1話
よ、ようやく投稿……。
一応書き溜めてはいるので、今週から週一投稿にしたいな~……できるかな~T―T
――何かがおかしい……。
勇者の教育係のひとり……《神速剣》デューク・ライトニング・リ・オルヴァは、内心でそうつぶやきながら王に謁見するため、王宮の廊下を足早に歩いていた。
突如作られた新たな近衛騎士団に、さらに出入りの制限が厳しくなったヴァルハラ殿。どちらも、ここ数百年の間伝統を守り続けていたこの王宮では珍しい、改革と呼ぶべき事象だ。
「だが、あの国王陛下が改革なんて大それた政策を行うとも思えない……」
彼の脳裏に浮かぶのは、長い年月によって作り上げられた伝統ある王宮規範を溺愛する王の姿。それはそうだろう。長い年月を使って作られたその規範は王がより過ごしやすい王宮を作るための規範なのだから。王はその規範に決して不満をもったりしないし、今代の国王も決してその規範をいじろうとはせず、会議でもそういった議題が出れば議題を出した人間を容赦なく左遷していた。それ程国王はあの規範を溺愛していた。
――それが今になってなぜ……? と、デュークは首をかしげたあと、小さくかぶりを振った。
「いいや。今の問題はそこではないか……」
――私としては、むしろ改革なら大歓迎だ。とデュークはひとり内心で呟く。彼は騎士団の中でたった一人、この国の民のために何かできることはないかと考え続けていた人間だった。
理想の騎士像に近づくため、率先して民を守るために盾を構えたし、民の敵になる存在はその神速の剣で切り裂いてきた。
そんな彼だからこそ、この王宮はこのままではいけないということを誰よりも理解していたし、誰よりも危機感を感じていた。
だからこそ、いまから改革が始まるというのならば彼にとってはむしろ望むところではあったのだ。
それがイタズラに貴族たちの不安をあおる、改悪でなければ……。
「王は何を考えておられる?」
突如として娘を人さらい同然にヴァルハラ殿に入れられた貴族や、強制的に近衛兵に入れられ一切の連絡がつかなくなった息子の安否を気にする貴族。今の王宮はそんな貴族たちの不安の声であふれかえっていた。
「たとえ今のままではだめなのだとしても、改革が必要なのだと悟っていただけたのだとしても……これではあまりに意味不明すぎる」
――せめて説明を。我々貴族が納得できるだけの理由の説明を求めたい! そう思い、正義感に狩られた彼は、公爵家の次男坊という立場をフルに生かし、こうして王都の謁見へと向かっていたのだが。
「む?」
そこに立ちふさがる人物が一人現れたのを見て、デュークは思わず眉をしかめた。
「デューク。すまないね……今日の謁見は中止だ」
「副団長……」
それは短いながらも綺麗に整えられた、さらさらとした青い髪を持つ、神が造形したといわれても思わず納得してしまうほどの美青年――ゲイル・ガンフォール・ウィンラート副騎士団長だった。
彼はいつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべながらも、デュークの前に立ちふさがり王との謁見に使われる広間に一歩も近づけまいと、無言の威圧を放ってきていて。
「何のつもりですか? 謁見が中止とは? いまの私は騎士団の百人隊長ではなく、オルヴァ公爵家の名代としてきているのですが?」
「王が謁見と断られたんだよ、デューク。たとえ公爵家であろうとも、無理を通すことはできない。帰ってくれ」
一人の騎士として、一人の男として、彼の強さや勤勉さに憧れていたデュークは、一応敬語を使い理由を問いただしてみるが、彼は「王の命令だ」の一点張りで決して道を開けようとはしてくれなかった。
「なぜです、ウィンラート副団長!! 今の状況がまずいことぐらいあなたもわかっているはずだ!? 突然の王の方針変更に王宮の貴族たちは戸惑っています! 一言でもいいんだ……王自身の口から、何らかの説明を頂きたい!!」
「だから、陛下自身が今回の謁見を断られたんだ。君たちの事情などかんがみられるわけがないだろう。貴族ならば黙って陛下の指示に従っていればいい」
「それではまるで……暴君の治世ではありませんか!!」
――そしてあなたは、それを許すような人ではなかったはずだ!!
デュークが失望交じりの怒声を、まるで機械のように「王の命令」と繰り返すゲイルにぶつけようとしたときだった。
「デューク。わきまえてくれ……俺は君のためを思って言っているんだ」
「っ!?」
突如、ゲイルの体から凄まじい威圧感が放たれデュークの体を締め上げた。
その威圧感はまるで物理的な力を持っているかのようにデュークの体にまとわりつく。あまりに格が違いすぎるその力に、デュークの抗議の声は瞬く間に消え去り、まるで蛇ににらまれたカエルか何かのように、浅い呼吸をすることしかできなくなる。
突如として向けられた絶対強者の気迫。それをくらった緊張のあまり、デュークの喉が干上がった。もう一言も発することはできない。
「俺は君をこんなところで斬りたくはない。君だって命が惜しいだろ?」
「そ、それは……」
――どういうことですか!? まともに動かない口を必死に動かし、何とかその言葉を紡ごうとするデューク。だが、その時だった!
