9話
王都中央が四天王に占領された翌日。
スカイズ王国最強の騎士――ゲイルは、王城を守る城門の前で佇んでいた。
その瞳は閉じられ、一見するとまるで眠っているように見える。だが、その予想は間違い。
「……きたかな?」
何かを感じ取った彼が、そう言って目を開くと同時に、
『聞けぇ! 四天王!! わが名はスカイズ王国番外王女――サーシャ・テンペスタ・リ・スカイズ!!』
夜明けの冷たく清らかな空気を、一つの大音声が切り裂いた。
『スカイズ王家最後の生き残りの名のもとに、宣戦布告を申し渡す!!』
そして、その大音声を皮切りに、
「っ!?」
ゲイルの眼前の城門すら越える、天を衝くほど巨大な巨人が立ち上がった!
その巨人は風属性の魔術によって作られたのか半透明なその巨人は、滝のような豪雨と体内から迸る落雷を辺りに撒き散らしながら、まるで轟雷のように強烈な産声を上げた。
「っ……でたらめな」
おそらく、魔力の得意形状が人型の何かだったのだろう。その形状の制御を甘くする代わりに、莫大な魔力を注ぎ込みそのサイズを魔力に見合う巨体に設定することによって、この巨人は作り出されている。
魔術の腕云々を差し置いて、莫大な魔力に物を言わせたその規模に、思わず苦笑をうかべたゲイルの眼前で、その巨人は拳を振りかぶる!
『では始めよう。四天王殿――戦争だっ!!』
宣戦布告の声は不敵なまま、開戦の火ぶたを切って落とす!
…†…†…………†…†…
「す、すごい……」
目の前で立ち上がった巨大な嵐の巨人の姿に、未来は思わず息をのんだ。
そんな彼女の姿を傍らで見守りながら、ヴァイルは貴族街の城壁の上に立っているサーシャを見上げる。
「隊長……」
――とうとう、王族として名乗りを上げましたね。と、ヴァイルの内心はうれしさ半分、さびしさ半分という微妙なものだった。
彼は常々思ってはいた。隊長がこの国の王ならよかったのにと。
口が悪くて、がさつで、おっかない人ではあるが、その瞳は誰よりも自分の部下たちを見続けて心配してくれていたし、気にかけてくれていた。
泣いている少女がいれば手を伸ばさずにはいられないし、住民の笑顔をなによりも喜べる人だった。
――そういう優しい人こそが、王になるべきだ。
ヴァイルはいつも思っていたのだ。だから彼はサーシャについていき、常に自身を脇役と卑下しながらも、彼女についていく自分を卑下することはなかった。
だが、サーシャが王になるということは同時にヴァイルのもとから彼女が離れていくことを示していた。
自分はどこまで言っても脇役だ。主人公にはなれない、凡人だ。
たまたま人より強い力をもっていたのだとしても、天使から比類なき強さを得ていたのだとしても、精神が、心が、誰よりも凡俗で低能であることを、ヴァイル自身が一番よく自覚していた。
おそらく、一国の王ともなったサーシャの隣に自分は決して立てないと分かっていた。
サーシャもそれを理解していたからこそ――自分が王になれば、ヴァイルが決して彼女についてくることはないと分かっていたからこそ、頑なに王になることを拒んでいたのだと思う。うぬぼれかもしれないが、少なくともヴァイルは、彼女がそのくらい自分のことを大切に思ってくれていると、感じてはいたのだ。
だが、彼女は最後の王族と名乗った。彼女自身がそれを望んだわけではない。王都を奪還するために、魔族から領地を取り戻すために、戦いの士気を上げるための神輿になる、この国の正式な統治者を名乗っていい権利を持つ人間が、もう彼女しかいなかったから。この戦いに勝つためには、もう彼女自身が王になるしかなかったから、彼女は頑なに拒んでいた王としての自分をこの場にさらしたのだ。
なぜなら、サーシャが城壁警備隊のころから語っていた夢は……。
「より多くの人々が、笑って暮らせる場所を作りたい……。そうでしたよね? 隊長」
そして、ヴァイルはその夢を聞いて、自分みたいな人間は決して出さないと誓ってくれたサーシャの言葉を聞いて、サーシャについて行こうと心に決めたのだ。
だから、自分との関係よりもその夢のことを優先したサーシャに、ヴァイルは怒りよりもむしろ誇りを感じていた。俺たちの隊長は、こんなにすごい人なんだぞという誇りを。
だから、サーシャが遠くに行ってしまうことを寂しく思いながらも、ヴァイルは小さく笑い声をあげ、
「さて、お前ら……よく見ておけ」
自分に部下たちに自慢するように告げてやった。
「俺たちの隊長だったあの人が、王になる瞬間を……」
そして、その言葉と同時に、
『アルフォンスっ!!』
「御意! すべては王の御心のままにっ!!」
嵐の巨人を作り出していた、自分の部隊のとなりに、同じように部隊展開した北門警備隊。その先頭にたたずむ同僚は高らかにそう告げ、
「叩き潰せ……《ヨトゥン》!!」
嵐によって形作られた、貴族街の一区画に匹敵しようかという巨大な拳を、情け容赦なく虫によって漆黒に染色された町へと……叩き落とした!!
