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ある脇役の英雄譚  作者: 小元 数乃
勇者の友人編
20/46

18話

『ほんの、少し、前の、ことだ……。とある、天使の、御業、を、授け、られた、少年が、絶望、して、いた』


 次々と襲い掛かってくる狼たちを、全身まとうように形状を変えた魔力に浸し、劣化。そして、紙の防御力となった狼たちにほんの少し体をぶつけることによって、その体を砕くということを繰り返しながら、アリサはヘイクラスの声を聴きその位置を割り出そうとしていた。


 もとより敵が言い出した昔話など話半分。半信半疑で聞くものだ。そんなことはアリサもわかっていた。だから初めは、鬱陶しいが位置を割り出すため仕方がない雑音だと割り切って聞いていた。


しかし、


『その、少年は、故郷の、貴族、に、夢を、奪われ、信念、を、踏み、にじられ、壊れ、て、しまって、いた』


 だが、アリサはだんだんとその話に引き込まれていってしまっていた。


 なぜなら、


『少年は、絶望、に、染まった、思考、の、中、壊れ、かけた、自分、を、保つ、ために、まるで、亡霊、の、ように、世界を、回った。だが、少年、の、絶望、を、どうにか、できる、もの、など、その、世界には、なく、少年、は、とうとう、魔族、の、領地、へと、足、を、踏み、入れた……』


 その話はあまりにも、


『そこ、で、少年、は、気づい、た……。ああ、そうだ。ここ、なら、だれを、壊し、ても、責め、られない。ここ、なら、俺の、絶望、を、押し、付けても、だれも、文句は、言わない……と』


 あの、全てを諦めたかのような雰囲気を纏う友人の姿に、


『そこ、で、少年、は、天使の、力を、ふるい……』


 似ていたから……。


『虐殺、を、始めた』




…†…†…………†…†…




 初めに犠牲になったのは農村だったらしい。


 魔族とはいえ自給自足せねば死んでしまうと、ヘイクラスは言っていた。


 しかし、当時のヴァイルにはそんなことは関係なかったそうだ。


 そいつらは魔族。人間に相対する絶対悪。理解した……では、虐殺だ。


 無抵抗な子供も、泣き叫ぶ母親も、絶望に絶叫する父親も、自分の無力を嘆く老人も、ヴァイルは等しく、完膚なきまでに殺して回ったそうだ。


 なぜならそこにいたのは魔族だったから。どうしようもないほど人間の敵だったから。


 出会った瞬間に殺し合いに発展しても、何ら不思議はない間柄の種族関係だった。


 だから、ヴァイルがしたことはこの世界の倫理観から見ても、決して責められるようなものではなかった。


 ただ、その殺しには理由がなかっただけで……。その殺しには信念がなかっただけで……。その殺しの動機が、どうしようもなく最悪だっただけで……。ヴァイルは間違いなく、この時「人間にとって」正しいことをしていたのだ。


 だからヴァイルは止まらなかった。


 次に訪れたのは商業都市だった。むろん初めに襲撃した農村とは違い、それなりの戦力と、防衛手段を持った都市だったらしい。


 しかし、ヴァイルはその理不尽な魔術によってそれらを一蹴した。


 鋼の数万倍というでたらめな硬度を持つヴァイルの体には一切の武器が通じず、重量数トンという尋常ならざる重量の槍の一撃は、たとえ城壁であろうとも防ぐことかなわず、一撃で粉砕されてしまったらしい。


 そして始まる虐殺。


 商人も、宿屋も、技師も、鍛冶屋も、御者も、芸人も、歌手も、旅人も、兵士も……根こそぎ殺して回ったらしい。


 そのころには、ヴァイルの顔には笑顔が戻っていたそうだ……。血濡れの、狂いきった殺戮者の笑顔が。


 数カ月間……ヴァイルはそんなことをひたすら続け、そして最後に、


 先代四天王おいて、《鮮血》の座に座っていた男を殺害した。そのとき、命がけで師匠に守ってもらい、《暴君槍》の最後の殺戮を見届けた弟子の名前はメルティ・ブラッドリンク。


……現四天王《鮮血の剣》。




…†…†…………†…†…




 話を聞き終わったアリサは……。


「あんのバカっ」


 悲しそうに、悼むように、眉をゆがませそうつぶやいた。


 もっとやり方があったはずだ。もっとどうにかすることができたはずだ。たとえ相手が魔族とはいえ……この物語はあまりにも、


「救いが……なさすぎるじゃない」


 諸悪の根源は貴族と……ヴァイルは言い訳することができるだろう。だが、魔族にとってそんなことは関係ない。それに、今のヴァイルを見る限り、あいつ自身そんなことでこの罪を消せるなどと毛頭思っていないはずだ。


 すべてに疲れ切り、自分はしょせん脇役だと嘲笑うあの笑顔の裏には、いったいどれほどの罪悪感と嘆きが隠れていたのか……アリサは知らなさすぎたのだ。


 だからアリサは、自分が知ってしまったあまりに悲しい真実に驚き、思わず動きを止めてしまい、魔力の生成を忘れてしまう。


『お前、は、あいつの、友人、だった、の、だろう?』


「っ!!」


『ならば、その、罪……貴様の、命でも、償え!!』


 アリサが「やられたっ!!」と思った時にはもう遅く、血色の狼たちは一斉にアリサに向かって飛びかかり、その身に牙を突き立てようと咆哮を上げた。




…†…†…………†…†…




 ヘイクラスは初めからこれが目的だったのだ。


 ヘイクラスは、アリサは勇者とともにごくごく最近やってきた異邦人。それも、かなり平和なところからやってきた人間だ、とメルティの同僚(・・)から聞いていた。


 この戦闘中のしぐさを見る限り、場慣れはしているようではあったが所詮はその程度。戦闘が本職の四天王や暴君槍の立ち居振る舞いと比べると彼女の振る舞いはかなり見劣りしていた。それが彼女の実戦不足をなによりも物語っていた。だから、ほんの少し心理的に揺さぶれば、あっという間のその防衛力は瓦解すると彼は踏んでいたのだが……まさかここまでうまくいくとは。