「デューク!!」
「っ!? ジルドレール!?」
謁見の間から、なにやら慌てふためいた様子の同僚が飛び出してくるのを見て、先ほどまでの緊張など忘れ、デュークは思わず目を見開いた。
――なぜお前が? どうしてそんなところから? デュークの内心をそんな疑問の声が埋め尽くすが、彼がその問いを口にする前に、
「今すぐ勇者様を連れてここから逃げろ!! 陛下と騎士団長はもう……魔族の手に落ちて!!」
ジルドレールは鬼気迫った表情でとんでもない秘密を暴露し、
「っ!?」
「まったく……だから言ったでしょう。命が惜しいでしょうと?」
神速と謳われる自分の剣速など比較にならない、圧倒的な速度で振るわれたゲイルの炎を纏った大剣が、紅蓮の軌跡を空中に残しながら、一刀のもとジルドレールの体を斬撃した!
「っ!?」
「なっ!?」
突如として起こった自分たちの信頼すべき上司の裏切りに、デュークは思わず目を見開き、切られたジルドレールも何が起こったのかわからないといった顔で棒立ちになり、
「あっ……」
その言葉を最後に、地面に倒れ伏した。
血は出ない。高熱の炎を纏った大剣に斬られたせいで、傷口がすべて焼き塞がれ出血を抑えているのだろう。
だが、デュークが一瞬見たジルドレールの傷は、それの事実を踏まえたうえでも致命傷にしか見えなかった。
「な、なにを……」
「知られてしまったからには仕方がない……」
その事実が信じられなくて、思わず狼狽した声をだし倒れたジルドレールに向かってよろよろと歩き出すデューク。
だが、その判断はあまりにまずい。彼はジルドレールの意志を守るために、踵を返して逃げ出すべきだった。
そうしなかったがゆえに、
「死ね……デューク」
デュークの首を撥ね飛ばす軌道で、炎を纏った大剣が振るわれる。
その事実にようやく気付いたデュークは、思わず息を飲み!
「何をしているんですか師匠!」
「無事か……デューク!!」
「っ!?」
その大剣の前に割り込んだ二本の剣によって、自分の首がつながったことを悟った。
剣の主たちは、いつのまにかやってきていた、白い光の魔力によって剣を作り出した勇者――結城未来と、自分たちの同僚にして《三剣士》の異名を持つ、世にも珍しい三本の剣を操るチャライ遊び人騎士――フルーレ・ヴィ・ルファーロ・ニルオレイ。
しかし、高熱を放つゲイルの炎を纏った大剣を受け止めたその二本の剣は、見る見るうちにゲイルの炎に侵食され、もはや半ばまで焼き斬られてしまっていた。
「な、なんて熱量!?」
「これがこの国最強の騎士の本気かよ!!」
大人気ねえな! と、フルーレは冷や汗交じりにやせ我慢の笑みを浮かべながら、ゲイルの大剣を受け止めている愛剣を即座に手放し、左右の腰にさげているもう二本の剣を引き抜き、ゲイルの大剣を側面から打ち据える。
「ちっ」
力一杯側面から切り付けられた大剣の軌道は当然変更を余儀なくされ、横に大きくずれる。その隙を見逃さなかった未来は、この数か月鍛えに鍛えられた剣術の集大成として、自分の剣に滑らせるようにゲイルの大剣を受け流し、
「ハアッ!!」
裂帛の気合いと共に完全に、自分たちの体から大剣の軌道をずらした!
その隙をついたフルーレが凄まじい速度で、大剣をずらされたせいでわずかに体勢を崩していたゲイルの横をすり抜け、倒れ伏したジルドレールのもとへと到達する。
「何があった!?」
「……っ」
今にも消えそうなか細い声。しかし、ジルドレールは確かに、騎士の本分を果たしこの王宮で起こっていることをフルーレに伝え、自分が差していた剣をフルーレに手渡した。
そして、そのままがっくりと動かなくなったジルドレールに、フルーレはちいさく冥福を祈る言葉をかけた後、
「逃げるぞ、勇者様、デューク!!」
「えっ!?」
「わ、わかりました!!」
ジルドレールは!? といわんばかりの瞳を向けてくる勇者と、ようやく呆然自失から立ち直ったデュークが同時に返答を返し、デュークは素早く勇者の体を担ぎ上げた。
「ま、待ってください!? まだ、ジルドレールとフルーレさんが!!」
「フルーレは自力で何とかできます。あれで私たちの中で一番生存率が高い男です! ジルドレールは……」
そこでデューク歯を食いしばり、
「もう……助かりません。致命傷です!」
「っ!? そん……」
な!? と、未来が悲鳴のような声を上げかけたとき。
「逃がすと思っているのか?」
「「「っ!?」」」
炎を操るにもかかわらず、温度を全く感じさせない絶対零度の声音で、ゲイルが小さくつぶやいた。
「なめられたものだ」
瞬間、彼らが立っていた廊下が紅蓮の炎に蹂躙された!
