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ある脇役の英雄譚  作者: 小元 数乃
勇者の友人編
16/46

14話

「貧民街の方で事件ですか!?」


「え、ええ……。で、ですが奴らは我が国の国民ではありませんので、それほどあわてる必要は……」


「何を言っているのですか!! 同じこの王都に住む者なら、助け合うのが当然ではないですか!! もういいです。私一人でも行ってきます!!」


「あ、お、お待ちください!! 勇者様ぁああ!!」


…†…†…………†…†…


 ヒュゴッ!!


 アリサは先ほどまで歩いていた路地が瓦礫の山になっているのをひきつった顔で見ながら、形容しづらい音と共に右腕から紫色の疾風が飛ばす。しかし、アリサとヴァイルに見つかった瞬間、一気に動きを加速させた血色のオオカミは、その攻撃をものともせず弾き飛ばし、アリサに向かって突進を仕掛けた。


「え!? 嘘!! 液体のくせにめちゃくちゃ固いんですけど!?」


「バカっ!! そんなこと言っている暇があるならさっさとよけろ!!」


 アリサの驚きの声に、ヴァイルは舌打ちを漏らしながらアリサを引きずり倒す。


 それと同時に、アリサの頭上を、轟音を立てて通り過ぎる血色のオオカミ。出会った当初は液体状に見えた体毛は、今は鋭い無数の針と化していた。一回でも突進を食らえば串刺しになってしまいそうなほど鋭いそれを見て、アリサはさらに顔をひきつらせた。


「い、いつの間にあんな体に!?」


「大方自分が操っている血液なら固体と液体の変換が瞬時にできるんだろ」


 ヴァイルとアリサが雑談を交わしながら体をはねるように起こし、それぞれの魔法を使いながら大きく跳躍。先ほどオオカミがぶち壊した家屋の瓦礫の上へと降り立つ。


「ん? お前そんなに運動神経よかったか?」


「企業秘密」


「……なんか秘密があることは否定しないんだな」


「そっちだって私に隠し事してたでしょ?」


「恋人気取りですかお前は……。鬱陶しいことこの上ないんだけど?」


「私みたいな美少女に惚れられているとか勘違いしてんの? ははッ! ナルシー乙!!」


「一発真剣に殴らせろっ!!」


 いつもの雑談を交わしつつも、二人の視線はオオカミから離れない。先ほどの突進で勢い余ってしまったオオカミはそのまま数メートルほど止まることができずに直進し、


 ゴガッ!! と、到底生物がぶつかったとは思えないほど硬質な音を立てて、ボロイ貧民街への家屋へと突っ込む。


 家屋は当然のごとく激震し、壁に無数の罅が入った。その後、オオカミが首を振りながら再び二人に向き直ると同時に限界が来たのか家屋は土埃をあげながら瓦解する。


「どこの重機?」


「重機? ああ科学の国ででかい建物とかぶち壊す時に使っているあれ?」


「そして科学の国の技術水準がどの程度なのか気になるんだけど……」


 首をかしげながら、何かを思い出しポンと手をたたくヴァイル。その言葉を聞き『い、以外と侮れないわね、この世界……』と感心するアリサ。


 そんな間の抜けた雰囲気を持つ二人だったが、当然オオカミはそんな二人の態度など知ったことではない。


 再び咆哮を上げ突進を開始するオオカミを見て、アリサはさっと背を向けた。


「じゃ……がんばってね」


「まてっ!? お前だけ逃げるきか!?」


「私の世界では『脇役が一度は言ってみたい言葉ベスト10』というのがあってね。その堂々の第一位がこれ。『ここは任せて……先に行け!!』」


「その言葉の価値は、自分で言うのと他人に言わされるのとでは大きな隔たりがあると思うのは俺だけか!?」


 そんな怒声を上げながらも、背中から槍を引き抜きしっかりとオオカミの突進を受け止めてくれたヴァイルを見て、アリサは少しだけ微笑んだ。


「ありがとね~ヴァイル~。この埋め合わせは何か必ずするわ!!」


「イラン! 二度と俺の前に現れるな、トラブルメーカー」


「もう!! そんなこと言って。実はさびしいくせに」


 そして、アリサは再びヴァイルが何か反論をする前に、さっさとヴァイルが旅用に買い集めていた商品をうけとり、軽やかな足取りで瓦礫の向こうへと消えた。


「言い逃げしやがったあの野郎……。いや、女なんだけど……」


 身勝手云々以前に自由すぎるアリサの態度に苦虫を編みつぶしたような表情をしながら、ヴァイルは槍で受け止めた血色のオオカミを、力任せに槍をふるうことで吹き飛ばした!


