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ある脇役の英雄譚  作者: 小元 数乃
王都動乱編
28/46

2話

 そして、そのころ土煙で隠れた王宮の大地の――


「げほっ……げほっ……。大丈夫ですか?」


「副騎士団長のヤロー。いつもへらへら笑っているだけの昼行燈かと思ったら、ガチで化けモンじゃねェか」


 さらに下に作られた巨大な空間にて。未来が使った光速移動によって、何とか瓦礫の崩落に巻き込まれずすんだデュークとフルーレは、自分の頭上からわずかに差し込んでくる日の光を見上げ思わず眉をしかめた。


 そこは、王宮地下に造られた巨大な空間。ゲイルが放った炎の斬撃は、王宮の地面すら切り裂き、完全に忘れ去られていた王族専用の逃走経路である地下空洞まで風穴を開けたのだ。


 未来たちは瓦礫とともに落下する際に、そのことに気付き、ひとまず魔族から身を隠すためにその巨大な地下の空間へと逃げ込んでいた。


「にしても、地下にこんな空間があるなんてな……。俺たちはまだ運がいい方だ」


「運がいい? どこをどう見ればそんな言葉が出てくるんです」


 先ほどゲイルの攻撃をいなすために捨ててきた剣。そのため一本だけあいた背中の鞘に、先ほどジルドレールから受け取った形見の剣を収めるフルーレに、デュークはわずかに疲れがにじみ出る顔をゆがめ、いまだに土煙によって空が隠れた天井を指差した。


「敵はうちの国最強の騎士! 背後には魔王軍最高戦力の一角である四天王!! ジルドレールの話では、うちの騎士団長や国王陛下はすでに敵の手に落ちているそうですし……これ以上最悪な事態はありませんよ!?」


 もはや副騎士団長のクーデターどころの騒ぎではない。ことは魔族の侵略行為に拡大した。


 しかし、そんな侵略行動に抵抗するための戦力に指示を出す存在は真っ先に命を落とし、もはや騎士たちは戦う大義名分を失っている。そんな状況では、もうこの国は滅ぼされるしか道はない。


 ここから始まるのは、魔族による人間の一方的な虐殺だ。


 そんな風に考えるデュークに、フルーレは不敵な笑みを浮かべて同じように土煙の天井を見上げた。


「いいや、俺たちは運がいい」


「だからどうしてそんなことが……」


「勇者様を助けられた」


「っ!?」


 そんな言葉を突然振られて、今まで自分と仲良くしてくれていたジルドレールの突然の死に、呆然自失になっていた未来は、大きく目を見開きフルーレを見た。


「え?」


「この人はまだ、未熟だ。だが勇者様だ。必ず将来、ジルドレールの仇を撃ってくれる力を身に着けてくれるはずだ」


 だから……。と、フルーレはいつもと変わらない、何の緊張感も感じられない軽い声音で、笑いながらこう言った。


「あいつは命を賭してこの人を守れて……よかったんだ」


「そんな……」


――バカなことがあるわけがないじゃないですか!? と未来は内心でそう思う。


 自分のために命を賭した。祖国の仇を売ってもらうために、自分を命がけで助けられて死んだジルドレールはよかったのだ。そんな騎士らしい、自己犠牲の言葉を現代日本人である未来は到底受け入れられなかった。


「死んでよかったなんて……。どんな理由であれ、死んでいい理由なんて、あるわけないじゃないですか!!」


 そう言って、逝ってしまったジルドレールを嘆く涙を流しながら、咽も枯れんと言わんばかりの絶叫を上げる未来の声に、フルーレとデュークはびくりと震える。


「あんな……何の前触れもなく、あっさり死んで。もっと、ジルドレールとも一緒にいたかったのに! もっと楽しい時間が過ごせたはずなのに……!! もっと長く生きられたはずなのに!! 死んでよかったなんてことが、あるわけないじゃないですか!!」


