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ある脇役の英雄譚  作者: 小元 数乃
勇者の友人編
25/46

閑話・他国の王子のお宅――砲門!?

「随分とはしゃいでいるみたいだな……」


 王都平民街のとある喫茶店にて。今日も今日とて仕事をさぼってノンビリ昼のブレイクタイムをしていたヴァイルは、片手に持った新聞――世界日報に目を通しながらコーヒーを飲んでいた。


 科学の国で始まり今や世界チェーンに発展したこの新聞は、各国の事情やら何やらを一切無視して事実のみを報道するちょっとした情報テロ集団だ。


 うちの国王のメイド浮気事件から(かなり王宮は荒れたらしい……具体的にいうと王妃様が王様を半殺しにしかけたとか)、勇王の国の街角アイドルになった子猫のことまで、ありとあらゆる情報を網羅するある意味見上げた根性を持つ新聞だった。


 だが、数日前までヴァイルはこの新聞をとっていなかった。今まで世界を気にする暇があるなら、どうやってこの平穏な日常を守っていこうかということに執心していたからだ。


 だが今の彼は違う。


 昔の因縁に出会って、魔族との関係を新たに見つめなおすため、彼は世界の知識を欲していた。なにより、


「世界を股にかけて遊びまわっているトラブルメーカーがいるしな」


 彼が開いていた新聞の一面にはこんな記事が書いてある。


『またまた参上!? 《お騒がせ魔女と冷徹メイド》!!』


 最近よく見るようになった、この知り合いとしか思えない二人の記事はたいていがこの二人が巻き起こすか、巻き込まれた騒動を取材したものだ。


 やれ、科学の国の王とそのハーレム(女ノ宮と呼ばれる、国の跡継ぎを生ませるために多くの女を囲ったところ)にいた、報われない下働きの少女との身分違いの恋愛を裏からサポートしたとか……。


 絶対引き抜けないといわれた岩に突き刺さった聖剣を、鼻歌交じりに引き抜いて神様扱いされそうになったので逃げ出したとか、


 血色の獣をひきつれる魔族と激突し、科学の国の地方にある商業都市半壊させたとか、


 まぁ、いろいろだ。


 今回もその二人が起こした騒動が、記事には記されている。


「なになに? 『またもやっちゃった二人組!? 大盗賊団《紅の龍》を、盗賊団の拠点となっていた山の形を大幅に変えながらも完遂! 感謝状とともにやりすぎという苦情殺到――』って、何やってんだあいつら」


 山の形変えるって……。悪法書(ハムラビ)……近くにいるなら自重させろよ。と、割と真剣に暴走具合がひどくなりつつある、あのトラブルメーカーに不安を覚えつつも苦笑を浮かべるヴァイル。彼自身がその彼女に魔法を教えた人物であるということをは、都合よく忘れているようだった……。


「にしても、やっぱり魔王復活は確かみたいだな……。軍も動き出しているみたいだし」


 と、ヴァイルが新聞をめくると、そこには魔族領に隣しているうちの国境騎士団と、勇王の国の騎士団が同時に魔王軍の襲撃を受けた記事が記載されていた。


 魔王軍の数はそれぞれに約8000。白い骨鎧を着こんだ騎士団4000、空戦を得意とする有翼型騎士が4000という割振りだったそうだ。うちの国境騎士団は総勢で5000人弱程度(ここらへんもうちの貴族の見通しの甘さのせいでしわ寄せがきている)で、国境すべてに配備されているから迎撃できたのはたったの1000人弱だったはずだが、山が如くそそり立つ城壁と、その上から降り注ぐ無数の魔法によって意外なことに一方的な蹂躙戦になったらしい。


 唯一、国境騎士団に四人いる騎士団長が城壁の外に出て戦っていたらしいが、こちらも彼固有の魔法属性である、《爆発属性》を使いほとんど無双状態だったそうだ。空を飛ぶ騎士たちに対しても空間に生み出した巨大な爆発で一蹴とのこと……。


「相変わらずうちの国境騎士団は人間やめているやつらが多いな……」


 魔族領に入る時はどれだけ苦労したか……と、ちょっとだけ病んでいた昔のことを思い出し暗くなるヴァイル。彼が死にかけたのは、鮮血の槍との対決以外はあのときだけである。


「勇王の国は……もう、あれ人類の枠組みに入れたらだめだろ」


 騎士団すら出なかったらしい。と記事には書かれていた。


 進軍してきた魔王軍は、占領目的で襲いかかった小さな村に住む住人達にあっさりと鎮圧されたらしい。村人曰く『て、てっきり盗賊かと思った!!』だそうだ。


「国民全員がうちの国境騎士団クラスってことか……。軍事力最高峰はだてじゃないな」


 というか、アレの先祖の二代目勇者はそんな国を作っていながら生涯負けたことがなかったという……。もうそれ人間じゃなくて天使の国に住む化物のたぐいだと思うのはヴァイルだけなのだろうか?


