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ある脇役の英雄譚  作者: 小元 数乃
勇者の友人編
23/46

閑話・資金稼ぎはソースの香り?

「私の世界には働かざる者食うべからずという言葉があるのよ」


「……………」


「というわけで……」


 瞬間、ヴァイルはとんでもない勢いで駆け出そうとして、


「というわけで!!」


「っ!?」


 信じられない速度で自分の前に回り込んできたアリサに愕然とする。


――ばかな!? こいつこんなに早くなかったはずだ!? と、ヴァイルが一瞬だけ驚くが、


「くっ!? そういうことか! 魔力を足にチャージして放出……その勢いを利用して加速したな!!」


「ピンポーン。ほんとアンタ魔法の考察に関しては異常なまでに優秀よね……。というわけで現在暇そうなあんたに、私の旅の資金稼ぎのために仕事を与えます!」


 と、アリサが笑いながら告げるのを聞き、ヴァイルは四肢を地面につきうなだれる。


 これは、アリサとヴァイルが仲直りしてちょうど2日目の出来事。いつもと同じように城壁警備隊の仕事をさぼり、ヴァイルがノンビリ平民街を散策してしいたときに出会った、悪魔(アリサ)との騒がしい日々のお話。




…†…†…………†…†…




「で、おまえ、結局のところどんな仕事俺にやらせたいわけ」


「やることは簡単よ! 来週の祭りで開く私の屋台を手伝ってほしいの!!」


「はぁ? 屋台? あれ、今週中に申請ださないと出させてもらえない上に、良い場所は大抵老舗が抑えてるんだぞ?」


 新規が入るのは難しいと思うんだが? と、ヴァイルが喫茶店でコーヒー頼みながら、半眼でアリサを睨みつける。


 だが、その対面の席に座ったアリサは自信ありげな顔でにやりと笑いひところ、


「大丈夫よ! ちゃんと有名な裏路地(・・・)抑えているから!!」


「おい……あそこ一応運営の許可なしの店が立ち並ぶ違法区域だぞ……」


 アリサが言っているのは、恐らく祭りが行われている商人街に面した広い裏路地――バックヤード通りのことだろう。


―—まぁ、確かにあそこは、たまに掘り出し物とか異常なまでにうまい店とかが出るから人材発掘の場として運営が公的に見逃していたりするんだが……勇者の友人がそれ利用するのはどうなんだ? と、考えてしまうヴァイル。


「どうなんだよ勇者の友人……」


「勝てば官軍よ! なぁに、私の身分がばれなかったら誰も文句言わないって」


「黙れ悪党……」


―—こいつホントに勇者の友人かよ……と、呆れつつ、ヴァイルはさらなる問題をアリサに突きつけた。


「大体お前露店するなら商売経験ぐらいあるんだろうな? あの祭りは商人主体で取り仕切っているから、海千山千の化物豪商だって顔だすんだ。下手をすりゃ金むしり取られるだけで終わるぞ?」


 平和な世界で学生として暮らしてきたと自称するアリサ。正直今でもその発言は胡散臭さマックスではあるが、あくまで信じるのだったら、アリサの店が訪れた豪商によってぼったくられる未来しか思い浮かばなかった。


「一応面倒見ろって言われているし、俺としてはそんなことになってもらってはこま……アリサ?」


 威厳を出すために目を閉じ説教交じりに久しぶりに勤労意欲を示してみたヴァイル。だが、それに対していつもなら帰ってくる反論が返ってこないのを見て、不思議に思い目を開けてみると目の前の席にアリサはおらず、


「どこ行ったあの野郎……」


 といって視線を辺りに向けると、


『お、おぉ!? こ、これはガラスですかな!? いや、それにしては軽いし……』


『ふふふ。これはうちの故郷で手に入れた伝説の素材で作られたペン。素材の名前はプラスチックというの』


『ぷ、プラスチック!!』


『でも、私いまお金が入用で……うちの両親の形見を泣く泣く……』


『くっ!! それは大変苦労されているのでしょうな! わかりました!! これは高値で買い取らせていただきますぞ! 金貨一枚でどうでしょう!!』


『……申し訳ないけど、ほかの店へと持って行かせてもらいます』


『な、なぜ!?』


『田舎者だと甘く見られたのでしょうが……こちらではガラスは高級品だと存じています。それを超える素材で作られたこのペンを、高々金貨一枚で買いたたくなんて……なんで不誠実な!!』


