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ある脇役の英雄譚  作者: 小元 数乃
勇者の友人編
19/46

17話

 俺を騙したな!!


 知らなかったんです……。あなたがそれほど魔族を恨んでいるとは……。


 あいつらと同じように、俺を裏切ったんだ!!


 あいつら?


 祖国の屑どもだ! 俺をだまし、俺の夢を壊し、俺の希望を塗りつぶした! 悪魔のような詐欺師たちだ!!


 言っている意味がよくわからないのですが……。


 憎い憎い憎い憎い憎いっ!! 俺をだます……すべての屑がにくい!! この世のすべてがにくい!!


 あぁ……なるほど。つまりあなたは魔族がにくいわけではないのですね?


 ああ、そうさ! 苛立ちをぶつけられる相手ならだれでもよかった……でも、あんたたちと暮らせて、この感情もなくなりかけていたんだ!! 消えかけていたんだ……なのにあんたは、俺を騙した!! あいつらと同じように……おれを、俺をっ!!


 ああ……。もういいです。事情は分かりました。おつらかったでしょう……悲しかったのでしょう。それに関しては大いに同情しますし、聞くだけで涙が流れてしまいそうな悲しい悲劇です。ですが、




 どうやら僕には、あなたと戦うために槍をとる理由ができてしまったようです……。




…†…†…………†…†…




 自分に向かって走ってくるアリサに、ようやく意識を取り戻したヘイクラスはあわてた様子で一つ、咆哮を放つ。


――うっさいわね……。鼓膜を突き刺す甲高い狼の咆哮に眉をしかめながら、アリサは自分の体に魔力を張り巡らせ……体重を十数キロぐらいに下げ、体を軽くした。


 それによっておこる加速。元の世界では帰宅部所属で運動不足だったとは思えないほどの速度で、アリサはさらにヘイクラスとの距離を詰める。


 だが、


「ちっ!!」


 今度はヘイクラスの防御が早かった。


 信じられない速度で自分とヘイクラスの間に割って入ってくる血色の狼たち。アリサはそれに舌打ちを漏らし、体重を元の数値にもどしながら腕全体に魔力を伸ばし、その両腕を体の前に突き出した。


そして激突するアリサとオオカミ!


 接触。それと同時に働く悪法書(ハムラビ)に与えられた異能の力が、狼たちの鉄の毛皮の装甲を劣化させ紙一枚ほどの防御力へと落とし込む。当然人一人の突撃を紙の装甲が耐えられるわけもなく、アリサのタックルによって彼らの体を粉みじんに砕かれた。


 《弱体化・劣化魔法》。それがアリサに与えられた異能の正体だった。彼女は自身の魔力を対象に流し込むことによって、そのステータスの一つを劣化させることができる。


 ただし……この力、ゲームなどで使われる弱体化魔法とはわけが違う。


 狼たちを砕いたのは、『狼たちの防御力』を劣化させたことによって、狼たちの鋼の毛皮の強度が落ちたから。


 また、彼女の体重が軽くなったのも『自身の重量』を劣化させているからだ。


 この世界にやってきたときは「もうちょっとましな力はなかったの……」と落胆したものだったが、意外や意外。この力使える。


 どうやら、ゲームのボス補正みたいに《ステータス異常攻撃はボスには通じない!!》なんて、でたらめなルールもないみたいだし……。負ける気がしないわ……。アリサはそう不敵に笑いを浮かべながらも、前進を続けた。


 幾重ものガラスを砕いたかのような甲高い音共に、無数の結晶となって砕け散る壁となっていた狼たち。


 アリサは平然とそこを抜け、その先へと至る。


「あら? 意外と早く逃げをうったわね……」


 が、そこにすでにヘイクラスは存在しておらず、無残にも崩れ去った瓦礫に山だけが残っていた。


――期を見るに敏と褒めるべきか、逃げ足が速い臆病者と罵るべきか……判断に困るわね。と、漏らしながらあたりを見廻すアリサ。


――でも、しっかりと追撃の手は残しておくっと……。


 自分の周囲を囲むように、砕け散った血の結晶体から再び狼の姿を取り戻すヘイクラスの先兵を見て、アリサはさらに眉をしかめた。


――抜け目ない。そして堅実な手ね……。とアリサは苛ついた声で呟いた。


 もとよりへクラスの能力は、ヘイクラス自身が前線に出て戦うような能力ではない。彼が操る能力は《自分の咆哮を聞かせた犬型の生物・物質の操作》だ。彼の咆哮そのものはかなりの武器になりそうではあるが、一度彼の戦闘姿を見た限り、身体能力がずば抜けて高いとは思えない。


