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ある脇役の英雄譚  作者: 小元 数乃
勇者の友人編
24/46

閑話・勇者と聖剣

 今逃したら勇者と戦えなくね? ということにようやく気付いたので、投稿。

「お願いです! どうか私にも魔法を教えてください!!」


「……」


―—え? なにこれ? と、珍しく仕事をしようとして詰所にやってきたヴァイルは、扉を開けた途端自分の視界に入ってきた、さらさらした長いストレートヘアの頭を下げた美少女に氷結した。


 なぜこんな事態になったのか? 事の始まりは数時間前にさかのぼる。




…†…†…………†…†…




 王都中央に位置する、王族たちが住まう場所。そしてアリサたちが現在軟禁されている場所でもある――城。


 何やらこの城にも御大層な名前はついているらしいのだが、アリサにとってはそんなもの知らなくても過ごしていけるので特に詳しく聞いたりしたことはなかった。


 そんなお城の中で、アリサはいつものように勇者である幼馴染――結城未来と朝食をとっていたのだが、


「私ね……そろそろ魔法を覚えたいと思うの!」


「へ~」


―—いいんじゃない? とアリサは思う。何せ今までの未来の話を聞く限り、彼女は史上初の女性勇者ということで肉体(フィジカル)面での脆弱さが懸念されていたらしい。そのせいで彼女は今まで勇者らしい剣術の稽古ばかりに時間を費やされていたようだ。


―—確かに勇者としては間違っていないけど、女の子に斬ったはったの戦いをずっと続けさせるのもどうかと思うしね……。と、アリサは内心で剣術ばかりに特化した戦いをつづける未来の図を思い浮かべる。


 雨が降りしきる戦場で、真っ赤に体を濡らしながら剣をふるい敵の首を刎ねる未来……うん、ちょっとしたホラーだよね?


「じゃあ、宮廷魔術師の人に頼んでみたら? 一応そこそこ――人材だけは豊富なんだし」


―—あくまでそこそこだけど……。と劣化している今の騎士団の現状を思い出しながら、一応の忠告をにじませてみるアリサ。そんなアリサの言葉に「失礼だよ?」と未来は注意したあと、


「それはもうやったんだけど、どういうわけか宮廷魔術師のみんな盛大に目をそらして『せ、戦闘用魔法は騎士の領分ですから!』って」


「じゃぁ騎士には?」


「もちろん聞いたわ。そうしたら冷や汗を流しながら『い、今は剣術の腕を上げる時期ですぞ勇者様! 魔法などまだ早い!!』って、いって腕立て伏せ100回させられて」


「……」


 これが普通の王国なら騎士の言うことが正しいんだろうと思うが、あいにくとここは劣化したなまくら騎士とかなまくら魔術師しかいない国だ。そこを加味すると、その騎士や魔術師たちが一体どんな理由で未来の頼みを断ったのかがわかる。つまり、


「戦闘用魔法を教えられるほど熟達したやつがいなかったのね……」


―—おい、魔法大国。それでいいのか? と、アリサは内心でため息をつきながら、


「で、アリサ。アリサが魔法を教えてもらった先生なんだけど、私も紹介してくれない?」


「…………………」


 未来のお願いを聞き、しばらく考えた後、


「え? 全然オッケーだよ!!」


―—未来を連れて行ったときのヴァイルの顔が楽しみね! と、ちょっとだけ面白くなりそうな予感を感じつつ笑った。




…†…†…………†…†…




「……」


 無言。ヴァイルはピシリと美しいお辞儀をする未来に反応することができず思わず固まっていた。


 だがそこは長年修羅場を潜り抜けてきた戦士。すぐさまそこから思考を復帰させて辺りを確認する。


―—目の前にいるのは誰だ? ――勇者だ。この前王宮からの御触れに書いてあった似顔絵に瓜二つだから間違いないだろう。相変わらずあそこは絵師だけはいい仕事をする。勇者たちが来てからは何やら絵とセリフだけの本で副業をしてボロモウケをしているという噂だ。名前は確か《漫画》だったか? 内容は……うちの国の貴族の青年が死神に出会って、なんやかんやあってうんぬんかんぬん――最終的に死神の代わりになって……死人を皆殺しにするかんじだった。


