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ある脇役の英雄譚  作者: 小元 数乃
勇者の友人編
22/46

閑話・回想する二人

 私が師匠と出会ったのは私がちょうど魔族としての姿を取り始めたころだった。


 師匠は二代目勇者の頃、魔王の側近として活躍していた四天王の一角《鮮血の槍》だといっていた。現在私と一緒に四天王をしている、現四天王の最古参《不死の躯》がそのことは保証してくれたので間違いないだろう。


 師匠に出会う前の私は孤児だった。物心ついたころには一人で暮らしていた私は、どういうわけか人間と魔族が戦争している戦場の近くに住んでいた。そのため私の周りには常に血の香りが漂っていた。時々血まみれになった人間や魔族が自分の家の近くで死んでいることもあったので、私が《鮮血》という属性に目覚めたのも仕方のないことだったのだろう。


 年を重ね成長していくにつれ、血色の結晶が私の全身を覆い始めた。それが魔族の第一次成長だと知らなかった私は、変な病気にかかったんじゃないかと恐れ戦きながら泣き暮らしていた。


 そんな私を助けてくれたのが、勘を取り戻すついでに少し全戦を押し上げるかとやってきていた師匠だった。


 戦場に向かう途中、全身を真紅の結晶で覆われて泣いていた私を見て驚いた師匠は、あわてて私に駆け寄ってきて話しかけてくれた。


「だ、大丈夫ですから!! 泣かないでください!! これは魔族の第一次成長で、誰でも通る道です、きちんと訓練さえすれば元の姿に戻れますから!!」


 生まれて初めてかけられた優しい言葉に、私はさらに声を大きくして泣いた。あのときの師匠の慌てふためいた顔は、今思い出しても少し笑ってしまう。


 これが、私が師匠と呼ぶ前四天王《鮮血の槍》との出会いだった。




…†…†…………†…†…




 師匠は……はっきり言ってしまうと悪いが、かなりお人よしな人だった。


 行く先々で困っている魔族を助け、結局最後は騙されて損をする。そんな人だった。


 私がしっかりしないと……。と、私が思い始めたのは師匠に出会ってから数週間たったころ。師匠の集中的指導で、何とか元の人型の姿をとれるようになった私の目の前で、師匠が蝙蝠型の羽を持った魔族の詐欺師に有り金全部だまし取られてしまったのだ。


 さすがにその時は師弟関係なんて無視して、師匠をぶん殴ってしまったが師匠はいつものように苦笑を浮かべて「すいません……」と謝ってくるだけだった。


 そんな師匠の様子に私は大きくため息を漏らし、近くの山へとこもることを提案。当時私たちが目指していた山は腕試しの山としてかなり有名で、凶悪なモンスター(魔族に飼いならされているのが魔獣で、モンスターとは根本的に違う)たちがいることで知られる危険な場所でもあった。


 師匠はもとより修行のために山籠もりをつもりだったそうだが、私は「師匠をこれ以上俗世においておくのはまずい……主に生活面で」という意見が脳内をしめていたから山籠もりを勧めた。


 こうして私と師匠の山籠もり生活が始まった。


 鉄よりかたい毛皮を持つオオカミや、呼吸で常に毒のキリを吐き散らしまくるナメクジなど、さすが腕試しの山……というか確実に殺しに来ているよね? という危険な生物たちとの激闘を重ねながら、師匠をだます存在がいない分リラックスして過ごせた山籠もり生活。


今思い出すだけでも私の生涯で一番楽しい時間だったと思う。


 冷や汗を流しながら狩った強力なモンスターの死体をしり目に、達成感のあまり笑いながら二人でハイタッチを交わしたこと。食糧が足りなくなってしまい、代わりに釣りに行ったら《どうやって川に潜んでいたの!?》と思ってしまうほど巨大なドラゴンを吊り上げてしまったこと。師匠がここにこもっているとうわさを聞きつけた、先代四天王のひとり《葬送の羽音》が遊びに来て稽古をつけてもらったこと。


 そのすべてが宝石のように輝いていた。師匠も私も……笑っていた。だが……。


 そんな日常は、あいつの出現によってもろく崩れ去った。




…†…†…………†…†…




 もうだいぶん《鮮血》属性の使用にもなれ、師匠ほどではないが《ブラッド・ウルフ》の小型を数頭操れるようになった私は、近くに強いモンスターがいないか警戒しながらキノコ狩りを行っていた。


 あのころの食糧収集は、私が野菜やキノコ、師匠がモンスターを狩って、肉を集めるという分担が暗黙の了解でできていた。


 本当は師匠の戦う姿を見て見たいという気持ちもあるのだが、私が近くにいると師匠が本気を出せないということも事実なので、私は甘んじてこの役目を遂行している。


 そんなときだった。私が操っていたブラッド・ウルフが何かに反応した。どうやら何か異物を見つけたらしい。


―—なんだろう?


