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ある脇役の英雄譚  作者: 小元 数乃
王都動乱編
29/46

3話

「いや……い、いいんだけどね? 逃げろって言ったの俺だし」


 といいつつ、若干釈然としない気持ちを抱きながら、ヴァイルは右手の槍を持ち直しながらも、先ほどと同じように周りに生えている槍を蹴り飛ばし虫の濁流に向かって放っていく。


 直撃。直撃。直撃。直撃……かなりいい加減な投擲方法であるにもかかわらず、その槍が標的を外すことはなかった。


 別にヴァイルの腕がいいわけではない。それだけ虫の濁流が、街道を見る見るうちに覆い尽くしていったからだ。


「確かこういうのアリサはなんて言っていたっけか? 下手な鉄砲数うちゃあたる?」


――……なんか違うな? と、ヴァイルは首をかしげつつも、槍の攻撃をくらっても全く減らない虫たちに、諦めることなく槍を投げ続けた。


 本来なら守るべき部隊が逃げた時点で、ヴァイルの殿の仕事は終わっている。ここでとどまる理由は全くない。


 だが、


「まだ馬車が逃げ切ってねェ!!」


 ヴァイルがそう叫んだ先には、先ほど槍の衝撃波のあおりを食らいつつも、懸命に走る馬車の姿があった。


 御者台に人が乗っているのが確認できる。


 貴族特有の豪奢な服と、運動してないであろうでっぷり太った体。長い金髪と伸びきった三つ編みにされたひげが特徴的な、典型的貴族のおっさんだった。


 助ける義理はない。とヴァイルは思う。


 部下の報告はともかく、サーシャも「見捨てろ」と言ったつもりで撤退の信号弾を放ったはずだ。


 一度自分たちの注意勧告を受けてそれを突っぱねたくせに、いまさら逃げ出して助けてくれというのは、いささか虫が良すぎる。


 だからこそ、文字通り……虫が良い事態なんてものはないので、そのまま悪い虫に食われてくれとヴァイルは内心では思っていた。が、


「あぁ、くそっ……。勘弁しろよ!」


 ヴァイルは見えてしまったのだ。


 馬車に取り付けられた窓から、涙で顔をグチャグチャにしながら必死にこちらに向かって助けてと叫ぶ、貴族の少女の存在を。


 きっと高慢ちきな少女なのだろう。はたから見れば嫌な奴だろう。相手は、この国の貴族様だ。子供であろうと選民意識は非常に強い。


 だがだからと言って、十歳程度の幼い少女が、生きたまま虫に貪り食われるのを良しとするほど、


「俺は貴族(おまえら)みたいに、人間腐ってないんでね」


 ヴァイルはそういうと、地面から生えた槍の最後の一本を再び掴み取り投擲。またミサイルの着弾がごとき破壊を虫たちの濁流に与えながら、馬車に向かって疾走する。


 お互いに向かって走っているのだ。すれ違う瞬間はすぐに来た。


「このまままっすぐ貴族街の出口に向かえ。あんたらが出た後は、俺のことは気にせずすぐの城門を閉めろ。一分一秒でもいい。こいつらが貴族街から出る時間を稼ぐよう、うちの部下たちに伝えてくれ」


「っ!? ……す、すまない!!」


「へぇ……」


 そう言って、瞬く間にすれ違いながらも、こちらに向かって震える声で礼を言ってきた御者台に乗る貴族の言葉に、ヴァイルは少しだけ目を見開いた。


「なるほど。さすがに命の危機を救われたら、平民相手でも礼ぐらいは言えるか」


――いいことを知った。と、ヴァイルは内心で小さく笑いながら、


「テメーらがどれほど無謀な相手に牙をむいているのか……教えてやるよ、虫けらども」


 足元にかけていた《例外設定》を切る。


 《例外設定》とは、天使の国の魔法を覚える際必ず最初の教えられる、基礎的技術。『自分の魔法が影響を与えない対象を設定する魔法』。この魔法を使わないと、ヴァイルは一歩歩くたびにその超重量の打撃を地面に与え粉砕し、彼の重量と硬度をもった槍は、その重量をもってヴァイル自身の腕すら粉砕してしまう。


 だからこの魔法は通常時はオートでかかるように設定してある。足元には、足場になる地面に、自分の体操作による影響をなくす例外設定。槍には、ヴァイル自身の体に対して、感染した槍の重量などが影響を与えないようにする例外設定。


だが、ヴァイルはそれを意識的に切った。


 それによって巻き起こるのは、


「ほらっ、お前らの業界のご褒美だ!」


『……ギギッ!?』


 数百トンの重量と、限界知らずの硬度をもった踏みつけ(スタンプ)によって発生した、局所的な大威力地震!!