「まぁ、世界は変わらず平和ってわけだが……魔王涙目だな」


 二つの国に8000ずつ騎士団を派遣しそれが全滅ということは、計16000の死者を出した計算となる。国攻めどころか国境を越えるのにいちいちこんな被害を出していたのでは国が立ち行かないだろうに。と、ヴァイルはちょっとだけ敵の方がかわいそうに思いつつも、


「まぁ、その全部が死霊系の種族っていうのがちょっとひっかかるが……」


 と、両方の記事に記載された侵略軍の兵士の姿――白い鎧を着こんだ白骨死体――をみて、少し違和感を覚えるのだった。




…†…†…………†…†…




 と言った感じに、世界情勢をある程度知りつつあったヴァイル。もしもこの時彼が世界の知識を手に入れていなかったら、今回の事件はかなりややこしいことになっていたかもしれない。


 そう。これは怪我の功名――ヴァイルは珍しく運がよかった。だが、彼はこの事件に出会ったことを決して運がよかったということはない。


 なぜなら、これは厄介ごとだから……。それもヴァイルが最も嫌う、


「ん? なんだ?」


「またもめごとみたいっすね?」


「最近多いよな」


「言ってないでなんとかしてくださいよヴァイル隊長……」


「ったく、これ本当は騎士団の仕事なんだぜ?」


 王族がらみの厄介ごとだ。




…†…†…………†…†…




 喫茶店で新聞を畳み、コーヒーを楽しむことに集中しだしたヴァイルの視界に入ってきたのは、喫茶店が面する大通りにいつの間にか出来上がっていた人だかりだった。


「ん? なんだ?」


「またもめごとみたいっすね?」


 そう答えてくれたのは、いい加減他の物も頼め。コーヒー一杯で居すわられると迷惑なんだよ!! と視線で訴えかけていた喫茶店の店主だ。そんな店主の視線は完全に無視し、ヴァイルは、時々怒声が聞こえる人だかりの方へと視線を向ける。


「最近多いよな」


「言ってないでなんとかしてくださいよ、ヴァイル隊長……」


「ったく、これ本当は騎士団の仕事なんだぜ?」


 なんで俺が非番にこんなことしないといけないの――。と、仕事をさぼっていることを完全に棚上げしつつ、そんな愚痴を漏らすヴァイルだが、やはりそこは長年町の平和を守ってきた人物。めんどくさそうにしながらも、ちゃんと腰は上げてくれた。


 そして、喫茶店の店主につけ払いをお願いした後、人だかりへとたどり着いたヴァイルは、それをかき分け、


「はいはい、どいてね! 城壁警備隊だよ! 道開けて、道開けて!!」


 と、いつも通り叫びながらその中央に到達する。そこでヴァイルが見たものは、


「スケサン、カクサン! やってしまいなさい!!」


「御意!」


 とやたらと豪華な科学の国の着衣――上は着物。下は袴。上着代わりのチャンチャンコと杖に頭巾装備の十歳程度の子供に、指示され刀を引き抜き、


「ひいっ!?」


 と、泣きわめく、ヴァイルが何度か捕まえたことがあるスリの常習犯の男の首を刎ねようとする着物に帯を締め股引・手甲・脚絆という変わった装備をした老人だった。


「ちょっと待てやぁああああああああああああ!?」


 さすがに流血沙汰はまずい!? と、ヴァイルは槍を展開しながら、あわててその老人の刀の前に飛び出しその斬撃を受け止める。


 って、おいおい冗談だろ!? 多少効果が間に合わなかったとはいえ、俺の槍の柄に半分近く食い込んでんぞこの刀!? どんな切れ味してるんだ!?