「まぁ、俺の仕事はあいつが四天王の魔手から逃げられるように、この町から出ていくまで守ることだからな……。脇役がそれ遂行しようとしたら囮役がちょうどいいか……」


 吹き飛ばされたオオカミは、宙で身をひねり一回転。まるで猫のようなしなやかさで地面に着地し自分の攻撃を防いだヴァイルを睨みつけてくる。


 そんなオオカミを見て、ヴァイルは鋭い呼気を漏らしながらオオカミを吹き飛ばすために利き手に持ち替えた短槍を、再び両手で握りなおす。


 そして、確実にどこかで見ているはずのこのオオカミの主に向かって話しかけた。


「おい……鮮血。見ているんだろ? お前の師匠も自分が操っている血液に視覚繋いでこっちを見るなんて芸当をしていたからな……」


 どことなく苦痛のにじみ出るヴァイルの声。しかし、その声ににじむ感情は規格外の相手と戦うことの恐怖ではなく、まるで自分の過去の罪を懺悔するかのような辛さが含まれていた。


「……俺はお前と戦いたくない。俺はお前を殺したくない。だが……俺はもう覚悟を決めたから……。あの時の罪をさらに重ねることになろうとも、守りたいものができたから。これ以上お前がここで暴れるっていうのなら……俺は全力で、お前を殺すぞ?」


 そういったヴァイルの脳裏に浮かぶのは、鮮血にぬれた荒野と、自分の槍に串刺しにされて絶命した無数の魔族。


 そして、自分が殺した魔族に縋り付きながらこちらを睨みつけてくる、金色の瞳をした自分と同じくらいの年齢の魔族少女。


 思い出してしまった忌々しい過去。


 胸の奥から湧き上がってくる吐き気を必死に抑えながら、ヴァイルはそれでも槍を持つ手から力を抜くことはなかった。


「忠告だ……悪法書(ハムラビ)はあきらめて、さっさと自分の居場所へ帰れ」


 これが今の彼にできる精一杯の忠告。


 これから襲ってくるだろう敵に対して、あまりに身勝手で、あまりに自分勝手な願い。


 そしてその願いの返答は、


 道を構成していた罅だらけの石畳から、まるでにじみ出るように出てきた数十匹単位の血色のオオカミだった。


「……」


 ヴァイルは、その光景を見てもない動じることなくそのまま表情を殺し。


「暴君槍……参る」


 昔の自分につけられた忌み名をあえて名乗り、自分の敵を排除するためにその豪槍をふるった!




…†…†…………†…†…




 背中でバッサバッサ揺れる、旅路に必要な荷物がひとしきり入った皮袋を背負いながら、アリサは貧民街を走っていた。


 足止めとして、この中身を買ってきてくれたヴァイルを切り離(パージ)し囮にしてしまったが、アリサにはヴァイルに対する心配などみじんもない。


 昨日の話を聞く限り、あいつ天使の国からちょっとした技術もらっているみたいだし、そんなに心配する必要はないだろう。と、アリサは思っていた。


 結局昨日はどんな技術をもらったのかは聞けずじまいだったが、初歩の初歩を習ったメイドですらあの強さだ。だったら四天王に負けるわけがない……と、アリサは少しの安心と信頼を、ヴァイルに抱いていた。


 だが、


「……あら、パージはまだ早かったかしら?」


 もうちょっとだけ護衛についてもらうべきだったと、アリサは少しだけ後悔した。


「ここ、は、とお、さない……」


 貧民街を走り抜け城壁へと急いでいたアリサの前に立ちふさがったのは、顔まで隠すローブを着こんだ、切れ切れの言葉を放つ小柄すぎる男。背丈はアリサの腰ぐらいまでしかない。


 アリサは彼を見て一瞬ここの住人かと思ったが、そのローブの端から除いた顔がまるで、オオカミのように……いや、オオカミそのものといった体で、普通の人間ではありえない長い鼻づらと、そこから漏れる長大な牙をのぞかせていた。


「……ちょっと、二体いるなんて聞いてないんだけど?」


「おれ、保険。昨日、待機」


 そして、突然吹いた突風が男のローブを跳ね上げ、男の顔をあらわにした!


 フードの中から現れたのは灰色の毛皮を持つ、狼頭。


「おまえ、危険。ここで、殺す」


「冗談!! こんなどことも知れない異世界で、のたれ死ねるわけがないでしょうが!!」


 不気味な声で、明確な殺意を告げてくる男にアリサは冷や汗を流しながら右腕に魔力を集める。


「ふきとべぇえええええええええええええええ!!」


「AOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」


 アリサの手から放たれた紫色の疾風をとんでもない高さまで跳躍しながら回避し、男の狼頭魔族は天に向かって鼓膜が破れそうなほどの遠吠えを上げる!


 激戦の火ぶたが、切って落とされた。

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