…†…†…………†…†…




 ドドドドドドドドド!!


 まるで滝のような轟音が、王都の地下に張り巡らされた、王族専用の避難地下通路に響き渡る。


 水が流れる音?


 いや違う。


「くっ!! いったいどれだけの数がいるんだ!?」


「言っている場合か! いいから走れっ!! 追いつかれる!!」


 勇者を守りながら逃げる二人の騎士を追いかける、漆黒の怒涛――虫の軍隊が地下道内を凄まじい速さでうごめく音だ!


「にしてもなんだあの数の虫は!? いったいどこに潜んでいた!?」


「知るかっ!! 敵は魔族だ! 大方得体のしれない魔法でどこからともなく召喚したんだろう!」


 そう絶叫を交わしながら、必死に自分の手を引き走ってくれる騎士二人の背中に、未来は思わず歯噛みをしていた。


――いいえ、多分あの虫は、最近立ち入り禁止になった《ヴァルハラ殿》で育てられていたんだと思います。


 長年無数のファンタジー小説を読んでいたため想像できる、虫使い特有の最悪な事態。


 自身の戦力である虫を増やすために、どこかの建物一つを丸々占拠し、そこにいる人間を虫のエサとして虫を繁殖させるおぞましい禁呪。


 まだそれが実行されたと決まったわけではないが、最近の国王や騎士団長の様子。そして、最近立ち入り禁止となったヴァルハラ殿が、その最悪の予想を裏付けているような気が、未来にはしていた。


「っ……」


 そんな最悪の考えに、未来は思わず歯噛みをする。涙を漏らしそうになる。


――悪い人たち……だったとおもう。いくらお人よしになった(・・・・)未来でも、何となくその事実は感じ取っていた。


 自分たちの危機であるにもかかわらず、わざわざ勇者まで呼んだにもかかわらず、それでも第一に自分の利益を考え、あの手この手で勇者である自分に取り入ろうとしてきた権力争いの権化たち。


 貴族の少女たちは、ぽっと出のくせに一躍国の重要人物になった未来やアリサに、隠すことのない嫉妬と憎悪の視線を送ってきていたし、跡取りとなる子供たちは好色な視線で常にこちらをねっとりと見つめてきていた。


 それでも、こんな死に方をしていい人たちじゃなかった。と未来は後ろを振り返る。


 一匹一匹はさほど大きくない、でも数と凶暴性だけは異常な漆黒の虫の大軍。


 彼らに襲われた貴族は、恐らく体中かれらの牙と毒針にむしばまれ、生きたまま血肉をすすられた。


 餌にされたヴァルハラ殿の女性たちは、汚辱にまみれて死んでいった。


――どれだけひどい人たちであっても……どれだけ救われない愚か者であっても、そんな凄惨な死に方、していいわけがないのにっ!!


「本当に救われなくていい人が……この世に一人でも、いていいはずがないのに!!」


 この時、未来は初めて無力な自分に対する憤りをはっきりと自覚した。


 あの目ざとい友人のアリサでもいたならば、きっと事前にこの異常事態に気付き、諸悪の根源である四天王を見つけ追い詰めることができただろう。


 だが、未来はそれを見逃してしまった。勇者であるにもかかわらず、未然に悲劇を防ぐことができなかった!


「なんて馬鹿なの……。私っ!!」


――こんなんじゃ、勇者なんて名乗れない。


 未来がそうつぶやき、涙を流した瞬間だった。


「っ!?」


 目の前を走っていたフルーレが突如立ち止まり大きくのけぞる!


「ふせろっ!!」


 そして、そのフルーレが叫んだ言葉を聞いたデュークは、手を引いていた未来を力強く引き寄せそのまま地面に体を投げ出す。


 瞬間だった。のけぞったフルーレの鼻先と、倒れる途中であったデュークと未来の頭上を、鋭い何かが通り過ぎ引き裂く。


 その斬撃は未来たちの背後に迫っていた虫の濁流に直撃し、その津波を真っ二つに引き裂いた!


