第一章終了・大怪盗生誕祭
人工的に作られた嵐によって辺り一帯が更地へと変貌した貧民街。やたら見通しがよくなったその大地に、一つの瓦礫がぽつんと立っていた。
その瓦礫は、しばらくノソノソと動いたかと思うと、突然勢いよく天高く跳ね上げられその下にかばっていた二人の人物たちの姿をさらした。
その人物たちのうちの一人……黒髪をポニーテールにした少女――アリサはあたりを見回し、その惨状を見て思わず顔を引きつらせる。
「ちょ……なによこれ。よくあんな瓦礫一つでしのげたわね私たち……」
「俺が感染の魔術で瓦礫に俺の重量と耐久度を移したんだよ。そうでなきゃあいつの嵐に耐えられるわけがない」
もう一人の人物……ヴァイルは「相変わらずでたらめなやつだ」と吐き捨てながら、先ほどまで激闘を繰り広げていた四天王がいた場所へと視線を移動させた。
さすがにそこには誰もいなかった。水にぬれた小さな丘がぽつんと水たまりの中に浮いているだけ……。
「いくら四天王でも、あいつの能力は攻撃特化みたいだったしな。俺みたいの防御特化の能力でも持たない限り、あいつの嵐は耐えられなかっただろう」
突風で吹き飛ばされたか、洪水で押し流されたか……。どちらにしても、仮にも一国家の最高戦力。死んでいることはないはずだが、
「無事で有れるわけもない……か」
城壁にへばりつくように押し付けられた瓦礫の山を見ながら、ヴァイルはそうつぶやく。そして彼は見つけた。
瓦礫の山の一部が、まるで巨大な剣に切り崩されたかのようになめらかな切断口を見せて崩壊している個所を。
「……」
ヴァイルはその場所をしばらくの間じっと見つめた後、
「さて、とりあえずついてこい。四天王は逃げたって隊長に報告しないといけないしな……」
ほんの一瞬、
「え? あぁ、そうね。いろいろとお世話になったし、あんたについても報告しないとけないことがあるしね」
「……俺が死のうとしていたことはできれば内密で頼む」
「う~ん。どうしよっかな~? そう言えば最近貴族街で食べたあの激ウマスイーツの味が忘れられなくて困っていたんだけど?」
「くっ! 露骨な脅迫しやがって!!」
悲しげな笑みを浮かべて、それをすぐにかき消し、いつものようにダルそうな表情になりながら、元気よく歩き出したアリサの後ろをついて行った。
…†…†…………†…†…
王都アタナシアの城壁外に広がる森の中。そこには鋼の毛皮を持つオオカミたちが無数に待機しており、主の帰りを待っていた。
「!?」
その時、何かを感じ取った数頭の狼たちが、一斉にある方向へと視線を向ける。そのしばらくの後に、
「遅くなった……」
ひどい火傷を負った自分たちの主を担いだ四天王が、悠然とした足取りで森の中から姿を現した。
「あそこまでの平野にかえられてしまったら、さすがにあいつとの戦いは不利になるしな……。あの嵐を打ち込んだ奴もまだまだ余裕があるようだったし、撤退はやむなし……だ」
理路整然と――しかし、明らかに苦虫をかみつぶしたような苦い表情をしながら――そうつぶやく四天王は、心配そうに主を見つめる狼たちに彼の体を引渡し、狼たちに背を向けた。
「そいつを魔族領まで連れていけ。しばらくは安静にしておくようにと四天王命令が出されたと伝えろ」
自分たちの上司の上司の命令に、狼たちは従順に頷き肯定を示す。
四天王はそれを満足げに見て一つ頷いた後、自分の方へと飛んできた虫を掴み取った。
「……あぁ、わかっている。今回の件はやりすぎた。下手をすればお前の計画がばれかねない程度の騒ぎだったよ。否定しない」
四天王はその虫にしばらく話しかけた後、
「わかってる。しばらくはここには近づかん。ほかの四天王の様子でも見に人間領を回ってくるよ」
それに、と言葉を切った後、四天王は先ほどまでの激闘の跡を覆い隠す巨大な城壁を睨みつけた。
「私もまだまだ……強くならないといけない。ということが分かったしな」
二つある瞳に金色の怒りを灯しながら、いまだにつきない憎悪の念を言葉に込め四天王は最後にそうつぶやいたのだった。
…†…†…………†…†…
ヴァイルたちが湿った大地と、巨大な水たまりによって構成された地面を歩き始めてから、しばらくたち、
「ん? ねぇヴァイル……これ何?」