―—意外と面白かったのでうちの隊で金出しあって全巻集めたので記憶にしっかり残っている。あと、一部女性隊員も「うほっ! 最新刊一○と○夜さんのカラミはんぱないわよ!?」と大興奮しながら読んでいたが、はて、女性が楽しむ要素はなかった気がするが……。


それはともかく、


 騎士団長や騎士の姿はない――おそらく公的な立場で来ているわけではない。アリサの時ですら騎士団長がわざわざ出向いてきたんだ。勇者ならそれ以上の人物が出てきても何ら不思議ではない。


 目的は? ――自分で言っている。魔法を教えてもらうことだ。だがここで問題になってくるのは、どうして勇者が、俺が魔法を使えることを知っているかということ。


―—いったい誰に教えてもらった? 部外秘云々以前に貴族は城壁警備隊(うち)の実情を知らないし調べようともしない。王宮にいる勇者が俺の魔法について知る可能性は皆無といっていいはずなのに……。


 と、そこまで考えた時ヴァイルの視界にある人物が映った。


 それは城壁の陰に隠れながら顔だけそこからだし、


「チラッチラッ」


 と、わざとらしくワクワクした様子でこちらの対応をうかがっているバカ(アリサ)だった。


「……………………………」


 ヴァイルはしばらくその人物のことを半眼で睨みつけていたが、


「あの」


「はい!」


 その後すぐに勇者に向き直ると、


「申し訳ありません。お帰りください」


「え?」


 門前払いを食らわし、勢いよくドアを閉めて逃走を開始した。




…†…†…………†…†…




 その数時間後、サーシャの執務室にて、


「お前に特別任務を言い渡す」


「ええ……わかっていましたよ? もう逃げられないってことはわかってましたよ!? でも、ちょっとぐらい、ちょっとぐらい現実逃避してもいいじゃないですか!?」


 ヴァイルのそんな悲鳴が聞こえてきたことは……もういつも通りなので言わなくてもいいだろう。




…†…†…………†…†…




「それじゃぁ、勇者様……戦闘用の魔法を教えるために、まずあなたがどの程度戦えるのか? どのような戦い方なのか? それを見たいと思います」


「なるほど! 理にかなっていますね!!」


「あれ? なんで私と違ってわりとガチな雰囲気」


「勇者様だからだ」


「差別!? 差別よね!? ちょっとひどいんじゃない」


「黙れトラブルメーカー。ちなみに差別じゃない人聞きの悪い……俺のはただの分別だ」


「ゴミ扱いしてんじゃないわよ!!」


「り、理にかなっていますよね……」


 というわけで、結局勇者の面倒を見ることになったヴァイルは、とりあえず戦闘で使える魔法を第一にという要望だったので、現在の勇者の実力を見るため貧民街の空地へと来ていた。


 ここなら勇者が多少やばめな攻撃手段を使ってきても大丈夫だろう。どうせいるのヒキニートのごみどもだし。と、住人が聞けば間違いなく襲いかかってきそうな思考をするヴァイル。


 もっともその住人達も、


「おいおい! ヴァイル隊長と勇者が喧嘩だってよ!!」


「たとえ勝ったとしてもヴァイル隊長は貴族どもに打ち首にされんのか……」


「あぁヴァイル……お前のことは忘れないよ」


「違うよ……ヴァイル隊長は、俺達の胸の中で永遠に生き続けるんだ!!」


「そんなことはどうでもいいけど、とりあえずお前ら、どっちに賭ける?」


「「「「勇者」」」」


「ちょっと待ってくださいね勇者様……。外野がうるさいので少し黙らせてきます」


「ま、待ってください!? 槍もって黙らせるって不吉なことしか考えられませんよ!?」


 と、案外たくましく生きているので家ぐらい壊されても屁でもないのだが……。


「ったく……お前ら勇者様に感謝しろよ!? じゃぁ勇者様、武器を構えてください」


―—本当の訓練なら不意打ちなりなんなりして常在戦場の意気込みを叩き込むんだけどな……相手勇者だし、下手に勝つと打ち首だし。と、ヴァイルは若干のやりにくさを感じながら、いつも背中に背負っている折りたたみ式の槍を展開する。


