後退した。
自分には攻撃力が足りないことを理解しているから、理不尽なまでの破壊力がないことを把握しているから、ロベルトはもう一人の同僚へと道を開ける。
「旦那! お願いします!!」
「任せとけ」
ひらひらと軽い態度で手を振るヴァイル。その背中に頼もしさを感じながらロベルトは自分の部隊に指示をだし、ヴァイルが率いる南門警備隊の左右を守るように指示した。
その指示を受けまるで壁のように南門警備隊を囲み展開する警備隊。色とりどりの騎獣がヴァイルの部隊を守る中、その守りから突き抜けるようにヴァイルがフラフラと、無造作に、一歩虫たちの中に足を踏み入れる。
「なっ!?」
「ヴァイル隊長はいったい何を!?」
当然そんな光景を見ていたマリアンナとアルヴィは、驚嘆の声を上げながらあわててヴァイルを助けようと騎獣の機首を返す。が、
「おいおい、うちの隊長の邪魔すんなよ?」
「巻き込まれたらひどい目に合うからやめとけって」
その行動を阻害するために彼らの騎獣の前に出てきたのは、ロベルトではなく周りで彼らの戦いぶりを感心したように見ていた南門警備隊の部隊員たちだった。
「何を馬鹿なことをっ!!」
「あのままではヴァイル隊長が死んでしまいますッ!!」
自分たちの邪魔をしてくる隊員たちを信じられないものを見るような目で見つめるマリアンナとアルヴィ。そんな二人の言葉を、初めはきょとんとした顔で聞いていた南門警備隊員は、ようやく彼らが何の心配をしているのか理解し、一斉に顔を引きつらせる。
「え? まじで? うちの隊長の知名度ってこの程度なの?」
「うわぁ……。ないわ……。いくら目立とうとしないからってこれはないわ」
「いやいや、問題なのは隊長の地味さかげんであって彼らが悪いわけではないわよ?」
が、どさくさに紛れてどういうわけか平然と従軍していた医官のミランダが、自分たちの上司に対する発言とは思えない、とんでも発言をすると同時に、隊員たちは一斉に納得したような声を上げて、
「いや、ちょっと引いたりしてゴメンな?」
「そうだよな……。うちの隊長地味だもんな。昼行燈だもんな……」
「あの人が仕事さぼったせいで俺たちがどれだけ苦労したかっ……!!」
と、今度は涙を流しながら苦労を分かち合おうと寄ってくる。そんな不審すぎる彼らの態度に、マリアンナとアルヴィは目を白黒させながら、
「ちょ、ロベルト隊長!? なんなんですかこれっ!?」
「あぁ、なんか懐かしい!? うちの部隊の雰囲気にすごい似ている気がしますッ!?」
ロベルトのまじめな部隊運営に慣れ切っていたアルヴィは純粋な困惑を、アルフォンスのいい加減すぎる部隊運営を知っているマリアンナは、「私はまたあの怠惰な部隊に落ちるのかっ!?」と、ちょっとだけ恐怖が混じった悲鳴を上げていた。
――いやいや、アルフォンス。部下にここまで言われるって、どんだけ部隊運営さぼっていたんですか?
ちょっとだけ自分の同僚の将来に不安を覚えつつも、ロベルトは二人の言葉に苦笑を返した。
「わかりづらいかもしれませんが、それが彼らなりのヴァイルの旦那に対する信頼の証なんですよ」
ロベルトがそう言った時だった。
「邪魔だ」
暴君の槍が薙ぎ払われた。
漆黒の大瀑布が空を舞う。
「はっ?」
そんな光景に間抜けな声を上げたのは、果たしてマリアンナとアルヴィのどちらだったか?
いや。どちらもそんな声を上げたのかもしれない。
なぜならヴァイルは確かに槍を薙ぎ払いはしたが、決してその槍は虫たちを直撃してはいなかったから。
ただヴァイルは本当に鬱陶しそうな顔をしながら槍を虚空に素振りしただけ。それだけの行動によっておこった風圧が、あたりを蹂躙する爆風と化し彼にたかろうとしていた虫たちを根こそぎ薙ぎ払った!!
「っ!? なんだいまのっ!?」
「ま、魔法!?」
そう理解するしかない、あまりの光景にアルヴィとマリアンナは絶句する。
――でも、旦那のすごいところはこれが魔法じゃないことなんですよね。
ロベルトはそんなことを考えながら、いまのヴァイルの体にはどれほどの重量と硬度が与えられているのだろうとくだらない妄想をしながら、自分の仕事に従事する。
サーシャが描く未来へと……一歩でも近づけるように。
…†…†…………†…†…
自身が巻き起こした爆風によって瞬く間に虫が駆逐され開いた道を、ヴァイルは平然と歩いていた。
周囲にはびこる虫たちも、先ほどの光景から逆らってはいけない相手だと十分理解したのか、遠巻きにヴァイルを包囲するだけで決して近づいてこようとはしなかった。
――好都合だ。利口な虫で助かる。
そんな虫たちの行動に、余計な手間が省けたと安堵の吐息を漏らしながらヴァイルは門の前に立った。
無数のカブトムシがうごめく気味の悪い門。その一匹一匹が金剛石に匹敵する硬度を持つ甲殻を持つ虫たち。
だが、だからと言ってその程度では、
「俺の槍は防げない」
――仮にも四天王なら俺の噂ぐらい聞いたことがあるだろうに? 話を聞く限りメルティと同じ新参の四天王らしいが、だからと言ってこの手抜き具合はなんだ?