 自身が潜んだ瓦礫の中で、犬笛のように犬にしか聞こえない音階で咆哮を上げながらヘイクラスは口元を吊り上げる。


 現在アリサの体を守っていた魔力は完全に霧散し、彼女の体は完全に無防備。もはや、彼の勝ちは揺るがない……。そう思っていた。


 しかし、彼の勝利の確信は、


「ったく。何を動揺している。その程度で固まるようでは……この世界では生きてはいけないぞ?」


 真紅の雷によって、再び叩き潰された。




…†…†…………†…†…




 時々走る激震に、鼓膜を激しく揺さぶる咆哮。


 次々と倒壊していく建物をみて、城壁警備隊によって避難していた、ボロをまとった貧民街の人々は呆然とした様子で小高い丘に立ち尽くしていた。


「おいおい……派手にやってんな、旦那方。今回そんな強い相手なの?」


「しらね。でも、いい酒の肴にはなるわな!!」


「ちげーねー」


「ちょ、そこ俺の家……ア―――ッ!?」


「うはははははは! 賭けは俺の勝ちね!! 次~第三ブロックはどの家が残るかかけようぜ~」


 訂正……。意外と逞しく自分たちの住処が壊れるのを眺めていた。


 もとより彼らが住んでいたのは、貴族街の建築に使われることなく余ってしまい捨てられた、建築資材を再利用して作った襤褸小屋だ。


 瓦礫になろうとある程度の形になっている素材があるのならいくらでも立て直しがきくし、もとより貧乏人の最下層に位置する彼らに大事にするべき財産などもない。


 命あればいくらでも生きていける強い人々……それが貧民街の住人達の本質だった。


 そんな彼らに、


「ご安心してくださいみなさん!!」


「んあ?」


 この場には不釣り合いな、純白の白馬にまたがった美しい少女が一人駆け寄ってきた。


「今代勇者……結城未来、参上しました」


 背中に背負った巨大な聖剣を引き抜き、その少女は高らかに自身の存在を知らしめた。




…†…†…………†…†…




 アリサは自分の眼前ギリギリを綺麗に焼き払い、彼女に到達しそうになっていた血色の狼を、まとめて蒸発させた深紅の雷が通り過ぎるのを見て、思わず絶句した。


 あまりに強力なその威力に……ではなく、


「あっつ!? 鼻先焦げたぁあああああああああああああああああああああ!?」


 遠慮なく自分の鼻を焼いて行った、あまりに近すぎる援護の雑さに、だ。


「ちょ!? 誰よ、一体!? 危うく顔面焦げかけたじゃないの!?」


「なんだ……。助けてやったのに文句が多い奴だな」


 悲鳴交じりの怒声を上げ、真紅の雷が飛んできた方向にアリサは視線を向ける。そんなアリサの視界に入ったのは、戦場に立っているという気負いを全く見せないまま悠然とこちらに歩み寄ってくる一人の美女の姿だった。


「さ、サーシャさん!?」


 長い髪を簪でまとめ、傲然とした笑みを浮かべた美女。城壁警備隊総隊長……サーシャ・トルニコフ。


 彼女の姿を確認したアリサは、先ほどの攻撃がこの美女の手によるものだと理解し唖然とした。


――え? た、確かにヴァイルが逆らわないところは見ていたからソコソコ強いんだろうと思ってはいたけど……前線に出てきていいくらいに強いの!? と、口をあんぐりとあけたままそんなことを考えるアリサをしり目に、サーシャは鼻を一つならし、呆然と固まるアリサなど知らないといわんばかりにいまだに攻撃を続けようとする狼たちを睨みつけた。


「動きが止まらないところを見ると状況判断能力が著しく低いと見える。おおかた、命令の上書きがない限り、先に命令された行動をし続けるといったところか?」


 面倒な。小さくそう吐き捨てたサーシャは、歩くために踏み出していた足をほんの少しだけ強く踏みしめ、カッと硬質な足音を立てる。


 それが合図になったかのように現れたのは、虚空から現れた真紅の稲妻。数は計12本。それが、魔力収束も……メイドのような詠唱もなしに出現するのを見てアリサはさらに度肝を抜かれる。


「え!? な、なんで!?」


 いくら単純な作りをしているため発動が早いこの世界の魔法でも、さすがに何の予備動作もなしに魔法を発動させるなんてことはできない。それはヴァイルがアリサに教えたこの世界の魔法の絶対真理だ。


 しかし、目の前のサーシャはそれをやすやすと破って見せた。


――というか、初っ端から例外のオンパレードって、この世界どんな難易度で設定されているのよ!? と、ちょっとだけこの世界の理不尽さに泣きそうになったアリサだったが、彼女の内心の葛藤など知ったことではないといわんばかりに、


「焼け」


 サーシャの簡潔な命令と共に、真紅の雷は解き放たれた!


 音速を軽々と超える雷速の攻撃。その攻撃は、どういうわけか通常の雷以上の熱量を吐き出しながら、通過した場所を瞬時に加熱、焼き払う。そして、雑に放たれたようにしか見えなかったその雷たちは、まるで狙い澄ましたかのように、アリサに襲い掛かりかけていたすべての狼たちに降り注いだ!!


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」


 アリサが劣化を使わなければ砕けなかった硬度を誇る狼たちだったが、熱量に対しては話が別。もとより血液で生成された彼らは、限界を超える熱量にすこぶる相性が悪く、雷の直撃を受けた瞬間、赤黒い霧となって蒸発してしまった!


「ふん。ざっとこんなものか?」


 意外とあっさり撃退できた狼たちに、「存外四天王というのもたいしたことない……」と吐き捨てながらアリサのもとにたどり着いたサーシャ。


 彼女は、先ほどの光景を何とか理解しようとうなっているアリサにため息をついた後、かなりの量の書類を書いているにもかかわらず、いまだに綺麗なままの美しい手を差し出した。


「まったく……思った以上に弱くてビックリしたぞ。そんなんで旅に出て大丈夫なのか?」


「う、うるさいですよ……。ほんのちょっと前までただの学生だった女の子に何を求めているんですか?」


 アリサは、けっこう戦えているという自信を見事にへし折られてしまい、ちょっとだけ泣きそうになりながらサーシャの手をとり立ち上がった。


「それにしても……今の魔法はいったい?」


「ああ……。まぁ、私の秘密兵器だと思っていてくれ」


 そして、先ほどの不可解な現象の説明を求めてみるがサーシャはどうやら答える気がないらしく、わざとらしく視線をそらして言葉を濁した。


――こいつら……私に隠し事すんのがデフォルトにでもなってんの!? と、アリサは若干頬を膨らませる。召喚されてからこの数週間、鬱陶しい王宮からはさっさと抜け出しここに入り浸ってソコソコ信頼関係を築けたと思っていたのだが、どうやらそれはアリサの勘違いだったようだ。


