15話
俺は騎士になりたかった……。
幼いころスカイズ王国の国境付近の村で生まれ育った俺は常々そう思っていた。それは俺が住んでいた村を収める領主様が、まるで物語にでてくるような高潔な素晴らしい騎士様だったからだ。(ちなみに彼はゲイルの父親で数年前に病気で他界した)。
領主様はごくたまに国境警備隊が逃してしまった魔族を刈り取る任を受けてこの地に配属されたそうだ。今思うとこの人事は明らかな左遷だったのだが、本人はそんなことみじんも感じさせず、勇猛果敢に魔族と戦い俺たちの村を守ってくれた。
「よくがんばったな。えらいぞ」
魔族が来た! という知らせを受け、家を守ろうと思って木の棒を持って玄関前に立っていた俺を、魔族を退治して帰ってきた騎士様は、微笑みながらねぎらってくれた。
俺は騎士になりたかった。村のために戦いその武勇を知らしめたゲイルの父親のようになりたかった。
だが、
「なんだよ……なんだよこれっ!!」
運よく出会えた天使……師匠に稽古をつけてもらい、かなりの実力をつけ意気揚々と騎士登用試験へと挑んだ俺を待っていたのは、あからさまな貴族の嘲笑と、俺の試験結果のもみ消しというものだった。
俺の試験の結果は客観的に見てもダントツの一位だったはずだ。王都にやってきた俺と同じ試験を受けた受験者たちの中には、剣すら振れない非力なものが多数。剣が振れても太刀筋が無茶苦茶なものが少数という悲惨なもの……。
今思い出しても、俺のように槍を操り、魔術と併用しながら戦えるものなどいなかった。貴族に仕えるのだからという理由であった教養試験では、それなりにできる人間がいたようだが、それでも俺に勝てる人はいなかったと思う。
「二代目勇者を呼んだ魔導師は誰?」という問題にこの学年で一番頭がいいとされる騎士たちが、「だれだっけ?」「しらね!!」と言っている有様なのだから……(ちなみに答えは《オックス・ノック》。せっかく召喚した勇者を第一印象だけで捨てた、世界一愚かな魔術師として他国では有名だったりする)。
だが、騎士登用試験の合格者掲示板には俺の名前は載っていなかった。
俺はあわてて騎士登用試験の係員の騎士に話を聞くため、撤収作業を行っている彼らのテントに近づいた。
そして俺は聞いてしまった。彼らが話している話の内容を……。
『今回の騎士登用試験……化け物みたいなやつがいたな~』
『ああ、知ってる知ってる!! 上が騒いでいた奴らだろ? ゲイル・ガンフォール・ウィンラートとヴァイル・クスク』
『一人は左遷されたダメ騎士の子供だけど、一応貴族ってことで騎士団に入れたんだっけ?』
『そうそう……でももう片方平民なんだよな~。上も失笑していたぜ。「今年も身の程知らずがいるみたいだな」って!!』
『毎年毎年何で出るかな~。ああいった屑どもは』
『自分たちと俺たち貴族が同じ人間だとでも思ってんじゃね~の』
『ハハハハ! 虫けらの平民と俺たち貴族とじゃ、天と地ほどの差があるってことがわかっていないんだよ!! お前らは黙って飯の材料でも作ってろって!』
『『まったくだ!!』』
ゲラゲラ笑いながら撤収作業を終えた騎士たちの話を聞いた俺は、しばらくそこから動くことができなかった。
俺の夢は粉々に砕かれ……目の前が真っ暗になった。
…†…†…………†…†…
「AOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
鼓膜が破れそうなほど巨大な方向に、アリサは思わず耳を塞いで座り込んでしまう。
―—な、なんて大声なのよ!?
狼頭の魔族はそんなアリサのしぐさを見てにやりと笑う。
「!?」
言い知れない悪寒を感じたアリサは、とっさに耳から手をはなしその場から転がった!