 それに倣うように勇者が構えたのは、


「剣か……」


「両刃剣? 未来ちゃんと使えるの?」


「こ、この一週間で使いこなせるように頑張ったんだよ!?」


 柄などに荘厳な装飾はされているものの、本来使う場所である刃は異常なまでに質素な両刃の片手剣。


 しかし、魔術の修練を積んでいたヴァイルにはわかる。


「それじゃぁ……レディーファーストで」


―—あの刃……やべぇ……。と、


「わかりました……行きます!」


 瞬間、小手調べといわんばかりの軽い雰囲気で勇者がこちらに向かって疾走を開始した。




…†…†…………†…†…




 未来は魔力によってほんのわずかではあるが向上している脚力が、力強く自身の体を押し出すのを感じる。


 この技術は自分の体の中に魔力があると分かってから独学で会得した技術で、魔力を意図的に体の一部に集めることによって、ほんの少し体を活性化させる原始的技術。


 これだけでもかなりの速さが出ているが、


「やっぱり……」


 本職には届かないんですね。と、未来は思わず苦笑をうかべた。


 理由は前方。未来の対戦相手――ヴァイル・クスク。


 アリサに魔法を教えたというふれこみの彼は、それなりに早い未来の突撃を見た瞬間、


「へ~。意外と使えていますね」


 と関心の声を漏らしつつ、たった一度の跳躍で十数メートルの距離を下がりきる。


 未来がせっかくつめた距離が、一気に倍近くの長さに伸びる。そして、


「んじゃ、まずはどの程度の力を出していいのか――そのラインを見せますか」


 瞬間、ヴァイルの足元の地面からとてつもない砂の爆風が吹き荒れる!




…†…†…………†…†…




 ヴァイルの魔力属性は土――この属性は質量を伴う攻撃魔法に特化した属性だったりする。


 だからこそ、彼の魔力は放出系として扱えば砂の突風や槍へと変化する。その魔力を一定の手順で操れば、


「こ、これは!?」


 中央にヴァイルと勇者だけを閉じ込め、外からの干渉を一切遮断する、高密度の砂の竜巻の出来上がりだ。そのため、外から中の対決の様子は一切見られなくなった。


「大したことありませんよ。放出した魔力をこの広場を囲うように回しているだけです。ちょっとこれからあまり見られたくない技術を使うので、場を区切らせてもらいました」


 結界とも呼べない稚拙な技術。だがしかし、ヴァイルの魔法は確かに彼の目的を成功させた。


―—さて、これから魔術(・・)の方を使っていくわけなんだけど、果たしてどこまで見せていいものか?


 ヴァイルは自分に魔術の手ほどきをしてくれたリッチモンドの天使である師匠の言葉を思い出す、


『お前、調子に乗るのはかまわんが絶対魔術を他の奴に無断に教えたりすんなよ? 少なくともお前がちゃんと分別がつくようになるまでは、絶対に他人に魔術の手ほどきなんかするな。したら殺す、しなくても殺す、とりあえず殺す』


『師匠!? 俺のこと殺したいだけじゃないですか!?』


―—あの人本当は殺人鬼かなんかじゃないのか……。と、割と真剣にそう思いつつ、ヴァイルは自分の中で線引きを決めていく。


―—本当なら魔術を見せること自体アウトなんだが、相手は勇者。ほとんど魔術じみた魔力を持つ魔王や四天王とやりあう人物だ。ここで見せておいた方が、彼女のためにはいいのか? と、一応巻き込んでしまった世界の住人として最低限のアフターケアをすることにしたヴァイル。だがそうなると問題になってくるのは加減だった。


 彼の魔法はまさしく城壁すら粉砕する一撃必殺だ。人間に使えばどうなるかなど、火を見るように明らか。当然勇者を愉快なひき肉にするわけにもいかないので、彼は自身の魔術行使を大幅に加減しなくてはならない。


―—とりあえず身体操作はありにしてもそれを使った身体硬化はなしにしておくか。せいぜいやるなら身体操作における身体能力拡張と、槍の重量を上げる重量操作。感染は……見ても何してるのかわからんだろうし別にいいか。だがそうなると槍の強度が不安だな……。