 私がそう思いながら、気配を極限まで殺しブラッド・ウルフが何かを見つけた場所へと急ぐ。


 そして私は見つけてしまった。


 巨大なクマ型の魔獣の死骸の目の前で横たわる、血まみれの少年の姿を……。


「なっ!? 大丈夫!?」


 私があわてて駆け寄ると、その少年はうめき声を漏らして目をうすく開いた。


「なんで……こんなところに……」


 魔族がいるんだ? と聞きたかったのだろうと私は思ってしまった。


 まぁ、この山の環境は魔族がすむには不向きだからね~。当時の私はそう言いながら、少年に特に目立った外傷が見当たらないのを確認した後、ほっと一息ついたのだと思う。どうやら少年についた血は、目の前で横わたっているモンスターを殺した時についた返り血だったようだ。


 しかし、少年の体はかなり衰弱している……。まるで何日も飲まず食わずで歩いてきたような姿だった。


―—これは早く家に連れ帰って治療してあげないとまずいわね……。


 そう判断を下した私は、近くに少年の荷物はないかと視線をめぐらせた。もうすぐ血の匂いを嗅ぎつけたほかのモンスターたちが、死体を食らいにやってくるだろう。そのため、しばらくここには近づけない……。だったら、連れ帰るにしても何か持ち物があるなら今のうちに回収しておいた方がいい。


 そして私は見つけた。真っ赤な血に染まった、折り畳みができるような仕組みが柄についている、一本の鉄槍を……。


―—これ……グリズリーロードじゃない。どうやってこんな化物倒したのよ……。


 モンスターの死骸が、この山の陸上に潜む最大級のモンスターの死骸だと驚きながら、私はその死体を上り、グリズリーロードの首に突き刺さっていた、槍を引き抜いた。


 そして、死体から飛び降り少年の体の下にブラッド・ウルフを数匹生成して、いつの間にか再び意識を失っていた少年を無理やり持ち上げる。


「じゃぁ……帰るわよ」


 血色の狼たちにそう告げると、彼らはかわいらしい声でキャンキャンと鳴き、少年を担いでいるとは思えないようなスピードで走りだした。私もその隣を並走しながら、この少年が一体何者なのか、と首をかしげながら家路へと急いだ。




…†…†…………†…†…




 目を覚ました少年は、自分がどこにいるのかわからないのかきょろきょろと不思議そうにあたりを見廻していた。


「目が覚めた?」


「……ここはいったい」


「ここはロック山……またの名を『試しの山』です。山腹中央であなたがぶっ倒れていたのをうちの弟子が助けたんですよ? 彼女にお礼を言ってくださいね」


 私と交代で少年の看病をしてくれていた師匠は、ニコニコ笑いながら少年にそういった。


 少年は師匠の言葉を聞いて、眉一つ動かさないまま私にぺこりと一礼をする。


「感謝する」


 あまりにあっけなく、心のこもっていない謝礼の言葉に私は少しムッとしながら「いいえ、どういたしまして」と、嫌みたっぷりに答えてやった。


 しかし、少年は特に堪えた様子も見せず、師匠にも同じように頭を下げていた。要するにまったく感謝の念が見えないあのムカつく礼だ。


「ちょっとあんた!! もう少し、真剣にお礼を言ったらどうなのよ!!」


「まぁまぁ……メルティさん。僕は気にしていませんから」


 さすがに師匠にも同じ態度をとることは許せなかった私は、少年に食って掛かろうとするが、師匠は苦笑交じりの言葉とともに私を引き留め、少年と私をさえぎった。


「なんでこんなところに来たのか? どうして倒れていたのか……。まぁ聞きたいことはいろいろあるんですが、それはおいおい訪ねていくことにしましょう。とりあえず一番に聞くことは……」