――だから……あいつは本当の戦い方に移ったのね。自分は物陰へと身をひそめ、相手を無数の狼でなぶり殺しにする。そういう戦術に……。


 冷静にヘイクラスの戦術シフトを考察したアリサは、声だけでは足りないと舌打ちを追加し、内心のイライラを発散しながら自分の両手に宿る魔力を追加する。


 今の自分にこれほどの数の血色の狼を突破するすべはない。だったら一体一体この狼たちを倒していくほか彼女に道はなかった。


「でも……これ私の体力が持つのかしら?」


 いくら便利な弱体化魔法とはいえ、さすがに最初から弱い部分を補ってくれたりなどしない。今は体重を軽くしているため、ある程度の長丁場は耐えられるようになっているが、彼女は所詮運動も何もしていなかった帰宅部だ。無尽蔵な体力を持つこの狼たちと持久戦となれば、先に彼女の体力が尽きてしまうのは自明の理だった。


――私か弱い帰宅部なんだけど……。アリサが憮然とした表情に冷や汗を流しながら愚痴を漏らした時だった、


『おい。おまえ……』


「……なによ? 戦闘中に雑談とは余裕じゃない、ワンちゃん」


と、アリサは突然響き渡ってきたヘイクラスの声に、少しだけ軽い挑発を乗せながら返事を返す。


 しかし、ヘイクラスはそれに動じた様子も見せず、自分の居場所が割れないように、無数の瓦礫に自分の声を反射させながらアリサに淡々と話しかける。


『貴様、に、少し、昔話、を、して、やろう』


「?」


 突然ヘイクラスが語りだした、何の脈絡もない話題にアリサは首をかしげながら構えをとる。


 何か変な話をして私の気背をそぐつもりかしら? と、アリサが警戒する中ヘイクラスはとんでもない話の口火を切った。


『貴様、が、友と、師と、したって、いる、男。暴君槍……ヴァイル・クスクの、罪、に、ついてだ』




…†…†…………†…†…




 平民街のとある喫茶店。


 その喫茶店のオープンテラスに設置された椅子を、三つも四つも占領し簡易的なベッドを作った男がそこで爆睡していた。


 日差しをよけるための古い雑誌を顔にかぶり、明らかに自前と思われる毛布をかぶって快適な睡眠生活を喫茶店で過ごす男。店の人間が明らかに迷惑そうな雰囲気を込めて彼を見つめているが、そんな視線もなんのその。


 かんけーねーよ。と、言わんばかりに、男は惰眠をむさぼり続ける。


 そんな男に、


「おい……。やっぱここにいたぞ」


「すいません……。迷惑料ここに置いていきますんで……。ちょっと騒がしくなりますけどその分もきちんと置いていきますんで……」


 二人の城壁警備隊員が近づいてきた。


 隊員二人は二手に分かれると、一人は店の中から爆睡する男を迷惑そうに見つめていた店長へと金を払いにいき、もう一人は爆睡する男に直接近づいて行った。


 そして、男に近づいた隊員は男が顔にかぶっていた雑誌を勢いよく取り払い、


「クラーシタニア隊長……仕事が入りましたっ!!」


 男の耳元で勢いよく叫んだ!


「ぎゃぁああああああああ!?」


 当然爆睡しているところに、耳元で爆音ともいえる絶叫を聞いた男は、耳を抑えながら飛びあがり……平然とした表情で直立不動の体勢になった隊員を睨みつけた。


「お、お前……俺の耳をご臨終させる気じゃねーでしょうね!? 今回のは割とマジでダメージ受けたじゃねーですか!?」


「いっつも思うんですけど……隊長何で部下にまでそんな口調なんですか?」


「人のもんくを、聞きやがれっつってんですよ!?」


 男がそう怒声を上げたとき、喫茶店が面していた街道を凄まじい勢いで、馬にのった騎士たちが駆け抜けていった。


「あれ? 騎士がこっちに降りてくるなんて珍しいじゃねーですか?」


 と、首を傾げた男はそうつぶやくと同時に、城壁家警備の仕事で鍛え上げられた聴覚を使い騎士たちが交わす会話を盗み聞きする。


『勇者がかってに……』『魔族……侵攻!?』『城壁……隊……ていた!!』


――ああ……こりゃ確かに「鼓膜が破れる!!」とか、もんくを言っている場合じゃねーみたいですね。


 断片的に聞き取れた騎士たちの会話から、大方の予想をつけた男は、椅子に寝転がっていたため、動かすと同時にピキピキと音を立てる体をほぐしながら直立不動で自分の言葉を待っている部下に視線を向けた。


「で? 状況は」


「はっ!! 現在王都に侵入した魔族はヴァイル隊長が対処にあたっておられ……」


 今までのだらけきった顔は完全に消え去り、瞳に鋭い光を宿した男……《北門警備隊長》アルフォンス・クラーシタニアは部下から報告される現状を頭に叩き込みながら、喫茶店を出て行った。

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