「……おいおい、今度はどんな厄介ごとを見つけたんだ?」
「ちょ、人をトラブルメーカーみたいに言わないでよ!!」
アリサがこれから始まるバカ騒ぎの元凶を見つけてしまう……。
…†…†…………†…†…
「吹き飛ばす区画についてはきちんと伝達したはずなんだがなぁ……なんで全部吹き飛んでんのかなぁ!?」
「あぁ!! 隊長イタイ! そんな……とがったヒールで踏みつけなんて!! あぁ……もっとやってぇえええええええええええええええええ!!」
「何してんですか、サーシャ隊長……と変態」
「名前すら呼んでもらえないってどういうことですか大将!?」
雨でぬれたため若干ぬかるむ大地を、えっちらおっちら超えてきてようやく城壁警備隊本隊が駐屯している場所へとたどり着いたヴァイルとアリサは、そこで怒り狂ったサーシャに何度も踏みつけられるアルフォンスという、かなり倒錯的な光景を目撃することになり、思わず半眼になった。
まぁ、踏まれている本人はなぜか恍惚とした表情でその折檻を素直に受け入れていたが……。流石はこの世界初のMだった。
「……帰ってきたかヴァイル」
「えぇ。おかげさまで死んでません」
「当然だ。これで死んでいたら、地獄の果てまでお前を追いかけて雷を落としているところだ」
「死んでも俺に平穏はないんですか……」
傲然ととんでもないことを言い放ったサーシャに苦笑をうかべたあと、ヴァイルは小さく頭を下げ、
「ありがとうございました」
「……礼なら勇者の友人に言ったらどうだ?」
「もう言いましたよ。その上でサーシャ隊長にお礼を言いたかったんです。こいつを俺のところに送ってくれたのは、サーシャ隊長でしょう?」
「さて……なんのことだか」
プイッとそっぽを向きあくまでシラを切りとおすサーシャ。しかし、違う角度から見ていた貧民街の面々やアルフォンスにはその顔がほんの少しだけゆるんでいるのがはっきりと見えており、どんだけ天邪鬼なんだこの人と、言わんばかりに呆れた表情を向けられていたりしていた……。
「それにしても……派手に吹き飛ばしましたね、隊長。確かにここゴミためでしたけど、ここまでクリーンにする必要はなかったのでは?」
しかし、その数秒後サラッとはかれたヴァイルからの毒を聞きつけ、貧民街の住人から怒声が上がった。
「傷ついたぞ!」
「謝れ!」
「名誉棄損で訴えてやる!!」
「さっさと賠償金はらえ!」
「アルフォンスにとられた金補てんしやがれ!!」
「最後のが本音だろアンタら! そんなに金がほしいなら働け!」
「「「「働いたら負けかなって思ってる……」」」」」
「一生負けてろ、バカども!!」
一斉に顔をそむけてダメ人間発言をする貧民街住人たちに向かって、ヴァイルは割と真剣な怒声を上げた。なかなか統率の取れた動きで顔をそむけたのがなおのこと苛立たしかったのだろう……。
まぁこの中には、貴族社会になじめなかった変態学者や、家族に家督を譲ったときについでとばかりに老後の金まで親族にむしりとられてしまい流れてきた元豪商、そして政争に負けてしまった元公爵家次男などといったビックネームも多々いるため、本気を出せばかなりいい線を行く人材がそろっていたりする。もういろいろ疲れたと言って普段は本気を出さない彼らだが、一度本気になれば貧民街の住人にちょっとした集団行動の訓練をさせることなど軽いものだろう。
もっとも、今そのスキルは普段暇そうにしている城壁警備隊連中をからかうための一発芸にしか使われていないため、かなり才能の無駄遣い感が否めなかったが……。(本人たちが言うには特にヴァイルは反応が面白いからからかっていて飽きないとのこと……)
ギャーギャー貧民街の連中と口げんかを始めるヴァイルを見て、サーシャは『どうやら本当に立ち直っているらしいな……』とほっと安堵した後、更地になった貧民街に再び視線を向け今度は大きくため息を漏らした。
「これはまた面倒なことになった……」
「そんなに面倒なことなの?」
「区画一つなら、そこにいる浮浪者ども放置しておけば勝手に瓦礫で家を作るんだが、さすがにこうもきれいにされたとなるとな……。まさか泥と土で家を作れとは言えまい」