 フーッ! フーッ!! と少年に向かって威嚇をする私に冷や汗を流しながら、師匠はいつものような微笑みで少年に質問する。


「あなたの名前は……何ですか?」


 師匠の質問に、少年は初めて表情を動かした。


 その変化が驚きなのか、お人よしな師匠に向かっての呆れだったのか当時の私にはわからなかったが、


「ヴァイル……クスクです」


 少年がそう答えるのに、あまり時間はかからなかった。




…†…†…………†…†…




 ヴァイルはおとなしい少年だった。


 若干感情の表れにくい顔ではあったが、慣れれば意外と表情豊かでソコソコいいやつだということが分かった。


 師匠が言うには「何か暗い過去を背負っている気配がしますね……。私の知り合いにもいましたよ。ああいった人が」と言っていた。


 その知り合いさんは数日後に自殺してしまったらしい。だから師匠もヴァイルの扱いには慎重になっているようだった。


 とはいえ私は師匠ほどお人よしじゃなかった。突然この山にやってきたヴァイルを、師匠みたいに信用するわけにはいかない。だから


「まただまされるかもしれませんよ?」


 私が師匠にそう尋ねた。一応警戒してくださいよ? という意味を込めて。でも師匠はいつものように、微笑みを浮かべながらカリカリと頭をかいただけだった。


「いや……僕が騙されるだけで済むんだったら別にいいですよ。不幸な目に合うのは慣れていますんで」


 相変わらずお人よしすぎる師匠の発言を聞き、私は「も~!!」と怒りながら、師匠に右ストレートを叩き込んだ!!


 結構シャレにならない威力だったらしく、吹っ飛んだ師匠の体は壁にめり込みそのままダランと四肢をぶら下げる。その光景を見ていたヴァイルが無表情ながらにガタガタと震えていたが、私は鼻を一つ鳴らしただけで、そのまま家を飛び出した。


 師匠は本当に……私がどれだけ師匠の心配しているのか、どうしてわからないんですか!! と、内心で怒りながら。




…†…†…………†…†…




 ヴァイルが来てから数週間がたった。どうやら私の心配は杞憂だったらしい……。と、当時の私は油断していた。


 あれからヴァイルは師匠の誘いや、私の命令を素直に聞き、食糧収集やモンスターの狩りなどの協力をしてくれた。一応ヴァイルもそれなりの実力を持っていたようで、私たちの猟の足を引っ張ることもなく無難に日々を暮して行った。


 そんな日々の合間に、師匠との会話や私との喧嘩を経てヴァイルもだんだんと表情を顔に出すようになっていた。


 時には怒り、時には泣き、時には笑い、時には……助けてくれた。


 なんだかんだ言いつつも、私も年の近い友人ができて少しはしゃいでいた。ヴァイルがよく笑うようになってからはなおさらだった。よくどっちがキノコの採集でたくさんとってきたかとか、猟で倒したモンスターはどちらが強かったか……なんて、くだらない理由でよく喧嘩もした。


 殴り合いになった喧嘩もしばしばあったが、それでも食事の時や遊びの時はお互いに笑って楽しい生活を送れていた気がする。


 だけど……そんな生活は、


「……」


 幻だったと思い知らされた……。


「なんで……」


 私がキノコ狩りから帰って来たとき、私が見たのは真っ赤に燃え上がる私と師匠と……ヴァイルの家だった。


「し、師匠!! ヴァイル!!」


 突然起こった緊急事態に固まっていた私だったが、家の中には二人がいることを思い出した私は、あわてて全身を血の鎧で覆い炎の中に突っ込んだ。


 そして私は見てしまった。


「……どうして」


「あ……」


 ヴァイルの槍によって首を串刺しにされた師匠と、その死体を呆然自失といった顔で見下ろすヴァイルの姿を……。


 そして、そのヴァイルの手には……師匠を突き刺している槍の柄が握られていて……。


「あ……あぁ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 何を言っているのか、自分自身でもわからなかった。


 ただ私は師匠を殺したと思われるヴァイルに、血の鎧で覆われた拳で力一杯殴り掛かり、


「っ!?」


「!!」


 あっさりと血の鎧を砕かれ、拳を痛めるだけの結果に終わった。


 その間ヴァイルは微動だにしなかったが、


「……」


 再び表情の消えたヴァイルの瞳からは、涙が零れ落ちていた。


「あ、あんたが師匠を殺したの!!」


 あまりに固すぎるヴァイルの体に、傷一つつけられない自分が情けなかった。ポロポロと涙をこぼしながら、ヴァイルの体に弾き飛ばされた私は、腕に走る信じられないほどの激痛をこらえながら師匠の死体に縋り付く。