「勇者様っ! お願いですっ!!」


 それでも、そんな未来の言葉は聞くに堪えなかったのか、フルーレは未来の言葉をさえぎるように叫ぶ。


「ジルドレールは、騎士として死ねたんです!! そういうことにしてやってください!! じゃないと……」


 その時未来は気づいてしまった。


 飄々とした、いつもの軽い声音に聞こえたフルーレの声が、確かに震えてしまっていたのを。


「そうしてやることでしか……全部を失った俺たちは、あいつを弔ってやることができない!!」


「っ!!」


 フルーレのその沈痛な言葉を聞き、未来は思わず息を飲み、慌てて視線をデュークの方にも移す。


 そこには、フルーレと同じように泣きそうな顔になりながら、必死に外へとつながっていると思われる地下通路の瓦礫をどけていくデュークの姿があった。


――彼らだって辛いんだ。未来はいまさらそのことを思い知った。まして彼らは今現在、祖国を失いつつある貴族だ。よりどころを失い、家族の安否すら確認できず、最後に下された命令を守ることで、かろうじて今の状況に耐えている人たち。


 いわく……勇者を鍛えろ。勇者を助けろ。勇者を守れ。


 その命令を守り実行し続けなければ次の瞬間には、彼らの膝は絶望によってへし折られ、地面に四肢をつくしかできなくなるだろう。


 それがわかるほど悲痛な表情をした二人の騎士に、未来は思わず自分の浅慮を罵倒しながらほぞをかみしめ、


「……すいません」


「いえ。わかっていただけたなら結構です」


 小さく謝罪を告げることしか、できなかった。




…†…†…………†…†…




 そんな彼らが通路の入り口をふさいでいた瓦礫をどけ、いざ逃げようとしたときだった。


「ん?」


 突如として空から降り注いできた物体に、デュークが気づき反射的に腰に差した鞘におさめられた剣を抜刀。


 光の軌跡が残るほどの速度で振るわれたその剣は、狙いたがわず落ちてきた何かを両断し、地面にたたき落とす。


「これは?」


「虫?」


 それは今まで見たことがない形状をした虫だった。


 百足のような細長い無数の足が生えそろった体に、蜉蝣のような薄い羽をつけたそれは、体を真っ二つにしたにもかかわらずまだ生きており、キーキーという耳障りな鳴き声をあげ未来たちに向かって前進してくる。


「なんだこいつは? 薄気味悪い」


 その姿に生理的嫌悪感を催したのか、フルーレは腰に差した二本の剣のうち一本を引き抜きその虫にとどめを刺そうとして、


「ん?」


 自分の腕にも、小さな虫が降り注いできたのを感じとり、慌てて手をふるい振り払う。


「なんだ?」


――いくらなんでもこれはおかしい。と、流石に気付くフルーレ。


 そして彼は勇者やデュークと共に空を見上げる。


 そこにはさっきと同じように、空を覆い隠す土煙が上がっているだけ、


「いや……」


 ちがう。と、デュークがつぶやくのを聞き、フルーレはさらに目を凝らし、


「っ!?」


 気づいた。


 土煙を突き抜けるように、黒い点たちが徐々に姿を現し始め、やがて土煙をすべて食い破るほどの数へと膨れ上がっていっているのを。


「も、もしかしてあれ……全部こんな虫なのか!?」


 そう言ってフルーレが再び視線を戻すと、そこには先ほど振り払ったコオロギのような虫と共に、勇者の靴に、強靭な顎で食らいつく百足のような虫を目撃してしまい、


「しかもずいぶんと凶暴なご様子だ!!」


「逃げますよ、勇者様!」


「は、はい!!」


 その虫たちを一刀のもとに切り捨てながら、デュークとフルーレは先ほど瓦礫の撤去を終えた通路の入口へと飛び込んだ!