その数秒後……城の外からは、突如として城の一角が爆発し、さらには紅蓮の軌跡が幾度か翻った後、城の一部がまるで出来の悪い豆腐か何かのように、コマ切れにされたのが目撃された。
王の謁見の間に続く通路がある王宮東側が、まるで悪い冗談か何かのように完全崩壊したのだ。
…†…†…………†…†…
「なめられたものだ……。ですか」
「……」
「むしろ舐めていたのはあなたの方ではないのですか、ゲイル副騎士団長」
「レイヤ副騎士団長か」
風通しがよくなった崩落した城の一部を眺めるゲイルのもとに、右目の瞳孔を複眼状態にしたレイヤが姿を現した。
その事実は、彼女にとってゲイルはもう自分の本性を隠す必要がない相手であるという無言の主張。
彼と彼女が、共犯者であるという事実を裏付ける絶対的な証拠だった。
「あれだけ派手に城を壊したあげく逃げられるなんて……」
「あの崩落で命をつなげられるわけがない。何かの勘違いだろ?」
「私の目は魔眼だといったはずです。節穴になるのを期待するのはいささか希望的観測が過ぎますね、ゲイル」
そいった瞬間、レイヤはゲイルの足元に転がっているジルドレールの死体を蹴り転がし仰向けにし、詰問するような声音をゲイルにぶつけた。
「それにこの騎士も……。一見死んだように見えますが、そうではない。斬撃は巧妙に致命となる個所を避け、傷を焼くことによって出血による体力低下も抑えている。激痛と衝撃……そして、あなたの魔法によって仮死状態にはなっていますが、適切な処置さえ施せばまだまだ蘇生は十分可能な状態ではないですか?」
「……………………」
レイヤの鋭い、真実をついた指摘にギリッとゲイルは思わず奥歯をかみしめきしませる。
その態度は明確な肯定だった。
「あぁ、あれほど脅したのに……あれほど恐怖を与えたのに、まだあなたは私に逆らうのですか。流石はこの国最強の騎士。その鋼の精神力は感服に値します。ですが」
レイヤがそう言った瞬間、天井から巨大な何かがうごめく音。
ゲイルがそちらを見上げると、そこには複数の目を真っ赤に輝かせる巨大なクモがいた。それが吐きだす糸が天井から下げられ、それに吊るされた一人の女騎士がぶら下げる。ゲイルは目の前にさらされたその騎士を見て思わず歯を食いしばった。
「っ!?」
「次このようなふざけたマネをすれば、彼女がどうなるかわかっていますよね……?」
それは、ヴァイルが王宮にやってきたときに出会った、新しいゲイルの部下になった女性騎士――シルベット・エリザベル・シュタットフェルト。
何らかの毒物によって意識を失っているのか、それだけ雑に扱われているにもかかわらず、彼女は瞳を固く閉ざしたまま動こうとせず、ただ穏やかな寝息を漏らしながら眠っていた。
「対《暴君槍》のためにあなたの戦力は必要不可欠。そのため彼女は生かしていますが、あまりいうことをきかないようなら、もう彼女を人質に取っておく理由がないのですよ? 彼女を殺して、もうすでに私の手中にあるあなたの妹様を新たな人質にしても……」
「わ、わかっている! 二度とこんなことはしない!! だから頼む……シルベットや妹には手を出さないでくれ!」
「結構。そのお返事が頂ければ十二分です。とはいえまた裏切られてもあれですからね。あなたは指定した場所で待機していてください。あの三人の始末は私がつけます」
そんなレイヤの指令を受け、ギリギリと歯を食いしばりながら体験を鞘におさめたゲイルは、黙ってその場をあとにし、姿を消した。
そんな彼を見送ったのち、レイヤは倒れ伏すジルドレールを一瞥した後、崩落し、いまだに巨大な土煙を上げる王宮の庭園を見下ろし、
「はぁ、仕方がありません。勇者にばれてしまった以上、計画は前倒しにするしかないですね」
小さくため息を漏らしつつも、瞳にはまるで揺らがぬ冷血な光を宿し、
「さぁ、おいしいご飯のお時間ですよ。ジルドレールを食べ終わったら、次は勇者たちを食らいに行きなさい」
彼女の背後に控えていた、瞬動する何か達に向かって小さく指令を下した。