 そうしていれば……師匠が息を吹き返して、いつものように笑ってくれる気がしたから。


 だが、現実は残酷だった。


「ああ……。俺が……殺した」


 呆然と泣きながら、ヴァイルはそう告げる。そして……


「すまない……。許してくれ……。こ、こんなつもりじゃ……」


 かすれた声でそう懇願した……。


 だけど、そんな言葉で、


「っ!!」


 師匠を殺した男を、許せるわけがなかった!!


「出ていけっ!!」


 私は近くにおいていた瓦礫を掴み、ヴァイルに投げつける!


 火災現場にあったものだからか、それはすさまじい温度を持っており、ジュウッという音を立てて、私の手を焼いた。だけど、そんなものが気にならないくらい、私の頭には怒りと悲しみが満ちていた。


 瓦礫はヴァイルへと命中したが、ヴァイルの硬い体にぶつかったそれはあっさりと砕け散り、ヴァイルの体に何の傷も負わせることができなかった。だが、そんなことはもう関係ない!!


 信じていたのに……。仲間だと思っていたのに……何で師匠を殺したんだ!!


「出ていけ!! 私と師匠の家から……出て行けよ!! この化物!!」


「……」


 ヴァイルは泣きながら、師匠の体から槍を引き抜き暗い森の中へと消えて行った。




…†…†…………†…†…




 師匠の亡骸を燃え落ちた家の中から運び出した私は、その近くに師匠のお墓を立てて埋葬した。


 そして久しぶりに下の町に降りたとき、私はあいつのうわさを聞いた。


 どんな攻撃もきかない怪物。その槍の一撃は大地を揺るがし、いかなる防御も無に帰す化物。


 奴が通った道には魔族の死体が積み上げられ、生きている魔族はだれ一人としていなかったという……。


 《暴君槍》それがあいつの……町での名前。


 とんでもないものを呼び入れてしまった……。私が師匠を殺したんだ……。と、私は宿を借りると再び泣きくれた。


 毎日毎日泣き続け……最後に涙も枯れてしまった。


 そして私は誓ったんだ……。


 必ず……殺す。


 ヴァイル・クスクを必ずこの手で、殺してみせると!!




…†…†…………†…†…




 俺――ヴァイル・クスクは愚かだった。


 騎士になる夢を馬鹿貴族どもにつぶされた俺は、絶望のはけ口として魔族たちを殺しまわっていた。


 女も男も子供も老人も――あらゆる職業属性種族性別関係なく、分け隔てなく、俺はすべてを等しく殺した。


 理由なんかなかった。ただイラついていた、ただ絶望していた、たったそれだけの理由で、俺は魔族を殺しまわっていた。


 だが、そればかりをしていた俺はとうとう体に限界を迎えてしまった。


 当然だ。当初の俺の身体制御は今と比べるとまだ拙く、硬化と重量操作程度しか使えない。


 体を動かすエネルギーを節約するための《最適化》はまだ覚えていなかった俺は、魔族の虐殺を始めてから一週間後、まともに休みを取らなかったツケを払いぶっ倒れた。


 幸いその時戦っていた敵を打倒したときに倒れたのは不幸中の幸いだった。魔法もほとんど使えない状態であの巨大な熊を倒せたのは、一重に魔術の師匠が『覚えておいて損はない』といって俺に叩き込んでくれた、基礎的な槍術の訓練のたまものだろう。


 たが、そこからはもう俺は一歩も動けなかった。正直その時は死を覚悟した。それでもいいかと内心で思っていたりもした。


 魔族を殺しまわり幾分か絶望が薄れていた俺は、もうここで自分の人生を終えてもいいとその時本気で思っていた。


 だが、そんな俺は、


「なっ!? 大丈夫!?」


 一人の紅い髪をした少女が助けてくれた。


「なんで……こんなところに」


 人間がいるんだ? と俺は呟こうとして意識を失ってしまった。


 俺がこの時、最後の言葉を言えていれば、あんな悲劇は回避できたのかもしれないのに……。


――そして俺は誤解を受けたまま、少女――メルティ・ブラッドリンクに助けられて……しまった。




…†…†…………†…†…




 少女から助けてもらい、彼女の保護者である、眼鏡をかけ真紅の髪をした青年――槍の心得があるらしく、槍を持っていた俺に槍の手ほどきをしてくれたので、俺は師匠と呼ぶことにした――に許しをもらいはじまった共同生活は、俺に忘れていた記憶を思い出させてくれるには十分なものだった。