 と、ちょっとだけギリギリだった防御に冷や汗を流しながら、ヴァイルはギロリと刀を抜いた老人と子供を睨みつける。


「ひぃ!?」


 子供だけはビビってくれたが、老人はむしろ怒り心頭といった様子で激怒した。


「貴様ぁ! 若を怯えさせるとは何事だぁ!!」


「こっちのセリフだぁあああああああああああ!! 何の権限があってここで人殺そうとしてんだお前は! どこの野蛮人だ! 所属国名と名前を教えろ!」


 うちから叩き出してやる、犯罪者! と久しぶりに城壁警備隊としての職務を全うしようとするヴァイルに対し、老人はフンと鼻を鳴らし、


「控えおろぉおおおおおおおおおおおお!!」


 と、何かやたらと豪華な意匠が施された印籠を取り出した。そこに刻まれるのは、武力の証である剣と、科学の証である銃が交差された紋章。


「っ!?」


 新聞を読んでいたからこそヴァイルは知っている。それは、科学の国――秦倭国(しんわこく)王家の家紋だった。


「このお方をどなたと心得る! 畏れ多くも現皇帝陛下――草薙・ヴィ・(ソウ)様の弟君――草薙・ヴィ・(シン)様であらせられるぞ!! 頭が高い、頭が高いぃいいいいいい」


「…………………」


 おい……一気にことが国際問題に跳ね上がったんだけど? と、手に負えない事態に跳ね上がった傷害事件に、ヴァイルは思わず顔をひきつらせた。




…†…†…………†…†…




「王宮からの沙汰を伝える……」


「騎士団こないんですか!?」


 結局判断に困ったヴァイルは、サボリを切り上げ渋々と城壁警備隊詰所に帰ってきた。


 そこでサーシャに事情を説明し指示をもらおうとしたのだ。だが、そのサーシャが王宮からもらってきた返答が、


「ヴァイル……今王宮には誰がいる?」


「誰って騎士とおうぞ……。勇者ですか?」


 あ、もしかして? と途中まで常識を語ろうとしたところで、サーシャの真意に気付いたヴァイルは嫌な汗をかきながら正解を引き当てた。


「そうだ。そして王族は今代勇者こそ、うちの国に利益をもたらしてくれないかと思っている。そんなところにほかの国の王族なんてものが来てみろ」


「歴史は繰り返しますからね……。ちょっと変な奴ではありましたが、うちの王族よりかは数百倍ましな奴でしたし……ひょっとしたら勇者がまた他国に流れるかも?」


「そういうわけだ。と、言うわけで今回王族は『失礼の無いように……。だがしかし、絶対王城には近づけるな!』という、無茶ブリを我々にしてきたわけだ」


 と、サーシャの説明を聞こえたヴァイルは、


「……俺らに死ねと」


「下手をすれば国際問題だな……。魔族と科学の国を相手に二面作戦をしなければならないかもしれない」


 と、かなりお先真っ暗な状況に顔をひきつらせた。




…†…†…………†…†…




 それから数時間後。普段さぼっているヴァイルですらめったに近づかない貴族街にて、


「だいたい、なんで俺たちヒラ警備隊にこんなこと頼むかね。特に俺は『街中で王族と気づかずにからんじゃって、隠れながらその人物を守っていた騎士団に袋叩き似合う感じの脇役』なのに……」


 ヴァイルは王子とそのジイヤの観光案内を適当にすることになっていた。


「なんだなんだ! やけに志向が低い男だな。だが許すぞ、余は寛大な王族だ!」


「流石です若っ! 立派になられて、ジイは感動のあまり涙が止まりませんぞ!!」


「はぁ……」


 他国の景色が珍しいのか、矢鱈とはしゃぎまわりながら胸を張る十歳のガキにヴァイルは思わずため息を漏らす。


 早く帰ってくんないかな……下手をすると俺の首が飛ぶよ。


 アリサがいなくなってからすっかり疎遠になっていた胃痛が、またニコニコ笑いながら帰ってくるのを感じる。ほんとに勘弁してくれ。と、ヴァイルは泣いて懇願したい気分になった。


「ところで秦様。国王陛下に問い合わせてみたところ『隣国の王子が訪ねてくるなど聞いていないぞ!?』といっておられたようなのですが」


「あたりまえだ! なにせ今回の旅は、お忍びだからな!」


「お忍び?」


「さようでございます」


 つーか他国まで来てお忍びって。と、呆れるヴァイルに答えを返したのは、先ほどまで王子を絶賛していた爺や(名前は教えてもらえなかった。ジイヤで結構とのことだった)だった。