――この分だと、アルフォンスやロベルトさんも何か隠してそうね……。と、少しだけ鬱になりながら「ふふふ……。いいもん。どうせ私異世界人だし……」とすすけた空気を醸し出すアリサに、サーシャはため息を一つ漏らした。


「何もお前が異世界人だから隠し事をしているわけではない。大体秘密というものは早々誰かに明かせるものでもないだろう? 特に私と……ヴァイルの場合はな」


 そこでサーシャは言葉を切り、


「お前が戦闘中に固まったのは……おおかたヴァイルの過去をあの狼に告げられたからだろう? だったら、軽々しく話せるものではないことぐらい、理解しているはずだ」


「!?」


 アリサが氷結した理由を的確に言い当てた。




…†…†…………†…†…




「は~な~し~て~ください!!」


「お願いしますから勇者様!! 今は下がって!!」


「今の勇者ちゃんが魔族にケンカ売っても太刀打ちできないよ~?」


「こら、ニルオレイ!! 勇者様に向かってなんて口のきき方だ!!」


「……なんですかい? この状況は」


 部下に現状確認した後、部下と共に急いで貧民街の住人達が避難しているといわれた高台にやってきたアルフォンスは、目の前で起こっている騎士と勇者の掛け合いに三白眼になった。


 騎士たちはいずれも名の知れた貴族たちの子息。実力も……まぁ、騎士団内ではソコソコ高いとされている100人隊長たちだ。元騎士団に所属していた、アルフォンスが知っている程度には有名な三人。


 一人は金髪の好青年風騎士……確か神速剣なんて呼ばれているオルヴァ公爵家の二男坊。名前までは覚えていないが、貴族にしては珍しい好青年だったと思う。実力のほどは……噂通りか定かではないが。


 二人目は真紅の髪を持つ、いかにもチャライ遊び人風の騎士。ニルオレイ伯爵家の長男のフルーレ・ヴィ・ルファーロ・ニルオレイ。アルフォンスとは趣味が似通っていたため、かなり仲が良かったのだがアルフォンスが騎士団長に暴言を吐いて首になった時に、手のひらを返したように離れて行ったためあまり心象がよくない男だ。


 最後の生真面目そうな眼鏡をかけた騎士は、騎士登用の筆記試験で満点を取って合格したといわれる秀才騎士。確か、ルロウトリ侯爵家の四男坊だったはず……。勉強嫌いだったアルフォンスとは接点が全くなかったため、彼について知っていることはこれくらいだ。


 まぁ、とにかくこの騎士のメンバーは貴族側が勇者に派遣するにしては最高のメンツなのだろう。いずれも『騎士団内』では名の知れた凄腕騎士たち。


 いまいち実戦に出ているところは見たことがないので、本当の実力は分からないが、宣伝は盛大にされているため貴族街の住人に『騎士と言えば?』と尋ねれば、二番三番目には名前が出てくるほどの有名人だ。(ちなみに一番はゲイル副騎士団長)。


――大方勇者の監視役でも仰せつかったんだろう……。勇者様も難儀なことで。


 勇者召喚の裏事情に関しては、アリサから大方聞き及んでいるアルフォンスは苦笑交じりにため息をついた後、部下にここで待機するように指示を出した後ゆっくりとした足取りで四人へと近づいていく。


「あの~騎士様? あとはこちらで処理しますので帰っていただいて結構ですよ?」


「ほら~。勇者ちゃん。王都防衛の専門家の城壁警備隊が来たんだから、ここはこの人たちに任せ……」


 アルフォンスの言葉を聞き、ようやく来たか! と言わんばかりに安堵の息を漏らしながら振り返ったフルーレは、背後に立つ人物の正体に気付き思わず絶句する。


――まぁ、昔裏切った友人が突然現れたらそらビビっちまいますよね~。と、フルーレの態度にうっすらと作り笑いを浮かべながら、余計な因縁を吹っ掛けられないようにアルフォンスは言葉をつないだ。


「ええ。俺らはここの防衛の専門家ですので、わざわざ高貴な騎士様や勇者様のお手を煩わせる必要はねーですよ」


「まったく! その通りだ、馬鹿者が! 一体いつまで魔族の撃退程度の時間をかけている!! おかげで、心優しい勇者様がこうしておいでになられなくてはならなくなったのだぞ!! 給料分の仕事をしろ、城壁警備隊!!」


 ルロウトリの怒り心頭といった様子の怒声に、ウヘェとわざとらしく肩をすくめながらアルフォンスは四人の隣を通り抜け、高台から轟音響く貧民街を見下ろした。


「それに関しては本当に申し訳ねーです貴族様。減俸なりなんなりしてくださってけっこうですので、とりあえずお下がりください。ここで高貴なあなたたちに怪我でもされた日にゃ、俺らの首なんてあっさりとんじまうんで」


 事実だ。この国では、貴族以外の人民の命など驚くほど軽い。おまけにここにいるのはこの国の未来を担う(と貴族たちは望んでいる)勇者だ。下手に傷物なんかにしたら、それこそ下手な私刑よりも恐ろしい刑罰が施されるだろう。それは、騎士団を追放され実家から勘当されてしまい、爵位を失ったアルフォンスも例外ではない。


――まぁ、そうなったらサーシャ隊長が城壁警備隊の面々引きつれて亡命でもするんでしょうが……外交的問題やら何やらで面倒ですからね~。亡命。事件さえなけりゃ貴族も大人しいもんですから、マジで住めない国ってわけでもねーですし。できればちゃちゃっと事件解決して、減俸されて舌打ちうつなんて結果に終わってくれりゃ万々歳なわけで……。


 と、内心でもへらへら笑いつつそう考えているアルフォンスは、全力で貴族をこの場から遠ざけることに尽力する。貴族を巻き込まず、勇者を巻き込まず……ここに責めてきた四天王を、城壁警備隊たちの独力で撃退する。