 騎士になるためにゲイルと泥だらけになるまで一緒に訓練に励んだ修業時代。


 食料をとってくれば両親が笑って褒めてくれた幼少時代。


 二人との生活は俺に優しいころの記憶を思い出させるには十分なほど楽しかった。


「へっへ~ん。どうよこのキノコの数!! あんたがとってきた食料なんて足元にも及ばないわよ!!」


「……」


「ええ? なに? 悔しいの? 悔しいの~? も~仕方ないわね。あんたがど~してもっていうなら、このキノコ採り名人であるメルティ様が、直々に! あんたに指導してあげてもいいんだけど!」


「ふふふふ……」


「な、なによ!?」


「そんなに調子に乗ってていいのかな、メルティ――。見よっ!! これが俺の最後の成果!!」


「っ!? そ、それは!?」


「どーだ参ったか!! ちょっと毒におかされながらも必死に倒したポイズンスラッグ!! これ解体したら一週間分ぐらいの食糧には……って、あれ? なんで逃げんのメルティ?」


「あんたバカなの!? 本気でバカなの!? そんなゲテ物食えるわけないでしょうが!!」


「なっ!? 師匠はちゃんと料理さえすれば食えるって言ってたぞ!!」


「たとえ師匠が料理したとしてもそれだけは嫌ぁあああああああああ!!」


 助けてくれた紅の髪の少女――メルティ・ブラッドリンクと騒いだり。


「メルティ可愛いと思いません? というわけでどうです? 将来的に彼女と夫婦になってみては……」


「あの……この年齢のガキに対してそういう話はちょっと」


「いえいえ。こういうお話は早い方がいい。それにあの子ちょっと女の子としては勝気すぎるきらいがありますから。今のうちに逃げられないようにあの子の奴隷(おっと)を見つけておいた方が私としても安心できるんですよ」


「あの、師匠……俺、身の危険を感じるんですけど」


 槍での高度な戦い方を教えてもらいながら師匠と無駄話をしたり……。


「師匠!? また山に変な人たちが来てますけど……まさか!?」


「あぁ……昨日町に降りたときにお金を貸してほしいと言ってきた人たちですね! あの時は手持ちがなかったのでこの山のふもとまで来るように言っておいたのですが、よかった! 無事にたどり着けたみたいで!! ではちょっとお金渡して――って、ヴァイル? なぜ私の服の裾を掴んで離さないのです?」


「ヴァイル。私が処理し終わるまで絶対師匠離さないでね」


「心得てる……」


「ちょ!? なんなんですか二人とも!? ちょっと早めの反抗期ですか!? あぁ!? やめなさい、メルティ!? 剣なんてもってあの人たちに何する気ですか!? あの人たちは病にかかった息子たちは101人抱えていて、一カ月はかかる町からはるばるやってきて、その子たちを助けるために必死で街の人たちに話しかけてお金を借りようとしていたのに!?」


「師匠、師匠……いくらなんでもリアリティなさすぎです」


「帰れ、この三流詐欺師どもぉおおおおおおおおおおお!!」


「あぁあああああああああああああ!?」


「はぁ」


 騙されやすい師匠をメルティと一緒に説教したり、本当に楽しい日々だった。


 だが、そんな日常はあっさりと壊れた……。


 ほかならぬ……俺自身の手によって。




…†…†…………†…†…




 ある日、俺とメルティは別行動をとっていた。


 メルティはキノコ狩り。俺は最近なにやら忙しそうに働いている師匠の手伝いをするために、彼の執務室を訪れていた。


「師匠~。手伝いに来ましたよ」


「おやヴァイル? メルティの手伝いは?」


「メルティ自身に『最近忙しいとか言って全く師匠が稽古着けてくれない……。あんた師匠の仕事手伝ってきなさいよ!! そうすれば仕事も早く終わって、私はまた師匠と――ウヘヘヘヘヘ』とかいって俺にお願い(・・・)してきたので今回はこっち優先で。もうあいつ色々と危ないと思うんですけど師匠どう思います?」