『くぁ!! も、申し訳ありません!! 私も商人の端くれ……欲目が出てしまいました。お詫びとして金貨10枚ほどで買い取りを』


『100デス』


『なっ!?』


『それ以上はびた一文まかり通りません……』


『そ、そこを何とか!! き、金貨20枚ほどで!!』


『申し訳ありません……。先ほどほかの店にも持ち込んでみたのですが、最低でも金貨90枚は出すといっておられたので』


『ぐぅ……ま、待ってください!! き金貨83! おまけとして、科学の国より買い取ってきた短剣を……』


『え、あれ? こ、これってもしかしてダマスカス鋼の……』


『よろしいですか!?』


『え、あ、あぁ……はい。あ、いや、でも……い、良いんですか?』


『無論です! そんな一山いくらで売っていた短剣で金貨7枚分の差が埋まるなら……はっ!? で、では私はこれで失礼!!』


 といって、全力でアリサからトンズラしていく商人。アリサはそれを呆然とした顔で見送った後、


「ふ、ふふ……い、いやぁ……なかなかいい商売できたわね」


「おまえ、自分の世界じゃ銀貨1枚もしない安物のペンでなんてことを。しかも……それお前の世界では伝説の金属とか言ってなかったか。おまけに最近宮廷魔術師たちがその鋼の魔力伝達速度が異常ってことに気が付いて、値が高騰していたはずだが」


「……うん。私もちょっと悪いことしたかなって思ってる」


 総額で金貨200枚分の利益を一瞬で上げたアリサに呆れつつ、ヴァイルは思わず額を抑える。


 もうこいつ露天開かなくても結構な額を稼いでいるよ。


「ま、まぁ! これで露店開く資金はできたわね!!」


「おまえ、まだ稼ぐ気か!? それだけあったら4人家族でも1年は遊んで暮らせるぞ!?」


「バカね! 金はいくらあっても困らないものよ! 冒険するための装備だって欲しいしね!! さぁ、レッツ商売よ!!」


「はぁ……」


 この詐欺師め……。と、ヴァイルは思わず呟くも、結局指令の件があるのでアリサを放置することもできず、彼はアリサの露店設営のために尽力することになった。




…†…†…………†…†…




 そして、その火の曜日。


「なんだこれ?」


「見てわからない? 麺よ」


「いや……それは分かるんだが、なんで焼いてるんだ?」


「焼きそばをするからに決まってるじゃない!!」


「焼きそば?」


 裏路地に開いた露店では、巨大な鉄板に大量の麺と具材をぶちまけ、ダマスカス鋼のナイフをへら代わりに、豪快に焼いているアリサと、それを不思議なものを見る目で見つめているヴァイルの姿があった。


――この光景宮廷魔導士とあの商人たちが見たら泣くな……。と、鉄板をこすりジャッジャッと音を鳴らすダマスカスナイフを見ながら、ヴァイルはとりあえずこちらでの常識を確認してみる。


「こっちじゃ麺っていうとスープに具材と一緒に入れて食うもんなんだけど」


「あぁ、ラーメンのことね。私の世界じゃこういう食べ方もあるの! ソースがなかったのが残念だけど、幸い塩と胡椒はあるからね。具材の海産物もいっぱい手に入ったし、今回はシーフード塩焼きそばで勝負よ!!」