そうなると、本格的な復興作業が必要になってくるのだが、この国の貴族たち……というか大体の貴族たちが、貧民が住む場所のための復興作業に金を出すとは思えない。
本人たちをたきつけて平民街にでも働きに出させるのがベストなのだろうが、万が一あいつらが働き始めたところで、結局のところ帰る家ぐらいは必要だ。
そして、その家をつぶしてしまったのは紛れもなく城壁警備隊なわけで……。つまり、復興に必要な費用は城壁警備隊が損害賠償金として城壁警備隊が出さなくてはいけないわけで……。
「うちの予算……ただでさえ最近削りに削られているのに、この上貧民街の復興となると」
「間違いなく破産しますね……」
被害状況を調べてきたロベルトが青い顔をしながらそう告げるのを聞き、頭痛でも発生したのかサーシャは額に手を当て、天を仰いだ。
―—もう、アルフォンスの体を解体して中の物でも売るか? と、ぼそりと呟かれた物騒なサーシャの言葉に、さすがのアルフォンスもびくりと震えたときだった、
「なるほどなるほど……つまり城壁警備隊にはお金が必要なわけね?」
「ん?」
にやりと、不気味な笑みを浮かべたアリサがサーシャの肩をたたいた。
「だったらサーシャ隊長……少し提案があるんだけど?」
「なんだ?」
その光景を見ていたヴァイルは大きくため息を漏らしながら、
「ところでお前ら」
「「「「「なんだよ?」」」」」
貧民街の連中に向かって一言、
「「今回損失した分の金……取り返す方法があるんだが、一枚かんでみない?」」
片方は呆れきった声音で、もう片方は心底楽しげな声で同じ言葉を双方に告げる。しかし、真逆な態度で話を持ってきた二人の目は、その態度とは裏腹に楽しげな色を宿していた。
…†…†…………†…†…
「まったく……私は魔族と戦うために呼ばれたと聞きましたけど?」
自分のおつきの騎士三人が周囲を固め、自分が暴走しないように監視しながら部屋へと護送する姿を見て未来は小さく唇を尖らせ、不満の声を漏らした。
「時とご自分の実力をかんがみてからそう言ったことは行ってください!」
「勇者様確かに強いですけど、今魔族の相手をするのはちょっと厳しいですよ」
「……」
シレッと告げた三人の実力は未来もよく知っていた。なにせ、ルロウトリ家のジルドレール以外の二人は軍事教練の相手としてよく未来の相手をしてくれていたからだ。
ジルドレールは一般教養の講師も兼任していたため、あまり剣術の訓練には参加しなかったが、なかなか策略的な剣術を使ってくることが印象に残った人物だったりする。剣で模擬戦をしているときに、将棋をうっている気分になった相手はおそらく彼だけだろう。
とはいえ、最近では未来も彼らに食いついていけるようになり2本勝負のうち1本は確実に取れるくらいにはなった。それで実力不足といわれるのは彼女としても甚だ不本意だった。
「それに先ほど報告が上がってきましたよ。かなりの被害が出たそうですが、侵入してきた魔族は無事城壁警備隊が鎮圧したそうです」
「それはよかった!」
今度は純粋にうれしい知らせがジルドレールから告げられ、ほんの少しだけ頬をほころばせる未来。ジルドレールはその顔をしばらくの間呆然とした様子で見つめた後、あわてて取り繕うように咳払いをし、
「まぁ、被害といっても貧民街だけですし、あそこは違法滞在者の巣窟……百害あって一利なしな場所ですから、被害にあってもなんの問題もありませんしね。実質うちの被害はゼロみたいなものです」
と、サラッとこの国の貴族らしい発言を漏らし報告書に詳細に記載された貧民街被害の報告を鼻で笑った。
そんな彼のしぐさに、未来は小さくため息をつき、馬を飛ばしてたどり着いた場所にいた人々の顔を思い出す。
確かにまともな生活を送れていないのか、小汚い人たちではあったが彼らは強くたくましく生きていた。そんな彼らの姿を見て、未来はどうしてもジルドレールが言うような犯罪者たちの姿を思い浮かべることができなかった。
「ジルドレ……私はそういう発言は嫌いって何度言えば分るの?」
だからこそ未来はいつも以上にきつい声音で、ジルドレールをいさめる言葉を放つ。
「なぜです? あいつらは犯罪者だ。駆逐されるべき我が王都の汚点です」
「違うわ。確かにちょっと悪いことぐらいはしているのかもしれないけど、同じこの国で生きる人間でしょ?」