「あ、あははははは……。ま、まぁ子供の言うことですし」


 顔をひきつらせてうつろな笑みを浮かべる師匠。その笑顔に深い同情の念を覚えたのを俺は今でも覚えている。


 なぜならそれが、俺がすごした師匠との最後の日常だったから。


「それでは手伝ってもらいましょうかね。あなたは頭もいいですし……ちょっとこの書類見てもらえません?」


「っ!?」


「最近近くで起こっていた魔族の虐殺事件について調べているんですけど……ちょっと前にぱたりと被害がやみましてね。襲撃犯が死んだという話も聞きませんし、あなたはこの事件どう見ます? ヴァイル」




 そこには……俺が殺し尽くした魔族の町や村の様子が、詳細に記されていた。


 名前は魔族虐殺事件――犯人の仮称は《暴君槍》。この敵を速やかに見つけ、殺せとその書類には書かれていた。


 その書類の下にかかれていた名前は《不死の躯》。先代勇者と激闘を繰り広げたといわれる――四人の将軍《四天王》の二つ名。


 あて先は、


「《鮮血の槍》……」


「え? あ、あぁ……お恥ずかしい。昔の私の二つ名でしてね? ちょっとかっこつけすぎかなと思うんで今まで言わなかったんですけど……」


「っ!?」


 その時ヴァイルはようやく気付いた……。


 この男が魔族で――俺が今まで笑いあって過ごしていたのが、人類の敵だったということを。




…†…†…………†…†…




 気が付けば家が燃えていた。眼前ではところどころに血の鎧をまとった軽装の師匠が息も荒く紅の槍を構えている。


「……な、なぜです、ヴァイル!」


「黙れ……」


 騙されたと思った。師匠は俺を騙して、まるで普通の子供の用にはしゃいでいた俺をあざ笑っていたんだと思った。


 そんなわけはないのに……話の脈絡をよく考えれば、師匠がそんなことを考えていなかったことぐらいすぐに分かったのに。


 その時の俺は、狂っていたんだろう。


 せっかく治りかけた心の傷が、自分の認識が現実と違ったという事実が突きつけられただけで再び開く。思い出すのは俺をあざ笑い蔑んだ貴族の騎士たち。


 あの時の俺は――確かに狂っていた。


 だから俺は、いままで過ごしてきた平和な日常すべてを無視して、


「殺す……殺してやるっ!!」


「っ!?」


「あんたは俺をだましたんだ!」


「なにを!?」


「俺は人間なんだよっ!!」


「――ッ!!」


「俺をだましたな!! 俺をだましたな!! 俺をだましたなっ!!」


「気づいて……いましたよ。あなたが私たちのことを、人間だと勘違いしていることは……」


 錯乱する俺に、師匠は信じられない一言を告げた。


「っ!?」


「でも、平和に過ごせると思った……。仲良くやっていけると思った!! あの子と笑いあっているあなたなら、あの人が目指した理想の一歩を踏み出してくれると……。ですが私は知らなかったんです。あなたが暴君槍だったとは……あなたがそれほど魔族を恨んでいるとは……。なぜです!? ヴァイル……なぜ、なぜそれほどの憎しみを我々に向けるのですか!」


「あんたは俺を裏切った! あいつらと同じように、俺を裏切ったんだ!!」


「あいつら?」


「祖国の屑どもだ! 俺をだまし、俺の夢を壊し、俺の希望を塗りつぶした! 悪魔のような詐欺師たちだ!!」


「言っている意味がよくわからないのですが……」


「憎い憎い憎い憎い憎いっ!! 俺をだます……すべての屑がにくい!! この世のすべてがにくい!!」


 狂ったように喚く俺を見て、師匠は何かを悟ったように動揺の色を顔から消す。


 そして、代わりに師匠が見せたのは俺に対する同情の表情。


「あぁ……なるほど。つまりあなたは魔族が憎いわけではないのですね?」


「ああ、そうさ! 苛立ちをぶつけられる相手ならだれでもよかった……でも、あんたたちと暮らせて、この感情もなくなりかけていたんだ!! 消えかけていたんだ……なのにあんたは、俺をだました!! あいつらと同じように……俺を、俺をっ!!」


「ああ……。もういいです。事情は分かりました。つらかったでしょう……悲しかったのでしょう。それに関しては大いに同情しますし、聞くだけで涙が流れてしまいそうな悲しい悲劇です。ですが―――どうやら僕には、あなたと戦うために槍をとる理由ができてしまったようです……」