「はぁ……」


 いい匂いはするけど、ほんとにこれ食えるのかよ……。と、麺と具材がごっちゃに焼かれた珍妙な料理に首をかしげつつ、ヴァイルは客寄せをするために露店の外に出た。


「しっかり客寄せしてきてね! お客さんたくさん来たら給仕もよろしく!!」


「…………………………」


―—こいつ、俺が一応軍事関係職である警備隊の一人だって忘れてるんじゃないだろうな……。


 にこやかな笑顔でヴァイルにパシリを扱うような命令をしてくるアリサにとことん疲れ切りながら、ヴァイルは黙って客寄せをするために看板片手に表通りへと歩き出した。




…†…†…………†…†…




 一方そのころ、ヴァイルがいない城壁警備隊は、


「旦那もアルフォンスも、仕事しないでどこに行ってるんですかぁあああああああああああああ!?」


 泣きながら、二人分の書類を山積みにして持ち、関係各所へと配布するために城壁内を走り回るロベルトの姿があった……。




…†…†…………†…†…




「ありえん……なんでこんなもんが売れる」


「こんなもんって言わない! はい、シーフード塩焼きそば3人前お待ち!!」


 祭りが始まってから数時間が立った。ちょうど時刻はお昼時。アリサとヴァイルの露店は、


「お~い、ヴァイルの旦那! こっち3人前ね?」


「相変わらず尻に敷かれてますね。あ、こっち4人前でお願いしします。家族と一緒に来ている物で」


「たいちょうさ~ん! おそば一つ~」


「な、なんじゃこの味は!? 今まで食ったことがない……シェフを、シェフを呼べぇえええええええええ!!」


「だぁ、もう、うるせぇえええええええええええええええ!? いっぺんに言われてわかるか!! 順番待ちしろ順番待ち!!」


「ごるぅあ! ヴァイル! お客様に対してなんて口のきき方してんの!!」


「俺が悪いのか!?」


 ヴァイルがあまりの忙しさに思わずキレてしまうほどに繁盛していた。


「ちくしょう!? なんだこの忙しさ!? ありえんぞ!! この祭りは表通りの出し物だけで満足できるから、裏路地まで足伸ばすのはよっぽどのツウの奴だけなのに……新参のウチがなんでこんなに繁盛する!?」


 汗だくになりながら必死に給仕をしてきたヴァイルが、ようやく客の波が途絶えた時を見計らい一息入れながら休憩していると、次に来るお客さんのために焼きそばを焼いていたアリサがにやりと笑った。


「わかってないわねヴァイル。こういう祭りでの屋台料理っていうのは、それだけで結構な味の上向き補正がかかるの。おまけにうちの焼きそばは、麺の新しい可能性を提示した新作料理! 物珍しさも手伝ってうまさ増し増し私ウハウハなのよ!!」


「とりあえずお前がはしゃいでいるってことだけは分かったわ……」


―—まったく、今日はのんびり祭りまわりながら仕事さぼる予定だったのに……。と、あくまで仕事をさぼることをあきらめようとしないヴァイル。


 そんなヴァイルにアリサは苦笑をうかべながら、


「でもそうね……そろそろ休憩はさんでもいいかしら?」


「まじか!?」


「あたりまえよ。お昼の忙しい時間も過ぎたし、客足も落ち着いたしね。とりあえず、あとは私一人でさばけそうよ。それに、私も悪魔ってわけじゃないんだから……ちょっと、なんでそこで盛大に首かしげんのよ? 殺すわよ……悪魔ってわけじゃないんだから! 従業員に休憩だすのも店主の仕事なのよ!!」


「おぉ……くそう、なんだ。一瞬だけこいつが天使に見えた。俺がこんなに死にかけてるのはこいつのせいなのに!?」


「つべこべ言うようなら、このまま働かせてあげてもいいんだけど?」


「休憩いただきま~す!!」


 そういって、脱兎のごとく逃げ出すヴァイルにアリサはため息を一つ付きつつ、


「あ、いらっしゃい! 焼きそば何人前ですか?」


 新しく屋台に入ってきた客に0¥スマイルを浮かべた。




…†…†…………†…†…




 そんな彼女をじっと見つめる三人の男の姿があった。


 服装は明らかに上流階級を思わせる上等な物。平民や貧民が集まるこの祭りでは明らかに浮いている格好だ。


「うへへへへへ。こんなところで勇者の友人をみつけるとはラッキーだじょ」


 と、太った男は笑う。


「ここでうまく奴を籠絡できれば……勇者に対する我々の影響力が跳ね上がる」


 と、やせぎすの眼鏡をかけた男が言った。


「そうすれば、俺らは侯爵になることだって夢じゃねー」


 と、下卑た笑みを浮かべた男は笑う。


 この三人は騎士団に所属する王都の下級貴族達だった。そのうえ、貴族社会のヒエラルキーの中では底辺を這う存在なうえに、大した努力もせず騎士団に入った後も、剣術下手なくせにヘタレ根性発揮して、比較的どころか軍隊の訓練の体すらなしていない騎士団の訓練をさぼるわ、あとから入ってきた後輩騎士には偉そうにするわ、自分たちの実家より貴族の階級が低い騎士隊長の言うことは絶対聞かないわ……という、様々な問題を引き起こす問題児ヒラ騎士たちであった。