「秦陛下はおそれおおくも、下々の民のために世直しの旅に出ておられるのだ!」


「はぁ、世直しですか」


「さよう。しかし、我が国の治世は常に完璧。野党の類の発生件数はなく、公金横領の気配も探せど探せど見つからず、困っている民なんてどこ探してもいない始末」


「……いいことじゃありませんか」


 それだけ王様が優秀なんだろう。うちの国にも見習わせてやりたい……と、内心この王子から爪の垢もらえないだろうか? と、ちょっとだけ思ったヴァイルだったが、


「そこで王子は天才的閃きを得たのです! そうだ、うちの国にいないなら他国の世直しをしてやればいいじゃないか!! と。そこでこうしていろいろと黒いうわさが絶えないスカイズ王国に足を延ばし、この国にはびこる悪をバッタバッタと倒そうとお考えになられたわけですな!!」


「……」


 前言撤回。やっぱりこいつの爪の垢なんかいらん……。ヴァイルは説明を聞き思わず顔をひきつらせた。


「あの、それって内政干渉じゃ……」


「兄上は『ふむ。なるほど、あの国の王族の代わりにお前が点数稼いだら、うちの国が侵略した際に支配がスムーズにいくかもな。かまわん、許す。どうせいまあの国は勇者にかかりきりだろうしな』といっていたぞ!」


「あの……それってうちの国に教えていいことなんでしょうか?」


 やべーよ、隣国。普通に俺らを食いつぶす気だ……。と、全然いい人じゃなかった今代秦倭国国王に、ヴァイルは盛大に冷や汗を流す。なにより、


「勇者のことばれてんじゃねーか……」


「召喚したときから各国はすでに勇者召喚の報を聞いていましたぞ?」


 ザルだな……うちの情報管理。と、ヴァイルは思わず頭を抱える。


 軍事職として町の平和は守ってきたが、この国はもうほんとにだめかもしれない……と、ヴァイルは真剣にそう思った。




…†…†…………†…†…




「あれは? あれはいったい何なのだ!?」


「さぁ」


「あの銅像は素晴らしいな! 誰が作ったものなのだ!?」


「さぁ?」


「なかなか歴史を感じる街並みだな。何年ぐらいに作られたのだ?」


「申し訳ありません」


「……お前の国は私を馬鹿にしておるのか!? 案内役が何もしらんではないか!?」


 でしょうね……。と、さすがに答えるわけにもいかないので、ヴァイルは愛想笑いをうかべて誤魔化す。


 いくら町に詳しいとは言っても、ヴァイルも貴族街に入ったことは数えるほどしかない。


 諸事情で構造やら抜け道やら地下道やらはいろいろと知っているが、さすがにそれ以外の知識を求められても答えるのは難しかった。


「ま、まぁ良いわ! 余が求めているのは観光案内ではなく、成敗できる悪人であるしな!」


「……え、あれ本気だったんですか?」


「何を言っておる! 余はいつでも全身全霊で本気しか言わん! さぁ、早く民たちを苦しめる悪人がいる場所へ案内するのだ!!」


 と、なにやらワクワクした様子で印籠を構える秦王子に、ヴァイルは本気でどうするか迷った。


 悪人が思いつかなかったわけではない。


 彼の言葉を信じて悪人を教えるとするなら、


「この貴族街(まち)全部吹き飛ばしてくださいっていうしかなんだけど……」


 言った瞬間、もうそれ成敗じゃなくて大虐殺だよ……。と、思わず顔を引きつらせる。まぁ、国民にそう言われてしまうほど腐っていることを嘆くべきなのだろうが……いまさらそんなこと言っても後の祭り。すぐに貴族たちの態度が良くなるわけでもないので、今はこの王子を誤魔化すことに全力を注ごうとヴァイルは決めた。


だが、


「平民風情がぁ! 道を開けんか!」


「お慈悲を! どうかお慈悲を、貴族様! ようやく、ようやくあの子の病気を治すための薬を買うお金が」


「貴様らの事情など知るか! この薬を売れば私が運営する商会でさらなる利益があげられるのだ! どうしても欲しいというのなら、我が商会での販売価格である金貨3000枚はもってくるのだな!」