新手の罠か? 俺にあえてこの門を攻撃させる意味があるのか? そんなことを考えながらもヴァイルは、
「まぁ、そんなことはどうでもいいか」
ためらうことなく槍を構える。
罠なら罠で仕方ない。と、彼は敵の思惑など考えるのをやめた。
それは、決して優秀ではないと自覚している自分の頭を理解していたからでもあるし、
「どんな小細工をしていようとも関係ない」
自分の持つ力の非常識さを、正しく理解しているがゆえの自信でもあった。
「それごとぶち抜いてやるよっ!!」
瞬間、いままでの薙ぎ払いとは違う本来の槍の攻撃――人間の全身の筋肉を使う攻撃の中でも神速の分類に入る攻撃である、音を引き裂くほどの強烈な刺突がヴァイルの槍から放たれた!
辺りにとてつもない衝撃波と爆風を巻き起こしながら、一直線に城門に向かって突き進む槍。だがしかし、その攻撃を感知してか、城門を追おうカブトムシたちにも変化が訪れていた。
「っ!? なんだっ!?」
ある一点の虫たちがヴァイルに向かって伸びあがるように自分たちのうごめくルートを変貌させ、巨大な角を作り上げた。それを中心に瞬く間にカブトムシたちは動きを変え、ある巨大な物体を文に作り出す。
それは、巨大なカブトムシの頭部。鋭利な角がヴァイルの槍を真正面から受け止めるように突き出され固定される。
ヴァイルは気づいていた。そのカブトムシの頭部に信じられない密度の魔力が練り込まれ、カブトムシたちの硬度をさらに跳ね上げたことを。
「……なるほど、虫を使った魔法陣による防御結界の作成が奥の手かっ!!」
そう。それは魔術による虫の形をした防御結界だった。以前襲撃をしてきた四天王のメルティが自分の魔術によって儀式魔法素材の代替を作り、彼を窮地に追い込むほど強力な儀式魔法を使ったことを思い出せばたやすく想像できたであろうその事実に、ヴァイルはいまさらになって思い至る。
おそらくなまなかな武器と攻撃がこのカブトムシにぶつかったところで、その攻撃は易々と弾き返されてしまうだろう。
――多分、科学の国が最近主武装として導入した戦車の砲撃くらいなら簡単に防ぎきれるはずだ。ヴァイルはその魔法の完成度やその儀式魔法に込められた魔力量から正確にその防御力を判断し、
だが、それでも、
「残念だったな……四天王」
足りないよ。と、ヴァイルは鼻を鳴らす。
「暴君を止めるには……到底足りない」
そして、ヴァイルの神速の刺突はそのまま巨大兜の角とぶつかり、
それをまるで、ガラスか何かのように粉砕し、跡形もなく消し飛ばした!
無残に砕け散り宙を舞う鋼の体をもつカブトムシたち。しかし、それでもなおヴァイルの刺突は止まらず、
「開けぇええええエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」
轟音と共にむき出しになった城門に激突した!
爆音と衝撃波が辺りに撒き散らされる。
二枚の城門はまるで飛び散ってしまったカードのように、クルクルと旋回しながら王城の中へと吹き飛んでいた。
「よしっ!」
「流石隊長!!」
「相変わらず無駄に半端ない破壊力っす!!」
口々にそう自分を称える(?)部下たちの声を聴きながらも、だがヴァイルの表情はすぐれなかった。
なぜなら、
「油断するなっ!!」
ヴァイルが鋭く叱責した後に、
「やぁ、ヴァイル。待っていたよ。やっぱりあの程度の小細工じゃ、お前の攻撃は防げないか」
紅の炎が躍り、吹き飛んだ城門を飲み込む。
炎が消えた後には何も残っていなかった……。二枚の鋼鉄製にして、絶対防御足りえると先代の国王が金に飽かせてかけた防御魔法の塊である城門は、影も形もなくなっていた。
いったいどれほどの熱量が城門を襲ったのかはわからない。だが、
「そして、宣言させてもらおう。お前の快進撃はここまでだ」
紅蓮の炎を武装にまとわせた青年騎士……ゲイル・ガンフォール・ウィンラートの実力は、その光景だけで十二分に伝わった。
ようやくバトルパー……ト?