「税もおさめていないのに? そんな輩を国民と認めていては、国は立ち行かない」
――そうかもだけど……。と、ジルドレールに食い下がろうとする未来に、その背後に立っていた《神速剣》ことデュークは苦笑交じりに二人の間に割って入った。
「はいはいそこまで。勇者様の言うことにも一理あるんだから、ジルドレールはもうちょっと落ち着こうね?」
「デューク! お前は貧民たちに対して甘すぎるぞ!」
「貴族は弱きものに手を差し伸べ救う。その在り方が貴いから、貴い一族と呼ばれるんだよ、ジルドレ」
「ちがう! 貴族は遥かな高みから愚かな民を導くから貴い一族と呼ばれるのだ!」
今度はデュークとジルドレの言い合いに発展してしまった論争。自分の時とは違う、真面目に悪くなってしまった周囲の雰囲気を聡く感じとり、未来はあわてて二人をひき離した。
実はこの二人、公私にわたり仲がいいのだが事政治に関しては真逆の考えを持っているようで、よくこんな理由で論争をしているところが目撃されている。どちらも国の将来を担う重要な地位につくことが約束されているからこそ、こういった口げんかが絶えないのだろう。
「あぁ! ちょ、わ、私が悪かったから、今回この話はここまでにしようよ! ねっ! 二人とも!! ちょっと、フルーレも手伝ってよ!」
「……え? って、おいおい……またやってんのかよ」
にこやかな笑顔で重圧を放つデュークと、冷厳な瞳にあからさまな怒りを浮かべるジルドレの様子に何があったのかを大体察したのか、今まで何かつらい思い出を思い出すかのように呆けていたフルーレは、いつものヘラリとした軽い笑みにほんのわずかな苦みを乗せながら、二人をひき離した。
そんな勇者周辺の人物たちが織り成すいつもの光景。だがその光景は数秒後に飛び込んでくるある報告によって、瞬く間に一変した!
「ほ、報告いたします! 貴族街に魔族が侵入!! 至急騎士団の出動をお願いします!!」
その報告が、100人隊長である三人に告げられると同時に、未来は三人の静止の声を振り切りとんでもない速さで馬の厩舎へと到着、そこに繋がれていた馬を再び一頭拝借して即座に貴族街へと飛び出した。
そして、
「お~っほほほほほほ! 高貴なる闇の魔族、《怪盗》エリザベス見参!! 星に代わってお仕置きよ!」
「え~。え~っと、そして私は怪盗エリザベスの部下……。月影の守護者《仮面》シーフだぁああ(棒読み)」
「ちょ!! ちゃんとやってよ!! せっかくド派手にやっているのが全部パーになるでしょ!」
「俺に演技力とかそんなもの求められても困るってぇ……。俺は『祭りに乗じてハッチャケてみたはいいものの、周りがそれ以上にハッチャケてて自分がハッチャケたことに気付いてもらえなかった……』みたいなわき役だから」
「うわ……それ久しぶりにきいた気がするわ……。というか、正体ばれるようなセリフ言ってんじゃないわよ!!」
黒のボンテージに赤い目元を隠す蝶形のマスクと黒のマントというかなりきわどい衣装を着たアリサが、こちらも全身黒づくめの服に持を包み、漆黒のロングコートを翻す狐面の少年と共に、王都で一番高い尖塔の頂上に立ち、魔族を騙って高笑いしているのを目撃し、
「何やってんの……アリサ」
カクンと間抜けに口をあけながら氷結した。
…†…†…………†…†…
「よ~し、次はあのやたらデカイ邸宅狙うわよ!!」
「あいさ、あねさん」
アリサは劣化による体重劣化を、狐面をかぶったヴァイルは身体制御による体重減少を行いまるで羽毛のごとき重量へと自身の体重を変化させた後、風に乗るかのように尖塔からふわりと跳躍。眼下に見えた広大な庭を持つ巨大な邸宅のバルコニーへと悠然と降り立った。
「なっ!? なにもの……」
騒ぎを聞きつけ様子を見に来ていたのだろう。バルコニーに立っていた小太りのはげた貴族らしいおっさんが悲鳴交じりの誰何をぶつけてくるが、
「怪盗です!」
「比較的人数の多いな……」
その貴族の意識はその背後から、まるで影のように忍び寄ってきたぼろをまとったおっさんの殴打によって刈り取られた。
「旦那!! 中の制圧は万全ですぜ!!」
「雇われていた私兵連中は警備隊の人らが無力化してくれたから楽で仕方ないっすわ!!」