 不可能だろうか? いや……。むしろ、簡単すぎてあくびが出るほどアルフォンスにとっては実行可能なことだ。


「では任せたぞ!! 行きますよ、勇者様!!」


「いやです!! ちょ、放してください!!」


「あはは……。ゆ、勇者様。あんまりわがまま言ってジルドレールを困らせないでくださいよ」


「……」


 勇者を担ぎ、馬に乗って素晴らしい速度で王宮へ戻っていくルロウトリとオルヴァ家三男坊。最後に残ったフルーレは何か言いたそうな顔をしていたが、結局は二人に続いてその場をあとにした。


 そんな三人の姿が完全に消えるのを見送った後、


「ふ~。面倒なやつらも消えたし……サーシャ隊長に伝令。準備できましたって伝えてくれです」


「はっ!!」


 貴族の姿が消えると同時に駆け寄ってきた自分の部下にそう指示を出しながら、アルフォンスは右手に魔力を収束し始める。


 四天王? その部下? 町をぶち壊すほどの実力者? なるほどそれは確かに脅威だろう。だが、


「お~いオッチャン達~」


「ああ? アルフォンスじゃね~か? なんだぁ。また平民街で仕事さぼってたんだろ」


「あはははは。まぁそれは言いっこなしッてことでいいじゃねーですか。万年ニートども」


「「「「「殺すぞ!!」」」」」


 一斉に向けられる貧民街住人達の殺気に、頬をひきつらせながらアルフォンスは瞬く間に右手に宿らせる魔力を精錬、巨大化させていく。


「ま、まぁさっきの暴言については謝りますが……。俺も賭けに混ぜてくんねーですか?」


「おっ!! さすがアルフォンス!! わかってんじゃねーか!! で、次はどこの地区が壊れることに賭ける?」


「そうっすね~」


 賭けの元締めが「しめしめ……またカモが来たぜ!!」という表情を隠そうともせずに話しかけてくるのを見て、アルフォンスは笑みを深めた。


 先ほどまでの騎士に対して浮かべていたこびへつらった苦笑ではない。


 これから獲物を刈り取ろうとする……獰猛な肉食獣の笑みを。


「そうっすね~。貧民街の……全地区が、根こそぎ壊れるっつーのはどうですか? それに全財産賭けますよ?」


 その言葉を聞き、賭けの元締めはようやくアルフォンスが何をする気なのか気づいたのだろう。顔から血の気をひかせてあわてて、ほかの住民たちに賭けの受付が終了したことを告げに走っていく。


 そんな彼を見送りながら、アルフォンスは右手を掲げ、


「ほら……もっとだ」


 自身が込められる魔力の100分の一ほどの魔力を、その一点に注ぎ込んだ。


 それと同時に、アルフォンスの手にチャージされていた魔力は爆発するかのように膨れ上がり、空色の巨大な光の柱となって天を衝く!


 アルフォンス・クラーシタニア。ここ、スカイズ王国随一の変態であり、仕事が大嫌いなサボリの常習犯であり、若干悪党とも交流があるごろつきもどきであり、



王国最高量を誇る、魔力の持ち主。



「四天王ねェ……。まぁ、どんだけ強くても、町ごと根こそぎふきとばしゃ問題ねーでしょ」


 後ろから上がってくる、貧民街住人の怒声を軽く聞き流しながらアルフォンスはサーシャからのGOサインを待つ。




…†…†…………†…†…




「やはりそうか……」


 あきれたといわんばかりの表情で首を振るサーシャを、アリサは黙って見つめることしかできなかった。


 そんなアリサの態度を見て、サーシャは何を思ったのか、


「ほら」


「っ!?」


 一冊の本を投げつけるようにアリサへと渡した。


 それは漆黒の表紙を持つ喋る本。


『遅れてすまんかったな……。さて、お前にもこの世界で戦うための力を授けよう』


「あんた……悪法書(ハムラビ)!?」


 狙われているため姿を隠しているはずの魔導書の再登場に、アリサが大きく目を見開く。が、サーシャはそんな彼女の驚愕が消えるのを待たずに、


「あの話を聞いて、あいつに言いたいことができたんだろう?」


「……!?」


 サーシャが告げた言葉にアリサは「知っていたの!?」と息を飲んだが、サーシャはそんな彼女の態度など一切気にしないまま、そっけなく告げた。


「今回は譲ってやる。いってこい。あいつの友人だというのならいつまでたっても罪悪感を引きずっているあのバカを一発殴りつけて、目を覚ましてやれ」


「……」


 そして、アリサは何度か血色の狼たちとサーシャを見比べた後、


「ありがとうございます……。サーシャ隊長」


 それだけ言うと体重を劣化させることによって軽量化した体を宙に躍らせ、ヴァイルを放置した場所へと向かっていった。


『逃がさな……』


「逃がすさ。私がな」


 当然アリサの命を狙っているヘイクラスがそれを見逃すわけもなかったが、彼が放った追撃の狼たちは、瞬く間に発生し雷速で飛び交う真紅の稲妻によって撃墜される。


『邪魔、するな』


「あんな小娘の首の代わりに私の首を獲るチャンスができたというのに……まったく物の価値がわかっていない魔族だな」


 凄まじい殺気が血色の狼全てから向けられた。だが、サーシャの余裕はそれでも崩れなかった。むしろどこか不機嫌そうな色さえにじませながら、狼たちの殺気を軽々と飲み込みそうなほどの凄絶な殺気を放出している。


「まぁ、それも許そう。なにせこれから行うのは八つ当たりだ。本当ならあいつのもとには私が行く予定だったのだが……。あの小娘があまりに弱すぎたから貴様の相手を代わってやらなくてはならなくなった。おかげであいつの好感度を上げる機会が減ってしまった……。どうしてくれる駄犬風情が。私はあの本が言っていた魔族の侵略とやらが起こる前にあのヘタレに『あなたのことが好きです』と言わせなければいけないのだぞ?」


 決して自分からは言わないところがさすがというべきか……。どことなくどす黒い雰囲気を垂れ流しているサーシャの愚痴におびえたのか、狼たちがほんの少しだけ後退した。


「あぁ、わかっているさ……。お前は何も悪くない。悪いのは厄介ごとに首を突っ込んだあの小娘で、自分一人でアンタを撃退できないくらい弱かったあの小娘だ。だが、あいにくとあの小娘は私の客で、あいつの友人だ。守るべき義務が私にはある……」


 だから……。と、そこで言葉切ったサーシャは自身の中の引き金を引く。


 瞬間、真紅の閃光が辺り一帯を駆け巡った。いや、その言葉ですら生易しい……。その真紅の輝きはもはや生物の動体視力では確認することができない雷速で辺り一帯を駆け巡り、その光景を真紅に染め上げた!!