 瞬く間にそれだけのことを考えた後、ヴァイルは愛槍をしまい代わりにといわんばかりに地面に手を付ける。


「仕方ない。もの大事にしないみたいであんまりやりたくはないけど、使い捨てにするか」


「え?」


 ヴァイルが突然槍をしまうのを見て、首を傾げる勇者。だがそのあと、


「形状感染――槍」


「っ!?」


 地面から無数に生え出してきた槍を見て、唖然と口を開いた。


「な、なんですかそれ!?」


「秘密です……答えは自分で考えてください」


―—まぁ、槍の形状を地面に《感染》させて無理やり地面を槍の形に変えただけなんだけど……。と、内心でうそぶきつつヴァイルは所詮そこらの土でつくられたためちょっと強度が心もとない槍を地面から引き抜き、


「それじゃ、くらわないでくださいね」


「っ!」


 大きく振りかぶり、勇者に向かって投げつける。




…†…†…………†…†…




 音速を突破しているんじゃないかと錯覚してしまうほどの風切り音が、未来のすぐ横をかすめた。


 その後、未来の背後で激震。


 槍が地面に着弾したのだ。


「じょ、冗談でしょう!?」


―—あんなの喰らったら無事じゃすまないですよ!? と、未来が驚いて振り向くと、そこには粉々に砕け散った土の槍と、小さなクレーターが出来上がっていて。


「ん~重量1トンじゃそれ程威力でてないんですけどね? まぁ、くらったら死にますけど?」


―—あの……模擬戦ですよねこれ? と、ヴァイルの言葉を聞き、顔をひきつらせてしまう未来。


 だがしかし、ヴァイルは待ってはくれない。


「では、いきます」


「っ!?」


 無数にはえた槍たちを次々と引き抜き、まるで乱れうちのように投げてくるヴァイル。


 未来はそれらの攻撃をこの世界に来てから鍛えていた直感と、魔力による活性化を受けた身体能力でかろうじて躱していく。だが、


「このままじゃジリビンですか!」


 どういうトリックかは知らないが、彼の武器である土の槍は地面から次々と生え出し、つきることはない。このままではいつか槍の投擲にとらえられてしまうことは明白だった。なら、


「使わないとか……言ってられませんね!」


 未来はそう言って、この世界にわたってくる際、光の女神からもらいうけた能力を使用することにした。


―—実戦で使うのは初めてですけど……


「練習はしてきました!」


―—行けます! そう未来が思った瞬間、


 光が、あふれた。




…†…†…………†…†…




「っ!?」


 瞬間だった。未来の姿が一瞬の発光とともに姿を消すのを見た瞬間、戦いの生涯を送ってきたヴァイルの背筋に、氷柱を突っ込まれたかのような悪寒が走ったのは。


 そして、


 ザッ……。と背後からわずかに聞こえた、誰かが地面を踏む音を聞き、


「おぉ!」


 思わず本能的に自分の背後を振り向きながら槍で薙ぎ払う。


 槍という小さな形状に、一トンというでたらめな質量を凝縮されたそれは、まさしく人体裁断機。体のどこに食らっても真っ二つになるだろうその一撃を、彼は躊躇いなく放ってしまう。


 しまっ!? あたったら勇者がひき肉に!? と、ヴァイルが思わず冷や汗を流した瞬間、


「切り裂いて!」


 やはり背後に立っていたのは、片手剣を構えていた勇者だった。彼女は何やら懇願するような声と共に、剣を構え、


 ヴァイルですら視認が難しいほどの速度で、剣を振り切り、彼の槍を両断する!