「あんま、派手にやんなよ。地下道からブツを持ち出すのも一苦労なんだから」
「「合点承知」」
ニヤリと笑いながら、貴族を殴りつけた二人のおっさん……貧民街住人達はずいぶんと静かになった屋敷へと潜り、中で行われていることに参加する。この邸宅に住む貴族……アルブラン伯爵が隠しているとアリサがいっていた、公金横領によってため込んだ隠し財産の捜索だ。
この「汚い金を巻き上げてウッハウハしようぜ野郎ども!!」という、ネーミングセンスのかけらも感じられない犯行計画。普段王族・貴族とあまり関わり合いになりたがらない城壁警備隊たちや貧民街の連中が、これがこうして大々的に貴族たちにケンカを売るに至ったのは、アリサがとあるものを見つけたからだ。
…†…†…………†…†…
「隠し通路? これがか……」
「えぇ。どうやら何十年も前の王族が作ったものらしくって……。当時に王族は悪法書に地図やら何やらを記憶させたらしいんですが、今の王族は彼の存在自体を忘れていますから……。今は誰も覚えていない門だそうですよ」
「本当なのか?」
『我はリッチモンドの魔導書だぞ。破られたりインクで真っ黒に染められたりしない限り記憶のバグを起こすことはない』
―—意外ともろいな、魔導書……。と内心で呟きながら、サーシャと貧民街の代表はアリサとヴァイルが連れてきた丘にぽっかりと開いた巨大な地下道入口を見て嘆息した。どうやらこの入口は今までがれきに埋もれてしまっており、その上に貧民街の住人が襤褸小屋の増築を繰り返してしまったため完全に使えなくなってしまっていたらしい。それが今回の大嵐で瓦礫が根こそぎ撤去されこうして姿を現したようだ。地下道の入り口が開いているのはちょうど王都とは反対側の傾斜。ここから盗品を出し入れすれば、確かに王宮の連中からは城壁警備隊たちがパクった物を持ち出す姿は見えないはずだ。
「ふむ……この地下道、貴族街ではどのような感じに広がっておるのかの?」
貧民街代表の東方から流れきた『老師』と呼ばれる男の質問に、アリサは悪法書を差し出しながら答える。
「主要な貴族の邸宅には広がっているみたいね。悪法書」
『敬称をつけんか敬称を。旅の間は先生と呼べ。せっかく魔法の手ほどきをしてやるのだしな』
どうやら旅をしている間はアリサの師匠ポジションに落ち着くことを決めたらしい悪法書がネチネチと小言を言ってくるのを右から左へ聞き流しながら、アリサは悪法書がぱらりとページを開き、魔法を使って立体映像として出現させてくれた地下道の地図と自分がくすねてきた貴族街の地図を照らし合わせた。
「王宮も貴族街も何度か小さな改修はあったようだけど、基本的に歴史と伝統(笑)のある街並みを守っているわ。だからこそ、あの街はこの地下道が作られた当初からほとんど変わっていない」
「つまり?」
『この地下道を使った襲撃は有効。しかも、出入り口の後始末さえちゃんとすれば今後も使える可能性が高いということだ……』
悪法書がサラッとそういうのをきき、城壁警備隊と貧民街住人は視線を合わせ、
…†…†…………†…†…
今に至る。
「やろーども!! 遠慮なんかすんじゃねェぞ!! 貴族どもに虐げられた積年の恨みを返すため……なにより、明日のおれらの食費のため!! 盗って盗って盗りまくるんじゃぁああああああああああああああ!!」
「「「「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」
「貧民街の連中に負けるんじゃないぞ! より多くの財産むしり取れた奴には特別報酬を出す!!」
「「「「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」
「なんかもう完全に盗賊のノリなんだが……」
「なにいってんのよ! どんなノリだろうと、悪い貴族からお金を盗むのはいつだって義賊なのよ!!」
「義賊って言っている割には俺らも思いっきり私服肥やすけどな……」
何とも言えない顔で、屋敷の中を複数の人間が荒らしまわる音を聞きながらヴァイルはため息を漏らす。
本当ならヴァイルもあそこに混じる予定だったのだが、さすがに顔とか正体を見られるのはまずいといったサーシャの提言により、警備の騎士団の視線を集めるための囮役が決められた。そこで作られたのがこのとち狂った格好をした魔族怪盗二人組。
