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ある脇役の英雄譚  作者: 小元 数乃
勇者の友人編
3/46

2話

「今日も王宮へレッツゴーだ」


「……理由を聞かせてください」


 ものすっごく渋い顔をしながらそう言ってくるサーシャに、ものすっごく嫌そうな顔のヴァイルはそう問い返す。


 勇者召喚の儀式が終わった翌日。再び朝早くにたたき起こされたヴァイルは、眠さで閉じてしまいそうな目蓋を必死にごしごしこすりながらサーシャの執務室に立っていた。


 そこで知らされた信じられない事実。


 うちの王族が二日も連続して俺たち平民に城の警備を任せるなんて……明日は槍の嵐か、雷の雨か……。どちらにしろ、ろくなことにならないに違いない。


 そんなくだらないことをヴァイルが考えているとは知らないまま、サーシャは大きなため息をつきながら、疲れ切った瞳でヴァイルを見つめた。


「まぁ、理由もクソもまた貴族のわがままなんだけどな……」


「まぁ、一応理由だけでも……。あと隊長は一応(・・)女性なんですからクソとか平然と使わない!!」


「はぁ、聞くだけ損した気分になるぞ? あと、一応ってなんだ? 殴っていいか?」


「どこまでひどい理由なんですか……。あと、殴られるのはごめんこうむります」


 あんまりなサーシャの言い草に愕然としながらヴァイルは話の続きを促してみる。確かにろくな理由ではないだろうが知らないよりかはましだろうと思って……。だが、


「昨日勇者様が来たじゃないか?」


「ええ、知り合いが耳引っ張られながら連れていかれましたから」


「? まぁ気になりはするがお前の話は、今はどうでもいい。でな、うちの王族たちは……『こ、今度こそは勇者様にうちの国の勇者になってもらわなくては!!』って思っているわけだ。そこでいま王宮では全力で勇者様を出迎える準備をしているから、王宮警備に騎士団を裂いている余裕はない!! だとさ……」


「……」


 ヴァイルは……聞かなきゃよかったと思った。


 いや、まぁ、心情は分からなくもないが、仮にも自分たちの拠点守るよりも客人のもてなしを優先するってどういうこと!? と、自国の貴族のバカさ加減にほとほと呆れながら、ヴァイルは少しだけ大きくため息をつき、


「ウザいですね」


「王宮では絶対に言うなよ?」


 なんかもう、寝不足すぎて不機嫌の針がメーターを振り切ってしまい、逆に笑顔になりながら毒を吐くヴァイルを見て、サーシャは若干頬を引きつらせるのだった。





…†…†…………†…†…





「であるからして……諸君ら平民がこの高貴な宮殿を守れるのはとても光栄なことであり……」


 キラキラと水が朝日に反射し、輝く噴水。風に揺らされサラサラと、耳の心地よい音を奏でる整えられた芝生。それによって美しく彩られた王宮内の正門広場。そこに響き渡るのは、この広場にはひどく不釣り合いなデップリト太った騎士団長の口やかましい演説である。


 現在は朝の10時。サーシャの命令によって早朝6時に王宮にやってきたヴァイルたち城壁警備隊を待っていたのは、現騎士団長からのありがた~い御講話(笑)。


『やれ高貴な王宮を守れることを誇りに思え!』だの、『本来なら土を踏むことすら許されない場所に呼んでいただいたことを国王陛下に感謝しろ!!』だの、『王宮を守るためには自分の命すら投げ出せ!!』だの、そんな感じの説教が約四時間。延々と続いて『今ココ!!』になるわけだが、


「そう思うんだったら仕事させろよ……」


 自分が率いる南門警備部隊の隊長として先頭に立ちながら、おっさんの声を聴いていたヴァイル。そんな彼は、殺気でどす黒く彩られた呪いの言葉を、騎士団長に聞こえないように呟いた。もう、怒りの針が振り切れて真黒なオーラ垂れ流しまくりだ。


「旦那。あんまりはっきり言うと相手に聞こえますよ。あとあなた仕事嫌いでしたよね?」


 そんな彼に若干呆れた声音で左隣からツッコミを入れるのは、短く切りそろえられた桃色の髪を持つ『どう見ても10代美少女! だけどほんとは三十路のおじさん!?』などという意味不明のビジュアルを持つ城壁警備隊の七不思議。『萌える』東門警備隊隊長ロベルト・マッケンディーである。


「まったく……仮にも相手は騎士団長なんですからもう少し自重してくださいよ……」


「いやいや……。だって仕方ないだろう? 炎天下の中、鎧きこんでわざわざ徒歩でやってきたっていうのに、待っているのは暑苦しいデブのおっさんの演説だぞ? 誰とく~? だろ。むしろ『おっさん死ねっ!!』って思っている人間の方が大多数だろ?」


「僕たち隊長陣は鎧着てませんけどね」


 制服、態度ともにダラっとした雰囲気を垂れ流しながらグチグチ文句を言うヴァイルに、ロベルトはアハハハとうつろな笑みを浮かべて肯定した。


「まぁ、旦那の怒りはわかりますけど……」


 しかし、相手は仮にも騎士団団長だ。このままヴァイルを放っておくわけにもいかず、ロベルトが一応ヴァイルをいさめようとした。


 そのとき、


「大将!! そんなに嫌なんだったらいい方法がりますぜ!!」


 ヴァイルの右隣に立っていた、ヴァイルのさぼり仲間である北門警備隊長、アルフォンス・クラーシタニアが話しかけてきた。


 このアルフォンスという男。実は、


「いい方法? なんだよ、それ」


「あの隊長のことをサーシャ隊長だと思い込むんすよ!! そうしてみるとあら不思議!! どんだけ暑苦しいおっさんの演説でも、あっという間のおれたちを喜ばせる、サーシャ隊長の罵りに……」