「悪いが……蹂躙させてもらおう」


 そして、その光が収まった時には瓦礫の山は灼熱のどろどろとした溶岩の海へと姿を変え見事な平地となっており、その端ではローブを焼き尽くされ姿を晒してしまった前傾姿勢の狼男が呆然とした様子で突っ立っていた。


「ばか、な。これは、まさか……『魔法財宝(MPストレージ)』!?」


「うちの王族の特別魔法すら知っているとは……ますます侮りがたいな魔族。だがまぁ」


――わかったところで、私の攻撃はよけられんが……。サーシャのその言葉がヘイクラスのもとへと届く前に、撃ち放たれた真紅の雷が襲い掛かる。


 その雷の数、約数万。あまりにでたらめな密度で放たれた無数の雷はもはや一本の光の柱となり、怒涛の勢いでヘイクラスの体を飲み込んだ!!




…†…†…………†…†…




「はぁ……はぁ……」


 辺り一帯に血痕が飛び散っている。だがしかし、ここで怪我をした人間はいない。


 この血痕はメルティが操っていた狼たちのなれの果てだ。


 ヴァイルと戦い続けていた彼女であったが、さすがに蓄積されていく疲労だけはどうしようもなかったのか、いくつかの狼たちの形状を維持できなくなり元の血液へと戻してしまっていた。


 そんな彼女の姿を見て、ヴァイルの視線に込められる罪悪感はさらに強くなる。しかし、その体は完全無比な無傷。それは彼が手を抜かず、徹底的にメルティの攻撃のすべてを叩き潰した証明だった。


「わかっただろう……鮮血。お前は俺には勝てないよ」


「いいや……まだだ」


 ヴァイルから告げられる再びの降伏勧告。しかし、メルティはあくまでそれを拒む。


「……攻撃は届かないぞ?」


「わかっていたさ……。いまだに師匠を超えられていない私が、貴様に牙を突き立てたところで届かないことぐらいちゃんと理解していた!!」


 この瞬間、メルティは確かに認めた。暴君槍を殺すために長年磨き続けた彼女の師匠から伝授された技術では、ヴァイルを殺すことはできないと。


 だが、それでも彼女の顔には、


「だがお前はまだ知らないことがある……」


「っ!?」


 今までとは違う勝利を確信した不敵な笑みが浮かんでいた。


 その顔を見た瞬間ヴァイルの背中に凄まじい悪寒が走る。


 内心の冷静な部分が「あり得ない。これ以上の攻撃はないはずだ」と昔の先代四天王との戦闘経験から考察される事実を告げてくるが、それでもその悪寒は止まることはなかった。


 この悪寒は、そう。ゲイルと共に天使の師匠のもとで修行していた時にたびたび感じていた、命の危機にさらされた時の恐怖。


「今代の四天王四人には……魔王陛下から直々に賜った、ある技術が渡されている」


 その言葉が告げられた瞬間、あたり一帯に飛び散っていた血液たちが姿を変えた。


「なっ!?」


 それは巨大な大木だった。幹も葉も、花さえも、血色に染まった巨大な……桜の大木。それがヴァイルとメルティの周囲を取り囲むかのように四方に展開された。


「単騎での儀式魔法の創造と発動。それが今代魔王陛下から賜った、私たち四天王の新たな力っ!!」


「たった一人で……儀式魔法を!?」


 ヴァイルはその言葉に息を飲んだ。当然だ。いかなる技術をもってしても儀式魔法を一人の人間が発動させることは不可能というのがこの世界での定説だ。天使の国となるとさすがにどうかはわからないが、すくなくともその国以外での儀式魔法の単独発動はおろか……儀式魔法の発動すら確認されてはいない。


 だというのに、メルティは宣言通りにあたり一帯を己の魔力で埋め尽くし、周囲の環境を激変させていった。


 この規模は間違いなく儀式魔法による広範囲干渉。


「本当は師匠の技術でお前を葬ってやりたかった。それだけが心残りだ……」


「っ!」


 ヴァイルは、メルティがそう告げながら血の桜へと近づきその幹に触れようとするのを見て、あわてて手に持った槍を投擲する。


 その槍は狙いたがわず、メルティが触れようとしていた桜に直撃し、その大木をへし折った。が、


「もう、遅い」


 瞬間、戦いで荒れ果てた大地に一輪の花が咲いた。


 桜の大木と同じようにすべてが真っ赤に染まった不気味な花。しかし、その花は瞬く間に全身を黒ずませると、ボロボロと崩壊し跡形もなく消え去った。


 失敗……か? その光景を見て思わずそう思ってしまったヴァイルだったが、その数秒後その考えが思い違いだったことを彼は理解する。


 まるで巨大な花壇が湧き出したかのように血色の花が数万数億とあたり一帯に咲き乱れはじめたからだ。


 しかもその花達は、初めの一輪目と同じように瞬く間に黒ずんではボロボロと崩れ消滅。そしてその場所に再び新しい花を咲かせるという異常な光景を繰り返した。


 まるで、時の経過とともに散っていく花を早送りで見ている気分になる光景。しかし、それがこの周囲に与える影響はとてつもなく凶悪なものだった。


「がっ!?」


 ヴァイルの呼吸が突然乱れた。いやちがう、何度息を吸っても今までのようにまともに体の活力にならず、呼吸しているのに呼吸困難に陥るという異常な事態に陥ってしまった。


「なっ……んだ、これは!?」


「物理的な攻撃はきかなくても、お前が人間である以上呼吸器に対する攻撃は有効なはずだ。とはいえ、毒物関連はお前の体の操作の応用でいくらでも排出できることぐらいは調査済み……。だったら答えは簡単だ。呼吸に最も必要な要素である『酸素』を空気中から抜いてやればいい」