「なっ!?」


 なんだそりゃ!? と、ヴァイルはその光景を見て思わずそう絶叫する。


 今の攻撃は完全にくらっていたはずだ。そういうタイミングで攻撃を放ったと彼自身が理解している。カウンターなんて間に合わせないほどの、完璧な一撃だったと自負している(まぁ、だからこそ彼は冷や汗を流して勇者がひき肉になるのを恐れたのだが……)。だがしかし、勇者はまるで当然と言わんばかりにその攻撃に合わせた迎撃を行い、しっかりと完遂してしまっていた。


 いくら彼女が勇者だからといって、それはあまりにおかしすぎる。だからこそ、


「いまのその剣の力か!」


 ヴァイルは遠慮なく勇者の実力を疑ってかかった。そんな彼の態度に、未来は油断なく剣を構えつつも、苦笑をうかべうなずく。


「はい。この件は私の魔力属性と同じ『光属性』を持っていた初代勇者のために作られた『聖剣』だそうで、光の魔力に反応してその剣速を加速します。最高速度は属性通り――光速。だから、私はありとあらゆる攻撃に対して迎撃を行うことができるんです」


―—え? と、ヴァイルは思った以上の性能を発揮した《聖剣(笑)》に思わず唖然とする。


―—て、てっきりいつも通り使えないただの王宮のオモチャかと思っていたのに……。意外と残っているところには残っているんだな……使える魔導具。と、思わず内心で漏らしながら、


「というか、そんな御大層なものが作れるならもっと子孫のためにいいもの残しておけよ、初代時代のうちの国……」


―—まぁ、その時から大分腐っているうえにバカだったらしいから、期待するだけ損なのだろうが……。と、ヴァイルは思わず首を横に振る。


 そんなヴァイルの内心を知ってか知らずか、勇者・未来は剣を構えながらヴァイルに模擬戦の続きを促した。


「さぁヴァイルさん! 続きを始めましょう!!」


 抵抗できる術が見つかったからか、その声にはやたらとやる気に満ち溢れていた。そんな彼女の姿にヴァイルは思わずため息を漏らす。


―—異常な対応の速さについては説明されたけど、こいつが一瞬で俺の背後に回った絡繰りはまだ見抜けていない。多分何らかの魔術なんだろうけど……。というか、こんだけできるのなら別に俺の指導がなくても十分戦えなくないか?


 と、ちょっとだけ今代勇者の優秀さに舌を巻きつつ、勇者とは相対的にヴァイルは一気にやる気を失っていく。


 だが、言い出したのは自分だ。模擬戦を続けないわけにもいかない。と、ヴァイルが渋々と土の槍を構えなおした時だった。


「ん?」


 勇者の聖剣が、若干歪んでいるように見えた。


「どうしました?」


「え、あ……いや」


―—ちょっと信じたくないんですけど、その聖剣曲がっていません? と、ヴァイルが言いかけたときだった、


 パキン……。という軽い音とともに《ゴメン……もう無理》といわんばかりに聖剣が根元からぽっきり折れてしまったのは。


「…………………」


 勇者はそれを見て思わず無言になり、


「……」


 ヴァイルは冷や汗をダラダラ流しながら、顔をゆがめる。


―—い、いくら聖剣とはいえさすがに一トン近い槍の打撃を切り裂いたらそうなるか……。と、ヴァイルはいまさらになって普通の剣らしい姿を見せた聖剣にちょっとだけ泣きそうになりながら、


「え、エクスクラウスがぁああああああああああああ!?」


 聖剣の名前と思われる名前を、悲鳴と共に上げた未来に、迷わず土下座の体制へと移行するのだった。




…†…†…………†…†…




「へへへへへ! こいつどうしてやりましょう姉さん? とりあえず首刎ねますか?」


「生き生きしてるね、アリサ」


「つか止めて、勇者さん止めて!? こいつ本気で俺ののど元にナイフ当ててきてるから!!」


 模擬戦の後。砂の竜巻の結界が解除された広場には、HAHAHAHAHAと笑いながら悄然とした様子で聖剣の前に座り込む勇者と、模擬戦で蚊帳の外にされてしまった恨みを晴らすべく徹底的にヴァイルをいじめるアリサと、苛められているヴァイルがいた。


 貧民街の住人達は聖剣が折れているのを見てすぐさま逃げ出した。こんな厄介ごとにかかわれば命はないと分かっているのだろう。とうぜん、ヴァイルの命もアリサにいじめられなくとも風前の(ともしび)だったりする。