ちょうど、貧民街を魔族が襲撃したというのは王都全土に知れ渡っていたため、これ幸いとばかりに罪をなすりつけるつもりなのだろう……。
「なんか余計なことであいつに謝らないといけない理由を増産している気がする……」
自分に憎しみの視線をぶつけてきた血色の四天王の顔を思い出し、さらに大きなため息をつくヴァイル。そんな彼の背中をバンバンと叩きながらアリサはあっけらかんと笑った。
「なにいってんの! 今回先に攻めてきたのはあっちなんだからこれでイーブンよ!」
「そうかぁ?」
―—はなはだ疑問だ! と、言いたそうな顔でそう首をかしげるヴァイルの仮面に、
カッ! と硬質な音を立てて、巨大な矢がぶつかり弾き飛ばされた。魔術がかけられているヴァイルの仮面には傷一つ付いていない。
「お? 来たか?」
「随分と遅いご到着で……」
「そりゃ俺らみたいに空から侵入してないしな……」
―—あんな全身鎧で行軍していたらそりゃ遅くなるわ……。と自分に向かって矢を放ってきた敵……白銀の全身鎧に身を包んだ騎士団の姿が屋敷の門から次々と入り込んできたのを目撃したヴァイルは、背中に背負っていた折りたたみ式の槍を展開。魔術をかけ、バルコニーを一度だけ打ち轟音を響かせる。騎士団到来。撤収の合図だ。
『ちっ……もうかよ!』
『おいおい……こっちは大体回収し終わったのにそっちはまだなのか?』
『あぁ……建築材に偽装した金のインゴットを大量に見つけてな。こっちはさすがに回収できなかった』
『……むしろ良く見つけたな。っておい、これもしかして壁一面が金なの? え? どんだけ脱税してんの? 軽くひくわ……』
『とりあえず、『星に代わってお仕置きよ!』って落書きして、金むき出しにしておこうぜ』
『そうだな、嫌がらせがてらにそうしとこう。これ見たときの騎士団の顔が見ものだぜ!』
「いいからさっさと地下道に引っ込めよ……」
中から聞こえてくるそんな悪戯心がたっぷりこめられた囁きたちに、頬を引きつらせるヴァイル。さすがにこんな顔を見せると騎士団がいぶかしむので、今だけは自分が仮面をかぶっていることに感謝したいヴァイルだった。
そんな風に中がのんきな悪戯を爆発させているころには、騎士団が盾を全面に押し出した突撃を慣行。こちらに向かって物凄い勢いで距離を詰めてくる。
―—実によく訓練された統率のとれた動き。……これで、各人員に魔法による強化が施されていれば及第点なのに。と、若干残念なものを見るような目でヴァイルは盾の壁が迫ってくるのをボケッと見つめた後、
「ほら」
「は? なに?」
「初撃はあんたの攻撃に決まってるでしょ!! 派手で賑やかなのお願い!!」
「おまえ、それは俺に人を殺せと言っているのに等しいぞ……」
この距離でヴァイルができる攻撃など、手に持った槍の投擲ぐらいだが、その槍には魔術がかけられデフォルトでも重量数t、硬度はダイヤモンドの数倍という槍がとんでもない速さで飛来するのだ。その被害は推して知るべし。
いくら重装甲で身を固めている騎士たちとはいえ、魔術も使えない人間が食らえばミンチどころか跡形も残らない。
「なんかそこらへんは加減とかきくのとかないの? せっかく魔法なんて摩訶不思議パワー使っているんだから」
「お前の方がそういった加減きくだろうが……」
「いやよ。なんで私が誘拐犯たちに優しくしてあげないといけないのよ」
「わりと殺害宣言に等しいよな、それ!?」
もうこのまま話を続けてもろくなことにならないと悟ったヴァイルは、さっさと仕事を終わらせようと、近くに落ちて板ガラスの破片を拾いそこにちょっとした魔術をかける。
感染による重量感染。ガラスの重量をほんの700キロに再設定。
「とんでけ~」
軽い声とは裏腹に、ヴァイルの手は鋭く振られ投げられたガラスの破片はまるで手裏剣のように回転しながらとんでもない速度で飛来。一人の騎士が持つ盾にあたった。
瞬間、激突と同時に通常の耐久度しかもたないガラスは砕け散り、激突された騎士の盾は見事に逆向きのソリを持つ形に変形。その盾を持っていた騎士が、その衝撃の余波を食らい後ろの騎士たちを巻き込み吹っ飛ぶ!!