「なっ!?」


 驚く未来をしり目に、今度は左右別方向の転がるデュークとフルーレ。


 そんな彼らの対応は正しく、今度は一直線に並んでいた彼らを二つに引き裂かんとする軌道で、鋭い斬撃が振り下ろされ、先ほどまで彼らがいた空間を切り裂いていた。


「こんなところで大物かよ!?」


「流石に勇者を狙うだけあって抜かりはないですか……四天王!」


 そう言って立ち上がったデュークとフルーレの視線の先には、地下通路いっぱいにその巨体を押し込んだ巨大な虫――まるで鋭い刃物のような二つの大鎌をもった昆虫、蟷螂(カマキリ)が、凶悪な鳴き声を上げながら、勇者一行を威嚇した。




…†…†…………†…†…




――化物がっ。自分たちの行く手をさえぎる巨大な蟷螂の姿に、フルーレは思わず舌打ちを漏らした。


 弱体化した騎士団に所属していた彼にとって、これほど巨大な人外を相手取ることは初めての経験といってよかった。


 訓練はしていたし、騎士団の中では指折りの実力者だ。


 だが、眼前の敵には全く勝てる気がしない……。戦闘者として、武人として……あの二本の大鎌から放たれた斬撃を味わい、それくらいは分かる程度に鍛えてはいた。


――唯一の救いはこいつの縄張りの中には、後ろの小さい虫たちが入ろうとしないことか? と、彼が少し背後に視線を走らせれば、そこにはまるでしり込みをするかのようにカマキリの周囲から一斉に引く小さな虫たちの姿があった。


 おそらく虫たちの中にも階級というものが存在し、この蟷螂は背後から迫っていた虫の濁流よりも階級が上で、そのテリトリーを犯すことは本能単位で禁じられているのだろう。


 おかげでしばらくの間は、自分たちは虫の濁流に呑まれて生きたまま貪られる可能性はなくなった。


 だが、それが幸運だったとはフルーレは微塵も思えなかった。


「くるぞっ!!」


 彼がそう叫んだ瞬間に、蟷螂の大鎌が同時に二方向――左右に散ったフルーレと、勇者をかばったデュークに向かって、正確無比に振るわれたからだ!


――あっちは自分でどうにかできだろ!! と、長年ともに模擬戦をしてきた仲として、デュークの方はあえて見ないことにするフルーレ。


 そして彼は、現在残っている自分の愛剣のうち魔剣ではない方の剣でその大鎌を迎撃し、


「なっ!?」


 それがまるでバターか何かのようにあっさり切り裂かれ始めるのを見て、度肝を抜かれた。


「ただの虫のくせに……鉄を切り裂くなんて、どんな体してやがるっ!?」


 だが彼はその剣を無駄にはしなかった。受け止められないなら! と、握っていた剣をはなし、柄を膝蹴りで蹴り上げる!


 バランスなど考えない渾身の膝蹴りが柄に決まったおかげで、半ばまで蟷螂の鎌が食い込んだ剣はそのまま上へと蟷螂の鎌の斬撃をわずかにずらし、フルーレは勢いよく仰向けに倒れる。


 それによって辛くも大鎌の斬撃を躱したフルーレは勢いよく立ち上がりながら疾走。


 こちらもうまく蟷螂の鎌を受け流したと見えるデュークと勇者と合流し、両方の壁に鎌を突き刺し、身動きが取れなくなってしまっている蟷螂を嗤った。


「おい。どうやらこいつの近くにはあのちっさい虫どもは寄ってこないらしい」


「ええ、そのようですね。つまり、ここであのカマキリを抜くことができれば、少なくともあの虫の濁流にのまれる心配はなくなる」


「じゃぁ、早くいきましょう。丁度このカマキリ身動き取れなくなっているみたいですし!」


 キリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリ!!


 と、壁に深々と刺さった鎌がいつまでたっても抜けないことに苛立った蟷螂の鳴き声が地下通路一杯に響き渡る。ただ、それもいつまでも持つものではないのか、ザクザクと地下通路の壁を切りながら、蟷螂の大鎌は確かに動き始めていた。


――チャンスは今しかないか!


「行くぞデューク、勇者様。3、2、1で一斉に駆け抜けるんだ!」


「了解です!」


「はいっ!!」


 フルーレの言葉に頷いた二人は、ほんのわずかに身をかがめ、


「3、2、1!!」


 フルーレの合図とともに、一斉に蟷螂の足の間を潜り抜けるため、疾走を開始した!


「っ!? キリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!」


 当然蟷螂がそれを黙って見逃すわけもなく、鎌を抜くのは一時やめて、その巨大な顎によって自分の下を潜り抜けようと走る人間たちを食いつぶそうとした!


――やべぇ!? ギリギリ回避がまにあわ……!?