 血液の主要素は鉄分ヘモグロビン。酸素を吸着させ奪い取り一定の条件下でその酸素を離す性質を持っている。メルティの儀式魔法は自身が操る血液たちが含むそれを魔力で操作。周囲の酸素を強制的に奪い取り、自分の体へと転移させる酸素強奪魔法。


「苦しいだろう暴君槍? だがな、貴様が殺した私の同胞たちは……私の師匠は、もっと苦しんで死んでいったんだ!!」


 メルティがそう告げると同時に、ヴァイルの体が初めて揺らいだ。まるで溺れているかのように必死に何度も息を吸うヴァイル。しかし、そんなことをしても彼が求める酸素が手に入るわけもなく呼吸音はむなしくこだまするだけ。


 とうとうバタリと倒れてしまったヴァイルの周囲に追い打ちをけるかのように死の紅い花が咲き乱れた。


「あぐっ……」


 必死にもがき花を握り締めようとしたヴァイルの手を、歩み寄ってきたメルティの足が踏みつけた。


「ぐっ……」


「私の復讐はいま完成した……。私の憎しみにおぼれて溺死しろ……暴君槍」


 涙がにじんだ視線で自分を睨みつけてくるメルティがそう吐き捨てるのを聞き、とうとうヴァイルの手から力が抜けた。


―—仕方がない。と……。


―—いずれ受けなければいけない報いを受けたんだ。と……。


 まるで諦めるかのようにヴァイルの手から力が抜け、


「あぁ……すいません、隊長」


―—俺、どうやらこの終わりと望んでいたみたいです……。と、どこか安心したような表情で目を閉じ、


「何死にかけてんのよ……。あんたがやるべき贖罪は、そうじゃないでしょ!!」


 どこからか聞こえてきた声と共に、ジャラリという物騒な音を響かせながら何かが自分の体に巻きつくのを感じ、思わず目を見開く。


 瞬間だった。ヴァイルの体は身体操作の魔法を使っていないのに羽毛のように軽くなり、その体がとんでもない勢いで宙へと引っ張り上げられた!


「なっ!?」


 目を開き、回転する視界に思わず息を飲んだヴァイルはそれによって自分が正常に呼吸をおこなえていることに気付く。どうやら、あの花が酸素を奪い取れる範囲は初めに創生された四本の血桜に囲まれたエリアだけ。それ以外にはまだ新鮮な酸素が残っていたらしい。


「助かった……のか?」


「助かったんじゃない……助けたのよバカっ」


 そして声が聞こえてくる方へと――血色の桜作り出した花園の外へ視線を向けたヴァイルは、再び驚嘆の息を飲みこんだ。


「おまえ、アリサ!? 逃げたんじゃ……」


 そこには、毒々しい紫色の鎖をつかいヴァイルを死の花園から引きずり出してくれた……あからさまに怒りに燃えている瞳をしたアリサが立っていた。


 そして、


「ヴァイル……」


「っ!?」


 ヴァイルに巻きついている鎖を勢いよく自分の方へと引き寄せると、


「歯ぁ……くいしばれ!!」


 鎖によってとんでもない速さで引き寄せられたヴァイルの顔面に勢いよく鉄拳をたたきつけた!!




…†…†…………†…†…




 ゴガッ! という壮絶な骨と肉のぶつかり合う音が響き渡る。


 アリサはその音を聞きながら痛む拳を抑えつつ、かなりの距離吹っ飛んだあと地面にたたきつけられたヴァイルを睨みつけた。あえて魔力を込めていない拳で殴りつけたためズキズキと痛むが今はそんなことが気にならないほど彼女は怒りに燃えていた。


 四天王にヴァイルが負けていたことにではない。四天王に殺されようとしているのに、ヴァイルが抵抗すら見せなくなったことにだ。


 そこに込められていた感情の種類をアリサは知っている。


 諦観。それも、絶対的な力にひれ伏した諦観ではなく、自分の罪が償えると知って、ならそれでもいいと……投げやりに自分の命を投げ捨てた諦観だ!


「ざっけんじゃないわよ!!」


「アリサ?」


 鎖から解放されたヴァイルは激痛が走る頬を抑え座り込みながらアリサの目を見て、小さく息を飲んだ。


 その視線の動きを見てアリサは初めて自分の目から暖かい液体が流れ出ていることに気付いた。


―—あぁ、私泣いてるんだ……。どこか他人事のようにその事実に気づいてからはもう止めることができなかった。


 あふれ出る涙を必死にぬぐいながら、それでも何とかヴァイルから目をそらさないようにしてアリサは必死に言葉を紡いでいく。


「なんで……死のうなんて、簡単な方に流れちゃってんのよ。そうじゃないでしょ……あんたが決めた罪滅ぼしの方法は、そうじゃないんでしょ?」


 アリサの言葉に彼女がすべてを知っていることを悟ったのかヴァイルはしばらく絶句した後、アリサの手に収まっている黒い本を睨みつけた。


悪法書(ハムラビ)っ! お前っ」


『今回の件は間違いなく貴様の因縁に彼女が巻き込まれた形だ。事情説明ぐらいは必要だろう』


 そんなヴァイルの視線もなんのその。平然と受け流した悪法書(ハムラビ)はそれ以降『あとのことは知らん』と言わんばかりに口をとざした。そして今度は、涙をぬぐい切り目元を赤くしたアリサが


「殺した人の分まで生きて生きていきぬいて……その上で、その人たちに許してもらえるような何かをするんだって……そう決めたから。サーシャさんにそう約束したから、だからあんたはここに立っているんでしょ!!」


 そして、アリサが必死に言った言葉は確かに、ヴァイルがサーシャの部下になるときに告げた、誓いの言葉だった。




…†…†…………†…†…




 当時、魔族を殺戮し最後に当時の四天王を下したヴァイルは、その四天王の言葉によって正気を取り戻し、自分の行ったことの罪の重さに押しつぶされてしまっていた。そして、廃人同然と言っていい体で首都に帰還した。


 そんなヴァイルを見つけて城壁警備隊に連れ帰ったのが、当時はまだ新人として城壁警備隊の平門番をしていたサーシャだった。


 彼女はどうやら騎士登用試験に訪れたときのヴァイルを見ていたらしく「あのときはすごかったな!」と、心底出会えて嬉しいという雰囲気を出しながらヴァイルを称賛してくれた。