 その背後では、無数の黒い濁流となった虫の大軍が続々と降り注いできており、瞬く間に先ほどまで未来たちがいた空間を埋め尽くす。


 たった三人になってしまったこの国の希望と、数えるのも馬鹿らしい数の暴力をふるう凶暴な虫の大軍の、暗闇の中の鬼ごっこが始まった。




…†…†…………†…†…




 その王宮の異常は、王都中で確認することができた。


 突如半壊する王宮に、半壊した王宮の断面からあふれ出る怒涛の黒い濁流。


 その濁流の正体は王宮との距離が離れすぎている貧民街では確認できず、近くにあった貴族街は王宮を囲むもう一つの城壁に阻まれ詳細を確認できなかった。


 だが、それが決していい出来事ではなく、何か不吉な出来事が起きる前兆だということは、誰の目にも明らかだった。


「い、いったい……この町で何が起こっているんだ!?」


 平民街でその光景を見ていた誰かがそうつぶやく。不安がにじみ出たその言葉は瞬く間に、平民街にいた住人たちの間に広がり、ざわざわとした不安の波が徐々に広がっていく。


 そんなときだった。


「みなさん、落ち着いてくださ~い」


 そんな不安など知らないといわんばかりの軽い言葉が、平民街のとある広場に響き渡った。


 そこには、だるそうな雰囲気を隠そうともせず、城壁警備隊の制服を盛大に着崩した男が立っていて……。


「これは確かに国家級の非常事態ではありますが、何ら心配はいりません。我々城壁警備隊の指示に従い、慌てず騒がず、安全かつ迅速に移動してくださ~い」


 いっている言葉とは裏腹に、まったく焦りなど感じられないその口調に、住人達は逆に落ち着いてしまい、きょとんとした様子でその男を見つめた。そして、彼らはやがて気づいた。


 彼が、騎士団が守ってくれない町の治安を、めんどくさがりながらもしっかり守ってくれていた三人の城壁警備隊隊長の一人だということを。


「俺の名前は城壁警備隊北門隊長――アルフォンス・クラーシタニア」


 男――アルフォンスは、最後にそう名乗り、不敵な笑みを住民に向けた。


「結構知っている人間がいること前提で言ってみるっすけど、とりあえず俺を信じて逃げてくれねーっすか?」


 そのアルフォンスの言葉に、否を唱える住人はいなかった。




…†…†…………†…†…




「平民街北側、南側、東側、西側の避難誘導徐々に始まっています。長い間騎士団の代わりを仕事がてらにやっていたのが功を奏したようですね。いちおう住民の不安は払しょくし切れてはいないようですが、それでもおとなしく従ってくれているようです」


「結構」


 町をぐるりと囲むように設置された城壁の上で、紫の長髪を簪でまとめた女傑――サーシャ・トルニコフは、眼下に広がる王都の様子を見下ろしながら部下から上がってきた報告に返答を返した。


 彼女の視線の先では、平民街から続々と流出して一直線に町の出口である門へと歩いていく平民街の住人や商人たちと、それを誘導する城壁警備隊の面々の姿があった。


「そういえば貧民街の連中はどうしている?」


「一応調べては見たのですが、ヴァイル隊長たちがおっしゃっていた通り、どういう情報収集技術を持っていたのか知りませんが、昨日のうちにすっかり逃げていたようです。北門警備隊の報告では、一部を王都からかなり離れている、王都を見渡すことができる小高い丘で発見。今回の騒ぎを肴に酒盛りをしていたようで……」


「あっちはあっちで相変わらずだな」


――これから国が跡形もなくなくなるというのにいい態度だ。もっとも、あいつらは国に裏切られたが故に貧民に落ちた連中だ。それに、働く気力さえあれば、べつに国がなくなっても一人でやっていける実力者も大勢いる。いまさら国がなくなった程度で慌てふためく連中でもないか。


 と、そちらの方はもうすでに保護云々以前の問題なので放置することを決定するサーシャ。


 だが、彼女はその平民たちが流出してくるさらに奥地にある貴族街へと、視線を走らせたとき、わずかに眉をしかめる。


「問題は奥に坐す貴族様たちだな」


「一応何らかの危険は感じ取っているようですが、自分たちの財産を隠している屋敷を捨てる判断がついていない。我々のような下賤な輩の避難誘導など聞けない。きっと何かの間違いだろう? と逃げていない方々が5割。逃げようとしてはいるが、屋敷の財産を馬車に乗せるのに手間取っている方が5割といったところですね。ちなみに後者の方々は、財産が積み終わるまで我々を守れとうちの部隊に言ったようですが、どうしますか?」