 その顎の軌道が、自分たちに直撃する致命的なラインを描いていることを本能的に察したフルーレは、思わず絶望するかのように小さく息をのみ、


「っ!?」


 自分たちよりも素早く前に飛び出して、その開ききった蟷螂の顎に向かい、無数の斬撃を叩き込むデュークの姿を見て目を見開いた!


「デューク!?」


「早くいきなさい、フルーレ!」


 鉄すら引き裂く異常な大鎌。それを作り出す体の甲殻もそれ相応の硬度をほこっていた蟷螂だが、だからと言って、すべての生物共通の弱点である口に斬撃を叩き込まれては、流石の蟷螂もたまったものではなかった。金属がこすれ合うようなけたたましい悲鳴を上げ蟷螂はのけぞる。


 そんな蟷螂の真下の空間をフルーレと未来は駆け抜け、


「デューク!? 何してる……早くこっちにこい!!」


「そうですよ!! デュークさんはやくっ!!」


 蟷螂の前に残った自分たちの仲間に、悲鳴のような声で呼びかける。


 だが、そんな二人に儚げな笑みを向けながらデュークは小さく首を横に振った。


「いいえ。あなたたちだってわかっていたでしょう。確かにここでこの蟷螂を抜いていけば、虫の濁流の脅威はなくなるが、今度はこの蟷螂の脅威が追ってきます。誰かがここで、この蟷螂の足止めをしなければ、本当の意味で安全に逃げることは決してできないことを」


「でも……でもっ!!」


「勇者様。あなたとのこの数週間は……とても楽しかった。あなたが住んでいた国のような、貴族も平民もいない平等な社会。私もそれをここで実現してみたかった」


「できるっ! デュークならできるよっ!! だから、こんなところで残るなんて言わないでっ!!」


 そんな未来の懇願も、覚悟を決めたデュークには届かず、彼はただ笑って腰に差していた魔剣を鞘ごとフルーレに投げつけた。


 蟷螂の下を潜り抜け、フルーレのもとへと届く魔剣。


 フルーレ、デューク、ジルドレールが国王に認められた時賜った、王宮の宝物庫で眠っていた《三魔剣》のうちの一本。


 そして、ジルドレールの時と同じように、騎士が同僚の騎士に剣を預けるのは、ある特殊な意味を持つ儀式だった。


 それは、自分が命を落とす戦いをするときに行われる《任務移譲》の儀。


 死んでいく自分の代わりに、任務をまっとうしてくれと同僚に願う儀式。


 死なない仕事しかしてこなかった騎士たちの間では、今ではすたれてしまったその伝統を、デュークは守った。


「勇者様のことを、頼む」


 そう言って、予備の剣を腰から抜き放つデュークを見て、フルーレは思わず息をのみ、


「あぁぁあああああああああああああああああああああああああ!! クソ野郎がぁああああああああああああああああああ!!」


 それを止めることも、助けてやることもできない、力のない自分の怒声を上げながら、それでも彼は、約束を果たした。


「っ!? 何をするんですかフルーレさん!? はなして……離してぇえええ!!」


 フルーレは勇者の体を肩に担ぎあげ、そのままデュークに背を向け、地下通路を走り出す。


 背後では、壁から大鎌を抜き終わったのか、けたたましい絶叫を上げながら再び斬撃を走らせる蟷螂と、その体に無数に叩きつけられる、斬撃の音が響き渡った。




…†…†…………†…†…




 目の前で無数の火花が散る。


――固い。これはただの剣では攻撃が通りませんね。


 デュークはそんなでたらめな敵の威容に思わず乾いた笑みを浮かべながら、それでも剣をふるっていく。


 一撃。はじかれる。

 二撃。届かない。

 三撃。嗤われる。

 四撃。もういいだろうか?

 五撃。自分はよく頑張った。

 六撃。ここで逃げてもだれも文句は言わない。

 七撃。そうだ……だってこんな化物、うちの騎士団ではだれも勝てない。


 攻撃をするたびに敵の強大さを思い知らされ、自分の無力さを自覚していく。


 そんな絶望的な作業の中、それでも彼は剣を止めなかった。


 彼は理解していたからだ。


 ここで彼が膝を屈してしまえば、まだそれほど離れていない同僚と勇者が、きっとこの虫たちに追いつかれてしまうことが。


 逃げたっていいじゃないか? 生きたっていいじゃないか? そんな弱気な自分を必死に押し殺し、友の為……勇者のために、彼は剣をふるい続けた!