 瞬間、師匠の槍が空気をえぐり俺の肩を打撃する。


 当然俺の守りは魔法で完璧だった。師匠の槍は弾き飛ばされる。


 だが――師匠の槍は今まで敵対してきた魔族の武器とは違い、砕けなかった。


「っ!?」


 それと同時に、師匠の槍に打撃された俺の方に激痛が走った。


 まるで小さな神経を根こそぎ引きちぎられたかのような痛みが俺の肩に走り、俺は思わず槍を取り落す。


 そして、その痛みの原因を確かめるために俺は服を引きちぎり、


「なっ!?」


 皮膚の下がどす黒く染まった、変わり果てた俺の肩を確認した。


「私の力は血液操作……触れた対象の血を自由自在に操ります。流石にあなたほどの防御を持つ相手の血流を逆流させることはできませんでしたし、太い血管を内側からちぎることもできませんでした。しかし、毛細血管に至ってはあなたがすべてを認識しきれていないせいか、ちぎれる場所はあったみたいですね。私はそこで血液を暴走させて内側から血管を食い破らせました」


 その説明を、幼かった当時の俺は半分も理解できなかった。


 ただわかったことは、師匠が俺に対抗できる手段を持っているということと、


「さて……弟子の不始末は、師匠である私がとらなければなりません」


 師匠を――本気で怒らせてしまったということだけだった。




…†…†…………†…†…




 戦いは一方的だったと記憶している。


 魔法により暴虐的力を持つ俺の槍は、師匠の体にかすりもせず。師匠の槍だけが火花を散らしながら俺の体を打撃する。


 そのたびに俺の体に走る激痛が、幼いころの俺の意識を追い詰めていっていた。


「槍さばきがなっていません。腰を落とせ、敵の目を見ろ! そう教えたはずです!! それで一人前の槍使いの気ですか!!」


「くぅ……あぁあああああああ!!」


 旋回した槍で俺の体を何度も打撃する師匠。幸い切られているのは毛細血管だけ……痛みはあるがダメージ自体は大したものではない。


 だがしかし、このまま内出血の数を増やされてしまえば、血も流していないのに出血多量で死んでしまう。と、魔術を教えてもらった師匠との訓練で教えられていたことを、俺はしっかり覚えていた。


―—俺はここで死ぬのかな? 痛みでかすれる意識の中、俺はそうつぶやいた。


 そして、その時浮かんだ感情は――


「いやだ……」


 恐怖。


 情けないことに――たくさん魔族を殺したくせに、もう死んでもいいと一度死にかけたくせに、その時の俺は確かに、着実に訪れつつあった自分の死に恐怖してしまった。


 それは俺に普通の感情が戻りつつあった証だった。師匠とメルティの生活が俺に与えた成果。心の傷が言えた証。


 だが俺はその恩を、最悪の形で返してしまった。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だァアアアアアアアア!! 死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない!!」


「っ!?」


 泣きわめく俺の姿を見て師匠の槍が止まる。師匠に鍛えられていた俺は本能的にその隙を突き、


「あぁあああああああああああああ!!」


「あ――」


 師匠の喉笛に、自分の槍を突き立てた。




…†…†…………†…†…




 唖然とし固まる俺は、恐る恐るといった様子で槍から手を離す。


 師匠はそれを見て、


「あぁ……よかった」


 最後に小さくそうつぶやき、自分の槍を血液に戻しながらあおむけに倒れる。


「っ――!? 師匠!!」


 とんでもないことをした。いまさらそのことに気付いた俺は、慌てて師匠に駆け寄った。


 槍に食い破られた喉からは、ダラダラと大量の血が流れている。いつもの師匠なら自力でこの血を止めただろう。


 彼の属性は『鮮血』。自分の血を操れない道理がない。


 だが、その時の師匠は俺との戦いのせいで自分の魔力を使い切っていた。もう、自分の血液を操る魔力すら、彼には残されていなかった。


「ようやく……正気に戻りましたか」


「師匠? 師匠!? なんで、なんで!!」


 でも殺せたはずだ。幼く弱かった当初でもわかるほど、師匠にとどめを刺したあの瞬間の俺は隙だらけだった。


 師匠ほどの腕なら俺のすきを突き、逆にカウンターを入れることくらい朝飯前だっただろう。


 だが彼はそれをしなかった。俺を殺せたはずなのにっ!