「見捨ててこい。バカに付き合っている時間はない。本当に状況が読めている貴族がいるなら、とっくに着の身着のままになって平民と共に逃げているさ」


――相変わらず救いがたいバカどもめ。と、サーシャは部下から告げられた信じがたい貴族達の行動に唾を吐きながら、容赦なく救うものを選別していく。


 サーシャが指揮する部隊の練度は非常に高い。おそらく騎士団と全面戦争をしても勝つ自信がサーシャにはあった。


 だがしかし、どれほど練度の高い軍勢であっても、救える人間には限りがある。


 彼らは全知全能の神でもなければ、勇者でもないのだから。


「救えないバカは……救われないまま死んでいけ」


 最後にそう吐き捨てた彼女の言葉は、国を腐らせ、自身をも腐らせてしまった貴族たちに対する最期通牒だった。




…†…†…………†…†…




 そのころ、平民街から上へと登り貴族外の避難誘導を行っていたヴァイルは、結局訪れた貴族はだれ一人として避難誘導に従ってくれなかったので、一時的に貴族街の中心に走る広い道路へと部隊を駐屯。サーシャの判断を仰いでいたわけなのだが、


「信号弾確認! 総隊長命令『屑は見捨てて帰ってこい』だそうです!!」


「ウソだっ!? 信号弾でそこまで精密な心境が読み取れるか!?」


――どんだけ信号弾の行間読んでるんだ、お前!? と、ちょっとだけ正確ではない報告をしてきた部下を怒った後、ヴァイルはのっていた馬の騎手を返した。


「まぁそれはそれとして了解だ。要は撤退命令が出たんだろ? ちゃっちゃと逃げるとしますか。お前ら~点呼とったらさっさと出発。このヤバそうな雰囲気の町からとっとと逃げるぞ?」


 ヴァイルの号令を受け、彼の部下たちはすさまじい速さで互いの点呼を取り出す。


 それだけ鍛えられていると言えばそれまでなのだろうが、その様子には普段の訓練では見られない鬼気迫る様子があるのも確かだった。


 みな気づいているのだろう。この町が、もうそろそろ本気で危ないことに。


「わりぃな。貧乏くじひかせちまって」


「いえ。我々は隊長を信頼していますから」


 いざとなれば守ってくださると。と、隣で同じように馬に乗っていた眼鏡をかけた理知的な雰囲気を出す緑髪の青年――南門警備隊副隊長、ローラン・テンペストが、申し訳なさそうにヴァイルが漏らした謝罪を笑い飛ばす。


 それに呼応するように近くにいた小隊長や中隊長連中が、こぞってヴァイルに笑いかけてきた。


「そうですぜ隊長! あんたは頼りになる人だ!!」


「普段仕事してなくても、やるときゃやってくれる人だって俺たちは知ってますよ!!」


「だからそんな申し訳なさそうな顔しないでください。しみったれた顔は隊長に似合いませんぜ!!」


「そうですよ! そんなんじゃ僕たち守れませんよ!!」


「お前ら……」


 そう言って笑いかけてくる部下に、ヴァイルは思わず笑みを浮かべながら、


「それって、いざとなったら俺を殿(おとり)にしてお前らだけで、全力で逃げるつもりなんじゃ……」


「サー! イエッサー!! 点呼終わりましたサー!!」


「アー、イエッサー!! ご苦労!! さっさと逃げるぞ、お前ら!!」


「おいこら待てお前ら。なに全力で話そらそうとしてんだ」


――いざとなったらこいつら置き去りにして俺だけ逃げるか……。と、殺気交じりの疑心暗鬼的視線を部下と交換しつつ、ヴァイルは周囲を見渡す。


 いつもと変わらない上品な雰囲気を持つ閑静な住宅街。だがしかし、そこの静かな空気には明らかに張りつめられた糸のような緊張が走っており、いまにもプツリとそれが切れそうな危うい雰囲気を持っていた。


――いつ何が来てもおかしくない状況だ。ヴァイルが内心でそうつぶやいたとき。


「っ!?」


 悪い予感はよく当たる。その言葉をヴァイルの身に思い知らせた。




…†…†…………†…†…




 前兆は馬がとんでもない速度で走る音と、その背後につけられているであろう馬車の車輪が回る音だった。


 どこからともなく聞こえてきたその音に、南門警備隊の面々は即座に陣形を組み、防御態勢をとる。


「なんです?」


「知らん。少なくとも魔族殿の襲撃ではなさそうだが……」


――馬車で突撃なんてセコイ真似をする奴らじゃぁない。と、ローランにヴァイルがそう答えかけたとき、彼らが立っていた道路に繋がっている路地から、猛スピードで二頭立ての馬車が飛び出し、こちらに曲がって走ってきた。


「あれはっ!」


「貴族の馬車だ。いまさら避難を始めたのか?」


 もっと早くにすればいいものを……。と、ローランがつぶやき警戒を解きかけ、その馬車に止まるよう指示を出そうとした瞬間。


「いやっ、まてっ!!」


 ヴァイルは得体のしれない悪寒を感じローランに待機の指示をだし、


「っ!?」


 馬車が飛び出してきた裏路地から、漆黒の怒涛があふれ出すのを視認した!