「そ、そんな!? この店の販売価格の倍じゃないですか!?」


 なんて、もう外道感たっぷりな怒声が近くの薬屋から響いてきた。


 そちらに視線を向けると、店の前で貴族に縋り付くぼろをまとった女性と、豪奢な馬車と無数の私兵を待機させ、その女性が買おうとしていた薬を明らかに必要以上に買い占めようとする貴族の姿が。


「「「……」」」


 目をキラキラ輝かせる王子、無言でその前に出る老人。四肢を地面につきうなだれるヴァイル。


 もう、相変わらずはしゃぎすぎだよ、この国の貴族……。


 もうフォローなんてできるわけもないので、ヴァイルは貴族が暴れた場合こっそりと助太刀できるように物陰に身を隠す。顔見られて覚えられるといろいろと厄介だからだ。


 そして、ヴァイルがその身を完全に物陰に隠した瞬間、


「そこまでだぁあああああああああ!」


 満面の笑みを浮かべた王子が、その二人に向かって大きな声を上げた。




…†…†…………†…†…




 老人に名前はない――あったが忘れた。長く生きているとそういうこともあるのだ、と彼は常々うそぶいている。


 だが、老人では呼びにくかろう――彼のことは代わりにジイヤと呼ぶとしよう。


 ジイヤはまるで満開の花のような笑顔を浮かべ悪人の成敗に取り掛かった仕える存在――秦王子の姿を見て、口元に笑みを浮かべた。


 はぁはぁ……。流石わたくしめの若様! 凛々しすぎますぞ! モェ~ですぞ!!


 ……脳内ではとても残念な思考をしつつ、ジイヤは王子の願いをかなえるべく剣に手をかける。瞬間、貴族に雇われていたと思われる私兵たちが次々と迎撃体制へと移る反応を返した。


 ……ふむ。劣化しているとは聞いていましたが、意外とつかえるやつは残っているようですな。いや、むしろこやつらは、


 魔法の国の戦士が持つ独特の視線の配り方や、独特の空気を持っていない。外から来た人間だと思われた。


「なるほど……騎士では役に立たぬから冒険者から腕利きを集めましたな?」


 だが、とジイヤは独白する。この国は冒険者に対して非常に冷たい国でもある。おかげである程度腕が立つようになった冒険者たちは、科学の国か勇王の国の冒険者ギルドへと流れるのが通例となっていた。なのにこの男たちはこの国で護衛なんて仕事をしている。つまり、


「腕が立つとはいっても、ソコソコ程度といったところですか」


 数にさえ気を付けていればおそるるに足りませんな。と、敵の戦力分析を終えたジイヤは安心した気持ちで、可愛い王子の姿を脳内に焼き付けることに専念することにした。


「貴族が、民をないがしろにし、己が私腹を肥やそうなどあってはならぬこと! いますぐそのご夫人に薬を渡して差し上げるのだ!」


「はぁ? 何言っているんだこの小僧? 子供が大人の話に首つっこむんじゃぁない!! シッシッ!!」


 しかし、薬を買い占めた男の貴族は王子を悪しざまに扱い、まるで野良犬を追い払うかのように手をふるった。当然そんな態度をとられて、ジイヤが黙っていられるわけもない。


 あぁ!? わたくしめの王子に何、晒してくれてんだこのクサレ貴族!! 他国だからと思って多少手加減して三枚おろしぐらいでやめてやろうと思っていたが、もう許さん! 八つ裂きにして豚のえさにしてくれるわ! と、無表情の中に激怒の感情を押し殺しながら、


「スケサン、カクサン! やってしまいなさい!」


「御意!」


 王子からのゴーサインを受けた瞬間、腰に下げていた刀を掴み、


「ぬぅん!」


 神速の抜刀を行う!




…†…†…………†…†…




 ヴァイルは突如、誰もいない空間に剣をふるったジイヤの姿に思わず首をかしげた。


 なんだありゃ? 内心そんな気持ちでいっぱいだ。


 あの太刀筋、体重移動を見る限り、あのジイヤはかなりの戦闘経験を積んだ歴戦の猛者だということがヴァイルのは分かっていた。だからこそ、あのジイヤはあんな誰もいない空間で刀を振るうなんて無駄なことは絶対にしない――とも思っていた。