その光景を確認した後、ヴァイルは「どうだ?」といわんばかりにアリサの方を向くが、
「う~ん。いまいちね。もっと、五色の煙が出るとか、相手が爆発するとかそういう派手な演出がほしかったわね。40点」
―—この時この女を殺さなかった俺を褒めてほしい。と、ヴァイルは割と真剣に思ったらしい。
「さて……お~っほほほほ!! 愚図で間抜けでロリコンな変態騎士団さん! 高々こいつ程度の一撃で粉砕されるなんて情けないわね!! さてシーフ、次はあっちの邸宅へ行くわよ!」
「了解、姉さん」
「ノン!! そこはエリザベス女王と呼びなさい!!」
「怪盗なのに?」
何とも言えない間の抜けた雰囲気を纏いながら、屋敷の中にいたメンバーが撤退したのを魔術でヴァイルが確認したのを合図に、二人は再び夜の街へと身を躍らせる。祭りはまだまだ始まったばかりだ。
…†…†…………†…†…
とある邸宅にて、
「お~ほっほほ!! 星に代わってお仕置き……」
意気揚々と先ほどの屋敷のようにバルコニーへと降り立ったアリサは、
「な、なんじゃきさまら!?」
「きゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
屋敷の主人を見ると同時に悲鳴を上げた。
「え? なに……お前何見……」
追いつく様にそこに舞い降りたヴァイルも、アリサが似合わない悲鳴を上げているのを聞きついうっかりとその男を見てしまい、
「なっ! ち、ちがっ!! これは……決して趣味とかそういうわけでは」
なぜかデップリトした貴族のおっさんが女装をしながら鏡の前でポーズをとっていて……。
「………………………」
あまりの気持ち悪さに、つい反射的に槍を投擲して屋敷を半壊させてしまったヴァイルだったが、事情を聴いた共犯者たちは誰も彼を責めなかったという。
…†…†…………†…†…
とある学園の学園長室にて、
「うわぁ……これちょ……すご」
「さ、最近の学生は進んでますな~。けしからん!! この危険物は俺達の部屋で厳重に保管するぞ!!」
「けしからんのはお前らだ……」
生徒たちからの没収品がなぜか学園長に流れているという噂を聞きつけ、何かあるのでは? と足を延ばしたアルフォンスとロベルトが発見したのは、没収物として集められた大量のエロ本だった……。
ちなみにここの学園長のお年は103歳とのこと。どうやらまだまだ現役でも行けるエロジジイのようだった……。
ちなみにこのエロ本は、後続隊としてアルフォンス達の様子を見に来たサーシャによって厳重に焼却されることとなった……。
…†…†…………†…†…
とある貴族の邸宅にて、
「月に……おっと、星に代わって……」
「な、なんじゃ貴様!?」
「きゃ~こわ~い」
「…………………………」
「これはまた……いい趣味してんな」
そこを訪れたアリサとヴァイルが見たものは、無数の小さい少女にメイド服を着せてはべらせているやせぎすな貴族の男。
どうやら性的欲求はぶつけられていないらしく、乱暴された形跡もないにはないのだが……。
「アリサ……アウト? セーフ?」
「……チェンジ……人生を」
「ちょ! 待たんかい貴様ら!! 私は決してこの子たちを虐待していたわけでも、性的な欲求をぶつけたわけでもないのだぞ!! ただ、ロリィ可愛いメイドたちをめでていただけだぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「十分キモいわぁああああああああああああああああああああ!!」
魔法ではなくアリサの鉄拳制裁がはじめて飛んだ瞬間だった……。
結局この貴族の全財産をかっさらおうという話になったのだが、そこに侍っていたメイド服の少女たちが、
「気持ち悪いけど悪い人じゃないの……。ただ趣味が気持ち悪いだけで」「一応貧民の私たちを養ってもらった恩もあるし……勘弁してあげて」
と頼んできたので延期となった(中止では断じてないとアリサが力強く言っていた)。
…†…†…………†…†…
そんな風に祭りは続く。途中持ちきれない隠し金や、横流しの証拠書類などを義賊さながらに平民街にばらまいたりもしたので、祭りの熱気は上がる一方。
騎士たちを翻弄し夜の闇を駆ける二人の魔族。その姿は敵でありながらもミステリアスな魅力を、この王都に住む住人すべてに与えた。
しかし、終わらない祭りは存在しない。
騎士団との追いかけっこが佳境を迎えたころ、東の空が白み始めた。
「ふっ……時間のようね」
「もうだめ……眠くて死ぬ。四天王と戦った後に完徹とかほんとバカだろ……」
「いいじゃない! この町でアンタと会うのも最後なんだから」