「だって……悲しいじゃないですか」


「っ!?」


「今まで一緒に暮らしていた子供を――息子みたいに可愛がっていたあなたを、魔族(われわれ)の敵だからといって殺すのは、つらいし、悲しいです」


「あぁ……あぁ……」


 そのとき俺は悟った。師匠は――自分の身を挺して、俺を正気に戻してくれたんだと。


「なんで……なんで、なんでなんでなんでなんでなんで!」


―—殺さなかった!? 救ってくれた!? 助けてくれたっ!? 正気に戻らない可能性だってあったのに、どうしてっ!?


 俺の疑問のない問いかけ。でも、一緒に暮らしていた絆があった師匠は、すぐに笑い答えてくれた。


「私は信じていましたよ……。君は優しい子だ――そしてお人よしすぎる私の息子だ。きっと戻ってきてくれると、信じていました」


「あぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 泣きわめき俺は必死に師匠の出血を止めようとする。喉を抑え、傷口をふさぎ、必死に――必死に。でも、


 もう――遅い。


 人一人を救うには、俺の重ねた罪は重すぎた。


 俺の手の隙間からあふれ出す血液が、どんどん師匠の体から温かみを奪っていく。


 師匠はそれを自覚しているのか、小さく微笑みながら目元から涙を流した。


「あぁ……最後に、メルティの花嫁姿が見れなかったことだけが、心残りです」


「やだ、ヤダ師匠!! 死なないで……死なないでくれ、死なないでくれぇ!!」


―—俺の命をあげるから。こんな命もう惜しくないから! だから師匠、あいつの隣にいてやってくれ!


 必死に叫ぶ俺の言葉に、師匠は最後の返事を返した。


「槍の師匠として――あなたに最後の課題ですヴァイル」


「嫌だ、聞きたくない!!」


「メルティのこと……よろしくお願いします」


「っ―――――――――!」


 そして、その言葉を最後に……師匠は動かなくなった。




 呆然とした俺はしばらく異変に気づきやってきたメルティのその現場を目撃され、彼女の憎悪の視線にさらされた。


 今まで笑いかけてくれていた彼女の視線が、凍えるような怒りの視線に変わったのが怖くて、


 なによりも、自分が愚かだったせいで師匠を殺してしまったという事実がいたたまれなくて、


「……ごめん。メルティ」


 俺は師匠の課題を放り出し、情けなくその場を逃げ出すしかできなかった……。




…†…†…………†…†…




 それから俺は一直線に人間の領土へと戻り――俺に魔法を教えてくれた天使のもとへと舞い戻った。


 俺は罪を犯した。魔法で罪を犯した。その罪を消すには――魔導を教えてくれた師匠に殺してもらうしかないと思ったから。


 だが、もう一人の師匠の返事は冷たくすげなかった。


『あんまりしつこいようなら殺すぞ――あぁ、今のお前はそれが望みか。じゃぁ殺さん。代わりに宣言しておいてやる。お前の罪が死んだだけで償われるような軽いものだと思ってんじゃねェ』


 師匠が使わした蛇の使い魔は、師匠の声でそう告げた後俺を森から叩き出した。


 絶望した俺は――考えて考えて考え抜いて、二度と俺みたいなバカを出さないために王都へと向かった。


 俺はこの時、この国の貴族を皆殺しにするつもりだった。


 きっと俺は途中で力尽きるだろう。敵には騎士になったゲイルがいる。あいつと殺し合いをして勝てる自信が俺にはなかった。


 でも、俺はそれでもよかった。それでこんなつらすぎる人生が終わらせることができるなら、むしろ最上だとさえ思っていた。魔族の師匠の課題も、魔術の師匠の苦言も――結局俺には届いていなかったのだ。


 だが、その時、


「ん? あぁ、お前一昨年の騎士登用試験で凄かった少年じゃないか!?」


「は?」


「いや……あれはすごかったなぁ! 私はすっかりお前のファンになってしまって! どうだ、私と一緒に王都の平和を守らないか!!」


「誰だよアンタ?」


「私か? 私の名はサーシャ。サーシャ・トルニコフ! しがないただの門番だ!!」


 俺は……サーシャ隊長に出会った。


更新遅れてすいません^^;


 閑話話をあと二本ほどはさむ予定です

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