…†…†…………†…†…
爆風。そう形容して差し支えない嵐の風が、漆黒に塗りつぶされた貴族街を飲み干す。それと同時に、地面に突き立った嵐の拳は地面に這いずり回っていた虫たちを町ごと吸い上げ自分の体の中に収納。無数の豪雨と荒れ狂う落雷によって瞬く間に体内に吸収された虫たちを殺し尽くす。
そして、前進を開始した巨人の体はたやすく貴族街を封鎖していた城壁を飲みほし、轟音と共に建材を分解。虫たちと同じように自分の体に取り込んでいく。
――たちの悪い巨大な掃除機みたいですね……。と、その光景を見ていた未来はそんな感想を抱きながら、巨人の体が動き破壊した城壁からどくのを待つ。そして、巨人の嵐の体が城壁から完全に過ぎ去った時、
「東門城壁警備隊……突撃!!」
その眼前で待機していた、ロベルトの部隊が一斉に自分たちが作り出した獣たちを駆り、破壊された城壁から貴族街へと侵入していく。
魔力で編まれた獣たちは、自身の体を構成する製作者たちの得意魔力によってまとわりつこうとする虫たちを払いのけ、騎乗者の安全を確保していた。
火属性の獅子は、自分にたかる愚かな虫を体の炎で焼き払い、
水属性の軍馬は、とりついてくる虫たちを抵抗なく自分の体に取り込み、体を構成する濁流の中で窒息させ、
風属性の巨大な鷲は、自身が生み出す突風によって飛来するは虫たちを容赦なく叩き落とし、
土属性の狼は、全身にまとった流砂をやすりのように流動させ、近づく虫たちを瞬く間に削り殺す。
その騎獣たちによって安全を確保された騎士たちは、瞬く間に虫たちの包囲網を食い破り、一直線に王城への道を切り開いていく!
東門警備隊は、突撃戦のためにわざわざ魔力の形状変換が動物になった城壁警備隊員たちを選別し再構成されている。
慣れない新しい部下たちの指揮にやや戸惑いながらも、先頭を駆ける普通の軍馬を自分で作り出した、無数の水の針で作り出されたフィールドで守りながら先陣を切るロベルトは、確かに王城へと前進していた。
そんな彼の姿を見て、未来も「私も頑張らないと……」と小さく気合を入れなおし、自分の背後に控えていた、ロベルトが切り開いた道を使い王城の突入する、ヴァイルの指揮する王城侵入部隊――南門警備隊を振り返った。
「あの、奮起しているところ悪いんですけど勇者様……ロベルト隊長は30越えた、おっさん隊長なので、むしろこの程度の指揮で苦戦されては今後の部隊運営に支障が出るんですが」
「いいえ……あの人は幼女。幼女なんです……」
「おい、ばか。今の勇者様は初めての実戦でイッパイイッパイなんだから、都合の悪い事実をわざわざ教えてさしあげるな」
「お○ぱい、○っぱい!?」
「死になさい、ド変態」
――な、なんだか個性的な部隊の人たちですね……。
戦場にいるにもかかわらず、だらけきった雰囲気と、ゆるみきった顔を隠そうともせず、中には鼻くそまでほじっている隊員までいるのを見て、未来は思わず顔をひきつらせた。
魔力資質によって選別と部隊の再編成を受けた、北門・東門警備隊とは違い南門警備隊はヴァイルが長年指揮を続けてきた隊員たちがそのまま残っている。そのため、新しい部隊編成の新鮮さや緊張が見られる北門・東門警備隊と比べ、リラックスしていると言えばそうなのだろうが……これはリラックスというより単に油断しまくっているだけのようにしか見えないのは未来だけなのだろうか?