―—思い出づくりぐらい……させてよね。アリサが聞こえないくらい小さな声で呟いたその言葉を、ヴァイルははっきりと聞き取った。
しかし彼は何も言わない。聞かれたくないからこそアリサがあの声量で行ったことを聡い彼は理解していたからだ。
「あ~。まぁ~なんだ」
代わりに彼は、
「頑張ってこい。帰る方法……きっと見つかるから」
「うん」
いつもと変わらない達観した声で、小さく激励の言葉を告げる。そのことが嬉しかったのか、アリサは満面の笑みで小さく頷き、
「さぁ諸君。夜も明ける時間だ。我々は夜の住人……そろそろ退散するとしよう」
アリサはそう言ってぱちんと指を鳴らし、小さく笑った。
「腐った貴族がいる限り、私たちは再び現れる!」
「魔族でありながら我々は義賊……弱きものは我らを呼べ。虐げられられた者はわれらを望め。さすれば救いを与えに、月影のもとより参らん(棒読み)」
「では!!」
「さ~ら~ば~だ~」
そんなバカバカしい声と共に、ヴァイルの槍が地面へと叩きつけられ石畳をを粉砕!! その勢いに乗って体重を軽くした二人は天高く飛翔した。それと同時にアリサが放つ紫色の鎖。その鎖は際限なく伸びていき城壁の向こうへと消える。
「さぁて、飛ばすわよ!! しっかり捕まんなさい!!」
「あいあい、あねさん」
その言葉を最後に、二人の姿はまるで幻のように掻き消えた。今までのは悪い夢だったのか? と疲労しきった騎士たちは呆然と空を見上げてそう思ったが、貴族街の各所から上がるものを盗まれた邸宅の家主の悲鳴が響き渡るのを聞き、それが夢でなかったのだと改めて再確認し、思わず大きなため息をつくのだった。
こうして王都を襲撃した魔族……《怪盗》エリザベスと、《仮面》シーフは伝説となった。
のちにいろいろあって腐敗した貴族制が撤廃された王都では、さらにその人気が高まり、調子にのった当時の実行犯たちが毎年この日になると交代で怪盗二人の役を兼任。裕福な人々から物を盗み(演技)、貧富の分け隔てなく子供にプレゼントを配るという活動を始めることとなる。
それがのちの、異世界における《クリスマス》になる《大怪盗生誕祭》になるとは、この時は誰も知らなかった……。
…†…†…………†…†…
「んじゃ、いろいろお世話になったわね!」
「こちらこそ……最後にいい商売をさせてもらった!!」
「隊長……」
そのすぐ後の城壁南門にアリサと、メイド……そしてメイドに抱えられた悪法書の姿があった。
彼女たちはどうやら馬車で旅をするらしく、ソコソコ上等な幌馬車を二頭のかなり上等な軍馬にひかせている。いざ馬車が使えなくなったときは馬だけで逃げるのだそうだ。
取りあえずそれまではのんびり行商でもしながらリッチモンドを目指すと言っていた。
『まぁ、といっても本気でマスターに合わせるのは最終手段だからな。しばらくは『科学の国』『勇王の国』の順番で世界を回ろうと思っておる』
「ほとんど観光じみてるな」
『……本が観光してはいけないと誰が決めた……』
―—まず本は喋らないし……。と内心で思ったヴァイルだったが、口には出さない程度の賢明さはあったのか、そっけなく「元気でな」というだけにとどめた。
その背後ではサーシャが今回のアリサの取り分をアリサに手渡しているところだ。
いったいあれだけの量のブツをこの短時間でどうやって裁いたのか気になるが、本人に聞くと怖いことになりそうな予感がするのでヴァイルはこのまま聞かないことにしている。
「じゃぁね、ヴァイル。また」
「帰れるようになって一度顔みせにこい。いつの間にか帰っていましたなんてやめろよ」
「えぇ、そうする。何せ私とあんたは……と、友達だもんね!」
気恥ずかしそうに、顔を真っ赤にしながらはにかむアリサに、ヴァイルはいつも通り、
「ちがう。俺はお前のトラブルに巻き込まれた被害者で腐れ縁だ」
「あっ! ひどい!!」
そっけなく否定して、背中を向けた。
アリサはその背中にふくれっ面を向けていたが、最後には苦笑をうかべて馬車の御者台に乗った。
「じゃ……いってくる」
「あぁ、腐った国だが……またいつでもくるといい。城壁警備隊はお前のことを歓迎しよう」
サーシャの言葉を背に受け、アリサはひらひらと手を振り手綱を一振り、馬車を発進させた。
そしてその馬車がしばらく進んだ時、
「じゃぁな親友。また誰かをトラブルに巻き込むんじゃないぞ」
「!?」
ヴァイルの声でそんな言葉が発せられたのを聞き、アリサが驚いて馬車の後ろを見る。そこには苦笑するサーシャと全力疾走で南門から離れていくヴァイルの姿が見えた。
アリサはしばらく唖然とした様子でその光景を見ていたが、最後には笑って、
「うん。ありがとう……私の異世界で初めての、親友」
今までの……すべてを込めたお礼を告げた。