「や、やべぇよ俺……本気で首刎ねられるよ」


「いや、でもなんかよく見たらこの聖剣、刃こぼれだらけじゃない。ほんとにちゃんと整備されていたのかも怪しいわよ」


「そ、そういわれてみると……」


―—聖剣という言葉に踊らされていましたけど、確かに近くで見ると……。と、未来はアリサの言葉を聞きジッと折れた刀身を見つめてみた。


 そして詳しく見れば見るほど、その刀身からはヒビやら刃こぼれやらが見つかってきて、


「……きっと歴史と伝統の剣だからとか言って宝物庫の奥深くにしまわれていたんでしょうね。整備もされず」


「聖剣だったらそれくらいの保全機能ぐらいつけとけって話だけど?」


「バカ。勝手にベストな状態に物品保ってくれるような魔法があったらうちの国はもっと栄えてる」


 いわれてみればその通りなので、未来はようやく苦笑いを浮かべた。


―—要はここの人たちの監督不行き届きだったんですか……まぁ、両刃の剣は使い慣れていませんでしたから、ある意味よかったと言えばよかったんですが。と、未来は内心でそう漏らしつつ、


「でもやっぱり聖剣折っちゃいましたってなると、結構まずいですよね?」


「「そりゃもう……国家レベルの問題でしょ」」


 と、二人に同意され未来は思わず頭を抱えたくなった。


 さて、この事態一体どうやって解決したものか……。と未来は必死に頭を巡らせるが、なかなかいい案が思い浮かばない。


 そんな未来の姿に罪悪感でも憶えていたのか、ヴァイルはしばらくの間何かを迷っているかのように視線を泳がせていたが、


「おい……ちょっと勇者借りるぞ?」


「ん? 何かいい案でも思い浮かんだの?」


「あぁ。だがお前には内緒」


「こんなに正々堂々とハブられたの初めてなんだけど!?」


 と、アリサと二三言葉を交わしながら、勇者に話しかけた。


「あの、勇者様」


「はい?」


―—いったいどうしたんですか? と、未来が尋ねると同時にヴァイルはアリサには聞こえないように耳打ちをする、


「あの、ちょっとした賭けなんですけど……王族を誤魔化す手段があるんですけど、乗ります?」


「っ!?」




…†…†…………†…†…




 その数週間後。国王が『勇者はどの程度まで鍛えられたか見たい』と気まぐれ発言をしたために、未来は謁見の間へと顔を出していた。


 腰には折れてしまった片手剣――聖剣・エクスクラウスが鞘におさめられた状態でつられている。


「ふむ、なかなか順調なようだな」


「はい、すべては陛下が使わしてくださった教師の皆様方のおかげでございます」


「うむ。誉れ高き勇者殿にそう言っていただけるなら貴殿の教師たちもさぞ鼻が高かろう」


 国王のその言葉に勇者の周りにいた教師役の人々は誇らしげに鼻を膨らませているが、未来は絶対にその顔を上げようとはしなかった。


 なぜか? 決まっている……。今顔を上げたら顔を真っ青にして冷や汗を流しまくっているのがばれるからだ。


「ところで勇者?」


「は、はいっ!!」


「何をそんなに緊張しておる。余と貴殿の中ではないか」


「は、はぁ……」


―—出会ってからまだ一か月も経ってない上に、顔を合わせた回数なんて片手で足りるくらいなんですけど? とは言わない。未来は空気が読める子だった。


「先日貴殿に贈呈した聖剣に関してだが、どうだ、使い心地は?」


「っ!?」


―—やっぱりきたぁああああああああああああああ!? と、未来は内心で悲鳴を上げつつ、できるだけ声が震えないように細心の注意を払いながら鞘から聖剣を引き抜いた。


「っ!? そ、それは!!」


「はっ……聖剣エクスクラウスでございます」


「ふざけるな! 刀身がないではないか!!」


 激怒した声を上げる国王の言葉通り、未来が引き抜いた聖剣には刀身がなく、柄だけが無様に掲げられていた。


―—ここからが正念場よ未来! ちょっと悪い気もするけど、これもひとりの門番さんを救うためだと思えば!! と、内心で気合いを入れなおしながら未来は、


「違うのです陛下! この剣は、実は勇者によって姿を変える剣なのです!」


「なに?」


「私も初めて見たときは驚きました。なぜなら昨日まであった聖剣の刀身がなくなっていたのですから。私はてっきり壊してしまったのかと思いましたが、実はそうではなかったのです! 壊れてしまったはずの聖剣からなにやら並々ならぬ力を感じたので。そして、不思議に思った私が魔力を込めると」