 だというのに彼らは、自身はもっと有能だと思い込んでおり、自分の現在の身分に不満を持っていた。そこで、彼らは現在国の重大な来賓と扱われている勇者――はいろいろな有力貴族が周りを固めているため手が出ないので――の友人に近づき、自分たちの醜い出世欲を満たそうとしていた。


 そんな彼らにとって、アリサが無防備な状況に置かれた今の状況は極めて好都合だった。


 そこで彼らはまるで偶然出会ったかのような体を装いアリサの屋台を手伝い、彼女の油断を誘い拉致監禁。家に待機させているちょっと人には言えない職業の奴らを使い、彼女を籠絡しようとしていたのだが……。


「にしてもあの平民め……。我々が狙っていたポジを!!」


「昼間に声をかけたときは『あ、いえ……すいません。人で足りてるんで遠慮します』なんて言われてしまったしなっ!!」


「あの平民さえいなければ、俺らの策はうまくいっていたのに」


 と、いって男たちは全力疾走で屋台から逃げていくヴァイルを睨みつけ、ギリギリと歯ぎしりした。


 本当は彼らのことはアリサが『関わり合いになりたくない貴族』として把握していて、雰囲気ビジュアルともに気持ち悪かったため丁重にお断りしただけなのだが、もともと自分たちが『絶世の美男子』なんていまどき町の子供だって言うのをためらうような勘違いをしている彼らに、そんな可能性は最初から眼中にない。


 自分たちの策が失敗したのは全部ヴァイルのせい、と彼らの脳内ではそんな都合のいい変換がなされているのだ。


 ゆえに、


「あの平民を殺すじょ……」


「あぁ、我々の邪魔をしたことを後悔してもらうか」


「イヒヒヒヒヒ。裏路地の汚いしみにしてやる……」


 男たちはそう言って、周りに連れてきていた誘拐用の子飼いの部下たちに指示を下す。


『あの男をとらえて……殺せ』と。




…†…†…………†…†…




 ようやく屋台から解放されたヴァイルは一目散に祭りへと飛び出したのだが、


「……なんでだ」


 ヴァイルは自分の目の前に倒れ伏した男と、自分に助かったよ~と笑いかけてくる商人を前にして呟いた。


「なんで今日に限って……こんなに犯罪が多いんだよぉおおおおおおお!!」


時は数分前にさかのぼる。




「いや~。ほんと助かった……あのまま延々働かせられたかと思うとぞっとするわ」


「ヴァイル隊長……まさかあんた帰らないつもりじゃ?」


「あははははは。親父~。何言ってるんだよ! 俺がまともに仕事してたところ数えられるくらいしかないだろ?」


「自慢できることじゃないですよ隊長……」


 ほんとアンタこれさえなければいい人なのにね……。とヴァイルに、普段仕入れをしている鶏肉の税金をタダにしてもらっているお礼として、無料で焼き鳥を振舞っていた屋台のおやじが苦笑を浮かべる。