 だが、ジイヤが実際やったのは虚空への抜刀。誰もいない空間に剣を走らせる無意味な攻撃。


「ぼけたのか?」


 かわいそうに……せっかくいい経験値もってんのに。と、残念すぎる評価をヴァイルが下しかけたときだった。


「っ!?」


 護衛の一人が手に持っていた盾を全面に押し出し、何かを受け止めるような構えをする。


 そしてそれ以外の護衛が、


「「「「ぐぁ!?」」」」


 まるで見えない丸太に殴りつけられたかのように大きく吹っ飛び、壁にぶつかり泡を吹いて気絶してしまった。


「「……は?」」


 そんなあまりに理不尽すぎる光景に、ヴァイルと貴族の素っ頓狂な声が奇しくも重なる。


「安心せぃ……峰うちじゃ」


「なにが!?」


 キリッとした顔でそんなことを言うジイヤに、ヴァイルは思わずそう叫んだ。だが、盾でそのジイヤの攻撃を受け止めたのだと思われる生き残った護衛は、その攻撃がなんなのか知っていたらしく、冷や汗を流しながら貴族を守るために前へとでる。


「ま、まさか……秦倭国随一の武人として知られるあなたとこのようなところで会いまみえることができるとは。武人として光栄の極みです、飛ぶ斬撃を使う剣士――《飛剣(ひけん)》どの」


「ふむ。なかなかましな奴がいると見える。おぬし……名はなんと申す?」


「勇王の国出身――《滞盾(ていじゅん)》の二つ名をギルドより預かっております」


「冒険者ギルドの《名付(なつき)》か。なるほど、道理で防がれるわけだわい」


 《名付》とは、冒険者ギルドが公的に認めた二つ名を持つ冒険者のことだ。ギルドが認めたからにはその実力は折り紙つきで、上位冒険者の仲間入りを果たしたことを示す称号でもある。実例を挙げるとあのトラブルメーカーがそうで、彼女はこの数週間のうちに《騒乱の魔女》の称号をギルドから与えられていた。


 それはつまり、


「うちの王都のギルドには全然いないほどの実力者ってわけなんだけど……」


 なんでこんなところで腐れ貴族の護衛しているんだ? と、ヴァイルが首をかしげたときだった、


「な、何をしておる、《滞盾》! 早くソヤツを倒さんか!! 貴様には妻子を助けるためにこの薬が必要なんだろうがっ!!」


「「……」」


 わかりやすい!? あの貴族滅茶苦茶わかりやすい悪党だ!? そしてなんでかな? 俺以上の脇役臭がしてならないんだけど!? と、物陰でヴァイルがある意味戦慄している中、盾を構えた冒険者は戦闘態勢に入り、ジイヤを睨みつけた。


「申し訳ありません……。このようなことさえなければ、あなたと真剣勝負をしたかった」


「かまわん。人とはしがらみの中で生きるものだ。それを責める気はない」


 ありがとうございます。と、男はそう言った瞬間、


「はぁっ!!」


「っ!」


 その踏み込みだけで、大通りの道を舗装していた石畳を踏み砕き、盾を前面に構えた体当たり(チャージ)を、ジイヤに向かって発動させる。その速度は音を引き裂き、置き去りにするほどの速度。


 勇王の国の民が持つ《気》の制御による爆発的身体強化がその高速の突撃の正体だとヴァイルは知っている。なんでも、体を鍛え充実させることによって初めて感じることができる力だとかなんとか……いや、よく知らんけど。


 知り合い曰く《気合いの発展拡張版》と思っておけばだいたい問題はないらしい。


 その《気》によって加速を得た男が、凄まじい速さでジイヤを肉薄する。盾を前面に構えているため先ほどの正体不明の打撃は通じないはず。


 これは――アブねーんじゃねーの? と、ヴァイルはため息交じりに小石を拾い、身体操作・感染。重量4トン・硬度ダイヤモンドクラスといったでたらめな小石の砲弾を作り上げ、盾持ち騎士に投げつけようとしたときだった。