咆哮の残響を食らってしまい若干鼓膜が痛くなるが、今はそんなことにかまっていられない。
それほどの悪寒がアリサを襲っていた。そして、その判断が今回もアリサを救った。
「なっ!?」
突如地面からしみだした血色のオオカミの首が、アリサが今まで座り込んでいた場所を凄まじい速さで噛み砕く。
「どうして!? 四天王はヴァイルのところに……」
「たし、かに、あのかた、は、暴君、槍、のとこ、ろに、いって、おられる。が、おれの、能力、は、《統領狼》。俺の、咆哮、を、きいた、犬型、の、生物、無機物、たちは、俺の、いうこと、を、きく、ように、なる……。それは、あの方、の、使役、獣、とて、例外、では、ない」
「っ!! 上司との相性は抜群ってわけね!! 喋り方も能力も鬱陶しい!!」
地味に罵倒され眉をしかめながら、屋根の上に着地した狼頭の魔族は地面から次々と湧き出してくる血色のオオカミに囲まれたアリサを睨みつけた。
「おとな、しく、捕まれ……。わるい、ように、は、しない!!」
「冗談!! このまま捕まったら、情報漏洩防止のために殺されるか、勇者攻略のための人質でしょうが!! この国がどうなろうと知ったこっちゃないけど、あの子の弱みになるような真似だけは、絶対にしたくないの!!」
アリサはそう言い捨てると同時に、右手に魔力を生成。右手を地面にたたきつけて、魔力を解放することで、紫色の突風を円状に放出し、あたり一帯に破壊をまき散らした。
「友の、ため、か……。その、信念、は、美し、い、が……」
かなりの魔力を込めたため、その突風によっていくつかの建物が倒壊する。あたりに満ちる土煙に、視界を奪われアリサはあわててあたりを見回す。
そんな中に響き渡った狼頭の魔族の声が、アリサの第六感を不吉に揺らし続けた。
「力、を、ともなわ、なければ、それは、ただの……きれい、ごと、だ!!」
「!!」
その言葉と同時に、後方から血色のオオカミが土煙を切り裂き、アリサに襲いかかってきた!
…†…†…………†…†…
終わったな……。
狼頭の魔族……ヘイクラスはそう思いながら、少しはれた土煙から覗くアリサとオオカミの戦闘を見てそう思う。
完全に後ろからの不意打ちが決まった。勇者の友人は、いつもの敵ように、狼に首を食いちぎられて終わるだろう。
彼自身としてあれほど若い娘を手にかけるのはやや気が引けたが、相手は我々の計略を脅かしかねない敵だ。手加減はしない。
――まぁ、さすがに彼女の攻撃がしょぼすぎて、鉄の硬度を持つ血色の狼に傷ひとつつけられなかったことにはやや拍子抜けしてしまったが……。
そこで彼は首を振り認識を改める。
――いやいや。もとよりあれらの狼は、たった四人で人間領の征服に乗り出している四天王のひとりが作り上げた兵士。この弱体化した国の魔法でやられるような柔い作りはしていない。
昨日のメイドや《暴君槍》のように、『砕けて当然』と言わんばかりに平然と狼を一蹴できるような存在の方がどうかしている。少なくともヘイクラスはあの狼を壊せたことなど一度もない。そのくらいあの狼たちは強壮なのだから。
何度も首を振り自分がいかに規格外な相手と戦っているのかを再認識したヘイクラスは、現在その規格外と戦っているはずの自分の上司を思い出し一気に不安な気持ちになる。
――結果見届けたらさっさと陛下のもとへ行って暴君槍との戦いの手伝いをしよう……。
ヘイクラスがそう考え、いつでも上司のもとに走り出せるように足に力を込めたときだった。
「はっ!?」
ヘイクラスは思わずそんな間抜けな声を上げ、目の前で起こった信じられない出来事に口をあんぐりと開きながら固まった。
…†…†…………†…†…
―—しまった!? 完全に後ろとられた!?