 そんな彼女の素直で無垢な称賛に『自分はそんな上等な人間じゃない……』と、内心で酷い罪悪感に襲われていたヴァイルは思わずその称賛に嘲笑を浮かべ「あんた……ずいぶんと人を見る目がないな」とサーシャを馬鹿にしてしまった。


 当然その当時から全く性格が変わっていなかったサーシャは一気に不機嫌になり、ヴァイルに向かって噛みついてきたがヴァイルはそれを平然と受け流し自分が魔族領で働いた罪について洗いざらい教えてやった。


 その話を聞いたサーシャはしばらくの間絶句した後、


「あぁ、そうか……わかった。とりあえずはだ……」


 死ぬんじゃないぞ? と、そう言い捨てた瞬間彼女の背後から突然真紅の稲妻が飛び出しヴァイルの体を打ち据えた。


 とっさに魔法を発動し耐熱を一気にあげたヴァイルは何とかその雷撃をしのぎきることに成功するが、それによって生み出された衝撃を殺しきることはできず壁際まで吹き飛ばされてしまった。


 目を白黒させながら驚くヴァイルに対して、サーシャはたった一言、


「くだらんな。お前が悪事を働いたというのなら、いつまでも押しつぶされているんじゃない。罪は消せないが雪ぐことはできる、だったらまずは人として生きて罪を雪ぐ方法を考えろ」


 そんな死人のような顔をしていてはそれすらできないぞ。と、簡潔に率直に、当然と言わんばかりにヴァイルがこれから行くべき道を示してくれた。


 だからヴァイルは、




…†…†…………†…†…




生きて(・・・)……ここにいるんでしょうが!!」


「っ!!」


 アリサのそのセリフに、ヴァイルは泣きながらサーシャに誓った自分の言葉を思い出す。


 今はどうやっても罪を雪ぐ方法なんてわからないけど、どうすれば殺した人々に報いることができるのかわからないけど、でもやっぱり自分は生きていたいと。生きてその方法を考えたいと……。自分は確かにそう言ったのだとヴァイルは思い出すことができた。


「あぁ、そうだったな……」


 死ねない。と、ヴァイルは再びあの時の決意を思い出した。


 無様を晒しても、泥をすすっても、血反吐をまき散らしても、何としても生き延びると彼はあの時確かに誓った。自分が行った行いは、もう自分一人の命では雪げない罪だと知っていたから。だから、その罪を雪ぐために自分の生涯をかけると彼は誓った。


 そんなことも忘れてしまっていた自分に呆れ、やっぱりまだまだ俺はダメだなと嘲笑し……その後、表情を入れ替えた。


「助かった。どうやら長い間考えるだけの生活を送っていたから腑抜けていたらしい……。許してくれ」


「いいわよ、バカ。私だって、本当は自分でアンタを立ち直らせようと思っていたのに、結局サーシャさんの二番煎じだし……」


 いつものようなダルそうな、しかしどこか芯が入ったヴァイルの表情を見てアリサは少しだけ微笑んだ後、悔しそうな顔でそう呟き、


「……なんだ、その茶番は」


 ()の底から這い寄ってくるような暗い声を聞いて鳥肌を立てた。アリサがあわててそちらに視線を向けると、そこには全身からドス黒い憎悪の波動を流している四天王が立っていた。


 ヴァイルはそれに気付き、アリサとメルティの間に入り憎悪の視線に身をさらした。


「生きる……だと? いきて、罪を償うと?」


「償うんじゃない……。俺の罪は償いえない。だから俺は罪を雪ぐ」


「同じだろうが!」


「違う……。俺が雪ぐ罪は俺の罪じゃない、俺の罪によって汚してしまったお前ら――魔族を何とかしてやりたい」


 彼が死ねば確かに被害にあった魔族たちは満足するだろう。だが、彼が与えた影響が消えるわけではない。


 父を失ったことにより収入がなくなり飢えている母子がいるだろう。孫を失ってしまい狂ってしまった老人がいるだろう。兵士を失ってしまい守られなくなり、野党に襲われた村があるだろう。


 それらすべては、彼が死ぬことによっては解決しない……。彼が死んだあとになっても、ずっとずっとずっと、苦しみは続いていく。


 それでは、彼の罪を雪げたとは言えない。だから、


「すまない……メルティ。俺はやっぱり、お前に殺されてやるわけにはいかない」


 メルティはヴァイルの決意の言葉に絶句した後、


「ふざけるなぁああああああああああああああああああああああああああ!!」


 般若のように顔をゆがめ、血色の花園から、無数の茨をヴァイルに向かってのばした!


 しかし、当然ながらその茨はヴァイルの再発動した硬化によって簡単に防ぎきられ、粉砕される。


「許されると思っているのか! そんなことをして、お前が不幸にした奴らが許すとでも思っているのか! ふざけるなふざけるなふざけるなっ! 何も知らない小娘ひとりに説得されて、お前は命を惜しんだんだ! お前がしていることは贖罪でもなんでもない!! ただの自己満足だっ!!」


 しかし、彼女が放った言葉の数々は確かにヴァイルの心に深い傷を与えた。


 自分の心が血まみれになるのがヴァイルにはわかる。彼女が言うとおり、彼が目指している先には彼の被害者たちが彼に抱く憎しみが消す方法が出ていない。自己満足で不完全な、どうしようもなく穴だらけな答えだ。だが、


「それでも、俺が不幸にしてしまった人たちに、新しい幸福を与える努力を……俺は、したいんだ」


――その中には、お前もいるぞ? ヴァイルが痛む心を必死に抑え何とか紡ぎだしたその言葉を聞き、メルティはしばらく絶句した後、


「なら……今すぐ死んでくれよっ!」


 最後の最後まで、憎悪に染まった視線をヴァイルへと向けた。ヴァイルはそれを見て小さく頷き、言葉で語ることをやめる。


 もとより、許してもらえるなどと思っていない。理解もされない、許しも得られない、自分に対する憎しみだけは決して消えない。彼が選んだ贖罪の道はつまりはそういう道だった。だからこそ、