 ジイヤの刀が一瞬ぶれる。


 なんだ? と、それを見てヴァイルが首をかしげた瞬間。


「飛剣――隼ノ方」


 ジイヤがそう告げた瞬間、音を引き裂き突撃していた男の動きが止まる。そして、


「がはっ!?」


「なっ!?」


 男の盾が真っ二つに割られ、白目をむき気絶している男の顔を晒した。


「隼とは空を自由に舞う先駆者、何者にもとらえられぬ。若造、貴様の盾では、その隼をとらえることは無理だったようだな」


 と、何やらドヤ顔で言いながら男に背中を向けたジイヤ。その背中には絶対的な強者の自信が背負われており、その前には、


「さぁて爺さん。動くな……こいつの命がどうなってもいいのか?」


 いつのまにか背後で王子を捕まえた冒険者の男が、王子の首筋にナイフを突きつけ人質にしていた。


「………………………」


 ジイヤはしばらく無言になった後、


「ひ、卑怯者!?」


「いや……先に男の冒険者が謝ってたよね!?」


 正々堂々勝負できないって言ってただろ!? とヴァイルは盛大にツッコミを入れた。




…†…†…………†…†…




「ふははははははは! 平民風情が、高貴なる私には向うからそういうことになる!! さて、私の私兵をこんなにしてくれた借りは返さねばなぁ!」


「っ!?」


 うわ……形勢逆転した途端調子のってるよ。なんでわざわざ自分から小物臭がする行動とりたがるんだよ、まったく――俺も見習いたいわ。いや、悪役になりたいわけじゃなくこんな厄介ごとに巻き込まれない脇役になりたいだけだぞ? と、なにやら下種な笑いを上げる貴族の男にドン引きしつつ、ヴァイルは物陰伝いに移動し、薬屋の方へと移動する。


 なんかもう付き合うのもひどくだるいのだが、一応あの王子は国家主賓としての客人だ。傷をつけられたりなんかしたら、監督不行き届きとして何言われるかわからない。なので、ヴァイルはとりあえず状況を対等にしようと、冒険者が王子を人質にとったように貴族の男の不意を打ち貴族の男を人質にしようとしたのだ。


 無論顔はすでにいつも持ち歩いている仮面をつけて隠している。こういう貴族がらみの厄介ごとに介入する際は非常に便利な逸品だ。というか、


「アリサとやった怪盗事件の時の物そのまま使っているだけなんだけどな……」


 名前なんだったっけ? ここで名乗っておいた方がいいかな……。と、ちょっとだけ記憶があいまいになりつつある、あのときのことを思い出そうとヴァイルは頭をひねった。


 だが、そんな彼の気づかいはすでに杞憂に終わっていた。


「安心するのだ、ジイヤ!」


「し、しかし陛下!?」


「余はお前に教えを受けた王子だぞ! この程度の危機、乗り越えられなくてどうする!」


 と、王子が意外と気合の入ったことを言い出したからだ。


「ん? なんか自力で逃げられる策でもあるのか?」


 と、薬屋の陰に潜むことに成功したところでヴァイルはひとまず状況を静観することにする。


「……」


「っ!?」


 ついでといわんばかりに貴族の手から落ちた薬を拝借し、こっちに来るように突然の超展開に唖然としていた女性を招きよせたりもしているが、なんかはしゃいでいる貴族メンバーは気づかなかったので別に気にすることでもないだろう。


「ジイヤ……印籠を!」


「は、はい!」


 そして、ヴァイルがそんな地味な救助活動を終え、ヴァイルから薬をもらい何度も頭を下げてくる女性が逃げていくのを見送っている間に、事態が動いた!


 王子の鋭い指示を受け、持っていた印籠を投げるジイヤ。王子は首筋にナイフを当てられているというのに、一切怯えた様子も見せずのその印籠を掴み取り、


「なっ!? お前何して……」


「システム・ブゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウト!!」


 あわててナイフをさらに深くつきつけようとした男を無視し、絶叫を上げる。


 瞬間、印籠が突然光り輝き王子の前に何やら奇妙な光の板を出現させた。


《声紋認証確認――機能起動(システムブート)。ようこそ《王立電子武装倉庫》へ》


 その光の板にそんな文字が浮かんだ瞬間、王子はさらに声を重ねる。


「第一種戦略兵器コンバート。№1026!!」


《№1026―—高速駆動戦車《阿吽門》でよろしいですか?》


(むろん)!!」


《承認・№1026―—粒子化解除(コンバート)