生来トラブルに巻き込まれやすいアリサは、小学生のころから年上……つまり自分より強い人……強者と戦う機会が多かった。
高校に上がってからはその現象も、本人が思わず「神様……実は私のこと嫌いでしょう?」と思ってしまうほど拍車がかかっており、週一で暴走族の抗争に巻き込まれるなんて当たり前。かなり運が悪いときに至っては麻薬密売組織同士の銃撃戦に巻き込まれたことさえあった。
まぁ、今回の召喚に関しては、それらの経験が生かすことができ、かなりスムーズに立ち回ることができていたため、ギリッギリでそんな試練を与えた神様に感謝するかしないかのラインまで神様の心証は上がっていたりするが……。
まぁ、そんなことは、今どうでもいい。要するにアリサが場慣れしていると分かっていただければ十分だ。
だが、そんなアリサであっても、流石にこんな速さで動く鉄並の硬さを持った狼と戦うなんてことは経験していない(当たり前……)。
隙が生まれそこをつかれるのはある意味当然のことだったといえるだろう。
「くっ!?」
後ろからの不意打ち……。完全に自分の首筋に向かって伸びる牙。
――あ、これ死んだ……。
アリサの脳裏に今までの人生の走馬燈が瞬時に駆け巡る。
――ああ、思えば短い生涯だった。いろいろ不幸な目にあったりはしたが、人脈運だけはよかったのか、お父さんとお母さんは優しかったし、未来みたいな友人もできた。それに、最近行方不明になったあの関西弁バカ(ああ、アホのほうがよかったんだっけ? でも語呂がね~)も……一応友達認定してやらないこともない。
小学生、中学生、高校生の記憶がよみがえり、そして次に出てきたのは、
『お前にこの世界で生き残るための異能を授けてやろう……』
あのいけ好かない黒い魔法書のあのセリフ。
「ん?」
そこでアリサの思考がようやく戻り、あきらめの感情が生き残るための感情にシフトする。
――そうだ、私にはまだあれがあるじゃない!?
そして、彼女は反射的にその力を右腕にこめ後ろから襲いかかってきた狼相手に裏拳気味のコブシをふるう。
体重も何も入っていない、威力など皆無と言っていいほどの緩いコブシ。
その代りそれなりの速度を持ったその攻撃は、狼の牙がアリサの首筋に食い込む前に何とか狼の体へと到達した。
そして、
「ガッ?」
パリン……という、間の抜けた、陶器が割れるような音共にアリサのコブシが触れた場所から、狼の体が砕け散り、アリサの命を刈り取るはずだった攻撃は、彼女の首に小さな赤い点をつけただけで終わりをつげてしまった。
…†…†…………†…†…
ヘイクラスは目の前で起こった信じられない光景に、思わず目を見開いていた。
多少は場慣れしている身のこなしをしていたとはいえ、それは正式な訓練されていない、素人に毛が生えた程度のもの。実際戦ってみても、その程度の実力しか感じられなかった勇者の友人。
しかし、その勇者の友人が自分ですら撃退したことがない血色の狼を、平然と殴り砕いた。
あり得ない……。絶対に、あってはならない!!
「いっ、たい、どんな、イカサマ、を、した!?」
ダラダラ冷や汗をかきながら、そんなことをつぶやくヘイクラスをしり目に、アリサはしばらくの間、信じられないといわんばかりの顔で狼を殴り砕いた自分の手を、握ったり開いたりしていた。
そして、
「な~んだ。私意外と戦えるじゃない」
どうやら驚きがうせ去ったらしい彼女は、不敵な笑みを浮かべながら拳を構える。
「まぁ、とりあえず……ただでは負けてあげないから、覚悟しておきなさい!!」
アリサはそうつぶやくと同時に、ヘイクラスの指示が滞ってしまったため、彫像のように固まっている狼に向かって駆け出した!!