「悪い……必ず俺はお前のところに行くから、今は帰ってくれメルティ」


 彼は行動で示すことを選んだ。




…†…†…………†…†…




 再び戦闘が始まる。再び剣をとった四天王を見て、そう思ったアリサは自分の手に収まっている鎖に力を込める。


 これが悪法書(ハムラビ)によってアリサに与えられた魔力の物質化と、それによる得意な形状の決定による結果だった


 アリサが得意とする魔力の形状は《鎖》だったらしい。アリサは数分前にそれを見たときは戦闘に役立ちそうにないと落胆したものだが、その直後悪法書(ハムラビ)によって告げられた鎖の使い方を聞いたときは目から鱗が飛び出した。


『その鎖はお前の魔力によってつくられた……いわばお前自身だといっても過言ではない武装だ。その鎖は魔力が続く限りいくらでも伸びるし、自由自在に操れる。そしてお前の能力である『劣化』はお前が魔力を対象に流し込むことによって起動する魔術だ。その鎖の魔力を相手に流し込めば間接的に相手を劣化させることも可能だろう』


 すなわち、アリサが苦手とする近接戦闘を無理に行う必要がなくなった。アリサは鎖を縦横無尽に伸ばしながら暴れ回らせ、鎖の触れた相手の防御力を劣化させれば絶対無双の遠隔攻撃を放つことができる。


「負ける気がしないわね……」


「いや、その前にお前ちょっと俺につかまっておけ」


「え?」


 しかし、戦意十分といった様子で鎖を構える彼女に向かってヴァイルが告げたのは信じられない言葉だった。


「ちょ、掴まれってどういうことよっ!? そんなことしたら私戦えないし、あんたも動きにくいでしょうが!!」


「いや。この戦いはもう終わった……」


「なに?」


 キャンキャン噛みついてくるアリサに少し閉口した様子のヴァイル。そんな彼が流す雰囲気はいつも通りどこかだるそうな達観しきった態度だった。


 そんな彼の言葉を聞き、四天王の方も違和感を覚えたのか警戒を解かないまま思わず疑問の声を上げている。


「そろそろあいつの準備ができているころだしな……。メルティ、悪いがお前はこれから強制退場してもらう」


 そんな彼女の疑問に答えるように、ヴァイルが自分の背後を指差した。アリサとメルティはその仕草に彼の背後へと視線を向けそして、


「「なっ」」


 思わず絶句した。


 まるで空に水面が一本道を作ったかのように、ユラユラと揺らめく揺らぎが一直線に発生していた。


 間違いない……アリサに対する講義では教えなかった『複合属性』……風と水を7:3で融合させた『嵐属性』の魔力収束。


 しかし、そんなことはどうでもいい。問題なのはその規模だった。


 天を衝く……という言葉を体現したようなその収束はその頂点が見えなかった。すなわち、人が視認できないほど高高度な空まで伸びていたのだ。


「なに……あれっ?」


 ここしばらくの魔法の勉強でその光景が魔力の収束であると分かっていても、その規模の規格外さに思わずそうつぶやいてしまうアリサ。そんな彼女の疑問に肩を竦めた後、ヴァイルは素早く彼女の体をかき抱き、


「あぁ……とりあえずうちで一番大規模破壊が得意なやつの魔法だよ」


 と、率直に告げ、アリサを巻き込みながら地面に伏せるように倒れこんだ。




 瞬間、空色の魔力の柱が動き一直線に貧民街へと向かって振り下ろされる。それと同時に発生する爆風と遜色ない……いや、むしろそれを軽々と超越してしまうほど強力な突風が貧民街を蹂躙した!!




…†…†…………†…†…




 時はそのほんの少し前にさかのぼる。


 一直線に迸った真紅の稲妻の余波によって、溶岩の通路となってしまった街道を見たサーシャは、困ったなと言わんばかりに頭をかいた。


「後始末がまた大変そうだ……。ロベルトあたりに冷やしてもらうか?」


 本人が聞けば顔を真っ青にして「魔力が根こそぎ無くなりますよ!」と悲鳴を上げそうなことを言いつつ、サーシャは自分の雷が焼いたはずの敵の有無を確認する。


 といっても、本気であの雷撃を食らったのなら、魔法の補助でもない限り跡形も残らないのだが……。


「ふむ……。本当に死んだかどうか確認できないのが私の雷の難点だな」


 結局いつも通り死体を見つけられなかったサーシャは小さくため息をついた後、仕方ないと肩を竦め、


「それじゃ……やってくれ」


 と、ひとこと告げ天に向かって紅の雷を放った。


 それが彼らの間での合図。城壁警備隊の秘密兵器である、アルフォンスの魔法執行許可の合図だ。




…†…†…………†…†…




 地上から真紅の稲妻が伸びあがるのを確認したアルフォンスは、


「なんだ、ようやくかよ……」


 と、小さく告げ先ほど血色の花園が出現した一角に向かって手を振り下ろした。


 そこから発生している魔力は当然その動きの追従し、まるで大剣のように貧民街に振り下ろされ、そして、


「ど~ん」


 アルフォンスの軽すぎる掛け声とともに一気に彼の属性である『嵐』へと変換。貧民街に突発的に発生した指向性を持った嵐は扇状に広がり、そこにあった建物たちを蹂躙していく!


 ボロ屋とはいえ人が一人住めるほど巨大な家屋が次々に天を舞い、瓦礫の破片へと姿を変える。それに紛れるように降り注ぐ豪雨が地面を流れ濁流となり降り注いできた瓦礫の破片を凄まじい勢いで押し流していった。


 まさしく完全破壊。無事なものなど何一つ残らない大自然の猛威を完全に再現したその攻撃は、1分という長期にわたり貧民街を蹂躙し、そしておさまった時には、


「さてお前ら……賭けは俺の一人勝ちな?」


 貧民街は薄汚い泥水と、その水面から顔を出しているいくつかの丘によって形成された綺麗な更地へと姿を変えていた。


 それを確認したアルフォンスは満足げな顔で、賭けに参加していた貧民街住人たちを振り返るが、


「………………………」


 住民たちはその光景に唖然と口を開いた後、


「「「「「「――――――――――――――――っ、やりすぎだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」」」」」」」


 当然のごとく、先ほどの嵐よりも激しい非難の集中豪雨をアルフォンスに浴びせかけるのだった……。



更新遅れてすいません……再びお付き合いいただけたら幸いです

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