 瞬間、とてつもない光が王子を包み込み、王子を人質に取っていた男を吹き飛ばす。そして、


「どうだ爺や! 余は一人で頑張ったぞ!!」


「流石です陛下! さすがはわたくしめの陛下ぁあああああああ!!」


「あははははは! そんなに褒めるのはやめろ。照れるではないか」


「何やってんだお前らぁあああああああああああああ!?」


 ヴァイルは思わず絶叫を上げた。それはそうだろう……。王子が無事であったのは確かによかった。だがその手段が問題だ。


 なぜなら王子を包み込んだその光はとんでもないものに姿を変えていたから。


 武骨なキャタピラ。艶消しが塗られた巨大な金属装甲。うつろな漆黒を見せる巨大砲塔に、両脇につけられた10ミリマシンガン。


 そう。それはアリサや勇者が見れば間違いなく度肝を抜かれたであろう近代兵器――科学の国の最先端兵器の一つである《阿吽門》と呼ばれる――戦車だった。




…†…†…………†…†…




「王族たちの叱責が大変だったぞ……。突如、街中であんなものを出されてはな」


「ほんと、すんません……」


 あれから数時間後。突然現れた戦車に威圧され、敵対していた貴族の男は泡を吹いて気絶してしまったのでよかったのだが、流石に突然戦車を出現させたなんてことになると、王族たちも無視できなかったのか、あわてた様子の騎士たちが派遣されてきた。


 その騎士たちが率いているのがゲイルでなかったら、間違いなくヴァイルの首が飛んでいただろう。本当にあのときは運がよかったと、ヴァイルは真剣に安堵の息を漏らす。


 で、結局王子はしばらくこちらの意向を汲んでもらい、城壁警備隊詰所で軟禁。サーシャ隊長が急遽王宮に呼ばれ、王子をどうするかの会議へと強制出席させられた。


「もう、二度といかん……。どれだけあの腐れ貴族たちに嫌味を言われたと思っている?」


「いや、ほんとにスイマセン……」


 サーシャにますます頭が上がらなくなってしまったヴァイルは、平身低頭どころかずっと土下座の体制だ。その後ろでは今回の騒ぎの原因である秦王子とジイヤが、


「王子はあのような情けない男になってはなりませんよ? 男とは常に堂々とするべきです!」


「うん! わかったよ爺や!」


 なんて会話を交わしていて……。


 殺してやろうか? と、ヴァイルは普段以上の殺意を思わず放出してしまう。


「ジイヤ! なんかすごく寒いのだが!」


「奇遇ですな? 私もなぜか氷室に放り込まれた気分です」


「はぁ……。とりあえずあなた方は今日中にうちの王都を出ていただきたい。これほどの騒ぎを起こしたのだ……損害賠償が請求されないだけ有難いと思ってもらいたいのだが」


「ふむ、仕方ありませんな」


「王族からの要請ではな……。これ以上はしゃぐと兄上もマジギレされそうだし……」


 さすがに戦車だすのははしゃぎすぎた……。と、意外とすんなりその要請をききいれた秦王子に、サーシャとヴァイルは安堵の吐息を漏らした。



そしてその数時間後、



「ではな~ヴァイル!! 観光案内とかいろいろしてくれて感謝する!! 今度うち国に遊びに来たときは遠慮なく余を頼るとよい」


「だからといって調子に乗るなよ? いいな? 本気だぞ!? 秦殿下はジイヤの物だからな!?」


「いや……何の話してんだよ、ジーさん」


 こいつちょっと危なくないか? と、ヴァイルは王子に身の危険が迫っている気がしてならなかったが、所詮他国の問題なのでと無視しておくことにして、見送りに専念する。


「ではな! また来るぞ!!」


 そう言って戦車にのりながら大きく手を振り遠ざかっていく王子に、


《二度とくんな……》という、内心を完全に押し殺した笑顔を浮かべたヴァイルは、大きく手を振りながら今回の騒動の原因を見送るのだった。


 こうして、お騒がせ王子と付き人の騒動はひとまず幕をおろし、


 王都に再び平和が訪れた……。




…†…†…………†…†…




 ちなみに、


「ところで王子、どうして突然世直しの旅なんかする気になったんですか?」


「ん? それはな、うちの国にやってきた《騒乱の魔女》が、王族の親類ならばミィト……ミトゥ?」


「ミィトコウゥモンです、殿下」


「そう! そのミトゥコウモォンとやらになって世直しするのが最近のトレンドだと教えてくれたのだ!!」


「「………………」」


 事情を聴いたサーシャとヴァイルの顔に『またお前か!』という表情が出たことは、言うまでもないだろう。


はい、これにて閑話は終了です。


 第二章のほうもできるだけ早くに取り掛かるので、もうしばらく待ってくださいT―T

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