「まぁ、俺ら商人としてもヴァイル隊長がいてくれると助かるよ」


「あぁ? なんで?」


「隊長いろんなところで有名ですよ? 仕事さぼって町に顔だしては、見かけた犯罪者根こそぎ捕まえているから」


「……普通そういうのは騎士団の仕事なんだけどな」


―—ウチの騎士はそういう仕事しないから。と、ヴァイルは王宮にこもって全く出てこない治安維持組織に愚痴を漏らす。


 親父もその言葉に苦笑をうかべながら首肯を示し、焼いていた焼き鳥をひっくり返した。


 タレはない。塩焼き鳥だ。


「まぁ、そういうわけで隊長がいるときは町のならず者どもも息をひそめて……」


 いるわけなんだよ! と、親父が嬉しそうに告げたかけた時だった。


「きゃぁああああああああああああ!? ひったくりィイイイイイイイ!!」


「「………………」」


 表通りの方から聞こえてきた女性の悲鳴に、ヴァイルは思わず目の前で氷結する親父を眇めた目で見つめる。


「息をひそめてるんじゃねーのかよ」


「あ、あれぇ? 最近王都に来た新入りかな……」


「入国審査もうちょっと厳しくする必要があるかもな……」


 だがそうなると今度は城壁警備隊の責任問題が浮上してくるわけで、


「ったく、仕方ない……。自分の不始末ぐらいは片づけてくるさ」


「よっ! 隊長、男前!!」


「よせやい、照れるじゃないか」


 と、割とノリノリで答えながらヴァイルは悲鳴が聞こえた方へと走り出し、


「どけえええええええええ!」


「や、どかんし」


「ぶっ!?」


 自分に向かって突っ込んできた、明らかに女性もののカバンを持って逃げる男を拳の一撃で撃沈させた。


「あ、ありがとうございます!」


「いやいや気にすんな。ただし、うちの町は公的治安組織がぜんっぜん仕事しないから、今度からはもうちょっと自衛して……」


 そして、そのあとを追っていた女性にカバンを渡しながらこの町の法律(ルール)を教えておこうとしたときだった、


「強盗だぁああああああああ!!」


「……え」


―—あ、あれ? 今日やけに犯罪多いな? と、再び聞こえてきた悲鳴にヴァイルは首をかしげる。だが、さらに不幸なことは続いた瞬間、


「く、食い逃げがっ!」


「あれ?」


「泥ぼぉおおおおおお!」


「おいおい!」


「へ、変態がぁあああああああ!!」


「はぁはぁ、お、お嬢さん……もっと、もっと俺のこと罵ってぇえええええええ!!」


「……………………」


 なんだか一人ほど聞き覚えのある声が聞こえたが、知り合いと思われたくないので全力で無視しておく。


 とにかく、あたり一帯で犯罪が多発してし合っていて……。


「おいおいおいおい……冗談だろ!?」


―—何が一体どうなってやがる!? と、ヴァイルは思わず叫びながら無視するわけにもいかないので、とりあえず一番近くで聞こえた強盗の方へと足を延ばす。




 そして、その数分後……。一通りの犯罪を鎮圧した(とあるドMはタコ殴りにしてゴミ捨て場に放り込んでおいた)ヴァイルは肩で息をしながらこう叫んだ。


「なんで今日に限って……こんなに犯罪が多いんだよぉおおおおおおお!!」


 と。




…†…†…………†…†…




 そんな風にだんだんと疲れてきたヴァイルを陰から見つめていた裏世界の住人達はほくそ笑んだ。


 もっと疲れろ。


 もっと苦しめ。


 そしてお前が疲労で膝をついたとき……。


 我々の任務は完了する……。




…†…†…………†…†…




 というわけでヴァイルはイラついていた。


 久々の休みなのに(アリサとの屋台のお話は都合よく忘れている)なぜかやたらと仕事が降りかかってくる。


 おかげで焼鳥屋の親父にも「いや隊長……終わってからならいくらでもおごるから、とりあえず表を何とかしてやってくれよ」といって追い出されてしまうし、いまだに軽犯罪減らないし……。


 延々とやっても終わらない次々と湧き出る仕事達にヴァイルはイラついていた。


「おいこら……なんだこら。俺のことがそんなに嫌いか神様? いいぜ、俺だってお前のこと嫌いだし。光の女神だか何だか知らんが消し飛ばすぞクズが」


 宗教関係者が聞けば泡を吹いてぶっ倒れそうなセリフをブツブツとつぶやきながら、ヴァイルは先ほど屋台のおやじが情報をくれた乱闘騒ぎ現場へ向かうために、細い裏路地に飛び込んだ。


 屋台も作れない、狭い路地。横並びなら、せいぜい並べて3人が限界だろうと思われる広さだ。


 たとえば、


「あんなふうに……って、あぁ?」


 ヴァイルが裏路地に入ってしばらく行くと、そこには黒ずくめの恰好をした不審な男が三人立っていた。気配が極端に薄いため気付けなかった。おそらくかなりの手だれだろう。


 背後にもさらに三人の気配。だがこちらはあからさまに気配を垂れ流している。どこからどう見ても素人。


―—仲間じゃないのか? と、ヴァイルが背伸びして後ろを覗いてみると、そこにはなにやら気持ち悪い笑みを浮かべた貴族風の男が三人立っていた。


―—はて? 貴族にケンカを売るようなまねをした覚えはないんだが……。と、今の意味不明な状況に首をかしげるヴァイル。


 だが、敵は待ってはくれなかった。


「平民、お前には死んでもらう」


「えぇっと……人違いでは?」


 背後に座して下卑た笑いを浮かべる貴族に、とりあえず逃げるためにそう主張してみるが、黒ずくめ達は待たなかった。


 瞬時に距離を詰めナイフ片手に自分に襲い掛かってくる男たち。ヴァイルは舌打ちをし、自身の体内に眠る魔力を起こし、それを一定の手順で体内に循環。身体制御魔法を起動する。