「こめると?」


 一気呵成に剣が折れたときから考えて暗記していた台本のセリフを言い切った後、この数週間でヴァイルに集中指導してもらった成果を披露する。


 彼女は魔力を瞬時に収束し、ばれないように柄の先端あたりへと流し込む。そして、


「なっ!?」


「このように聖剣は、私の魔力によって刀身を作り出す――本当の光の剣となったのです!」


 そこには光り輝く――どころか、光そのものによって刀のような刀身が生成された聖剣が現れていた。


 ヴァイル曰く、魔力に形状を与えることが魔術の基礎中の基礎なのだという。魔力で作れる形状は個人個人によって違うらしいので、かなりの賭けだったのだが、未来の場合はありがたいことに何とか剣――というか日本刀の形状が得意だと分かったので、柄はそのままにして『聖剣が姿と力を変えて、光の剣になったのだ!』という嘘八百で、国王を誤魔化そうと二人は画策したのだ。


 結果、


「な、なるほど……さすがは初代勇者時代より伝わる聖剣だ。我々の知らぬ秘儀が未だに隠されていようとは……」


 それを見抜いた勇者もさすがである。と、国王が感心したように褒めてくるのを聞き、未来はようやく緊張から解き放たれ大きなため息を漏らした。


―—や、やった……何とかごまかせました……。と、どっと汗が噴き出るのを感じながら未来は優雅に「ありがたきお言葉……」といって、国王に返答しておいた。


 それにしても、


「本当に何も知らないんですね国王陛下……」


―—やっぱり整備はされていなかったんですか……。と、勇者は小さく切なげにつぶやいたが、当然その声は誰にも届くことはなかった。




…†…†…………†…†…




「やっ! どうだった未来?」


「何とかごまかせたよ~」


 それから数時間後。国王との謁見を終わらせた未来は、外で待ってくれていたアリサと合流し、雑談をした。


「それにしてもどうやってごまかしたの? 結局どうするか話してくれなかったし」


「うん。ごめんね……ヴァイルさんから口止めされてて」


「あぁ、良いのよべつに。本気で気になったら力づくで聞き出すから!」


 シュッシュッと、言いながらシャードーボクシングをして凶悪に笑うアリサに、未来は思わず苦笑いを浮かべた。


―—いや、さすがにそれは無理じゃないかな? と。何せ未来はヴァイルの本気を知っているのだ。


 あんなミサイルじみた攻撃力を持つ人物が、いまだにアリサの尻に敷かれているというのがむしろ驚きだった。


 まぁ、それは彼が魔術(・・)を使わないことに起因しているのだろうが……。


「魔術は秘匿されるべき技術……。先に進みすぎているから……か」


―—まるでうちの世界みたいな考え方ですね? と、ちょっとだけヴァイルが言った魔術の秘匿理由を不思議に思いながら、未来は今後の予定をアリサに話した。


「で、結局ヴァイルの師事は続けるの?」


「あぁ、いいえ。私の特殊技術について話したら『だったら俺よりもふさわしい奴がいるからそいつに頼め』って」


「《光速移動》だっけ? 未来が光の女神にもらったのは」


「そう。それで、そういう強化系魔法で戦うプロが王宮にいるからって」


「王宮に? そんな大した奴がいるの?」


「うん。副騎士団長さんだけど、ヴァイルさんの名前だしたら引き受けてくれるだろうっていってた。確か名前は」


 ゲイル・ガンフォール・ウィンラート。《勇者》結城未来と《火炎武装騎士》として歴史に名を残す彼の出会いはこうして実現されることとなる。


 だが、彼が未来に指導を頼まれたときの第一声が、


「あいつ俺に厄介ごと丸投げしやがったぁあああああああああああああああ!?」


 であることは、どの歴史書にも記されていない。


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