「おい、ヴァイル……あとで貴様の部隊教育について、私ととことん話し合おうか?」
「ち、違うんですサーシャ隊長。俺はほんと何も悪くないんです!! だって、部隊教育とか俺一切したことないですし!!」
「それはそれで上官としての職務を放棄したと、大声で宣言しているようなものなのだがな……」
どうやら未来だけではなかったらしい。その証拠としてヴァイルは、城壁から降りてきてヴァイルの部隊に護衛されている、敵ではないはずのサーシャからの凄絶な殺気を受けて冷や汗を流していた。
そんな雑談を苦笑い交じりに聞きながら、未来は一歩踏み出し、
「それじゃ……行ってきます!」
「無理はしないでくれ勇者殿。こちらは君の作戦成功は期待していない。だからこそ、作戦が失敗したなら真っ先に自分の命を優先してくれ」
と、言葉選びが最悪ではあるがこちらを心配してくれていることは伝わるサーシャに、未来は小さく一礼し、
「だそうだ。気楽にいけ」
まさか本当に一晩であれを体得するなんて……。俺の数年間の努力って一体……。と、わずかにへこみながらも激励をしてくれるヴァイルに、未来は昨日までとは違う、自信にあふれた笑みを返した。
「はい! 今代勇者・結城未来! 必ず、四天王に一矢報いて見せます!!」
たった一晩で起こした小さな奇跡。だが、それによって確かに勇者の資格があると認められ、誰かの役に立つことが許された未来に、もはやできないことは何もなかった!
「瞬光」
告げる言葉は女神から授けられた反則級能力の起動詠唱。その詠唱が告げられると同時に、未来の体が光り輝き、未来自身は自分の体が一回り大きくなったかのような感覚にとらわれる。
――いつ使ってもこの感覚だけは慣れませんね。と、完全に光となった自身の体を見下ろしながら、未来は心の中でそんなことをつぶやきつつ、減速した世界を眺める。
彼女が女神に与えられた力は《光速移動》。そして、その本質は勇者の体や、勇者が触れている物そのものを光に変質させることによって、勇者そのものを光の速度で移動させることを可能にした、肉体変異術式だった。
そのため、現在の勇者の思考速度も光速まで跳ね上がっており、彼女には現在世界が減速しているように見えるのだ。
とはいえ、いろいろな科学知識を教えられる現代から来た未来からすれば「光速御移動なんて実際に行ったら、光が自分の眼球に届かなくなるから世界の観測が不可能になるんじゃ……」という心配があったのだが、そこは魔法というファンタジーによる高速移動。何らかの例外設定でも働いているのか、ご都合主義的に未来は何とか世界を観測することができていた。
「転移ルート模索」
だが、この光速移動も制限がないかと問われれば嘘になる。むしろ、強力な分それを十全に使いこなすには、複雑な条件をいくつもクリアする必要があった。
その最たるものが、移動する起動までに遮蔽物が一切ないこと。人体を無理やり光に変えるという荒業を行っている以上、現在の未来の体はとても不安定な状態になっており、もしも何か物体にでも触れようものなら、瞬く間に光化魔術が解け彼女は生身へと逆戻りする。
その条件は、嵐の巨人によって撒き散らされる水滴であっても、宙を雲霞のように飛び回る虫たちの中の一匹であっても変わらない。
影響を受けないためには、彼女は完全な虚空を見つけ出し、そこを飛翔する必要があった。
――ここで失敗するわけにはいきません!