 接触。金属音。


 男たちの手に持っていたナイフが次々とヴァイルの体に突き立ち――粉々に砕け散る。


「「「――っ!?」」」


 三人の黒ずくめ太刀は驚愕に目を見開き、慌てていったん距離をとる。しかし、貴族はそれを見て激怒した。


「貴様ら何を手間取っている! その程度の平民一人さっさと殺さんか!!」


「そうだ! なんのために貴様らに高い金を払っていると思っている!!」


「貴様らが言うから俺らは子飼いの部下を何人も使って騒ぎを起こさせたんだぞ! 失敗したら承知しないからな!」


「ん?」


 次々と上がる貴族の怒声に、ヴァイルは聞き捨てならない一言を聞き、思わず貴族へと視線を走らせた。


「あの~すいません。聞き違いだったらいいんですけど、騒ぎ起こしたってどういう?」


「あぁ? はっ! 決まっているだろう! 貴様がてんてこまいになって片づけていたあの無数の騒ぎたちはすべて我々の部下が起こしたことっ!!」


「つまり貴様は、我々の掌で踊らされていたということだっ!!」


「どうだ、あまりの偉大なスケールに言葉もでまい!!」


 と威張り散らす貴族たち。だが、彼らが求めた反応とは真逆に、ヴァイルの顔は見る見るうちに能面のような無表情へと変貌していき、


「へ~。つまり俺が今日一日やたら忙しくて祭り楽しめなかったのは……」


「はっ!! 貴様の事情なんて知ったことか!!」


「…………………………」


 ヴァイルが無言になって、


「あはっ?」


 とてつもなく冷たい笑みを浮かべた瞬間、背中にとてつもない悪寒が走った黒ずくめ達はあわてた様子でヴァイルにとびかかり、


「「「――!!」」


 ヴァイルが取り出した槍の一薙ぎによって、路地の壁や地面に激突。人型の大穴やら、首だけ壁に埋め込まれた奇妙なオブジェへと変貌した。


「「「…………え?」」」


 その信じられない光景に、貴族たちは思わず固まるが、


「ふ~んっ!!」


 という、軽い掛け声とともにヴァイルが投げた槍が彼らの顔面横すれすれを飛来し、裏路地の地面に激突。激震と衝撃波をまき散らしながら地面を粉砕するのを見て、思わず腰を抜かした。


「「「あわ、あわ……あわわわわわわわわ」」」


「いいかお前ら……その腐った耳の穴かっぽじってよ~く聞け」


「「「は、はぃいいいいいいいいいいいい!?」」」


「俺は今虫の居所が悪い……。具体的にいうとどこかのバカどもがほとんどクーデターじみた行動で俺に嫌がらせをしてきやがったからだ。わかるかバカども、町の各所で部下暴れさせたなんて王宮に知られたら立派な反逆罪が問えるんだぜ? そこらへんわかっていて俺に嫌がらせしてたんだよなぁ、おい!!」


 瞬間、ヴァイルの質問を聞いた貴族の男たちの顔から一気に血の気が引く。


 それはそうだろう。まさか軽い嫌がらせをしていたつもりが、いつのまにか自分たちは一級犯罪者。


 やっていた内容は間違いなく最終的な目標がどうであれ町の機能をマヒさせるものだったし、ヴァイルが動いていたから大きな混乱にはならなかったものの、もしも彼がいなければ、騎士団が出てくるまでの事態に発展していたかもしれないのだ。