 ヴァイルたちの世界ではまだ珍しい『ドМ』という、たぐいまれなる異常性癖を持つ変態だった。


「なるかバカ。というか罵られて喜ぶ奴なんてお前以外いな……」


 ヴァイルはいつものようにため息交じりに、アルフォンスの戯言を封殺しようとしたが、


「はぁはぁ……サーシャたんもえ」


「ああ、もっとののしって!!」


 という不穏な言葉が風に乗ってアルフォンス部隊の方向から聞こえてきたので、若干顔をひきつらせた後、頭を抱えた。


「旦那……」


「アルフォンス菌に感染してしまったか……」


「人を伝染病みたいに言うのやめてくんない? さぁ、大将も俺たちと同じステージに立つときが来たんですぜ!!」


「誰が立つか、ド変態!!」


「ふははは!! もはや私にとってそれは褒め言葉ですな!!」


「なん……だとっ!? 貴様……いつの間にそんな神がかった返しを言えるようになった!?」


「旦那わざわざ乗らなくてもいいですって……」


「そこぉ!! 静かにしろ!!」


 何やら騒がしくなってきたヴァイルたち隊長の雑談に、とうとう我慢の限界がやってきたのか、騎士団長がようやくまともな理由で怒鳴り声を上げたのだった。





…†…†…………†…†…





「「さぁて……仕事、仕事」」


「そういうんだったら今すぐその重い腰を上げてください! アルフォンスさん、旦那!!」


 結局あの騎士団長の演説が終わったのはあれから三時間後だった。現在はお昼の一時。ただでさえ少ないヴァイルやアルフォンスのやる気を御臨終させるには十分な時間帯だ。


 というわけで、現在ヴァイルとアルフォンスは、警備はほかの兵隊たちに任せて自分たちだけは演説があった広場から動こうとせずに、噴水のフチに寝転がりながら、ダラダラのんびりとしていたのだ。もちろんロベルトはそんな二人を何とか働かせようと孤軍奮闘しているのだが、正直押され気味である。


「いやいや……。ちゃんと働くよ。目が覚めたら」


「あと4時間したら考えねーこともねーですけど……」


「見張りの時間が終わってしまいますよ!? どんだけ休む気ですか!?」


 こんな風に……。


「うっせーな。あんだけ長い時間警備兵を一か所に集めておいても大丈夫なくらい平和なんだったら、俺ら二人がサボったところで大した影響はねぇよ」


「部下へのケジメの問題です!!」


 だらけきった声音で、何やら屁理屈をこねてくるヴァイルたちを、どう見ても美少女のロベルトがしかりつける光景……。まるで、ニートになった兄たちを叱りつける妹である。


 実際は三十路になったおっさんが『人生なめんな!!』とダメ後輩たちを怒鳴りつけているだけなのだが……。


「あなたたち……なにしているの?」


 本来ならばサーシャあたりが怒鳴りつけにやってくるのだろうが、あいにくとここは王宮である。貴族や王族はわざわざ平民を気にかけるようなことはしない。唯一怒ってきそうなのは騎士団長だが、彼は現在勇者様にかかりっきりのようなので、誰かが声をかけてくることなんてまずないだろうと高をくくっていた、ヴァイルとアルフォンス。


 だから、突然見慣れない少女が話しかけてきたときは、正直心底驚いてしまった。


 後ろで結ばれたポニーテールを揺らしながら現れた少女は、この世界では珍しい黒髪に茶色い瞳。年齢はヴァイルよりも若干年下といった感じ。大体16、7歳ぐらいだろうか? 科学の国で開発された新しいスタイルの服装で、サーシャがわざわざ取り寄せて城壁警備隊の女性士官の制服にしてしまった《ブレザー》と呼ばれる服装に酷似している。しかし、質は段違いに良さそうだ。この世界ではまず作れなさそうな上等な布で作られたそれは、どことなく賢そうな雰囲気が漂っているように見える。


「なにって、サボりっすけど」


「堂々と何を言っているんですか……」


「う~ん。御嬢さん。僕の守備範囲にはちょっと足りないな~。あと二年歳を取って、一言目が『平伏しなさい! この薄汚い豚ども!!』になったらもう一度声をかけてね~」


「こんな子供に何言わせる気ですか!?」


「あははは!! 面白いわねあなたたち!!」


 まぁ、自分たちに話しかけてきた時点でこの国の貴族ではないだろうと予想した二人は、アクセル全開でいつものようなおふざけ満載な言葉を放つ。どうやら少女はそれが気に入ったらしく、大いに笑いながら二人のことを許した。


「ちょうど未来――勇者のご機嫌をとるためだけにやってくるバカ貴族どもの相手をして疲れていたところよ。お話し相手になってくれないかしら?」


 ん? 勇者? と、ヴァイルがその単語の意味に気付き、だらけきった顔のまま凍りつく中、少女は、


「私の名前は富阪アリサ」


アッサリと、


「勇者召喚に巻き込まれた勇者の友人で」


にっこりと、


「王宮に軟禁されることになった、かわいそうなかごの鳥なの~」


凄まじい勢いで、彼らに厄介ごとを持ちこんできた。


 とんでもない発言をかまし、一発でヴァイルたちは王宮の闇へと引きずり込んだ少女は、ニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべるのだった。

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