「四天王? 見ているのか? さぞかしあなたには私の姿が滑稽に見えるんだろう?」


 民を守らなかった騎士が、国を守れなかった騎士が、いまさら何かを守るために剣をふるうなど、笑止千万。バカバカしいにも程がある。


 そんなことはデュークも理解していた。何もしなかった騎士団が、命の危機に瀕してようやくプライドを取り戻すなど、どう考えても遅すぎるのだから。


 だが、それでも……。


「守りたいと……思ったんだっ!!」


 脳裏に浮かぶのは、自分との訓練中によく見せてくれた、未来のまぶしい笑顔だった。


――生きてほしいと、願っているんだっ!!


「だから……ここで倒れろよっ、虫けらぁああああああああああ!!」


 デュークはそう絶叫し、今までで一番の速度で剣をふるった!


 蟷螂の甲殻にあたり――刃が、わずかだが蟷螂の甲殻に食い込んだ!


「やっ――」


た!! と、デュークがその光景に歓声を上げかけた瞬間、


上から振り下ろされた蟷螂の大鎌が、デュークの体を右肩から左わき腹にかけて、一直線に切り裂いた!


「―――――――――――っ!?」


 体を走った灼熱の負傷した感触に、思わず声にならない悲鳴を上げ倒れ伏すデューク。


 そんな彼をあざ笑うかのように、蟷螂はゆっくりゆっくりと、倒れ伏したデュークに近づいてくる。


――あぁ、これはもう終わりましたね。


本能的にその事実を察したデュークは、倒れた拍子に蟷螂の体から抜けてしまった剣を見つめながら、口から血を吐く。


「でも、ただでは死にませんよ」


 そう言ったデュークは、全身の力を抜き蟷螂の到来を待つ。


 チャンスは一度。敵がデュークを死んだと思い無防備に近づいてくるその瞬間に賭ける。


 そう覚悟を決めたデュークは、自分の頭上に蟷螂の頭がやってくるのをじっと待ち続け、


「キリキリキリ……」


 耳障りな鳴き声をあげ、蟷螂が彼を食らおうと大きな顎を開けた瞬間!


「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「っ!?」


 勢いよく跳ね起き、手に持った剣を深々と蟷螂の口の中へと刺しこんだ!


「ギュゥァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」


 普通の生物とは思えないおぞましい悲鳴を上げながら、激痛にのた打ち回る蟷螂。


 口からは紫色の体液が流れ出しており、蟷螂が大ダメージを負ったことを示していた。


 だがっ……。


「くそっ……」


――生きている! 敵はまだ生きている!! デュークは思わず舌打ちをもらし、必死に追撃をしようと拳を握り立ち上がるが、


「ギリリリリリリリリリリリリ!!」


 蟷螂はそれよりも早く立ち上がった。


 怒りに燃えた複眼を晒しながら、蟷螂は信じられない速さで左右の大鎌を挟み込むように振るい、デュークの体を狙う。


 上半身と下半身を分断する大鎌のギロチン。その光景を見て、デュークは今度こそ絶望した。


「また……守れなかった」


 彼はそうつぶやき、涙を流す。


 が、


「えっ?」


 突如地面に激震が走ったかと思った時、


 地下通路の天井をぶち抜きながら、一本の槍が飛来し、蟷螂の体の中心地へと突き刺さった!


 その槍の一撃はあまりに強力だったのか、蟷螂の体がまるでおもちゃか何かのように爆発四散する!!


「―――――――――――――――――――――!?」


 激痛の悲鳴どころではない、断末魔の悲鳴を上げる蟷螂。


 その悲鳴すらすぐに無くなり、飛び散った蟷螂の体のうち頭部がデュークの目の前に落ちてきて、その複眼からはっきりと光が失われた。


「は、ははっ……神様」


――最後の最後でやってくれる。と、デュークはその光景のあまりのバカバカしさに思わず笑い声をあげそのまま倒れ伏す。


 もとより体の半分に到達する斬撃をその身に食らって、今まで動けていたのが奇跡なのだ。


――きっと僕はこのまま死ぬけど、それでも、


「やっと……やっと守れた」


 民を守るため貴族制度に穴をあけると頑張り続け、貴族制度の強固さに挫折を繰り返す、守りたかったものを失っていくだけだった彼の生涯が、ようやく……実を結んだ。


「ありがとう……。神様」


 そんな祈りを最後に捧げながら、デュークは二度と戻ってこられない深い闇へと沈んでいった。


 自分たちの上位固体である蟷螂を、たやすく粉砕した槍に、背後に控えていた虫の濁流が、恐れをなした様子で逃げていくのを視界にとらえながら。


なに、この主人公と勇者勢のシリアス度の違い?


書いた自分でもびっくりです。



誤字修正 2013/10/14


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