「魔族の襲撃だ! 壁班、一時的でいい! あの黒いのを止められるだけの壁を張った後、全力で逃げろ!!」


「隊長は!?」


「お前らの殿すりゃいいんだろ!!」


――お前らに言われようが言われなかろうがやることは変わんなかったな。と、いまさらながらその事実に思い至りながら、ヴァイルは背中から槍を引き抜き、全身に魔術の力を張り巡らせる。


【身体操作起動。重量数百トン。硬度、限界突破!! 感染魔法起動。自己身体数値……槍へと感染】


 進んだ《天使の国》魔法特有の、呪文詠唱代わりに起動する、脳内での魔力制御文章(プログラム)たち。それによってヴァイルの脳内から出される命令に、呪文詠唱と変わらない制御を得た魔力は、瞬時にヴァイルの体を《暴君槍》と呼ばれたころの状態へと変貌させる。


そして、


【地面に、右手武装の形状・状態感染。対象範囲20メートル四方に設定】


 地面から、無数の槍が天を衝くかのように生え出し、まるで小高い葦原のように聳え立った。


 ヴァイルはその中から一本の槍を選び、地面から抜き放つ。そして、それを持った手を大きく引き絞り、投げつける体制に移行した。


「さて。まずはあの黒いのが一体どういった攻撃なのか……調べてみるとしますか!!」


 部下を不安にさせないよう、顔にはいつもの不敵な笑顔。


 その笑顔のままヴァイルは動いた。


 全身の運動が、彼が左手にもつ槍の一点に集中する。その力を余すことなく受けた左手の槍は、その力が最高に到達した瞬間手放され(リリース)され、


 投擲!


 風を切り裂くどころではない、もはや爆音と勘違いしかねない破壊力で、空気を粉砕しながら突き進む魔術によって生み出された金剛槍(ミサイル)


 それは馬車の横をかすめ大きくその車体を揺らしながら背後からその馬車を追っていた黒い波に直撃し、


 ゴッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と、貴族外全域に響き渡る、《音》と形容するのもはばかられる、衝撃波をまき散らしながら漆黒の波を穿ち、地面へと着弾した!


 迸る激震。巻き上がる土煙。本当の爆発でも起こったのではないかと勘違いしてしまうほどの突風。


 それらに襲われながらも、ヴァイルは平然とそれらすべてを受け、不動の体勢で佇みながら、先ほどの槍の攻撃が与えた敵の損害についてじっくりと観察する。


「おいおい、冗談だろ?」


 黒い波は……健在だった。


 いや、正確にはかなり甚大な被害を受けてはいるようだが、その被害を覆い隠すほどの何かが、あとからあとから湧いてきているため、被害状況が全く分からなかったのだ。


 そして、その黒い波が、端の方ではプツプツと途中で小さな黒い粒に分かれているのを見て、ヴァイルはその正体を悟る。


「きしょく悪い攻撃しやがって。あれ全部虫かよ!?」


 ヴァイルがそう叫んだ瞬間こちらに向かって飛来してきた蜂のような黒い虫を右手に槍で薙ぎ払い、地面から生えだす槍の一本を虫たちに向かって蹴り飛ばす。


 先ほどのように一直線ではない、クルクルと縦回転しながら不細工に飛来する槍だが、その重量と硬度は先ほど投げた槍と変わらない。黒い波を形成する虫たちに当たれば、あたっただけでかなりの被害を出す。


 だがそれでも、虫たちはまたも湧いてくる。


 止まらない!


「くそっ……。こりゃ殿も難しいかもしれんぞ? おいお前ら!? もういいかげん逃げる用意はでき……」


 たか? とヴァイルが振り返った時には、そこにはもう南門警備隊の隊員はおらず、むなしい木枯らしだけが吹いていた……。


ちょっと遅れました……。

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