 そして、そんな状態で彼らが犯人だとばれれば――間違いなく首が飛ぶ。


 その事実に彼らがようやく気付いたのを確認したヴァイルは、ひとつ頷き、


「そんなわけでお前ら……覚悟はできているんだろうな? とりあえず俺はこれから国家転覆を狙った貴族が三人ほど町に潜伏していると王宮に報告に行こうと思うんだが……」


「「「ま、待ってください!! 後生ですからそれだけはぁあああああああああ!!」」」


 必死に懇願する三人を見て、ヴァイルはにやりと不気味な笑みを浮かべた。


「よし、なら貴様らにチャンスを与えてやろう」


「「「っ!!」」」




…†…†…………†…†…




「で、捕まえてきたと」


「いないよりいた方がましだろう。三人寄ってようやく俺一人分の働きだが」


「貴族がちゃんと働けているだけでも結構すごいと思うけど?」


 あれから数分後。ヴァイルは三バカ貴族が放った部下たちを回収し、アリサの屋台へと帰ってきていた。


 時刻はちょうど夜。夕飯時だ。アリサの屋台は昼間以上の盛況を見せ、正直ヴァイルだけではさばききれなかっただろうな……と思ってしまうほどの客でごった返していたのだが、


「うぅ……なんで俺がこんなことを」


「い、いや……でも一応アリサ殿の近くにいるしチャンスでは?」


「チャンス? そんな余裕どこにあるんだよ!! いいから3番と5番のオーダーとって来いよ!!」


「「今忙しい、お前が行け!」」


「なんだと~!!」


「まぁま坊ちゃん……あ、は~い。3名様ですね」


 3バカ貴族とその部下たちが意外と頑張って給仕をしてくれていたため、何とかしのぎ切れていた。


「いや~。ほんと楽でいいわ。俺も仕事しなくてよくなったし」


「そうね~。ところでヴァイル。あんた本当に騒ぎおさめるのが忙しかっただけで、わざと私の屋台避けていたわけじゃないでしょうね?」


「っ!? ……なななななななな、何をおっしゃっているんですかアリサ殿」


「うん。とりあえずあとで話があるから、店の裏来なさいよ?」


「お前どこの不良だよ!?」


 アリサの凄絶な脅し文句を聞き慄くヴァイル。そんなヴァイルに少し笑みを浮かべた後、アリサは一つの皿をヴァイルに差し出した。


「ん? なにこれ?」


「何って焼きそば。そういえばここで働かせているのにアンタには食べさせてなかったな~と思って」


「え~。晩飯これかよ……」


 と、ちょっとあんまり見ない麺の姿にヴァイルは引いているが、あいにくと昼飯は焼き鳥数本だけ食べた後、騒ぎに巻き込まれたためあまり食っていない。


 つまり彼は空腹だった。


「くそぅ……」


―—食うか……。と、ヴァイルは意を決したようにフォークを手に取りその焼きそばを口に運んだ。


 そして、


「ん?」


「……どう?」


「……いや、なんというか、その……うまいな。びっくりした」


「でしょ!」


 目を丸く見開いて次々とそばを口に運ぶヴァイルを見て、アリサは屋台のカウンターに両肘をつきながら、満足げな笑みを浮かべておいしそうに自分の料理を食べる人たちを見つめるのだった。




…†…†…………†…†…




 後日。どういうわけか早朝からヴァイルはサーシャの総隊長執務室へと呼ばれていた。


「あの、隊長……いったいどうしたんすか?」


「いや。実は騎士団から『何か知らんか?』という質問が来ていてな」


「はい?」


「なんでも騎士団に所属していた3人の騎士が『我々はこの世でもっとも美味な料理を食べた! 我々の使命は騎士団として戦うことではなくあの味を広めることだ!!』とかいって突然貴族位の返上と騎士階級の返上をしたかと思うと、まちに『焼きそばや!』という店を開いたらしくてな。その騎士たちが先日の火曜祭に行っていたというので、こちらに詳しい我々に『何か知らんか?』という質問が来たわけだが」


「…………………………」


 なんというか……知っているどころか、ものすごく聞き覚えのある話だったが。


「……………」


―—まぁ、べつに誰の害になるわけでもないし……。と判断を下したヴァイルは、無言でサーシャの部屋から飛び出し逃走を開始した!




 そしてその数分後、あっさりサーシャにつかまったヴァイルは結局すべてを白状し「目立つマネはするな!! 騎士に睨まれたらどうするっ!!」とこっぴどく叱られることとなった。


 日常ものあと二つ続く……かな?

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