だからこそ、未来は止まっているようにしか見えない減速された世界で、必死に光となった自分が潜り抜けられるルートを探る。そして、とうとう見つけた針の穴を通すような小さな虚空へ、
「転移開始!」
光となった自分の体を、目標地点まで飛ばすトリガーを引く!
…†…†…………†…†…
まばゆい光が迸ったかと思うとヴァイルたちの眼前から勇者の姿が消えた。
驚くサーシャをしり目に、ヴァイルだけは魔力の残り香をたどり勇者がどこに行ったのかを何とかさぐりあてる。
そして見つけた勇者の姿は、城壁があれば半分ほどの高さと観測されたであろう空中。もっとも、その高さを示してくれる城壁は現在アルフォンスの手によって粉砕されてしまったため存在しないが。
――やはり、自力で城壁を登れなかったのは、光速移動を行うにも制限距離があるからか。
魔術としては常識の範囲内。無限の射程距離を持つ魔術など、それこそ天使の国のライセンス持ちたちが本気出さない限り拝むことのない、封印指定の化物魔術だ。勇者の光速移動の有効距離が思った以上に短かったことの方がむしろ驚くべきことだった。
だが、勇者はそれをたった一つの工夫で補った。
それは、
「っ!? おいおい、冗談だろ!?」
瞬時に行われた光速移動の再びの発動。それによって勇者の姿は完全にヴァイルの視界から消える。
同じ魔法をほぼ間断なく発動させる、連続同種魔法詠唱を行っただけと言えばそうなのだろうが、それは言うに易し、行うに難い代物だ。
まず、連続と言っていいほどの速度で魔術を発動させるための詠唱を短縮するのは骨だし、できたとしても間断なく同じ魔法を使うのは制御がとてつもなく難しいのだ。同種魔術術式の反発反応とか、間断なく同様の処理を行うと脳疲労の蓄積が別種の魔法を発動させるときの比ではないとか……学術的かつ専門的知識も一応ヴァイルは魔術の師匠から伝授されてはいたが、半分以上が意味わからない単語であったため、とりあえず実際やるのはすごいメンドクサイとだけ覚えている。
だが、勇者はそれをやってのけた。しかも、ヴァイルが昨夜教えた技術は連続光速移動ではない。
完全に勇者が思いつきで行い、できてしまった奇跡。そんなでたらめすぎる勇者の姿に、ヴァイルはしばらく唖然とした様子で口を開けた後、
「はぁ……。やっぱり格が違うな」
――おれ、これからあいつと同格といってもいい主人公とバトルしに行くんだけど、勝てる気が完全に失せちゃったじゃないか。
内心でそんな情けない愚痴を漏らしながら、ヴァイルはそれでも命令を下す。
「さて、そろそろ進みましょうか? サーシャ王女」
「この戦争が終わるまでにもういとどそのよそよそしい呼び方をしてみろ? 顔の原型がわからなくなるくらいまで殴りつけてやる」
「あの、普通に目が真剣なんですけど……」
「私はいつだって大真面目だ」
「こういう時くらい冗談だって言ってください……」
そんな雑談を交わしながら、ヴァイルは騎兵たちが切り開いてくれた道上へと一歩、無造作に足を踏み入れる。
それに続く部隊は一糸乱れぬ足音を響かせながらヴァイルの背中へと続いた。
だらけきった雰囲気でも、
人生舐めきっているような奴らでも、
締めるときはきっちり締める。
彼らは正しく、最強の城壁警備隊隊長に鍛え上げられた精鋭部隊だった。
そんな彼らに守られたサーシャは、頼もしげな笑みを漏らしながらも、不満を漏らすかのような声音で一言。
「お前はどうしていつもそういう風にできないんだ」
「何いまさらなことを言っているんですかサーシャ隊長? 俺は『いざかっこつけようと思ったらすでに主人公にいいところ盗られちゃって、褒められる主人公を呆然として見つめる』かんじの脇役ですよ?」
いつもの軽口をたたきながら、ヴァイルは歩みを止めることはない。そんな彼に率いられる南門警備隊は、自分たちの護衛についている東門警備隊や、後続で殿を務める北門警備隊の実力を信じ切り、一歩一歩着実に人外魔境となり果てた王城へと、体力と魔力を温存しながら進み始めた。